ギュンター・キスリング准佐は、
「…………」
国務尚書リヒテンラーデ侯と、
「…………」
次期皇帝の外戚と目されているリッテンハイム侯が向かい会い、沈黙している国務尚書の執務室の隅で直立不動で立っていた。
命じられた時間に、命じられた場所に来たにも関わらず居ない者扱い。
だが帝国において平民の扱いは、総じてこのようなものなので ―― 気にはしなかった。彼が気になったのは陽射し。
雲が日を覆い、大きな窓からさし込んでいた陽射しが弱くなり、室内の空気も下がったように感じられた。
執務室の扉がノックされ、座っている二人が視線を僅かに動かす。
「失礼いたします」
「入れ」
中将の軍服を着用した、陽射しがあまり似合いそうにない男と、灰色が似合いそうな大佐が一礼し入室した。
中将はリングケースを、大佐は手紙の束を国務尚書の前に置く。それらを見て、リッテンハイム侯は落ち着きを失った。
「いまさら私が言うのもおかしいが、もう少しまともな婿を選べなかったのかな?」
「クリスティーネがとても気に入っている男でな」
「そこはご夫婦の問題なので、私の預かり知らぬところだが、リッテンハイム侯よ、マールバッハ伯に伝えよ。貴兄がローエングラム伯爵夫人の夫に選ばれることはないとな」
平民のキスリングにとって普通であれば雲の上の話で、まったく意味も分からないところだが、登場人物の名を聞き、
―― 帝国有数の漁色家が、帝国でもっとも美しい女性に言い寄ってるんだな
簡単に事情を察することができた。
「手紙はこれだけか?」
「ほんの一部です」
国務尚書とリッテンハイム侯の間に置かれる、上質な封筒と深い「O」の飾り文字つきの青色の蝋封。深い青は手紙の主をよく表していた。
「中将、大佐。連れていけ」
ファーレンハイトとフェルナーの二人に連れられ、キスリングは国務尚書とリッテンハイム侯に頭を下げてから退出した。
執務室内の出来事について、キスリングは詳しく尋ねなかった。尋ねたところで、ファーレンハイトもフェルナーも答えることはなかっただろう。彼らも、リヒテンラーデ侯がリッテンハイム侯となにを話しているのか、この時点では知らないから――
軍人三名が下がったあと、
「新しい護衛だ。顔は覚えたか」
「了承した」
帝国有数の貴族の当主同士が、帝国の行く末について注意深く、迂遠に話合っていた。
「ところでマールバッハ伯は、どこまで事情を知っているのだ?」
「全て教えるわけにはいくまい。ところでリヒテンラーデ侯、ローエングラム伯爵夫人は事情を知らぬのか?」
「知らんわ。あれに教えることなどない。帝国の女は何も知らずに微笑んでおればいい」
二人はその後も意味深な会話を交わし、いつも通り不機嫌そうにしてリッテンハイム侯は執務室を出ていった。
一人になったリヒテンラーデ侯は、浮かんでくる幾つかの考えを吟味し、
「どれも上手くいかぬな……ん?」
考えをまとめるためにペンを動かそうと、雑記帳が入っている机の引き出しを開けたところ、本人しか分からぬ違和感を覚えた。重要ではない紙の束を机にのせ、無造作に扱うことで重要性に気付かれないようにしている封筒を手に取った。
「裏表が逆に……忍びこんでおきながら、わざわざ知られるようにするとは……あの、神経が太いのか」
犯人 ―― フェルナー ―― の予想は簡単につき、侵入経路もすぐに分かった。この執務室には秘密の出入り口がある。承認コード制で、それを知っているのは極僅か。脱出口として作られたものだが、彼女が人目に付かぬよう執務室を訪れる際にも使われており、その際、運転手を務めるのはフェルナーとファーレンハイトのみで、この二人も当然番号を知っている。
キスリングはこれから番号を教えられる予定である。
「痩せた犬は口も固いな」
手紙がどのようなものなのか? ファーレンハイトは知っているので、触るような真似はしない。
手紙の差出人は「J.V.D」受取人は「A.V.F」
**********
キスリングは駐車場や出入り口についている衛士に挨拶回りをし、その後承認コードと、秘密の出入り口に繋がる道を教えられたり ――
そして最後に首から下げられるよう鎖を通した「J.V.D」と内側に刻印された、シンプルな銀のリングを渡された。
「これはなんですか?」
「特別通行書のようなものだ」
「ようなもの、ですか」
受け取ったキスリングは、軍では考えられないような通行書だと、半ばあきれ、半ば貴族らしさに感心しながら自分を納得させた。
「ジークリンデさまの護衛の証明で、それさえ身に付けていれば、西苑に立ち入ることができる。ジークリンデさまは職務上、西苑にいることが多い。この西苑とは、説明するまでもないが陛下の愛妾が集められている場所で、ここにかの有名なベーネミュンデ侯爵夫人やグリューネワルト伯爵夫人もいる。陛下にとって私的な空間ゆえに、立入制限がある」
「ジークリンデさまはご自由に出入りできるけれど、警備は簡単にはなあ。分かるだろう」
「そもそも西苑の女官長に警護というのが前代未聞だ」
「小官が三代目と聞きましたが……先代、先々代はお二人で?」
女官の警護につくよう命じられたキスリングは、まず困惑した。士官学校を出た二十代半ばの自分が、一人の女性の身を守る任務。
到底軍人の仕事とは思えなかったが、拒否することもできず ―― 警備対象者の名を見て、知っていそうな同期に連絡を取った。
相手はファーレンハイトの副官、ザンデルス少佐。
連絡をもらった側のザンデルスは「提督に奢らされるから、頑張れ」……とだけ言い、警備対象者については教えてくれなかった。
「そうだ。俺はジークリンデさまが十一歳の時から十六歳の半ばまで」
「本官はその跡を継いで、十六歳半ばから先頃まで……とは言っても、本官は出張が多く、よくファーレンハイト中将に代理を頼んでいましたが」
キスリングにとってリヒテンラーデ一族といえば、クラウス・フォン・リヒテンラーデ。先程まで失礼にならないように見ていた、痩せぎすで意志の強さを物語るような太い眉と、額が禿げあがっている口ひげの老人。
彼の血縁にあたる絶世の美女というのを、どうしても思い描けなかった。
「さて、いくかキスリング准佐」
「どこへ?」
「奢ってもらうんですよ。准佐の歓迎会ですが」
キスリングはそのままフォン・ビッテンフェルトが金を払ってくれるという飲みに連れていかれ、
「この位飲めねば、務まらんぞ!」
黒色槍騎兵隊員にも囲まれ、酒を注がれ続け ――
「オフレッサー上級大将」
キスリングとおなじ程飲んでいるのにも関わらず、涼しげな表情が変わらないファーレンハイトが新たな来客を告げる。
そしてキスリングはオフレッサーとビッテンフェルトに連れていかれた。正確にはキスリングが気付いた時には、フェルナーもファーレンハイトも居なくなっていた。要するに生贄。
連れて行かれるトパーズ色の瞳が鮮やかな彼を、少し離れた建物の角から二人は心の中でエールを送りながら見送ってやった。
「大丈夫でしょうかね? キスリング」
「平気だろう。オイゲンがいる。俺たちまで連行されたら、オイゲンの苦労が増える」
「そりゃそうだけど。……よかったら、私の家で飲みません? アーダルベルト。互いの昇進祝いとして」
「いいぞ」
**********
ファーレンハイトとフェルナーが「J.V.D」の話をしているころ ――
「客だと」
寝間着にガウンを羽織ったリヒテンラーデ侯の元に来客があった。
「マールバッハ伯が」
「……通せ」
不躾な客を通すよう執事に伝え、リヒテンラーデ侯は厚みのあるテーブルにつき、仕事をする体勢で出迎えてやった。
挨拶もそこそこに入ってきたマールバッハ伯は、一応は謝った。
マールバッハ伯爵家伝来の指輪 ―― 女主人に渡されるものを ―― を彼女に送りつけたことや、色事に興味のない国務尚書が理解に苦しむような文章が書かれた手紙などについて。
「それだけのために、こんな夜分遅くにやってきたのか?」
「お前が呼んだのだろう」
「私は呼んでいないが」
「謝罪を聞くという名目で、俺に尋問しようとした。違うか?」
伯爵らしからぬ、目上の人物に対する敬意も感じられない口調でマールバッハ伯が質問をしてきた。
「頭は悪くないようだな。それで、どこまで知っている」
「少なくとも、あんたが知る必要はない。俺はあんたが殺されたら、跡を継ぐ男だ」
原作ではラインハルトが帝国内の権力を手に入れてから現れる地球教だが、彼の目に映らないだけで、帝国のあちらこちらに確実に根を張っていた。
ゴールデンバウム王朝が長きにわたり放置していたこの根を、国務尚書は掘り起こし切り取り、次々と排除しており ―― 現時点で地球教にとって、もっとも目障りな男となっていた。
「なるほど」
リヒテンラーデ侯はいずれ自分がテロに倒れる予感を持っている。
「一つ聞きたい。リヒテンラーデ一族は知っているのか?」
故にそろそろ一族をとりまとめる人物を作ろうともしていた。
「ほとんど知らぬよ。ローデリヒ以外は」
侯が跡取りに選んだのはジークリンデの兄。父であるフライリヒラート伯は体調を崩していることもあるが、もともとこれらに向かぬ性格であったため除外された。ローデリヒはまだ二十代前半と若すぎるきらいがあるのだが、少なくとも父よりはむいている。
「ローデリヒか」
「知らぬとは言わせぬ。ジークリンデの兄だ」
「ジークリンデは知らぬのか?」
「知らん。あれは帝国の女だ。ただ美しく微笑むのみ」
「ほお」
「どうした?」
「いいや。ご老体は嘘をつくのが下手だな」
「そうか? そう思いたくば思うがいい」
「まあ、いい。地球教がジークリンデのことを狙っているのは知っているな」
「知っておる。驚くことではない。あれを狙わぬ男はおらぬのでな」
「そうだろうな。だが今まで誘拐されずにいた。これは侯や死んだフレーゲルの力もあるが、実働部隊は別にいたな」
「ジークリンデのために、死ぬのも厭わぬ男どもはいるな」
「そいつらと情報を交換しあいたい。状況次第では、あいつらだけで守りきれぬ可能性もある」
「無理だ。正確に表現するならば、私は警備計画には携わっておらぬ。専門外が口を出しても仕方あるまい。やつらからの要望を受け取り報告を聞くのみ」
「ほお、ご老人は、意外と頭がいいな」
「……あいつらと話したくば話せ。卿が使える男であれば、ジークリンデの警備に携わらせてもらえるであろうよ。あいつらが、現場を離れて七年ちかい予備役軍人を使うとは思えんがな」
こうして不法侵入者に近いような客が去った翌日、受け取った手紙の中にフェルナーからの暗号じみた報告書が混ざっており ―― J.V.Dに関係していた侍女を速やかに宮中から排除する手続きを取ってから、リヒテンラーデ侯は出仕の準備を始めた。
**********
フェルナーの官舎で、酒を二杯ほど飲み干すと、
「それで、俺に何を聞きたいんだ? アントン」
わざわざ誘った目的を尋ねた。
「まずは……これ軍用端末に盗聴器を付けたもの。実はこれ、近くに盗聴器があるとこのように、不協和音が出る。……というわけで、この部屋には、この端末以外の盗聴器はない」
フェルナーは軍人ならば誰もが持っている端末を二つ取り出し、本来は搭載されていない機能を稼働させ、モスキート音に似た音を発生させ、そして右手に持っている端末の機能を切る。
「そうだな」
「J.V.Dってなんなのかな?」
今日キスリングの手に渡ったリングの内側に刻まれている”J.V.D”
フェルナーも気になり、ずっと調べ続けて、その後ろ姿を捉えたのだが、それの肩を掴んで自分の方を向かせていいものかどうか? 悩んだ。
「何処まで知りたい?」
悩むなど彼らしくもないようだが、その後ろ姿が抱きしめているであろう人物が見えたので、こうしてファーレンハイトに尋ねることにしたのだ。
「そうだな。国務尚書の机に手紙があることまでは確認した。中までは見なかったけど。差出人がJ.V.D。受取人がA.V.F。間違ってもアーダルベルトじゃないよね」
「当然だ。それに関する話か……難しい話ではないし、お前も知っておくべきだろうな。今から十年近く前、正確には八年ほど前か。ジークリンデさまがまだ女官見習いのような立場で、当時不仲であった、ベーネミュンデ侯爵夫人とグリューネワルト伯爵夫人の仲を取り持とうと必死だったころ出会った男。そいつがユリアーヌス・フォン・デーニッツと名乗った」
今でこそ皇帝を囲み寵姫二名が菓子をつまみ、詩を朗読するような状況だが、かつてはそうではなかった。
その頃の話で、
「そのユリアーヌス・フォン・デーニッツってのが……」
「お前の予想通り。ルートヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム。亡き皇太子」
自分で自分の幸せと未来を捨ててしまった皇太子 ―― 彼が名乗った偽名である。
「ルートヴィヒ殿下はジークリンデさまのこと、嫌ってたんですよね……地球教の関係で」
「そうだ。お前がデーニッツに気付いたのも、地球教を調べてのことだろう」
「そうだよ。ジークリンデさまを勧誘しようとしている侍女の昔の恋人……国務尚書に報告したから、近いうちに居なくなってるでしょう。いくらジークリンデさまがご自身を餌にすると言っても、国務尚書が許さないから」
「有能だ」
「ありがとう。で、どうして皇太子が?」
「ジークリンデさまに、興味があったらしい」
「……最初は憎い相手の顔を見てやる、つもりだったとか?」
「そこは分からん。細かい感情までは知らんが、十二歳のジークリンデさまを一目見て……分かるだろう?」
「恋に落ちてしまったと」
「早いはなしが”そう”だ。皇太子殿下は……盗聴されていないようだからはっきりと言うが、馬鹿だったのだろう」
「おい、アーダルベルト」
「黙っていれば手に入ったということではなく、ほとんど変装もせずに偽名を名乗ったんだ」
「……」
病弱ではあったが皇太子。臣民にも顔を知られている存在であり、当時の彼女も当然知っていた。それで偽名を使うという行為に ―― フェルナーは手に持っているグラスを取り落としそうになった。
「ジークリンデさまもすぐに気付いたが、皇太子に嫌われていることを知っていたので、ご自身も偽名を名乗られた」
「はいはーい、アーダルベルト。ジークリンデさま”も”変装はしていないんですよね」
「実名で女官として働いているから当然だろう」
「ジークリンデさまは良いんですね」
彼女は皇太子のように顔は知られていないが、希有な美しさを持つ少女であった。偽名など使っても、噂を聞いたことがあるものならば、すぐに”あの”ジークリンデであると分かるような。
「それはな」
「そうですけど。でも、結局それって……」
「ジークリンデさまは女官見習いをしながら、皇太子に関する情報を集め国務尚書に報告した。その間に皇太子と偽名で会って話し、そして情報が集まり国務尚書が真相に気付いて終わった」
―― 帰ってきたらまた会おう、アウレーリア ――
「……」
「国務尚書が陛下にお伝えしたその日から、ジークリンデさまは七日ほど休暇を取り、レオンハルトさまとお出かけになり、帰宅後、皇太子が病死したことを知った」
長く国政にあるリヒテンラーデ侯は、速やかに滞りなく職務を遂行し、地球教徒の皇帝が立つことを未然に阻止し、こうしてゴールデンバウム王朝は守られた。
「リングについての説明がないんだけど」
「あのリングは、デーニッツが用意したものだ。偽イニシャル入りのリングを渡されて困っていたが」
「ユリアーヌス・フォン・デーニッツは分かったけど、A.V.Fは?」
「アウレーリア・フォン・ファーレンホルスト。ジークリンデさまは咄嗟のことで、偽名がまったく思い浮かばず、苦し紛れに亡き母上の名と、視界の端に映った俺の名字を少し変えた」
皇太子が西苑をうろついていることに国務尚書がすぐに気付き、ファーレンハイトにジークリンデの身に危険が及ばぬよう見張れと ―― 国務尚書の侍従に身をやつして警備についていた。
「そういうことか。それで、手紙は?」
「”病死”なされる前に、ジークリンデさまに会わせてくれと懇願したが叶わず。そこで遺書を認め渡してくれるよう言い残した」
「なんでまた渡されてないの?」
「陛下がお隠れになったら……だそうだ」
皇太子の遺言があることは彼女も知っているが、それが読みたいかと聞かれると ―― 誰も聞くものはいないが ―― 答えることができない。
彼女自身の心にやましいことはない。まったく皇太子に対して恋愛感情を持ちはしなかった。そのことが逆に彼女をためらわせる。彼女から近づいたわけではない、皇太子から遠ざかり近付き、そして再び去っていっただけのこと。
―― ファーレンハイト
―― ジークリンデさま。ユリアーヌス・フォン・デーニッツという男が、アウレーリア・フォン・ファーレンホルストという女官に”少しばかり遠くへゆくのでもう会えない”と伝えて欲しいとのことです
―― そうですか
―― デーニッツに”もう必要ない”とリングを渡されました。ジークリンデさま、アウレーリアに届けますか?
―― あなたが持っていなさい
―― かしこまりました
守ったはずのゴールデンバウム王朝を倒すことになるとは皮肉なものだ……彼女が語った言葉をファーレンハイトは思い出し、
「なんで遺言の去就を、アーダルベルト知ってるんだ?」
「国務尚書に”私が死んだら、お前がこの任を遂行するように”と説明されたからだ。国務尚書は陛下より年上だろう」
「ああ……アーダルベルト、死ぬの?」
「死ぬかもしれんな。ジークリンデさまと共に滅んだら、お前が……」
フェルナーが聞いていないことに気付く。
失敗したな……表情を隠すことなく、グラスに注がれたきりで、すっかりと温くなった酒を一息にファーレンハイトは飲み干した。
「なんの話だ、アーダルベルト」
「お前に話してなかったな。お前帰ってくるの遅いから、話そびれてたな」
「だからなんの話だってんだよ!」
「お前にも大事な話があると伝えるのを、すっかりと忘れていた。六ヶ月も帰ってこなけりゃ、忘れるよな」
「おい!」
「そうだ、ザンデルスにマイナスとマイナスでプラスについて……」
「そいつは良いんですよ! 酒返してくださいよ」
―― 翌日
「……というわけで連れて参りました」
翌朝早く訪れたファーレンハイトが、彼女の耳元で”こいつにも協力させるおつもりでしょう?”と囁く。
「え、あ……ええ」
もちろん彼女は忘れていたわけではなく、誰も居ない場所で会うことができなかったので、先延ばしにしていたのだ。
「フェルナー。私はゴールデンバウム王朝を滅ぼします。ついてきてくれますか?」
従うのならば口づけよと手を差し出す。
彼女のその細く繊細な手を取り、フェルナーはむろん口付けた。
「遅くなって申し訳ありませんでした」
ちなみにキスリングは一時間遅刻した ―― あの二人に連れ去られて一時間の遅刻は、誤差の範囲内といえる。