黒絹の皇妃   作:朱緒

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第178話

 ローエングラムは名門なれど、銀河帝国において人臣が賜る爵位でしかない。

 彼女が継ぐかもしれないのは、銀河帝国である。

 人臣の爵位に大公を足すのは、ゴールデンバウム王朝では行われていない故、彼女には新たな爵位が授けられた ―― オラニエンブルク大公妃殿下。これが彼女の正式な爵位である。

 

 だが彼女がオラニエンブルク大公妃殿下と呼ばれることは、ほとんどない。後世においてはもちろん、継いだ直後から、オラニエンブルク大公妃の称号を返却するまで、ほぼ通称で呼ばれていた。

 

 その通称は、ローエングラム大公妃殿下。

 

 その理由はオラニエンブルク大公領は、ローエングラム公爵領より小さかったこと。ローエングラム公爵領が、洒落にならないほど大きく、帝室の方でこれに匹敵する領地を用意できなかったのが原因。

 これにより、ローエングラム公爵夫人としての権限の方が大きかった。むろんオラニエンブルク大公妃の権限は、皇族として過不足ないものであったが、貴族よりも劣る ―― 帝室権威の弱体化を物語る出来事でもある。

 

 

 

 また決定的な理由は、彼女がローエングラム王朝、最初で最後の皇妃であったことが原因であるが、それらについては ――

 

 

 

 知っている未来を投げ捨てて皇族となった彼女。

 オラニエンブルク大公妃殿下の響きに、何とも言えない気持ちになりつつも、彼女がなすべきことは無数にあり、称号に違和感を覚え悩んでいる暇はなかった。

 慣れている帝国国内の行事を完璧にこなし、

 

―― ついに、この時が来ましたか。……

 

 彼女は戦いに赴く気持ちで、鮮やかなオレンジのレースと、金のモチーフがアクセントになっている、胸元が大きく開いた黒いドレスを纏い、通信画面の前に置かれている、金枠のバロック調の椅子に腰を下ろす。

 

―― お禿げに見破られるでしょうから、胸をパットで盛りはしませんでしたが……この開き具合ですと、もう少し……

 

 彼女が対面しようとしているのは、フェザーンの自治領主であるアドリアン・ルビンスキー。彼女の心の中では、黒狐、あるいはお禿げ ―― 禿げと呼び捨てにするのは悪いと”お”をつけているが、ならば禿げと呼ばねばいいだけの……

 

 彼女の心中はさておき、帝国の一部であるフェザーンの領主が、新たに定まった帝国の後継者にご機嫌伺いをするのは、今までも行われていたことである。

 

―― 代々そうしていたのは、分かります。でもいざ自分がその立場になると、緊張するものなのよ

 

 開いた胸元と、谷間の小ささを気にしつつ、彼女は久しぶりにルビンスキーと画面越しに対面した。

 ルビンスキーは自治領主の範囲内で、彼女に祝辞を述べ、個人的に幾つか贈り物をしたいので、受け取って欲しいと言ってきた。

 盗聴、盗撮機器が仕込まれていそうだと、控えて聞いていたキスリングは思ったが、口を挟むようなまねはしなかった。

 彼女はそれらを受け取ってもよいと告げてから、

 

「自治領主としては、なにを捧げてくれるのかしら?」

 

 緊張の原因でもある”本題”を切り出した。

 

『銀河帝国を継がれるお方が、この自治領主に、なにをお望みですかな?』

「イゼルローン要塞を落とした司令官の排除」

 

 帝国と同盟の間には、フェザーンがある。帝国と同盟は自由に行き来できないが、フェザーンはどちらにもある程度融通がきく。

 とくに同盟の政治家に対しての影響力は ―― 帝国貴族や皇帝など、比べものにならない程大きい。

 

『ヤン・ウェンリー大将を排除しろと』

 

 ヤンを戦場で討つのは、ほぼ不可能。

 

「ええ。手段も方法も問わないわ」

 

―― 帝国も同盟もフェザーンの手の上と言っているのですから、将校一人くらいどうにかできるでしょう

 

 ならばそれ以外の方法で、排除すればよい。

 同盟の政治家はヤンの存在を疎んでいるので、フェザーンが更に焚きつければ。

 

『それは一苦労ですな』

 

 ルビンスキーは禿頭を、肉厚の手で撫であげて、不敵に笑う。

 

「たかが叛徒の一将校を排除するのに、一苦労とは。自治領主らしくもない」

『これは手厳しい』

「結果報告は要りません」

『畏まりました、陛下』

 

―― ”陛下”ですか。追従というものですねー。聞かなかったことにしておきましょう

 

 通信が終わり、彼女はすっきりとしたものが飲みたいと、ミネラルウォーターを運ばせ、冷えたグラスに注ぎ、半分ほど一気に飲みきる。

 

―― 疲れた……ルビンスキーがヤン暗殺できても、できなくても……この位望めばフェザーンに警戒されないでしょう

 

 あまりの無欲は警戒されるので、ある程度の厄介事を吹っ掛けたほうが、彼らの安心させることができる。この世界で二十年以上生きていれば、そのくらいのことは分かる。

 

―― 問題なのは、今の会話……キスリングからフェルナーたちに伝わることよね。ま、必要なさそうですが、あとで説明しておきましょう。フェザーンと言えば、高等弁務官が代わってましたね。レムシャイド伯は引退したのかしら? それとも亡命……亡命する意味がなさそうな、いやでも……

 

 袖口のレースを引っ張り、形を直していると、抑揚がなく、温度が低そうに感じられる声の持ち主がやって来た。

 

「失礼します」

「あら、オーベルシュタイン」

「お休みのところ、申し訳ございません。そろそろ、引き継ぎの時間でございます」

「分かりました」

 

 彼女は立ち上がり、オーベルシュタインに近づく。

 キスリングは肩から提げている小銃を、しっかりと握り直し、彼女よりも前を歩き、先にドアを開けて廊下の安全を確認し、控えていた部隊に号令を出し ―― 彼女は彼らに囲まれながら歩く。

 

―― 仰々しいにも程が……

 

「ねえ、オーベルシュタイン」

 

 貴族もそうだが、皇族たるもの、警備の兵士たちを気にしてはならない。むしろ、気にしていたら生きてはいけない。

 

「なんでございましょう」

 

 彼女はまるで気にしていない素振りで、斜め後ろを歩いているオーベルシュタインに、レムシャイド伯の行方を尋ねた。

 

「レムシャイド伯はどうしたの?」

「不正な蓄財が判明しましたが、逮捕される前に逃走いたしました」

 

 高等弁務官の次は尚書になるのではないかと思っていた彼女は、逃げたと聞かされて驚いた。

 

「行方不明ということ?」

 

―― 不正しているとは思っていましたが、逃亡するとは思いませんでした。オーベルシュタインが亡命と言っていないところをみると、本当に何処へ行ったのか分からないのでしょうね

 

 彼女自身は不正に手を染めるつもりはないが、不正を行っている人間を、責めるつもりもなかった。

 むろん悪事だとは思うし、逮捕されたら「当然だ」とも感じるが ―― この辺りは清濁併せのむの精神が必要であった。

 

「はい」

「出頭なさったら、それなりに尽力しましたのに。もっとも、大伯父上が存命ならば、そう考えたかもしれないでしょうが、生き残ったのが私だけでは、頼りになどならないと見なしても仕方のないことですけれど」

 

 記憶としては幼帝を立てて政府を作り、自殺した無責任な人物。だがこの世界では、好きにはなれないが、色々と世話になった相手なので、減刑嘆願くらいならばと。

 

「お耳を汚すことになりますが、レムシャイド伯は地球教と手を結んで、不正な財産をため込んでおりました」

「……麻薬?」

 

 ”サイオキシン”とあえて語らなかったが、地球教絡みとなれば、それしかないし、それ以外の麻薬ならば、レムシャイド伯自身で、上手く片を付けたれたことだろう ―― 彼女は、レムシャイド伯の愚かな行動に、少しばかり肩を落とす。

 

「はい。どうもフェザーンに嵌められたようです」

「陥れられたとしても……極刑もやむを得ませんね」

「はい」

 

―― どこか辺境の地で、ひっそりと生きていってくれると良いのですが……身の潔白の証明とかで、騒ぎを起こさなければ……高等弁務官にまでなった伯爵が、指名手配犯として、辺境で息を殺して生きていけるかどうか

 

「行方は追っているのかしら」

「はい。事件について、なにか知っているかもしれませんので」

「そうですね」

 

―― そう言えば私、不正を他人事のように考えてますけれど……どうなるのかしら? 私を無視して、実務を掌握するオーベルシュタインに……そんな人ではないのかも知れませんが、どう考えても賄賂=粛正としか思えない

 

**********

 

 彼女は引き継ぎを終えてから、フェルナーたちに自らルビンスキーにヤンの排除を命じたことを伝えた。

 その後、彼女は風呂へ。

 入浴前に、

 

「長風呂してきますから」

 

 自分の発言に関して、話し合うことがあるかも知れないと、長時間入ると宣言し、浴室へと消えた。

 

「ヤン・ウェンリーの排除か」

「黒狐も驚いたことでしょう」

 

 二人とも、彼女がヤンに興味を持っていたことは知っているたが、排除しろと命じるとは思いも寄らなかった。

 

「いまのジークリンデさまは、金で買えるものならば、黒狐に頼む必要もないからな」

「いまどころか、以前からそうだったような。そんなことより、ヤン・ウェンリーは今回の戦闘で敗れるのは確実なのでしょう、ファーレンハイト」

「戦場に確実はないが、作戦通りだとすれば、イゼルローン要塞総司令官解任は確実だな。なにせ、イゼルローンそのものが無くなるのだから」

 

 難攻不落の代名詞ともなったイゼルローン要塞。

 だが絶対は存在しない ―― 建築を命じられたセバスティアン・フォン・リューディッツは、この要塞が敵の手に陥落すれば厄介なことになると考え、遠隔による自爆機能を搭載した。

 一般的にリューディッツは建築予算内で収められないどころか、大幅にオーバーし、それが吝嗇家であったオトフリート五世の怒りを買い自裁を命じられたのだが、オトフリート五世は予算を上回っても、イゼルローン要塞の建造中止を命じなかった。

 金を使われるのが嫌ならば、建造を中止しても、責任者を変更することも自由だったオトフリート五世が、最後まで彼に指揮を執らせたのは、イゼルローン要塞に自爆機能が搭載されていることを、他に漏らさぬようにするためであった。

 リューディッツ自身もその対象であり、予算を大幅に上回ったことに責任を取らされ自裁する。その他、自爆機能搭載に携わった者たちも、連座で処刑され秘密は守られた。

 

 要塞の自爆は、ヤンが要塞再奪還の際に、特定の文字を受け取った場合、制御システムがダウンするように仕込んだものと同じで、あるコードを打ち込めば自爆するようになっている。

 

 このイゼルローン要塞の自爆コードは、完全に隠されたものの、有るのではないかと、建造当初から専らの噂であった。なにせ全てとまではいかないが、かなりの数の要塞に、自爆機能が搭載されているのだから、そう噂になっても仕方がない。

 そして先年、イゼルローン要塞が無傷で同盟の手に落ち、噂でしか過ぎなかったのだと、誰もがそう思っていた頃 ―― ラインハルトの元を一人の老人が訪れた。

 ”イゼルローン要塞は自爆させることができる”

 その老人はかつてリューディッツの従卒を務めており、自分がこういった理由で自裁を命じられること、もしもイゼルローン要塞が敵の手に渡った場合は、これを然るべき方に届けて欲しと託されていた。

 老人はあのイゼルローン要塞が落とされるなどとは思っておらず、すっかりと忘れていたのだが、陥落の知らせを受けて、あの時のことを思い出し、ラインハルトの元へとやってきた。

 情報を受け取ったラインハルトは、キルヒアイスと共に老人から当時のことを聞き「あとは、全て忘れるように」と言い、老人に幾ばくかの報奨金を与えて帰した。

 ちなみに、老人がこの情報を軍務尚書ではなく、ラインハルトの元へと届けた理由は、奪還を命じられるのは宇宙艦隊司令長官だろうと考えて。あとは軍務尚書より、宇宙艦隊司令長官の方が、面会しやすいだろうと考えてのこと。

 ラインハルトとキルヒアイスは、これらの情報を精査し、ある程度信頼はできるが、確証がないので、自爆コードが偽物だった場合も想定し、攻略へと向かった。

 

 吝嗇家だったオトフリート五世は、自爆機能は搭載させたものの、自らの金を使って建築されたイゼルローン要塞が破壊されるのは惜しく、自爆に関して一切の書類を残していなかった。

 

 イゼルローン要塞を破壊することに関してだが、同盟に奪われたままにしておくわけにはいかず、だが取り返すためには多数の戦死者が出る。

 奪還に掛かる被害総額予想と、すでにノウハウがあるイゼルローンの再建造を比較すると、後者の方が遙かに安くあがる。

 特に人的資源の枯渇が危機的状況にある現在、戦死者の数を抑えて、回廊を奪還できれば、これ以上はない。

 防衛の面ではどうなのか ―― 現在の同盟は、帝国に戦争を仕掛ける余裕などない。

 例えイゼルローン要塞がなくなり、帝国本土が無防備になったとしても、アムリッツァの大敗は誰もが覚えており、軍部も甘い目論みで戦争を仕掛けることはない。

 現状、イゼルローン要塞は帝国にとっては不要のもので、必要とし、それがなくなったとき、恐慌状態に陥るのは同盟。

 

 ラインハルトは作戦会議の場で、イゼルローン要塞を破壊し、回廊を抜けて同盟を攻めると主張していたが ―― 彼の本心はフェザーン回廊にある。そのことは、気取らせぬように、ラインハルトはイゼルローン攻略の重要性を説いた。

 

 こうしてイゼルローン要塞攻略と銘打った、イゼルローン要塞破壊作戦が、キルヒアイス、ミュラー両提督の元、実行されることになった。

 

「ジークリンデさま、一回は行ってみたいと仰ってたのに」

「まあな。だが、さすがにそれを理由に反対するわけにもいかんしな」

「そうそう、キャゼルヌ泣いてましたよ。イゼルローン再建特需がきたら、ジークリンデさまの収入が最低でも今の五倍になるって。帝国でもっとも軍事特需の恩恵を受けるのは、ジークリンデさまらしいですね」

「フェルナー。キャゼルヌが泣いてるのは、金が増える喜びか? それとも収入が大きすぎて管理が難しくなるという意味か?」

「間違いなく、後者でしょうね。再建特需になる前に、事務屋を捜してこいって言われてるんですけれど、誰か心当たりあります?」

「一人いる」

「誰ですか?」

「シルヴァーベルヒ」

「……ああ、あれ。惑星の開発にも飽きた頃でしょうけど。レオンハルトさま、確かあいつに、開発成功の報酬として、尚書の地位を約束してませんでしたっけ?」

「ジークリンデさまに会わせたら、絶対に言うだろうな」

 

**********

 

 自爆させられるイゼルローン要塞だが、ヤンはご多分に漏れず、ハイネセンに召還され、非公式の査問会にかけられていた。

 同行したのは、副官のラップと護衛のマシュンゴ。ラップはヤンを解放すべく色々な伝を頼り、勢力的に動いていたが、結局、イゼルローン要塞が攻められるまで、それは叶わなかった。

 辞表を叩きつけそびれたヤン、帝国強襲の報、土下座するネグロポンティ。ここまでは同じだったのだが ―― ネグロポンティの土下座は無意味なものに終わった。

 同盟は帝国と違い、シャトルで外気圏に停泊している戦艦に乗り込むわけだが、ヤンが乗り込んだシャトルが”彼女の命を受けたルビンスキーの指示”により、離陸直後に爆破され、ヤンは大けがを負い、前線に戻ることができなくなった。

 

 ルビンスキー本人が、ヤンを殺害しようと考えていたら、離陸直後ではなく、着艦直前に爆破し、確実に殺害するのだが、今回は彼女から「排除」と命じられたので、生き残る可能性がある、地上付近での爆破となった。

 

 運が良かったのかどうかは、現時点では不明だが、ヤンは下半身不随ながら一命を取り留めた。だが重傷のためイゼルローン帰還が不可能になり、急遽、パエッタが派遣されるも、間に合わず。

 パエッタがイゼルローン回廊近くで見たものは、同盟軍の血を吸い続けた要塞の、無残な姿であった。

 老人が届けた自爆コードは存在し、イゼルローンは藻屑と化した ―― むろん、同盟はそのことを知らないが、消え去った要塞の映像と共に、パエッタは本部へと報告した。

 それを知らされた同盟の首脳部は、防衛の砦がなくなったことに恐怖する。

 

 イゼルローン要塞に滞在していた民間人は、全員無事にイゼルローン要塞を脱出している。

 民間人の犠牲は、極力出さないほうが良い。そうすることにより、攻めてきた帝国ではなく、敗北した同盟へと怒りの矛先が向くとの判断もあった。

 

 この戦いでの主だった戦死者は、ダスティ・アッテンボロー。

 ヤン不在の中、艦隊を預かっていた彼は、キルヒアイスとミュラー相手に、崩壊してゆく要塞から民間人を脱出させつつ善戦したが、彼一人では到底及ばず。

 敗走を得意としていた彼は、最後は前進して集中砲火を受けて戦死した。

 他のイゼルローン首脳部は、民間人の身の安全と引き替えに投降を命じられ、彼らはそれに従った。

 参謀のムライや副参謀のパトリチェフ、シェーンコップとローゼンリッター部隊、それにオリビエ・ポプランやイワン・コーネフなどは、帝国へと連行されることになった。

 

 首脳部で唯一、帰還したのはフィッシャー。彼は民間人を乗せた宇宙船を護送する任についていたため、戦死することもなければ、捕虜になることもなかった。

 

 ヤンたちの負傷と、アッテンボローの戦死。―― 息子が戦死した報を受けたジャーナリストのパトリック・アッテンボローは、息子が戦死した状況を知りたく、帰還した人々に話しを聞いているうちに、緊張が高まっていた前線から、司令官が出頭命令を受け、あまつさえ、非公式な査問会にかけられいたことを知り、これらを世間に公表する。

 民衆はイゼルローン要塞を陥落させた英雄に対する、政府の扱いに激怒し、またその無策ぶりに非難の声を上げる。

 土下座だけでことがすまなかったネグロポンティは、ついには自殺するが、それでも民衆はおさまらず。

 ベッドの上で爆破によりマシュンゴが死亡したことや、アッテンボローの戦死、部下たちが捕虜になったことを聞かされたヤンは、しばらく誰とも口をきかなかった。

 ヤンが口を開いたのは、ラップと再会したとき。ラップも一時は重体だったが、ヤンとは違い後遺症が残るような怪我は負わなかった。

 彼らは互いの無事を祝福するも、

 

「首から下は要らないと言われていたし、自分でも思っていたが、下半身だけだが実際そうなってみると、そうでもなかったようだ」

 

 ヤンは自らの足をつねり、自嘲した。

 下半身に重い障害を負ったヤンだが、彼は退役しなかった。当初は退役するつもりだったのだが、軍に残らざるを得なくなった。

 

**********

 

 皇族となり、尚書に就任したばかりの彼女は、前線や同盟の状況に気を回すほど余裕などなかった。彼女がアッテンボローの戦死を知るのは、シェーンコップと対面してからのことで、まだまだ先のこととなる。

 


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