黒絹の皇妃   作:朱緒

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第216話

 新無憂宮を出たあと”急なことですが、今夜の警備がキスリングではなく、私になりました”とフェルナー言われた彼女は、

 

「そうですか」

 

 珍しいことでもなんでもないので、特に何事も無く受け入れた。

 帰宅後、いつも通りに過ごし、コットン製で色は白単色、裾が長くフリルが幾重にも重なっているネグリジェに着替え、あとは広いベッドに横になるばかりだったのだが、

 

「申し訳ございません。少々お待ちください」

「一人で横になれますから」

「すぐに戻りますから。本当にすぐに戻りますから、お待ち下さいね」

 

 呼びだされたフェルナーが、彼女を部屋に一人残して廊下へと出る。

 

―― そんなに念を押さなくても、なにもしませ……

 

 一人寝室に残された彼女の目に止まったのは椅子。

 あの日から寝室に置かれている椅子に近寄り脚を掴んで持ち上げる。思っていたより軽く、これなら自分でも攻撃できるのではないか? という考えが浮かぶ。

 姫と呼ばれ大切に育てられた高貴な身分の持ち主で、帝国一の貴婦人と誰もが認める女性が、椅子を手に戦おうなどと考えるなど、あるまじきことだが、

 

―― 勢いをつけたら私でも攻撃できるかも!

 

 当人には、そんなことは関係ない。むしろ、凄く良いことを考えついたとしか思っていない状態。

 周りに誰かいたなら、椅子を掴んだ時点で”なにをお考えですか”と取り上げられるところだが、今は誰もいないので、

 

「軽くアキレス腱を伸ばして…………足首と手首を回して…………」

 

 大急ぎながら準備運動までする始末。

 彼女は再度椅子の脚を握った手に力を込めて、持ち上げ手振り下ろすも、

 

「なんか、足りない」

 

 相手を失神させるような威力がないことは、彼女も分かった。そこで、勢いをつけようと、ぐるぐる回り出す。

 

―― これなら、少しは…………え? あっ!

 

 これなら良い勢いでぶつけられそう! となった彼女だが、勢いが付きすぎて止まらなくなり”誰か止めて! ……でも見られたら困る”状況に陥った。

 その頃廊下で、彼女には聞かせられない類いの情報を交換しあっていると、マリーカたちがハーブティーが並々と入ったポットとカップを乗せたワゴンを押してやってきた。

 

「早くジークリンデさまの元へ戻れ」

 

 彼女を待たせるわけにはいかないと、ファーレンハイトは話を打ち切る。

 

「呼びだしておきながら。あなたがそう言う人だということは、よく分かっていますがね。挨拶は早々に済ませてください」

 

 そんなことを言いながら二人は寝室と繋がっている、彼らが待機場所になっている部屋へ。寝室よりは狭いその部屋を、フェルナーが前をファーレンハイトがその後ろといった状態で大股で横断し、

 

「失礼いたしま……」

 

 寝室のドアを開けたところ、椅子が飛んできた。

 この時点で彼女は、彼らめがけて椅子を放り投げたなど知らない。なぜならば裾の長い長いネグリジェを着用し、三㎝ヒールの靴を履いてこのような行動を取った結果、フリル付きの裾を踏み、ひっくり返り、咄嗟に手を離してしまった状態。

 先頭を歩いていたフェルナーは体勢を低くしそれを避け、ブラスターを抜いて彼女に駆け寄る。

 フェルナーが前に立っていたこともあり、ファーレンハイトは避けきれずに左の脇腹のあたりに椅子の攻撃を受ける。

 彼女渾身の攻撃だったのだが、ファーレンハイトの足を止めるような威力はなく、彼もブラスターを抜き、ドア側を振り返る。

 ファーレンハイトの後ろには、ワゴンを押し寝室入り口前に待機していたマリーカがおり ―― 椅子が床に落ちた音と、突然向けられた銃口に驚く。声を上げる暇もなく立ち尽くしているマリーカ、事情説明などはなくドアが閉ざされる。

 どうして良いのか皆目見当がつかなかったマリーカだったが、再びドアが開き、まずはファーレンハイト、次に彼女を世間的一般的に”お姫さま抱っこ”と言われる形で抱えたフェルナーが現れた。

 訳が分からず立ち尽くしているマリーカを、これまた無視した状態で、

 

「怪我なんてしていません!」

「はいはい。怪我をしているかどうかの判断を下せるのは、医者だけですから」

「じゃあ、医者を呼ぶだけでいいでしょう」

 

 彼女を医務室へと連行。

 医者を寝室に呼んでと叫ぶ彼女に、廊下へと続くドアを開けたファーレンハイトが、

 

「骨や内臓に損傷がないかどうかの確認も必要ですので」

「ちょっと打っただけよ! 異常なんてある訳ないです」

 

 医務室へ連れて行く理由をかなりおざなりに説明し、拒否する彼女を無視し端末を取り出し連絡を入れる。

 

「ああ、私だ。ジークリンデさまが体を強打した。検査機の用意を急げ。あ? 骨と内臓の両方だ」

「どこも痛くありませんって。ファーレンハイト、フェルナー!」

 

 嵐のようにマリーカの前を去っていった三人(彼女からはマリーカは見えていなかった)静けさが戻った部屋で、マリーカはこれは異常事態だと考え、急ぎキスリングに連絡を入れた ―― 賊の襲撃があった……と。

 

 誰も賊の襲撃があったなどとは言っていないが、目の前にいた軍人二名がブラスターを抜いて辺りを威嚇している姿を目撃したら、賊の襲撃と間違えてもおかしくはない。

 

**********

 

「怪我などしていないと言ったでしょう……」

 

 検査を終えて、何処にも異常がないことが確認されて、彼女は寝室へやっと戻ることができた。

 

「怪我がなかったのはただの幸運です。あれほど派手に尻餅をついて、骨折や内臓の損傷がないなど、本当に僥倖以外のなにものでもありません」

 

 ベッドに俯せになっている彼女に、フェルナーが諭すように話し掛ける。彼女が俯せなのは、軽い打ち身は負ったので背面が痛むため ―― 実際痛いのだが騒ぎが大きくなったことと、自業自得であることを自覚しているので痛くいなと言い張っていた。

 

「骨は丈夫ですし、お尻の辺りにはそれなりに肉が付いているから……そんなことになる筈はないでしょう」

 

 枕に顔を埋め、太いのですと恥ずかしがりながら告白するのだが、フェルナーとファーレンハイトは顔を見合わせて、両者眉間に皺を寄せ目を閉じて、ため息を吐き出しながら、疲れたかのように首を振る。

 

「そう思われるのはジークリンデさまの自由ですが、同意はできませんな」

 

―― ファーレンハイトに同意されたら、それはそれで……

 

 何とも複雑な揺れる女心状態だった彼女に、

 

「それで、ジークリンデさま。なぜ椅子を放り投げるような真似を?」

 

 ファーレンハイトが若干強い口調で問いただす。

 

「……」

 

―― 戦えるような気がした……なんて言ったら……

 

 彼女は藤色の枕を抱きしめ、上目遣いにファーレンハイトとフェルナーを見つめる。

 

「……明日聞かせていただきますので、今日はゆっくりとお休みください」

 

 潤み揺れる、透き通るように美しい翡翠色の瞳を前に、ファーレンハイトは何時ものことだが、自分が悪いことをしているような気持ちになり、すぐに引いた。

 

「ハーブティー用意しますから、それを飲んでお休みになってくださいね。痛くて眠れないのでしたら、薬を用意しますので、無理せず、すぐに言って下さい」

 

 フェルナーは最初から聞く気無し状態で、彼女に早く休むよう勧める。

 彼女はハーブティーも要らない、眠るので電気を消すように言う。

 二人がかりで天蓋が降ろされ、ベッドの上が閉じられた空間になったところで、彼女は臀部が痛むも、枕を抱いたまま右に左に転がる。

 

―― ああー! 心配させるつもりはなかったんです。ちょっとした……ちょっとした出来心だったんです……いたっ……うわっ! ベッドから落ちるところでした!

 

 ファーレンハイトとフェルナーのことを思うのであれば、ベッドの上でも大人しくしくするのが最高の気遣いであろう。

 

**********

 

 彼女がベッドで痛みを堪えて回転し、一人懺悔をしているころ、キスリングと勢いにのって同行したミュラーが彼女の邸に到着したのだが、邸内は静か空気が張り詰めていた。

 何があったのか、キスリングが尋ねると ――

 

 ファーレンハイトとフェルナーは、椅子がすっ飛んできたこと、それが彼女が椅子を振り回したのが原因であることも、勢いが付きすぎて体勢を崩して尻餅をついたことも分かっていた。

 放り投げらた椅子を脇腹に食らった方は軍人だったこともあり、軽い打ち身で済んだのだが、放り投げた方は軍人でもなければ、肉付きが良い方でもなく、体は丈夫ではないどころか、控え目にいってひ弱。

 少々覚えのある男ならば、腕を掴んで少しでも力を込めたら折れてしまうのではないかと恐怖を覚えるくらいに細く、儚さすらあり、それは残念ながら杞憂ではない。

 彼女が黒曜石の床に臀部を強かに打ちつけた結果、月経の周期が狂ってしまった。

 外からの強いショックで引き起こされることは、珍しいことではない ―― どれだけ強く腰や臀部を打ち付けたのか分かっていただけよう。

 門閥貴族ともなれば、月経の周期も側仕えの侍女や、その他の部下たちには知られている。なにせ自分で品を用意するわけでもなく、予定を組むのも他者なので知らせないわけにはいかないのだ。

 

 よって突如起こったそれに対して、周囲は慌て混乱が誤報を産み ―― 早期流産したということになってしまった。

 

 事情を知っているフェルナーやファーレンハイト、合流したキスリングやミュラーは”それは、ほぼあり得ない”と言いたいのだが、これに関しては声高に叫ぶわけにもいかない。

 早期流産そのものは珍しいものではなく、彼女のスケジュールを遡れば、ラインハルトと……という事実もある。

 

「どうにかして、おさめることはできないんですか?」

 

 才能無いと言われて落ち込んで、ちょっと持ち場を離れたらこの騒ぎ。

 なんで自分は、そんなことをしてしまったのだろうと悔いるキスリング。

 

「ないな。あのフォイエルバッハが、マリーンドルフ伯に泣きながら連絡を入れて……」

 

 その彼に、ファーレンハイトはもう手の施しようがないと告げる。

 あの場で盛大に無視されたマリーカ。

 マリーカはそれに関しては特に気にはしていなかったが、彼女の容態は非常に気になり、医務室の周りをうろうろし、外傷はないが出血、もしかしたら……と聞かされて、青ざめる。

 マリーカがこの二日ほど彼女に運んでいたハーブティーには、妊娠初期には飲んではいけないものが、ことごとくブレンドされていた。

 もしかして彼女の流産の原因(流産などしていないのだが)は、お休み前のハーブティーではないかと慌てたマリーカは、主家の当主であるマリードルフ伯に大急ぎで連絡を入れ……

 

「エッシェンバッハ公のほうに連絡が行った。かの夫君は事情を知っているので、かなり答えに詰まったようだが、如才ない方ゆえに上手く言いつくろって下さった。その”せい”とは言ってはいけないのだが、夫君が認めたこともあり……まあ、そういうことだ」

 

 政治や軍事関係ならば、もっと上手く誤魔化せたのであろうが、私生活のデリケートな部分だったがために ―― ラインハルトは自分でできる最大限の嘘をつくも、言動が普段の彼らしからぬ、言葉につまり慌てふためき……結果、非常に真実味を帯びてしまった。

 

 また、この種の噂は下手に打ち消そうとすると、余計な誤解を生む。これ以上、悲惨な噂に変貌させるよりは、このまま維持させたほうが良い ―― それに、この噂がまことしやかに流れるならば、彼女の体の異変も上手く隠せる。

 

「事情は明日説明する予定なのだが、誰が説明するか? 悩んでいたところだった」

 

 ファーレンハイトはそう言い、ミュラーの右肩を強く握る。

 

「お願いしますね、ミュラー大将閣下」

 

 フェルナーもミュラーの左肩を壊すかのように強く握る。

 

 敵地に殴り込むのも、殿を務めるのも怖くはない彼らだが、この種の説明は大の苦手であった。

 

「ちょ、お待ちくださ……嗚呼!」

 

***********

 

―― 腰痛いわー。でも痛いと言ったら強制的に休ませられるでしょうから……でも、椅子に座っていられるかしらー。尚書の椅子は高級椅子ですけれど……

 

 などと思いながら目覚めた彼女。一晩で事態があらぬ方向にも程がある状態に陥っているなど知らぬ彼女は、手を伸ばし呼び出しのベルを鳴らす。

 するとすぐにフェルナーがやってきて、天幕をあけ、アボカドと海老のゼリー寄せとジンジャエールが乗ったトレイを差し出す。

 

「おはようございます、ジークリンデさま」

「おはよう、フェルナー」

 

 何事もなかったかのように、カーテンを開けるフェルナーの背を見ながら、彼女はジンジャエールを飲む。

 

―― このままスルーしてくれる?

 

 その凜とした背中を見つめながら、そんな希望を持った彼女だが、その希望は打ち砕かれる。

 フェルナーから「緊急事態が発生しました」と告げられ、事情を説明するためにキスリングが現れた。

 

 実はあの後、キスリングが「小官が説明させていただきます!」とミュラーを押しのけて前に出てきた。

 やる気があるならと二人は任せることに。

 

―― キスリングは分かりますけれど、なんでミュラー! どういうことなの、フェルナー!

 

 説明をしなくてよくなったミュラーだが、彼女には会いたいので、そのまま居残り、こうして説明の場に共にやってきた。

 意外な一人もやってくると聞き、着替えるまで待たせることはできないのですかと尋ねたものの、急ぎですと言われ、緊急措置として大判のベールを被って、二人と会うことにした。

 

―― 身支度を調える時間もないほどの緊急事態が発生した……なんで目覚めるまで待ったのかしら? キスリングには寝起きの顔は何度も見られていますから慣れてますけれど、ミュラーは……いえ、まあミュラーには顔どころか……

 

 目が覚めるまで待てるのならば、着替えを済ませるまで待ってくれてもいいのでは? などと思いつつ、寝起きで思考がクリアではない彼女に告げられたのは、昨晩の彼女の”戦えそう”から派生した出来事。

 

―― 早期流産ですか……早期流産……誰も困らない嘘ですが、心苦しいといいますか

 

「……私の軽率な行動が、そんな騒ぎになっていたのですか。分かりました、否定もしなければ肯定もしません」

 

 違うと騒ぐよりならば、噂が収まるまで曖昧に微笑んで済ませるという、消極的な手段に彼女も同意した。

 

「というわけで、本日は安静にしていただきます。いいですね、ジークリンデさま」

「分かりました、フェルナー。わざわざ説明してくれて、ありがとうキスリング。ミュラー、私の邸を訪問してくれるのは嬉しいのですが、なぜあなたがここにいるのか、邸の主たる私に教えてちょうだい」

 

 ミュラーの訪問そのものは歓迎……過去の事情から、手放しで喜べはしないが、二度も同じ過ちをおかすような人ではないと信用しているので(姫さま、そいつのこと信用しすぎです)訪問を拒むつもりはなかった。

 

「……」

 

 彼女は化粧をしていなくとも美しい。眠っている姿も美しければ、目を覚ました直後も美しい。腫れぼったい目蓋やら、涎の跡などとは無縁で、寝癖のつく黒髪などあり得ない。まっすぐで艶やかな黒髪を被う、百合模様のグリーンのベール。それがベッドの上に大きく広がり ―― とにかく綺麗であった。

 

「ミュラー?」

「あ、申し訳ございません……あの、ジークリンデさま! 一つお聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」

「私に答えられることでしたら、正直に答えましょう」

 

 彼女はミュラーには後々お世話になる可能性があるので、できる限り誠実に対応したいと考え、このような返事になった。

 そのミュラーが彼女に聞いてきたのは「小官は艦隊戦以外に、どのような才能があるのでしょうか」というもの。

 

―― なぜ私に聞くのですか……いや、私のこれは、カンニング……

 

 ちょっとした知識で人を見る目があるなどと言われたいたことを思い出した彼女は、内心悲鳴を漏らすも、わりと印象に残っているミュラーの才能を覚えている限り上げた。

 

「……要するに、貴方はこの国にはなくてならない人になるわ。私はそう信じています」

 

 それはもう、褒めに褒めまくった。

 脇で聞いていたフェルナーと、登庁前挨拶のためにやってきたファーレンハイトが「褒めすぎです。続くキスリングは……」とは思ったが、彼女の言葉を遮ることはなかった。

 ちなみに聞いたミュラー自身、ここまで褒められると思っていなかったので ―― 彼はキスリングが聞きやすいよう、この話題を振ったのだ。

 ”どうしよう”と、彼女以外の誰もが思ったが、最早この話題を避けるわけにもいかないと、

 

「ついでに、キスリングの才能も教えてください、ジークリンデさま」

 

 フェルナーが突っ込んだ。彼は自分に被害が及ばぬ限りは、果敢に攻める性格である。

 

「貴方たちのほうが知っているでしょう。キスリングを選んだのは、貴方たちなのですから」

「ジークリンデさま、人を見る目がおありですから。私たちやキスリング自身が知らないような才能を教えていただけると嬉しいなと」

 

 話を振られた彼女は焦った。

 キスリングが無能だとは思わないが、彼はミュラーに比べたら記述が極端に少ない。それを言ったら、ファーレンハイトもフェルナーも似たようなものだが、彼らよりも更に少ない。特に才能に関しては、護衛以外している姿など書かれていなかった。

 一緒に過ごし、無能とは縁遠いことは分かっているが、

 

―― だから、私のそれは……ミュラーと比較すると、記述が少ないのよ、才能あるのは分かってます! それはもう……

 

 具体的な才能を言ってくださいと言われると、彼女は絶望するしかなかった。

 だが、ここで若い才能(自分より年上)を褒めないという選択肢はない。だが適当なことも言えない。だから彼女は ――

 

「教えません」

「どうしてですか? ジークリンデさま。キスリングが聞きたがってますよ」

「後悔しているのですよ」

「なんの後悔ですか?」

「あなたやファーレンハイトに、警護以外の才能があると漏らしたら、貴方たち出世して手元に置けなくなってしまったことを。もちろん、貴方たちの栄達は嬉しいけれど、側にいてくれなくなるのは寂しくて。と、過去の二度を後悔しているから、キスリングの才能は言いません」

 

 ベールを引っ張り顔を隠しつつ「才能はあるけれど、警護として身近に起き続けたいから言わない」と語った。彼女が出来うる最大限の誤魔化しである。

 

「キスリングをずっと側においておきたい、ということで?」

「ええ。他に才能ありますから、私の護衛に飽きたら何時でも言ってくれたら、解放しますけれど、私からは言いません」

 

 才能を羅列され、国のために尽くすように言われたミュラーと、才能は内緒で自分のために尽くすよう言われたキスリング。

 こうして上官を迎えにやってきたザンデルスは、世にも珍しいテンションが高いキスリングと、滅び行く世界に絶望するかのごときミュラーに遭遇することになったのである。

 

 ちなみにその後 ――

 

「……なんだ? シュナイダー」

『ザンデルス。ファーレンハイト元帥から、統帥本部総長の辞任届けが! どういうことだ!』

「分からん……保留にしておいてくれ」

 

 キスリングの才能あるなし問題とは違い、これに関してザンデルスはすぐに彼女に持ち込んだ。

 


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