黒絹の皇妃   作:朱緒

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第233話

 気分転換にピアノを弾き終えてから ―― 報告が続けられたのだが、その内容は酸鼻を極めた。

 

 基礎学校の開校式で爆破事件が発生したのだ。

 爆薬や学校設備に仕掛けられたものではなく、入学式に参列していた子供に仕掛けられていた。人間爆弾というものである。

 式の半ばで爆破が起こり、爆弾となっていた子供”たち”は、ばらばらになり飛び散る。

 式典にラインハルトと随員のミュラー ―― 本来この式の随員はメックリンガーだったのだが、殺害されたため、急遽ミュラーがラインハルトに付き従っていた。

 現場に幸いにもラインハルトとミュラーがいたことで、現場は人間がばらばらになるような爆破が起こったにも関わらず、恐慌状態を避けることができた。

 だがその場にラインハルトとミュラーがいたことは、不幸にもつながる。彼らは負傷者を、軍病院へと搬送するよう命じてしまう。

 軍人以外は利用できない軍病院へ、速やかに……治療を優先した行動だったのだが、軍病院には体調不良を訴える、ウィルスに感染した兵士たちが大勢受診のために訪れており、軽傷だった子供たちが感染する事態が発生する。

 感染したことに気付かぬ子供たちは、手当終了後帰宅し、更に周囲にウィルスをばらまいた。

 そして新設校だが、爆破事件のあと、現場は封鎖され現場検証が行われるまで、兵士たちが見張っていたのだが、続く事件により封鎖されたままで、しばらく放置されることになった。仕方の無いことだったのだが、結果、ウィルス散布機が屋上に設置されているのに気付くのが遅れた。

 

 不幸中の幸いが一つだけ。爆弾を装着させられた子供たちは、自分が爆弾を装着していることを知らなかった。

 入り口で胸に付けられた造花の幾つかに仕込まれており、死ぬその瞬間まで全くの恐怖を感じることなく死に怯えることもなく ―― 何も知らぬ間に死んだ。

 

 テロは弱者が狙われるものだとは言うが、それにしても酷いものであろう。

 

 彼らは現場の見取り図を彼女の前に広げ、ラインハルトが立っていた位置や、知らぬまに爆弾を胸に装着していた子供たちの位置を指し示す。

 子供たちはどれもラインハルトから離れており、彼に花束を渡す役の子などは避けられていた。

 中心にいた子供が等間隔で四名 ―― その図から、明らかにこの爆発は更なる混乱を引き起こすための陽動でしかないことが分かる。

 

「起爆スイッチを押したのは誰ですか?」

「分かっておりません」

 

 現代は数十キロ離れた位置からでも起爆できるが、それは何ら対策が取られていない場所に限る。

 ラインハルトが臨席した式典は、起爆信号を遮断する装置が稼働していたので、遠距離からの操作ではないことは明らかであった。ただこの装置も万能ではなく、仕組みと信号の関係上、近距離からの操作は防ぐことはできない。

 

「映像を観る限りでは、おかしな動きをしている者はいないのですが」

 

 子供たちが爆破される直前に、おかしな動きを取っているものはいないか? 記念のために撮影されていた映像は調査されたのだが、いまだ見つかっていない。

 

「では私も見てみましょう。そんな顔をしなくてもいいでしょう。軍人以外の視点から見るのも重要ではないかと思ってのことです。爆発する直前で映像は止めてちょうだいね」

「まあ……そういうことでしたら」

 

 彼らは渋々ながら、彼女に命じられた通りに混乱発生直前までの式典の映像を流した。

 

―― この希望に満ちあふれていた子供たちが……胸が痛みます

 

 通常、このような式典の映像は、貴賓ばかりが映されるのだが、今回はラインハルトが主導していたこともあり、彼の指示のもと、子供たちが重点的に撮影されていた。

 

―― ええ、まあ。ミュラーが見て、ラインハルトが見て、メルカッツが見て、ファーレンハイトが見て、フェルナーが見て、キスリングが見て、分からないんですから、わたしが見たところで……え?

 

 分かるわけないわよね……と彼女が諦めたその時、おかしなものが流れ込んできた。突然のそれに、彼女は画面を凝視し ―― 映像が停止する。

 

「そして爆破が起きました」

「フェルナー少し戻して」

「はい。どこからですか?」

「このまま戻せる? 音を出したまま」

「出来ますよ」

 

 彼女は目を閉じて耳を両手を自分の首筋にあてて、逆回転している音に耳を澄ませる。

 

「止めて」

「はい」

「伴奏のピアノ、音が狂ってます。ごく僅かですが、確実に外れてます。四箇所もずれがあるのは、おかしいような気がします……特定の音、何回かで爆発する装置って作れるの?」

 

 ラインハルト肝いりの学校の開校式で、ピアノの調律が不十分だとは考え辛い。

 

「作れます」

「式の構成を担当したのは?」

「メックリンガー提督だそうです」

「彼が随行していたら、自ら確認したでしょうね」

「おそらく。伴奏を担当していたのも彼でした。彼が殺害された理由は、この辺りにあるのかも知れません」

 

 急遽代役としてピアノを弾いた人物だが、当日随員になったミュラーが、軍楽隊を通して捜してもらった人物(軍楽隊は吹奏楽器がメインで、ピアニストは数が少ない)

 音のずれに関しては「今聞けばわかりますが、当時は緊張していて、余裕がありませんでした」と。当日の朝に声を掛けられ、出かけ際まで軍で練習してやってきた彼に不審なところはなく ―― 知らぬ間に起爆スイッチを押す役を押しつけられていた。

 

「どうして、巻き込むのかしらね」

 

 幸せそうな子供たちの映像を観ながら、彼女は深々とため息を吐き出した。

 

**********

 

 フェルナーとシュトライトがヴェストパーレ男爵夫人無理心中関係で慌ただしく動いていた頃、シューマッハの私用端末に連絡が入った。

 名前を確認するとランズベルク伯。

 面倒事だろうなと思うも、無視するという選択肢がないシューマッハは端末を手に取りつないだ。

 

「おはようございます。どうなさいました? 伯爵」

 

 おはよう……というには、時間的に早すぎるとは思ったが、適当な挨拶が思い浮かばなかったシューマッハは、いつも通りに挨拶をしてみたものの、どうも様子がおかしいことに気付く。

 

「…………伯爵? ランズベルク伯? どうなさいました」

 

 呼びかけるのをやめ、通話だけを映像ありに切り替える。

 画面に映し出されたランズベルク伯の顔色は、血の気が失せており、死期が近いのが一目で分かる状況であった。

 ランズベルク伯はシューマッハにつながったことに気付くと、賊の侵入があったこと、賊が新無憂宮へと続く隠し通路について聞きたがっていたが、伯が口を割らなかったで諦めて去ったことなどを告げる。

 端末を持ったまま、シューマッハはどうしたものかと考えた。

 救助は当然差し向けるのだが、どの程度の規模のものを差し向けるべきか? が、問題だった。

 

 ランズベルク伯がシューマッハに連絡を取れたこと、これは罠の可能性が高い。隠し通路がどこにあるのかを聞き出すために、拷問を加えたが、結局聞き出せずに生かしたまま立ち去るというのが不自然であった。

 情報を得るための拷問は情報を得るまで続けられるものであり、途中で死ぬことはあるが、まだ話せる段階で諦めて去るということはまずない。

 更に救助を外に求めることができるツールを、手が届く範囲においてなど、戦地で傷ついた兵を囮にし、助けに来た兵士を狙い撃つ罠のようなもの。

 

 むろん罠と分かっていても、助けには行くのだが、どのような編成で救出に向かわせるべきかを悩んでいた ―― 状況から長考している余裕はないので、無難な部隊を編成しシューマッハが指揮を執る。

 

 ランズベルク伯の邸に向かう途中、シューマッハはリヒテンラーデ公が狙われたあのテロ事件と似ていることに気付く。

 部屋にまだ犯人がおり、ランズベルク伯に外部と連絡を取るよう指示を出した。

 そう考えると、拷問され口を割らなかったにも関わらず生きている状況にも納得がゆく。

 ではランズベルク伯が、なにと引き替えに犯人に命じられるままに、シューマッハに襲われたので助けてくれと連絡してきたのか。

 シューマッハはらランズベルク伯邸へと向かう車中で、彼の言葉を反芻し ―― 騎士という単語が頻繁に使われていたのに思い当たった。

 ランズベルク伯の語彙と普段の言動からすると、騎士や騎士道という単語を使うのはおかしくはないのだが、短い通話の間「騎士」が不自然なほど登場していた。

 意識が混濁しているので、何度も繰り返してしまったとも取れるが、シューマッハはそうは考えず、あそこまで騎士を繰り返した理由を、貴婦人の命がかかっていると解釈し、行き先をベーネミュンデ公爵夫人が住む邸へと変えて急ぎ、別の部隊をランズベルク伯の邸へと向かわせた。

 

 ベーネミュンデ公爵夫人邸を訪れてから、シューマッハはランズベルク伯の元へと急ぎ、命が途切れる間際に間に合った。

 

「閣下。遅くなって申し訳ございません。閣下のお申し付け通り、ベーネミュンデ公爵夫人の救出をしておりました。ご安心ください、ベーネミュンデ公爵夫人はご無事です」

 

 シューマッハは嘘をつき、ランズベルク伯はその嘘に欺され、安らかに息を引き取った。彼が公爵夫人の元を訪れた時には、すでに遅く ―― 毒を盛られて眠るように息を引き取っていた。

 

 ランズベルク伯とベーネミュンデ公爵夫人の死にも、彼女は打ちひしがれるが、更なる被害者がいた。ペクニッツ公爵である。

 ペクニッツ公爵は新無憂宮が襲撃されるよりも前に外出し、宮内省を訪れていた。彼女への贈り物購入代金の交渉のために。

 どうもペクニッツ公爵は、宮内次官ハルテンベルク伯爵の襲撃に居合わせ、巻き添えにあった可能性が高いとこの時点では思われていた。

 

 

 実際は彼が目的であったのだが、それが判明するのは、もうしばらく後のこと

 

 

 この時点で、襲撃犯の目的だと目されていたハルテンベルク伯はというと、その時、執務室に義理の弟と、皇太子の落胤と嘯く伊達男が居合わせたため、事なきを得た ―― 死体を見聞した検死官が「襲撃犯に同情する」と漏らしたくらいに彼らは見事に応戦してみせた。

 執務室の扉をたたき割って侵入してきた襲撃犯は、死角から飛んできた椅子を避けられず倒れる。その際トマホークを手放してしまったのが、彼らの運の尽き。

 トマホークを拾い上げたシェーンコップは、狙い澄ましてまず最初の一人の胴体と首を切り離す。噴水のように血を吹き出す胴体と、シャンデリアにぶつかりぶら下がる頭部。

 その後ろにいた襲撃犯は、状況を理解する前に肘から下を切り落とされ、それを拾ったリューネブルクに頭のど真ん中をたたき切られる。

 胸の辺りまで切られた死体は、先ほどシェーンコップが胴と首を切り離した体同様、血を吹き出しながら数歩歩き、床に倒れ絶望的な痙攣を始める。

 二人が葬られたところで、やっと状況を理解し、シェーンコップとリューネブルクを排除しようとしたが ―― 状況を理解したのなら逃げるべきだったな……とは、シェーンコップ。

 執務室の周囲はどす黒い血と、人の脂で染め上げられた。

 

「隊長、ご無事でしたか」

「あたりまえだろう、リンツ」

 

 控え室で待っていたリンツとブルームハルトが、シェーンコップたちと同じく、トマホークを持ち血に染まりながら、駆け寄ってきた。

 彼らが通った廊下も、執務室と同じように、血と脂と骨が飛び散り、それらが目地に入り込み、襲撃犯を撃退した一帯は、大理石を張り替えることになった。

 

 襲撃犯を撃退し、ハルテンベルク伯を守ったということで、彼女はリューネブルクにシェーンコップ、リンツとブルームハルトを呼び出し、謁見室で声を掛けてやった。

 

―― ペクニッツ公爵は残念でしたが、ハルテンベルク伯が無事だったのは良かった……襲撃犯にとっては、最悪だったでしょうがね

 

「大公妃殿下、一つ宜しいでしょうか」

 

 片膝をつき頭を下げていた四人のうちの一人、シェーンコップが顔を上げる。

 

「なんだ、ワルター」

「宮内省の襲撃部隊は、次官を狙ったものではなく、ペクニッツ公爵を狙ったものではないかと、カスパー・リンツめが申しております」

 

 唐突な申し出に、隣で頭を下げていたリューネブルクが下方から睨めつけるが、当のシェーンコップが気にするはずもない。

 

「なるほど。リンツ、面を上げよ」

「はっ」

 

―― なんでこの人、こんなに痩せたの? 降霊会につれていった時は、こんなに痩せてなかったような。病気か何かかしら?

 

 その降霊会での出来事により、生活費が止められているなどとは、思ってもいない彼女は、どうしたのだろう? と。

 そんな彼女の心配を余所に、リンツは当時の状況を語り出した。

 彼とブルームハルトは、事前に通告も無しにいきなりやってきたリューネブルクに連れ出されたシェーンコップの身を案じて、付き従った。

 彼らの外出は禁止はされていないが、制限されている。

 市街地など、一般人が多くいる地区は立ち入り禁止。軍施設や新無憂宮も当然禁止。省庁も基本立ち入り禁止だが、彼女が尚書を務めている三省の次官執務室に限っては立ち入りを許可していた。

 呼び出す事があるかも知れないという、彼女の希望から。

 よって彼らが宮内省の次官室を目指すのは、特に違法ではない。こうして宮内省に到着したのだが、二人は次官室ではなく、省高官と面会するさいの控え室で待つように言われ ―― 彼らは黙って従った。

 そこで彼らは陸戦兵の性質ともいうべきか、省の見取り図を眺め、次官室の位置や避難経路などを調べていた。

 そうしていると、職員がやってきて、二人に地上車で待機して欲しいと言ってきた。

 理由を聞くと、皇帝の父親がやってくるのとのこと。身分が怪しい彼らと同室にはできない。彼らは自分たちがどのような立場なのか、よく分かっているので、職員が駐車場まで案内してくれることを条件に、控え室を後にした。

 その途中でペクニッツ公爵が襲われており ―― この時二人は襲われているのがペクニッツ公爵だとは知らず、ただ、丸腰の人間が頭をかち割られている場面に遭遇しているのに、逃げるのは性に合わないとばかりに攻撃に転じた。

 

「見取り図を見ていただければお分かりでしょうが、襲撃犯が控え室側の棟に押し入る理由がないのです」

 

 正面入り口から入り、左側に次官執務室があり、右側に控え室。反対側へと行くためには、中央を通らなくてはならない。目的もないのに、やってくるには ――

 

「たしかに陽動ということも考えられますが、小官には公爵を狙っていたように見えました」

 

 殺害されたのが、なんの権力も持たないペクニッツ公爵だったこともあり、巻き添えで死んだものとされたのだが、現場に居合わせた二人は、どうしてもそうは思えなかった。

 だが彼らの証言を裏付けるような証拠はない。

 

「分かった。我が心に留めておこう」

「ありがとうございます」

「ときにカスパー。随分と人相が変わっておるが、帝国の水は合わぬか?」

 

 褒美として食べ慣れている同盟の食事を手配しようと考えていた彼女だが、リンツは違うと。

 

「オラニエンブルク大公妃のことが心配で、食事が喉を通りませんでした」

「わたしのことが。お前が心配せずとも、わたしの周囲は優秀な部下ばかりだ」

「今回のことではなく、以前お会いしたとき以来、体調について一切知る術がなかったので。身の程らずと自覚しておりますが、ご心配申し上げておりました」

 

 リンツの前で、血の涙を流して倒れたことを言っているのだと理解した彼女は、随分と前に治ったわよと ――

 

「そうか。私は回復している、食事はもう喉を通るな。それと、私は痩せた男は好きだが、やつれた男は嫌いだ。いまのお前はやつれているだけだ、だから下がれ」

「御意」

 

―― 別に痩せている男は好きでもなんでも、なんでもないのですが、今更言ったところで……

 

 


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