黒絹の皇妃   作:朱緒

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第236話

 武官の責任問題が片付いた後、文官で責任を取らされたのは社会秩序維持局局長 ―― ラングである。

 本来ならば内務省の尚書を辞任させるところだが、相応しい人物がおらず、彼女はこれ以上の兼任を断固拒否し、ロイエンタールやラインハルトに兼任させるのは、国内を更に混乱に陥れる状況になりかねず ―― 簒奪の意がある者にこれ以上の権力は……とされ、社会秩序維持局の怠慢により、今回のテロの被害が拡大したとし、ラングの首を切り事態を終わらせた。

 理由についてだが、責任を取らせるのが目的であって、後からそれらしい理由を付けただけのこと。

 だが秘密警察という臣民に嫌われる職種のトップの失脚は、解任された当人以外にとっては、溜飲の下がる決断であり、多くの者にとっては理由はどうでも良かった。

 

 ラングは好きでも嫌いでもないが、地位を脅かされたり、自分の利や地位を守るためならば、大きな行動に出るのではないかと、彼女は心配したものの、現状辞任は避けられない。

 彼女の一言があれば簡単に撤回できたが、それらしい理由も思いつかず、また、下手に口を挟みラングが増長しては元も子もないので、決定を覆さなかった。

 

 社会秩序維持局局長の後任が誰になるのか? 彼女には直接関係はなかったのだが、

 

「お久しぶりにございます」

「本当に久しぶりだな、ベヒトルスハイム」

 

 顔見知りで少々癖のある男が就任したため、少し気になり、彼女の執務室へと呼びつけた。

 ベヒトルスハイムは門閥貴族の子弟で元少将。

 以前所属していたのは憲兵隊で、ケスラーが総監の座についた際に、処分を受けた一人でもあった。

 このベヒトルスハイム元少将、彼女は何度も会ったことがある。

 初めて出会ったのは、ブラウンシュヴァイク公爵で開かれたパーティーで。

 公爵家お抱えの医学博士アイゼンシュミットの弟子として、かっちりと撫でつけられたプラチナブロンドに青い瞳で、背はかなり高く、憲兵一筋で制帽を被った姿は、

 

―― 言葉は悪いんですけれど、日本人が考えるゲシュタポそのものなのよねえ……悪い人ではない……いや、悪い人ではありますが、まあ……

 

 と、ハリウッド映画に悪役として出てくる、ゲシュタポそのもので、インパクトがかなり強く、彼女も一度で名前と顔と所属を覚えたほど。

 実際彼がしていたことも、ゲシュタポとさほど変わりはないので、そういうイメージを受けても仕方ないとも言える。

 

 彼女はベヒトルスハイム元少将に、祝いの言葉をかけてやる。

 彼は酷く感激し、二度とこのような内乱は起こさないよう努力するので、見ていてくださいと胸を叩いて請け負った。

 

「あまり気負わぬようにな」

 

―― 暴力的だとレオンハルトは言っていましたが……

 

 ベヒトルスハイム元少将が下がった後、彼女はオーベルシュタインに、彼について注意を促す目的で、自分が聞いていた噂を伝える。

 

「ちょっと暴力的なところがあると聞いていますが」

 

 フレーゲル男爵がわざわざ彼女に”少し”と言うくらいなのだから ―― 他者としては、どれほど暴力的なのか分かるというもの。

 

「はい、存じております」

 

 ベヒトルスハイム元少将の師匠たる医学博士アイゼンシュミット氏だが、医学博士の他に拷問係という仕事も持っていた。

 このアイゼンシュミットこそが、通称”教授”と呼ばれている人物で、ベヒトルスハイム元少将は医学関係の弟子ではなく、拷問関係の弟子であった。

 

「そう。まあ、知っているとは思いましたが」

 

―― 余計なこと言ってしまいました! そうよねー。オーベルシュタインですもの。知らないはずないわよね。

 

 彼女は教授が何者なのか今でも知らない。

 麻酔なしで生きたまま眼球を刳り抜いて、内側から頭蓋骨を切り取る……といった拷問を、彼らは彼女に逐一語るつもりはないし、彼女としてもそんな拷問を映像込みで解説されても困る。

 

「彼の弁護をするつもりはありませんが、彼が憲兵隊を追放されたのは暴力によってではありません。賄賂によるものです」

「そうなの。賄賂ねえ」

 

 ちなみに賄賂は通常の賄賂ももちろんあるが、拷問依頼料としてのものも多く、公務員ゆえ副業が禁止されているという法律に抵触したということで、彼は憲兵隊を追放された。

 度が過ぎるとされていた拷問に関しては、不問であった。彼がその手段によって得た情報が、非常に有用であったがために。

 

「内務尚書がしっかりと手綱を握ってくれると良いのですが」

 

 新局長ベヒトルスハイムは内務省に属し、内務尚書を上司としているが、彼の主は別にいる ―― 彼女である。

 

「そうですね」

 

 彼女はそんな変則的な事柄に関して、もちろん何も知らない。直接やりとりをするのはオーベルシュタイン。

 

「ところで、オーベルシュタイン」

「はい。なんでございましょう」

「今夜オペラを観に行くの」

「存じ上げております」

「それでね、エスコートしてちょうだい」

「私でなくとも……」

「嫌よ。あなたが良いの。駄目? パウル」

 

 ”相変わらず悪魔でいらっしゃる……”

 キスリングは目の前で繰り広げられている、攻防とも呼べぬ攻防を眺め ―― 先に省を出て、彼女が足を運ぶ演劇場入りし、危険がないかどうかの確認を行った。

 

**********

 

 新局長のベヒトルスハイム元少将は、憲兵隊から追放されると、そのまま軍を退き、オーベルシュタインの配下に置かれ、憲兵時代と変わらぬ尋問の技により、情報を収集し ―― 現在もオーベルシュタインの配下にある。

 ベヒトルスハイム元少将、彼は憲兵に戻りたく ―― 職務を至上のものと考えているからではなく追い出されたことは敗北であると捉えた。

 その敗北が悔しく返り咲きたいと考え、今回のテロ事件を上手く使い地位を得た ―― 彼の当初の希望は憲兵隊への復帰、それも地位付きで。

 だが実際彼に与えられたのは、社会秩序維持局局長の座。

 かなり不服ではあったが、とある仕事を終えたら推薦してやると、オーベルシュタインから「事情は聞いた」と、酷薄さが混じった微笑をたたえたファーレンハイトに告げられ、彼は俄然やる気を出し局長の座に収まった。

 彼はオーベルシュタインを出し抜き、この上なく自分は上手くやったと思っているが ―― ファーレンハイトがオーベルシュタインから聞いた「事情」が、彼が思っている通りの事情かどうか?

 

「俺は推薦してやるとは言ったが、ジークリンデさまに憲兵総監として推薦するとは、一言も言っていないのだがな」

「自分が見たいものを見ますから」

 

**********

 

 今回のテロ事件と、一年前の内乱の計画立案者は、シューマッハが感じた通り、同一人物であった。

 

「計画立案者が判明いたしました」

 

 事件の全容が明らかになるより先に、立案者が捕まった。

 

「誰かしら? 私も知っている者?」

「はい。ドミトリー・ボグダーノフ、旧名ルパート・ケッセルリンク。あるいはロビン」

 

 彼が今回の事件と、約一年前の事件に関わっていると聞いた彼女は ―― 他人事にしか思えなかった。

 大切な家族や、親しい友人を大勢奪った事件の、計画を立てた人物。

 彼の生い立ちの悲惨さなどに、同情したわけでもない。

 ただ他人事のように捉えなければ、自分の精神が持たない ―― そう考えての行動ではないが、一年前に経験した出来事により、防衛本能のようなものが働くようになったためだ。

 また報告書には他にも色々と書かれており、ここで彼女は、ニコール・ブリュレがドミニク・サン・ピエールであったことを知った。

 

**********

 

 彼女は捕らえられたケッセルリンクを見たいと希望し ―― ローエングラム邸の謁見の間にケッセルリンクは引き出された。

 彼は彼女よりも先に謁見の間に通される。

 後ろ手に兵士の腰ベルトと、鎖で繋がれた手錠をかけられ、膝をつかされ、両脇の兵士から肩と頭を乱暴に押され、床に顔を這わせるが如き体勢を取らされた。

 彼が床に頭を押しつけられてしばらくしてから、彼女がやってくる。

 光沢のある銀の、シンプルなデザインのローブデコルテで、裾はかなり長く、彼女が椅子に腰を下ろすと、フェルナーがドレスの裾を直し綺麗に広げる。

 手袋は同色の二の腕まである長いタイプ。

 髪はしっかりとまとめ、血色珊瑚のイヤリングやネックレス、そしてティアラを身につけた。

 可愛らしい花などをモチーフを用いたタイプではなく、大きく生やかで人目をひく。

 アイシャドウやアイラインは控え目に、唇の色も同じように控え目だが、彼女の美しさを損なうようなことはなかった。

 扇子を持っていた手を膝の上に置き、彼女は城主の座からケッセルリンクを見下ろす。一切表情を浮かべずに、彼女はずっと罪人を見つめる。

 眼差しに軽蔑も嫌悪もなく、怒りや悲しみもない。

 ただ名工の手により作られた芸術的な彫刻のように、動かずにそれを見つめ続けた。

 時は緩慢に流れ、空気は澄んだまま沈み行く。

 罵られるわけでもなければ、詰問されるわけでもなく、後頭部を押され床に額をこすりつけられ、痛みが麻痺してきたケッセルリンクが、うめき声とともに「オラニエンブルク」と言いかけたが、言い切る前に肩を押しつけていた兵士に、背中を強く叩かれ咳き込む。

 兵士がケッセルリンクを殴ったのは、彼女の側に控えているファーレンハイトの指示。

 ケッセルリンクの咳が止まるまで、そして咳が止まっても ―― 先ほどと同じ静けさが部屋に満ちる。

 

「ゼッレ、スパークリングワインを」

 

 それから十分ほどして、彼女はエミールに酒を持ってくるよう声をかけた。

 謁見の間の端に控えていたエミールは、固い返事をしてから、急ぎ踵を返し、背の高いカットグラスに、注意深くスパークリングワインを注ぎ、銀のトレイに乗せて戻ってくる。

 そのトレイをフェルナーに渡して、エミールは再び部屋の隅へと戻った。

 トレイを受け取ったフェルナーは、彼女がグラスを取りやすい位置にトレイを差し出す。

 彼女はそのグラスには目もくれず、ケッセルリンクを起こさせよと ―― 彼女の無言の指示に従い、ファーレンハイトが兵士に命令を出した。

 無理な体勢を取らされていたケッセルリンクの額には汗が浮かび、体も似たような状態。表情は疲弊を隠しきれてはいなかったが、父親譲りというべきか、ぎらつく人を値踏みするような瞳には、まだ力があった ―― 彼は色々な情報を持っており、それと引き替えに命を保障してもらうどころか、新たなる地位も手に入れられると。

 彼の考えなど、彼女には関係はない。

 白の扇子を開き口元を隠し、問いかけた。

 

「ドミニク・サン・ピエールを知っているか?」

 

 彼女のひと言は、ケッセルリンクの表情を劇的に変化させた。

 

「あの女か! あの売女が、俺を!」

 

 生き延びる算段はあるが、誰かに売られて捕らえられたのは悔しい。それがはっきりと分かる、ケッセルリンクの呪詛混じりの雑言。

 口を閉じさせようとしたファーレンハイトを彼女は制し ―― ひとしきり悪態をつき、肩で息をしている彼に向かって、抑揚なく話し掛けた。

 

「話は最後まで聞くものだぞ罪人。私は”ドミニク・サン・ピエールを知っているか? 私も知っている”と言おうとしただけだ。ドミニクはお前のことは売っておらんよ」

 

 彼女はそう言い扇子を閉じ、フェルナーが持っているトレイに置き、炭酸がはじける音を立てているグラスを掴む。

 

「下げろ」

 

 もう興味はないと、彼女はケッセルリンクを下がらせる。彼は自分が失敗したことに気付き、全身に力を入れて抵抗し、彼女に自分を売り込む。

 

「お待ち下さい。俺は情報を! 情報を持っております!」

 

 全身全霊を込めて叫ぶ彼に、彼女は少しだけ微笑んでみせ、声をかけた。

 

「そうか。情報を持っているのか」

 

 彼女が声を掛けたことで、兵士たちは、ケッセルリンクを力尽くで部屋から連れ出すのを一時的にやめる。

 

「はい! ですから!」

「お前程度が知っている情報ならば、他にも知っている者は必ずいるな。お前の持っている情報が、人目につかず消えてしまうようなことはないから安心するがいい」

 

 彼女はそう告げて、グラスに視線を落とす。ケッセルリンクの悲鳴は聞かなかったことにした。

 

「連れて行け」

 

 兵士たちはファーレンハイトの指示に従い、気が狂ったかのように叫ぶケッセルリンクを連行していった。

 彼女はグラスに口をつけ、グラスを持っていない方の手で、人払いするよう指示を出す。

 グラスが空になった頃には、謁見の間には彼女と側近と呼ばれる者しか残っていなかった。トレイにグラスを置き、彼女は立ち上がり部屋を出る。

 ケッセルリンクに関し、彼女が尋ねることは二度となかった。彼の処分も、知っていた情報もなにもかも。

 

 だが事件から逃げはせず、

 

―― 相変わらず難しい文書ですこと

 

 当事者たちから聞いた話を思い出しながら、纏められた硬い文章という表現が、これ以上ないほどしっくりくる文書を読み進めた。

 

**********

 

『フェルナー。バイオテロについて聞きたいのですが』

『あーご報告できるようなことはありませんよ、ジークリンデさま。お預かりした国璽を守るべく、邸に引きこもっていましたから』

 

**********

 

 話をテロが発生した時期へと戻す ――

 

 ウィルスを用いられたテロに遭遇したフェルナーは、収拾がつくまで彼女の邸に籠もっていた。

 臆病風に吹かれるなど、彼の性格上あり得ないのは誰でも分かる。

 彼が邸から出ようとしたなかったのは、彼女に告げた通り、国璽を預かっていた ―― ことも理由の一つだが、なによりも優先したのは、彼女の邸を守ることに心血を注いだ。

 

 オーディンが危険な状況なので領地に引きこもる。

 領地を持っている門閥貴族がよく取る行動だ。貴族の責務を放棄し、自己の安全さえ確保できれば良い。

 だが彼女はこのような行動は取らなかった。

 彼女自身の性格もあるが、皇帝が倒れ、後継者までオーディンから逃げ領地に引き籠もる ―― それはクーデターの成功を意味するため、領地に帰るという選択肢は最初からない。

 

 彼女の祈りが通じ、皇帝カザリンは無傷で救出された。

 だがカザリンはオーディンを離れ、安全などこかへと逃げることはできない。カザリン当人に自覚はなくとも、この幼女こそが銀河帝国の皇帝であり、テロに屈して逃げるわけにはいかない。

 軍を指揮し、帝都の安全を取り返す ―― それができる彼女が戻ってくるまでは、留まらなくてはならない。

 様々な理由から、カザリンの身の安全のことを考えれば、彼女は何がなんでもオーディンへと、帰らなくてはならなかった。

 

 彼女のオーディンへの帰国は避けられない。

 となれば、生活する空間の安全を確保する必要がある。

 その任に選ばれたのがフェルナーであった。

 彼は邸内に人を例外の一人をのぞいては、彼女が戻ってくるまで誰一人立ち入らせなかった。

 

「お待ちしておりました、カタリナさま」

「あら、私のこと待ってたの? フェルナー」

 

 その例外はカタリナ。

 シュトライトに保護されたカタリナは、帰宅せずローエングラム邸へと直行し、フェルナーに出迎えられた。

 

「もちろんに、ございます」

 

 カタリナは一年少し前までは元皇帝の側室。皇帝の身近に侍る立場であったため、ワクチンは全て接種しているので、余程のことがないかぎりウィルスを持ち込むことはない。

 念ために簡易の検査はしたものの、当然陰性であった。

 

「そう。それで? 用件は手短に言いなさいフェルナー」

 

 巨大なルドルフの肖像画 ―― 後世の画家が映像を元に描いたものではなく、ルドルフ本人をモデルにして描かれた ―― が飾られた、邸内で最も格の高い応接室へとカタリナを通し、菓子を茶を前へと置く。

 

「これはなに?」

 

 カタリナはテーブルに置かれた、横から見ると不格好な半円状で、カスタードの甘い香りをさせている手のひらサイズの物体を指さし尋ねた。

 

「ジークリンデさまが食べたいと仰っていた、皮の柔らかいシュークリームです」

 

 帝国のシュークリームは全て皮が固めのもの。それらを食べていたある日、彼女はふと「皮が柔らかいのも食べてみたいわね」と ―― ほとんど独り言だったのだが、その言葉をしっかりと聞いていたフェルナーが、菓子職人に作るように指示を出す。

 

「変わったものを希望したのね」

 

 指示された側は、あまりにもぼんやりとした指定にかなり困惑したが、そこは一流の職人、彼女が希望しているであろうものを作り上げた。それもこの、バイオテロの最中、隣さん ―― 新無憂宮 ―― が襲撃されているにも関わらず。

 

「演習を終えて帰国なさったら、食べていただく予定です」

「ああ。私に毒味をしろと言うことね」

 

 カタリナは手袋をはめたままつまみ上げる。

 

「職人が丹精込めて作ったものですので味は確かですが、柔らかさはやはり貴婦人に確認していただかないと」

「そう。食べてあげるわ。それで他は?」

 

 カタリナはしっとりと柔らかい皮のシュークリームを、口元へと運ぶ。

 

「現在国璽は、私が預かっております」

「そうなの。それと陛下が揃えば、この銀河帝国では好き勝手できるのよね」

 

 カタリナはフェルナーが国璽を所持していると言われても、驚きもしなければ疑いもしなかった。

 フェルナーがこの手の嘘をつくとは思わない……それ以上に、彼が持っていようが、いまいが、カタリナにはどうでも良いこと。

 

「……と言われておりますが、皇帝陛下の威光をものともしない、武力を持った若者には通じないでしょう」

「あら、若者と限定してしまうの?」

 

 ロイエンタールはフェルナーと同い年なので、若者の定義には入らない ―― そうカタリナは告げた。

 

「はい」

「あ、そう。この皮が柔らかいシューはまあまあだけど、紅茶がまずいわ」

 

 カタリナは指先でカップを弾いて笑う。

 

「申し訳ございません」

「まあ、色々と頑張りなさい」

「はい。ところでカタリナさま、今夜の夕食ですが、ご希望がおありでしたら何なりとお申し付けください」

 

 オラニエンブルク邸にカザリンの為の備蓄を整え、救出に全力を尽くす。その状況になれば、当然彼女はローエングラム邸かもしくはファーレンハイトの元帥府で指揮を執る ―― オーディンに残ることになる。

 「多少の不自由は覚悟しています」彼女はそう言うだろうが、家臣は彼女に通常とは変わらぬ生活を送らせるよう最大限に努力する。

 その一つが何時もと変わらぬ食事。それらを用意するためには、いかなる時でも、食材を用意し、調達できる手段を確保しなくてはならず、優秀な彼らはそれらを完璧に整えていた。

 その成果を持って、彼女の友人であり銀河帝国有数の大貴族の当主たるカタリナに、緊急時であろうとも、変わらぬ食事を提供することが出来るのだ。

 

「何でもいいの?」

「もちろんです。あ、でも奇食はご勘弁ください」

 

 さすがに虫や爬虫類や脳や目玉は用意できませんと、彼らしい人を食った笑みを持って軽口を叩いた。それに対するカタリナは、

 

「あんたは食べられないわけね、フェルナー」

 

 カタリナらしい勝ち気な見下し気味の笑みを持って応えた。

 

「私めは貴婦人のお遊びに耐えられるような代物ではございませんので、お許しください」

「その顔と態度と口調で、よくその台詞、言えるものね」

 


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