現帝国で、彼女の意見に反対意見を述べるような気概を持つものは、ほとんどいない。その数少ない一人がカタリナである。
彼女が行おうとしている、カザリンの軍事教育に対しカタリナは否定的な立場を取っており ―― それについて話し合うために、彼女はキスリングを伴い、カタリナの自宅を訪れた。
「なぜ陛下に軍事を学ばせようと? 要らないんじゃない? どうせ近々、あなたの夫が王朝乗っ取るんだから」
「カタリナ……」
出だしから不穏な言葉が飛び出すも、避けては通れない事柄であるのも事実。これに目を背けていては、話は始まらず、未来の対処もできない。
「でも、あなたがそう言うからには、なにか理由があるんでしょう? 教えてくれるわよね、ジークリンデ」
「もちろん。むしろ聞いて欲しいの」
「ええ、喜んで」
「まずは、縁起でも無い……ゴールデンバウム王朝としては喜ぶべきことでしょうけれど、私の夫が急死した場合、陛下は即位し続けることになるでしょう」
「まあそうね」
未来は分からない ―― 故に、ラインハルトが簒奪する前に死亡する可能性もゼロではない。そうなった場合、カザリンはそのまま皇帝として君臨し続けることになる。
「でも私の夫が死んでも、叛徒が消えるわけではないから、戦争は継続することになる。そうなった場合、判断を下せたほうが良い」
講和や休戦などという選択肢を選ぶのは、かなり困難。戦争が続くと考えたほうが現実的というもの。
「ごく有り触れた理由ね。他にはあるのかしら?」
「ありますよ。先ほどカタリナが語った……不敬罪と反逆罪の両方を適応されそうな話の続きになりますけれど、夫が簒奪した場合、臣民の感情を考えて、禅譲という形を取り、陛下を弑するようなことはしない」
「そうでしょうね。そこまで馬鹿じゃないでしょうし、もしもそこまでゴールデンバウムを軽く見ているのなら、もうとっくに、殺害して玉座を奪っているでしょうね」
カタリナが言う通り、帝国においてゴールデンバウムは良くも悪く、影響力は尋常ではなく、ラインハルトも決して無視はできない。
「ええ。そこで陛下は公爵か大公の地位を与えられて、生きて行くことになるでしょうけれど、ゴールデンバウムの再興を夢見る貴族たちが、陛下を担ぎ上げようとする可能性がある。無論、王朝の奪還ですから、武力衝突は回避できません。むしろ、武力によって奪い返すと言うでしょう。問題はここ。陛下がまともに軍事を知らなかった場合、夢見がちな貴族が立てた、どうにもならない案を採用してしまうことも考えられるの」
彼女自身、軍略などは知らないが、少なくとも「補給無しで戦争ができると思っていやがる」程度は記憶にある。
「……たとえば、どんな案?」
「そうね。もっともありそうなのが、補給の完全無視」
「補給を無視って?」
「艦隊は補給基地に立ち寄って、食料や日常品、ミサイルなどを補給するのですけれど、それをまったく無視した策とか平気で立てそうなの」
「私でも、補給しなければどうにもならないことくらい分かるんだけど。どうしたら、そんな考えになるの?」
「そうねえ。たとえばですけれど”陛下が立ち上がられれば、民衆たちは涙して、なにをしなくとも物資が集まるでしょう”みたいな」
再興を考える”夢見がち”な門閥貴族たちにとって、それは正しいことなのだが、カザリンが付き合う筋合いのものではない。
「そういうこと、言いそうなの居るわね! リンダーホーフのヨハンとか」
「具体的に名前を挙げるのは」
カタリナが言う”リンダーホーフのヨハン”とは、彼女と再婚したく、彼女の実家を訪れていたリンダーホーフ侯爵のことで、彼は内乱を無事に切り抜けたのだが、彼女との再婚をいまだ夢見て、カタリナにまで「ジークリンデと結婚するために協力してくれ」と協力を求めてくるほどの夢想家であった。
「あなたの夫が、よほどの失政と暴政でも敷かない限り、そんなことしないでしょう。あなたの夫がそこまで愚かになるとは思えないもの。まあ、支えていた皇后が亡くなったりしたら、それも有りそうだけれど。もちろん皇后は貴方のことよ、ジークリンデ」
カタリナはラインハルトのことは嫌いだが、彼の才気と才能は本物だと感じていた。カタリナにそう思わせたのは、誰でもない彼女が原因。
カタリナはアンネローゼの弟に、まったく興味はなかったのだが、彼女がよく話題にしていたので ―― まずは不思議に思った。
彼女は他の側室たちの兄弟について、ほとんどなにも触れなかったのだが、ラインハルトに関しては何くれと無く話題に出した。
そこから興味を持ち、そして現在に至る。
「私が皇后かどうかはともかく、忠臣が亡くなって人が変わるということもあるでしょう。その時は、やはり誰かが立ち上がらなくてはなりませんが、その旗印として選ばれる確率が最も高いのは、やはり陛下なのです」
「そうなるわよね」
「陛下をまつりあげた者たちの立てた案が、本当に作戦として成り立っているのかどうかを確認できるようにしたいのです。そしてこれは必要ない理由かもしれませんが、陛下自身が王権を奪還したいと考えた時、やはり軍事を知っておく必要があると思うの。陛下の王権を守りきれない私たちがしなくてはならない、最低限だとね。色々言ったけれど、私は軍事を学ぶことは、陛下が生きて行く上での、選択肢の数を多くすることだと思っているの」
ラインハルトが武力を持って簒奪を仕掛けてきたら、彼女はカザリンに降伏の道を選ばせる。彼女自身に武力はあるが、ラインハルトと戦火を交えるつもりはなかった。
臆病と言われようが、帝国を疲弊させるよりは良いという考えが、彼女を支配しているからだ。
だから ―― なぜ戦ってくれなかったのだと成長したカザリンに言われたら、彼女には返す言葉はない。
そして成人し、自分で責任が取れるようになったカザリンが、ラインハルトと戦うというのであれば、彼女は止めはしない。
当時、自らに力なく奪われたものを、奪い返すために力をつけ、実行に移す。それはラインハルトの人生にも似ている。
「そういうことなら、賛成するわ……でも根本的に、陛下が皇帝として軍事を習う余裕ってあるの? あなたの夫、簒奪に十年も二十年もかけるようには思えないんだけど」
ここまで話してきたのだが、カザリン在位中にラインハルトが死亡した場合を除き、カザリンが退位するまでの猶予はあまりない。よって軍事に関しては、退位後の話になる。
「私もそう思ってます。ですから、退位後、夫の部下に教えてもらえるようにするつもりです」
「どの部下にするつもりなの?」
「平民で奇をてらわない、堅実でお手本になりそうな用兵をする、人格者……の好青年ということで、ナイトハルト・ミュラー大将を」
「ナイトハルト・ミュラー……ああ、あのフェザーンの中尉さん」
「ええ、彼に習えば、まずおかしなことは、なさらないと思うの」
カタリナは突然、それは楽しそうに笑顔を浮かべ、彼女に顔を近づける。
「私は用兵とか分からないから、そこは良いんだけど、フェザーンの中尉となにかあったの? いいや、なにかあったんでしょう」
ミュラーのことを語った際の、声のトーンの微妙な変化に気付いたカタリナが、表情とは逆に声をひそめて耳元で囁く。
「えっ……」
「良いじゃない。私だけに教えなさいって」
思わず逃げようとした彼女の腰に腕を回して、耳朶を噛むかのように唇を近づける。
「ねえ、なにかあったんでしょう」
”さすが公爵夫人、鋭い……ところで、これ、何処で止める? この程度なら、許容範囲?”
軽やかな笑い声と共に、彼女の身を引き寄せて、さりげなく胸の辺りを揉んでいるカタリナを前にして「ジークリンデは女性にも襲われるからな」との注意を思い出し、考えるも ―― 彼女がまったく嫌がっていないので、間に入りそびれる。
しばし、楽しげな高めの声を上げ、一息ついたところで、
「……好きと言われたの」
彼女はあの日の行為を要約し、一言で言い表した。
「え? それだけ。違うでしょ!」
だがさすがは同性で、つきあいも長いカタリナは、嘘だとすぐに見破る。―― 彼女が夫でもない男から好意を打ち明けられるのは日常茶飯事。その程度のことで、動揺を見せたりはなしない。だが今の彼女は、瞳が明らかに動揺を映し出していた。
「これは、秘密ですよ、カタリナ。実は彼に愛していると言われて、荒々しく抱きしめられました」
これは何もなかったと言っても信じてはもらえないと判断した彼女は、少しだけ本当のことを教えた。さすがに襲われかけたとは言えなかった ―― もしも言っていたら、カタリナはミュラーに完全武装したオフレッサーという名の刺客を放ったであろう。
「そーなんだ。大人しそうというか、面白みがなさそうな顔してるのに、意外と大胆不敵なのね」
カタリナは”荒々しい”を、常識の範囲内で解釈した。
常識の範囲から逸脱していた場合は、生きてはいないだろうと、彼女の狂信者たちをこの上なく信頼しているからだ。
「その大胆不敵は、ナイトハルトって言うのよね」
「そうですよ。どうしました?」
「愛人にしてやっても良いんじゃない?」
「突然なんですか! カタリナ?」
「ベッドで名前呼ぶ時、誤魔化せるじゃない。”……ルト”って言って果てれば、ねえ。レオンハルトなのか、ラインハルトなのか、アーダルベルトなのか、ナイトハルトなのか、誰なのか分からなくて。抱かれている貴方が、本当は誰のことを思って名を呼んだのか? 誰かを重ねているのか? 分からなくて男どもがもやもやして、とっても楽しそう」
「やめてー、カタリナー。そんなの楽しくありません!」
”提督以外は、確かにもやもやはしそうだな。とくにミュラーのヤツとか……”
キスリングは妙に納得し、そしてミュラーへの怒りを再燃させていた。
**********
彼女の周囲にいる帝国軍人は、概ね真面目である。
真面目が過ぎて、彼女が頭を抱えてしまうくらいには ――
彼女の寝室に椅子が配置された。それを聞いていた彼女は”どんな椅子かしら。寝室に入るのが楽しみ”と、いつもより早めに寝る準備を整え、彼女の身長の倍ほどの丈の、サックス色のシフォン生地のネグリジェの裾をはためかせ、寝室へと向かった。
入り口で待機している召使いたちの間をすり抜けた先にあったのは、
「椅子?」
思わず指をさし、彼女に付き従い寝室に入ったフェルナーに尋ねてしまうような代物であった。
「はい」
―― 私が想像していたものと、まったく違う!
たしかに椅子だと彼女も分かる。椅子以外のなにものでもない。
彼女は横になることができる、柔らかな長椅子を想像していたのだが、彼女の寝室に持ち込まれたのは、座面が丸い、脚の長い、背もたれのない、いわゆるスツールタイプのもので、彼女が想像していたものとは違った。
もしかしたら、見た目は”こう”だが、座り心地は良いのではないかと。だが、座面を触ってみると、硬さしか感じられず、とても座り心地が悪そうにしか思えず。
あまりの硬さに拳を作り、軽く叩いてみる。
「ジークリンデさま。お止めください」
「そんなに強く叩いてはいないわよ」
「これは炭素クリスタル製ですので、ジークリンデさまが想像しているのより、ずっと硬いんですよ」
「炭素クリスタル……白兵戦で使われるトマホークの?」
まさかの材質の登場に、彼女は混乱する。
「よくご存じですね、ジークリンデさま」
「そのくらい、誰でも知っていますよ」
「門閥貴族の子女どころか、平民女性も知りませんよ」
「そんなもの?」
「そうです」
「でも炭素クリスタル製の椅子があるなんて、知らなかったわ」
「これは特注品ですので、ご存じなくて当たり前です」
「どうして、炭素クリスタルで椅子を?」
既存ではなく特注と聞き、彼女は改めて椅子を見る。
背もたれはなく、肘掛けもなく、座面は硬く ―― 救いというべきか、デザインだけは格好が良かった。軍服を着たスタイルのよい彼らが座れば様になる。
だが彼女がおいて欲しかったのは、リラックスできる椅子であって、硬い椅子など論外。
「椅子を寝室に置くのには抵抗がありましたので、椅子としても使える武器にしました。寝所で緊急事態が起こった際に、これで応戦しますから」
「……座り心地は?」
「問題はございませんよ。私たちは、硬い椅子に座るのに慣れていますから」
だが、彼らは彼女以上に帝国階級社会に忠実であり、彼女に対して誠実であった。
「…………」
―― どうして帝国軍人って、どこまで行っても真面目なのかしら
座り心地が良い椅子を用意するように厳命しなかったことを後悔するも、言ったところで、彼らが黙って言うことを聞くかと言えば、そうとは思えなかった。
**********
彼らを真面目という彼女だが、彼らからすると、彼女ほど真面目で勤勉な女性はいなかった。
当の彼女に言わせると「食事しかしていない」それは事実だが、仕事になっていないかと言えば ――
職務があるのは週に五日。その間の彼女の過ごし方だが、彼女は朝目覚めると、フェルナーが持ってきてくれた菓子などを食べて目を覚ます。これは休日も行われていることで、この辺りは、優雅で怠惰にも見えるが、そこからが大忙し。
週に二回は私軍の兵士を十名ほど集めた朝食会を開き、そこで朝食を取る。
この朝食会は、もちろんフェザーンで覚えたことで、それを持ち込み、フレーゲル男爵に実行させたのだ。
妻の頼みを断らない男、フレーゲル男爵は、提案を聞き納得できたこともあり、週に二度ほど朝食会を開いていた。
フレーゲル男爵の死後は行われていなかったが、彼女が上級大将に就任したので、復活させることになった ―― 「朝食会をやりますよ」と言われたら、誰も断れはしない。
朝食会に招かれる兵士は、フレーゲル男爵の時と同じく中将以下。
中将以上は夜のパーティーで会えるので、ここでは除外し、彼女が普通に生活していたら、まず接点など持ち得ない相手。
これは彼女がフレーゲル男爵に提案したこと。下級の兵士たちにも顔を覚えて貰うことが大事だと、大きな瞳を潤ませて熱弁したところ、あっさりとそうなった。
彼女が朝食会に下級兵士を混ぜたのは、説明するまでもないが、ラインハルトが質の良い一線級の兵士を持っていってしまうのは避けられないので、言葉は悪いが少し劣る者たちを大量に集め、数で対抗しようというもの。
今更その行動をとって、どうなるのか? だが、兵士に悪い感情を持たれないように行動するのは損ではないので、朝食会を再開した。
場所は本邸の大聖堂。もちろん大聖堂と名付けられているが、宗教的な意味合いはほとんどない。
ただ大聖堂は壁一面が、極彩色のステンドグラスで埋め尽くされており圧巻で、なおかつ、日が差し込みもっとも美しく輝くのが朝ゆえに ―― 兵士たちを心酔させるための朝食会なので、場所も荘厳なほうが良いと、この場にしていた。
多種多様な色に染まる大聖堂の下、柄や模様、レースすら一切排除したストイックなドレスを着た彼女は、思惑以上に兵士たちを圧倒している。
兵士たちには、彼女が自ら名を書いた招待状が届き、それを持ってやってくる。
彼女より先にやってきた彼らは座席表通りに座り、彼女の到着を待つ。着飾ってはいないが、誰が見ても皇族だと分かる風格のドレスを纏い、ファーレンハイトを連れて大聖堂へ。
彼らは立ち上がり、軍隊式の敬礼をして彼女が席に着くまで待ち、席に着いた彼女が手に持っている扇子を軽く鳴らし ―― ファーレンハイトが座るように命じる。
朝食会には将校もいるが、二等兵が選ばれることもある。彼らの緊張は、かなりのもの。
朝食のメニューは決まっており、ヴァイスヴルストとライ麦パン、マッシュしていないポテトサラダ。ライ麦パンには、バターをたっぷりと塗るのが標準なので、一人一人の手元に大きなバターの塊が置かれる。
これに添えられる飲み物は、彼女は炭酸水だが、兵士たちにはビール。
彼女としては「朝から飲むのですか……」だが、ロイエンタールが朝から白ワインを飲んで、仕事に出ているように、帝国では飲酒に関してはかなり緩め。
なによりほとんどの者が、アルコールには強く、朝食に出される大ジョッキ一杯程度のビールでは酔いもしない。
朝食会は和やかに始まるとはほど遠いが、終わるころには、彼女の話術に打ち解けている。彼女がラインハルトの部下と親交を持とうと、男性平民が好みそうな話題を、色々と覚えていたのがここで役立っていた。
朝食会がない日は、彼女の領内を回っているアイゼナッハ、シュタインメッツ、ビューローたちの報告を受けながら、朝食を取っていた。
むろん画面の向こう側の彼らも朝食を取りながら。
三人同時ではなく、一日に一人。領内の様子や、彼らに欲しいものはないかなどを尋ねると共に、オーディンでの出来事をも伝える。
こうして朝の仕事を終えると、今度は軍服に着替える。
上級大将になった彼女の軍服は、今まで以上に目立つものとなっていた。
階級章や、いつ授与されたのか? 彼女にも覚えのない勲章が増えた。そして何よりも変わったのは、帽子にベールがついたこと。
このベールは、マントの代わり。
黒っぽいつば無しの帽子に、彼女の膝丈のオレンジ色のチュールレースが縫い付けられていた。レースの模様は、オラニエンブルク大公妃殿下の紋章である、オレンジの枝葉と実。それが縁にぐるりと施されている。
ギャザーが寄せられ、ふんだんに使用されているチュールレースのベールは、風をはらむと優雅に舞い上がる。
―― 風が吹くと、頭を持っていかれそうですけれどねー
身につけている彼女には不評だが、他者には好評であった。
もっとも彼女としても、この風が吹く度バランスを失いそうになるベールは必要としていた。それは「手」
ドレス姿の場合は扇子を持って歩くのだが、軍服姿に扇子はおかしいと、持ち歩くことをしていなかったので、手持ち無沙汰であった。そこにこのベール。
長さがあるので両端を掴み、歩くことで、手の位置がおさまった。そのため、このベールに関しては不満は漏らしていなかった。
こうして優雅な軍服を纏い、新無憂宮へと出仕し、カザリンの元でピアノを弾いたり、三輪車の激走を褒めたり、カタリナとお茶を飲んだり。
最近では彼女がまた訪れることを理解したカザリンは、時間がくると悲しみを堪えて彼女を解放してくれるようになった。
そこから彼女はドレスに着替える ―― 昼に会う人物の好みや、立場に合わせて。
ランチタイムも社交の場として、彼女は大いに活用する。
五日のうち一日は、他の尚書と昼食を取り、友好を深める。
また別の一日は、省の幹部を集めて昼食を。彼女は三つの省を掛け持ちしているので、幹部たちにしてみると三週間に一度の割合。
残りの三日はラインハルト、ファーレンハイト、オーベルシュタインと昼食を取るようにしていた。
ラインハルトは、特別扱いしたほうが、カザリンの退位後の生活に、余裕を持たせることができるのではないかとの打算もあるが、なによりも夫なので、当然の扱いとも言える。
ファーレンハイトとオーベルシュタインは話をしたいこともあるが、ここは予備日のような扱いで、公務を入れる場合は、この二人に会う日にしている。
それ以外の三日は、省に顔を出し、書類にサインをするようにしていた。
公務がない場合、二人と食事を取ってから、午後はサロンへ顔を出す。その後帰宅して、入浴などを済ませて、夜会用のドレスに着替えて演奏会や観劇、パーティーなど、社交の場へと赴く。
休日は休日で、邸の管理をしたり、召使いたちに行儀作法を教えたり、ドレスを着るのに必要な肌の手入れを念入りにしたり、体力作りのために邸内のプールに水を張り泳いだりと、インドアながら忙しい日々を過ごしている。
「もう少し、ゆったりとなさったらいかがですか?」
「充分、ゆったりとしているつもりですけれど」
休日の昼間に本を開きながら、欠伸をしていると、バターミルクを持ってやってきたフェルナーが本を取り上げる。
「あまりお体が丈夫な方ではないのですから、もう少し我慢してください」
「そうかしら? 私としては、食事以外なにもしていないような気がするのですけれど」
彼女にとって、食事をしては着替えて、食事をしては着替えて……以外、なにもしていないようなものだが、社交に一切手を抜いていないので、他者からすると、随分と仕事をしているように見え、実際にかなりの仕事をこなしている。
「ジークリンデさまの、体力では早晩体を壊します。体調を崩してからでは襲いのですよ」
「……分かりました。でも今日の夜の演奏会は止めませんよ」
「ご自宅で聞かれる分には、お止めはしません」
今日の夜は、邸のホールで所有している管弦楽団の演奏を、聞くことにしていた。
「それで、ですね、ジークリンデさま。キスリングが所用で警備につけないので、ケスラー中将を呼びました。キスリングほどは強くありませんが、機転の利く方だとは思いますので、ご安心して音楽をお楽しみください」
「そう……分かったわ」
―― なぜ、私が私的に音楽を聴くだけなのに、憲兵総監を呼んでくるのですか……まあ、ケスラーの顔は見たいからいいのですけれど