黒絹の皇妃   作:朱緒

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第251話

「医師から怪我の状態を聞いてきますね」

「頼むわ」

 

 彼女にバレてしまったからには仕方ない ―― 訳ではないのだが、病室に彼女を送り届けたフェルナーは、ファーレンハイトの怪我の度合いについて医師に聞いてくると言い、彼女の元を離れた。

 病室には既に先ほどの面々が揃っており、護衛のポジションにはキスリングが付いた。

 オレンジ色のベールを少し払うようにして、椅子に腰を降ろす。

 ちなみに彼女は公務のために光沢のある高級シルクの薄灰色のローブモンタントに着替え、その後庁の高官たちとの昼食を取るために深紫色で、襟元から袖、裾をふんだんに黒のレースで飾られたバッスルのドレスを着用。

 終了しゾルゲを見舞うために、そのドレスのまま黒いマンティージャを被る。

 多額の寄付をしている病院の一室は、いつでも彼女が入院できるよう部屋が準備されている。そこで軍服に着替える ―― 着替える前に医師を呼び、点滴などについて聞いた。

 貴族たるもの、日に何度もの着替えは何時ものことなのだが、間に軍服が入ると、ドレスとは全く違うメイクや髪型を作らなくてはならないので、普段より少々疲れる。もちろんそれらは、表情や態度、また仕草などに一切出ていない。その辺りは彼女が帝国一の貴婦人と言われる所以である。

 

―― でもこの報告を聞いたあとは、クラシックのコンサートだけですから……がんばるぞー

 

 内心気合いを入れるために声を上げるも、それにすら疲れが滲んでいるのは、昨日から今日にかけての事件と事実、そして心配事を前にしては仕方のないこと。

 

 彼女がやってきたことで、報告会が再開され ――

 

「これは……」

 

 アレクシアに事情を聞き、ロイエンタールが持って帰ってきたのは「アレクシアが購入、改造している古びたホテルを盗撮しているベヒトルスハイムと彼の同僚達」の映像。

 視線が合っていないところから、こちらも盗撮されていることが分かる。

 彼女が腰を降ろしている椅子の背後に周り、画面を触り画像を変えながらロイエンタールが説明をする。

 

―― ちょっとロイエンタールの顔が近い……気にしない、気にしない

 

「アレクシア側の言い分だが”それがどうしたのだ?”そうだ。たしかにベヒトルスハイムは撮影しているが、自分たちがこいつらが共謀していない証拠はあるのかと返された」

 

 この映像は、協力関係にありながら相手 ―― この場合ベヒトルスハイム ―― が裏切った場合の保険()()()()()()とアレクシアは語る。

 それだけではなく、

 

「この面子は全員元憲兵。憲兵お得意のねつ造の可能性はないのかとも、アレクシアに言われた」

 

 ベヒトルスハイムがアレクシアを陥れるために、証拠をねつ造したとも限らない。実際に映っている元憲兵たちの中には、証拠を偽造した罪で免職された者も含まれている。

 

「”お前を陥れて、ベヒトルスハイムになんの得がある”と聞いたところ、殿下への慎ましやかな贈り物を用立てるためではないかとのこと」

「私への贈り物ですか?」

「ブライトクロイツ公爵家」

 

 彼女は驚いて、語っているロイエンタールの顔を凝視し、

 

「私は……そのようなものは……」

 

 一度たりとも欲しいと思ったことはないと、小刻みに怯えたように首を振る。

 

「殿下がそのようなものを欲しないことは、我々は承知している。だがベヒトルスハイムが我々と同じように考えているかどうは分からない。アレクシアの言う通り、ブライトクロイツ公爵家を献上しようと考えるような男かもしれん」

 

 彼女はブライトクロイツ公爵令嬢を曾祖母に持っているので、爵位を継ぐ場合、ラインハルトやキルヒアイスが爵位を賜るよりは遙かに簡単に、そして周囲も者たちをすぐに納得させることができてしまう。

 

 俯いた彼女の横顔は、まさに悲しげなものであった。

 ロイエンタールは彼女から視線を離し ――

 

「最後に”今の憲兵総監は、自分が免職した者たちが集めた、本当かどうかも分からぬ証拠を、おめおめと使うのか。誇りのない平民ならば、しそうだなあ”と、アレクシアのありがたいお言葉だ」

 

 ロイエンタールの言葉を聞いたケスラーは、とくに何も感じることはなかった。三十年以上もこの帝国で生きていれば、このような蔑みの言葉など慣れてしまい、聞き流せてしまうようになる。

 

―― いたたまれない……

 

 立場だけならばアレクシアに近い彼女は、ケスラーに対する暴言に、なんと言えばいいのか? 下手に口を挟むと余計に……と、内心もだえ苦しんでいた。

 

「失礼します」

 

 そんな彼女の苦悩をフォローするかのように、先ほど医師にファーレンハイトの容態を聞いてくると言っていたフェルナーが、ワゴンを押して現れた。

 

「フェルナー? なんですか、それは」

 

 ワゴンに乗っていてまず目を引くのは、白磁の皿製の三段のケーキスタンド。下段のサンドイッチの具は、ほのかにオレンジの風味がついたスモークサーモン、レモン味が優しくきいているチキン、玉葱とローストビーフ、そして一際薄いパンに挟まれた胡瓜。

 中段はプレーンスコーン。イチゴとブルーベリーのジャム、クロテッドクリームにマロニエ、ラベンダー、レンゲなどの蜂蜜。

 上段は一口大のサイズで作られたチョコレートやレアチーズ、フランボワーズなど様々なケーキが並べられている。

 裾に黒いレースが縫い付けられたポットカバーが被せられたポット。金で縁取りされた、外側は群青で内側が白いテーカップ。その他にほっそりとした空のシャンパングラス。ワゴンの下段には細かく砕かれた氷で満たされているシャンパンクーラーには、王侯しか口にすることができない、庶民はその名すら知らぬシャンパン。

 

「アフタヌーンティーセットですよ。お茶とお菓子を召し上がりながら、お聞き下さい」

「あなた、ファーレンハイトの怪我の具合を聞いてくるって」

「もちろん聞きましたよ。三分ほどで終わりましたけど。そんなことより、この報告意見交換会が終わったら、オーケストラを鑑賞のために帰宅して慌ただしく準備なさることになるのですから、ここでしっかりと食べてください」

「……分かりました。それと、帰る途中に、その三分ほどの報告を聞かせて」

「畏まりました」

 

 彼女の隣に立っているキスリングは、オレンジ色のベール越しにも分かる彼女の釈然としないといった表情に「本当に怪我の状況を聞きに行ったと思われていたのか」と ―― 

 

 フェルナーが手際よくお茶の用意をし、最後にお茶と菓子を乗せた皿を持ち、膝をついて、彼女が取りやすい位置に差し出す。

 

「ソファーに置くからいいわよ」

「ソファーより、私が持っていたほうが取りやすいかと」

 

―― 唯でさえ、一人だけ座っているという状況で、さらに……色々言ってる場面ではありませんので、このままにしますが……帝都防衛司令官にもなれる男が、私のテーブル代わりはちょっと

 

「疲れたらすぐにソファーに置きなさい」

 

 有能で気の利く部下に言いたいことは幾つもあったが、今は報告を聞くのが先だと、

 

「はい」

 

 フェルナーの左手に乗っている紅茶のカップを受け取り、口へと運んだ。

 

「では私から」

 

 ユーディットとベヒトルスハイムから話を聞いたオーベルシュタインによると ―― まずユーディットだが、マルクスが何をされていたのかは知らなかったと、しっかりとした口調で語った。

 

「ヘーエンリーダーは、何も知らないと見て良いかと」

「そうでしょうね」

 

 オーベルシュタインの意見に、彼女も同意であった。

 こんな事件をなぜ起こしたのかは分からないが、アレクシアの貴族としての性質は彼女もそれなりに理解している。アレクシアはまさに門閥貴族で、平民を同じ人間とは見なしていないので、わざわざ事情などを説明したりすることはない、それだけは確信していた。

 

「次はベヒトルスハイムからの情報ですが、ヘーエンリーダーは非常にマルクス好みの女性だと申しておりました」

 

 ベヒトルスハイムはラインハルトたちに良い感情を持っていいない。そこで弱みや人には言えないことを見つけ、それらを対立陣営、もしくはフェザーンに密告し、転落の切っ掛けになればと考え、身辺をそれとなく探っていた。

 

「エッシェンバッハ公の弱みは、亡き姉君。これは調査する必要もないこと。グリューネワルト伯も同じ。あとは……卿のことも調べてはいたが、もう諦めたようだ」

 

 ベヒトルスハイムの排除リストの上位にいるのは、憲兵総監ケスラー。

 

「私のことを調べているのは知っていたが、諦めたとは?」

 

 彼らに恨まれている自覚はあり、周囲に注意を払っていたケスラーにとって、彼らが諦めるなど思いも寄らぬこと。

 

「卿は偶にジークリンデさまに呼び出されており、気に入られていると認識された。ベヒトルスハイムはジークリンデさまには逆らえぬからな」

「大公妃殿下のご威光に助けられてばかりだ」

 

 サーモンのサンドイッチを口に運んでいた彼女に、ケスラーが深々と頭を下げる。

 

―― やめてー。このタイミングで感謝するのは辞めて、サーモンのサンドイッチを食べてる最中にやめてー。そもそも感謝されるようなことしてませんから

 

 彼女としては最悪のタイミングでの、意味が分からぬ礼だったが、ゆっくりとサンドイッチを飲み込んでから頭を上げるよう指示を出す。

 

 ベヒトルスハイムらは、高級将校の情報を彼らの副官から情報を得ようと考え ―― 副官たちを見張っていた。

 ラインハルトの直属の部下と、部下の副官の間には、能力に大きな差がある。ケスラーたちならば気づけることでも、副官たちは気づけなかった ―― 能力がある者たちは、能力のない者たちの限界を理解するのは難しく、彼らは容易に推察できることでも、彼らは分からないことがあるのを、あまり理解していない。そういったことを教えてやるのも上官の仕事であろうが、彼らはしてはいなかった。

 キルヒアイスならば出来たのではないか? と思われそうだが ―― そもそも、キルヒアイスやラインハルトは才能があり成熟した者たちを部下にし、使えないものは排除してここまでやってきた。

 彼らの若さと、姉を助けるために急いでいたことを考えれば当然のことだが、その結果、彼らは自分たちよりも年上で、地位が格段に低い部下たちを育てることができなくなってしまった。

 もっともキルヒアイスが色々と教えたところで、完全に防げたかどうかは不明であるが。

 

「過去に付き合った女性や、一夜限りの相手の女性、好んで声をかける相手などを並べると、好む女性像が見えてきます」

 

 オーベルシュタインが並べた写真は、どこか雰囲気が似ている女性ばかりで、最後に添えられたユーディットの写真も、やはり同じような感じを受けるものであった。

 

「ベヒトルスハイムが見つけられたのですから、グンデルフィンゲン子爵夫人の配下が気付いてもなんら不思議はありません」

 

 マルクス好みの金を欲している女 ―― ユーディットが選ばれた理由で、あとは貴族らしさを付け焼き刃で身につけさせ、マルクスを誘惑させた。

 

「まずはグリューネワルト伯をブライトクロイツ家のパーティーに招待し、その後、忘れ物があるので大至急取りにくるよう、グリューネワルト伯が席を外せない会議の最中を狙って連絡を入れ、副官が取りに来るよう仕向けます。そこでヘーエンリーダーの存在を知るよう仕向けました」

「よく、そんなに上手くいったわね」

「マルクス中尉のことを、調べていたために出来たことです」

 

 オーベルシュタインの言葉を彼女は素直に受け止め、フェルナーが用意してくれたイチゴジャムとクロテッドクリームを塗ったスコーンを口にする。

 

 そこで顔見知りとなり、付き合うことになり ―― まさしく身の破滅が訪れた。

 

 アレクシアはロイエンタールに対しベネディクトの行方も語らず、それ以上に目的が見えてこない。彼女には語ると言っているが、昨日のようなことが起こるのではないかと思えば、誰もが二の足を踏む。

 

「明日アレクシアに会います」

「ジークリンデさま」

 

 本当は彼女が一番尻込みしているのだが、ロイエンタールやオーベルシュタインが集めた情報を聞いていた彼女は、ある一つの仮説にたどり着いた ――

 

「上手くやれるとは言いませんけれど、貴族令嬢が相手ならば、それなりに証言を引き出す心得くらいはありますよ」

 

**********

 

 翌日、彼女はアレクシアを新無憂宮に呼び出した。

 新無憂宮といっても北苑で、なにかあったとしても、大事にはならないと彼女は判断したのだが、帝国において彼女になにかある以上の大事はない。そこを理解して欲しいと部下たちは思ったが、何事もないようにするのが彼らの仕事なので、言うことはなかった。

 彼女は錦糸でクラシカルな刺繍が上半身に施された裾の長い、シャンパンゴールドのAラインドレスを着て、対するアレクシアは目が覚めるような真紅のプリンセスラインのドレス。こちらも錦糸で見事な刺繍がなされている。

 パーティー会場で話をするかのように彼女は近づき、薄紫の扇子を開き、自らの胸元を扇ぐようにして言い放った。

 

「遠回しは好かぬ。望みを言え。叶えてやるとは約束せぬが」

 

 対するアレクシアは口元を扇子で隠し、微笑むだけ。

 周囲の護衛たちは、神経を尖らせて注意を払っている。

 彼女は音を立てて扇子を閉じ、

 

「では私から、お前に餞の言葉をくれてやろう」

 

 その小さく可憐な口元を、閉じた扇子で隠しながらアレクシアの耳元に()()()を囁いた。

 アレクシアに注視していた兵士たちは、その表情の変化に驚く。瞠目し、そしてその瞳から大粒の涙を流し ―― 彼女が再び扇子を開いて、再度問いただすと、

 

「語るな? アレクシア」

「御意」

 

 アレクシアは従順そのものになった。

 彼女がアレクシアの耳元に何を囁いたのか? 彼らは分からなかったが、アレクシアは自分が殺害計画と実行について認めた。

 

「目的はなんだ?」

「お前に聞かれずとも答えてやる。余計な時間は使わせるな、マールバッハ」

 

 アレクシアの目的の一つは、不愉快な成り上がり者を苦しませること。この、不愉快な成り上がり者とはキルヒアイスのことを指す。

 ロイエンタールはラインハルトは含まれていないのかと聞いたが「うるさい」と言下に処され、それ以上は何も聞くことはできなかった。

 アレクシアはなにかに急かされるように語り続け ―― もう一つの目的はブライトクロイツ公爵家を彼女に渡すことだったと証言する。

 他にはベヒトルスハイムたちとは、一切関係のないこと。

 ベネディクトに関しては、

 

「ベネディクトは最良のタイミングで破裂し、アンネローゼを殺害した。アンネローゼの肉体を捜せば、ベネディクトの肉片が見つかるのではないか」

 

 アンネローゼを殺害するために爆弾化し、キルヒアイスの家に配置したと。

 

「本来はあの平民で殺す予定だったのだが、ベネディクトがおめおめとやって来て、我が家の財宝の一つを譲ってくれと言い出した。あの男、我がブライトクロイツ家の宝物庫に日本刀があることを知っていて、大公妃殿下に献上したいので是非とも譲ってくれと。なんでお前なんかに譲ってやらなければならぬのだと ―― 言いたくもないので、殺すことにした」

 

 マルクスのピークが過ぎていたのは、ベネディクトが原因だったのは判明したが、

 

「飛躍し過ぎでは?」

 

 ベネディクトはあれでも門閥貴族であり、行方不明などになれば、大規模な捜索が行われる立場である。そんなリスクの高い相手を、追い払わずに、なぜ殺害したのか?

 

「お前たちも知っているのであろう。ベネディクトは先のテロに関係していた。近衛の地位を使い、賊を新無憂宮に招き入れる準備をしていたのだ。それに対する報酬で、日本刀の代金を支払うと。報酬額? フランツィスカにでも聞くがいい。レーゲンスブルク伯爵家の財産、爵位をくれてやるという約束だったそうだ」

「やつらの懐は痛まぬな」

「とにかくベネディクトに腹が立った。だから殺すことにした」

「なぜそれほど腹立たしかったのだ?」

「大公妃殿下を即位させようなどと、身の程知らずのことを計画していたからだ。大公妃殿下は、あんなやつらに即位させてもらうようなお方ではない。大公妃殿下はお好きな時にお好きなように即位なさるべきであり、それを叶えることのできるお方だ。異論はあるまい、マールバッハ」

 

 最早それは、ただの感情のみに突き動かされての行動だったが ―― だからこそ、彼らには分からなかった。

 

「それに関しては全面的に同意する」

「そこで急遽計画を変えさせた。立案者? ド・ヴィリエとかいう辺境出の卑しい男よ。お前の知り合いだそうだな、マールバッハ」

「どこで知り合った?」

「そんなこと、大主教などと名乗っている下卑にでも聞け。私が答えるべきは、なぜブライトクロイツ家を大公妃殿下に継いでもらおうとしたかだ。その理由はディートヘルムが、亡命娼婦に入れあげたためだ。叛徒の売女が余程気に入ったようで、妻にはできなくとも、生まれてきた子には爵位を継がせたいなどと言い出した。この帝国建国以来続く名門の跡取りに、叛徒の売女が産んだ子を添えるとな。私があまりにも反対するので、家から追い出そうとも画策していた。私とてディートヘルムの妻に追い出されるのは構いはせぬ。だがそれは、公爵家の妻に相応しい人物であればだ。亡命し帝国語もろくに喋れず、就けた仕事は娼婦などという女は公爵家の妻には相応しくない。だが私はあることに気付いた。ディートヘルムはその娼婦にお似合いの男なのではないかと。そうだ、娼婦としか釣り合いの取れぬ程度の低い男なのだ。となれば、話は別だ。あれに公爵家を継がせてしまった我々の落ち度であり、あの愚かな男の責任ではない。愚か者は、愚かであることに気付けぬゆえに愚か者なのだからな。この栄誉ある公爵家を、あの愚か者から守るためには、あれを廃さねばならぬ。だが亡命娼婦との関係はおおっぴらにはしたくない、公爵家の名誉が傷つく。あの忌々しい女の腹に宿っている、あれの子も殺さねばならぬ。だから大逆罪に踏み切った」

 

 アレクシアの表情は、それは晴れやかであった。

 

「連座で処刑を狙ったわけか」

 

 それは助命嘆願した者すら、家族ごと死刑に処される罪。

 

「そうだ。故に明言しよう。アレクシア・フォン・ブライトクロイツはジークリンデ・フォン・オラニエンブルクの殺害を試み実行した。私が起こした一連の事件は、全て銀河帝国後継者を殺害する目的で起こしたものである」

 

 アレクシアの宣言を聞いたロイエンタールは腕を組み頷いた。

 

「殿下はお優しい。頼めばブライトクロイツ家も継いでくれるであろう。だが優しすぎて、妊婦や胎児は殺せない可能性がある。だからエッシェンバッハ公の姉を殺害したのだな?」

「宇宙艦隊司令長官は、理由を知って尚許せるような男ではあるまい。あの赤毛の平民が諭すやもしれぬが、あやつの失態で姉が非業の死を遂げたのだ。そうそう言うことを聞くとも思えぬ」

「いい読みだ。分からぬから聞くが、あのマルクスの破裂だが、殿下が怪我をするとは考えなかったのか?」

「あの銅線を思わせる頭髪の護衛の優秀さを信じた。あの時は隣に統帥本部総長もいたしなあ。大公妃殿下の護衛は、どれも優秀だ」

「殺すつもりはなかった?」

「殺害するつもりであったと、言っておろう、マールバッハ。私はジークリンデを殺害しようとし、実行に移した。さあ大逆犯を殺せ、一族もろともな!」

「なぜお前がブライトクロイツを継ぎ、弟たちを処分しようと考えなかった?」

 

 被害を最小限に抑えられたのではないかと、ロイエンタールが尋ねたが、アレクシアはこの男は何を言っているのだと ――

 

「私はディートヘルムが公爵家が継ぐのを喜んだ、愚かにも程のある女だぞ。そんな女に名門は継げぬわ。継いだとしても、名門を維持することは叶わぬ。出来るのは滅びることのみ。……カタリナほどの才覚がなかったことが、全ての原因であろうよ」

 

 彼女の栄達に隠れて目立たないが、グーデリアン男爵家の令嬢として生まれ、本家であるノイエ=シュタウフェン公爵家に養女として貰われ、側室を経て子爵夫人となり、混乱に乗じノイエ=シュタウフェン公爵家の当主に収まり、現在も維持しているカタリナの手腕と出世ぶりは相当なものである。

 

「では最後に。殿下はお前になにを囁かれた?」

 

 アレクシアは笑みを浮かべ、

 

「爪を剥がれようが、肉を削がれようが、目玉を抉られようが、皮を剥がれようが、内臓を引きずり出されようが、喋るつもりはない。だが言っておく。お前に心当たりがないのであれば、大公妃殿下にとって、お前は所詮その程度の存在でしかないということをな、マールバッハ!」

 

 高笑いをした後、口を閉ざした。

 


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