黒絹の皇妃   作:朱緒

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第116話

 迎賓館を見て歩き、最後に昨晩のパーティーが開かれた大ホールで、ワルツを踊ろうと、ミュラーに声をかけた。

「相手をつとめて、中尉」

「非常に光栄なのですが、小官はダンスの素養がありませんので、誰か別の方に……」

「私が教えてあげる!」

 ジークリンデは”ミュラーを逃がしてなるものか!”と、腕にしがみつき食い下がる。それに困ったミュラーだが、視界の端でファーレンハイトが頷いたのを見て、

「お手数をおかけいたします」

 ジークリンデの教えを受けることにした ――

 

**********

 

「卑賤が」

 それでどうなったかと言うと、練習を開始してまもなく、ミュラーが鼻血をながして中止。

 赤いしずくがジークリンデの服の、胸のあたりを汚してしまった。

 むろんジークリンデはそんなことを気にするような性格ではないので、ミュラーを座らせて、鼻からの出血なので、脳に異変がある可能性も考慮し、医師を呼び立てた。

 結局ただの鼻血だったわけだが、ジークリンデは心配して側に。

 そこに帰宅したフレーゲル男爵がやってきて、血が付いたドレスを着ているジークリンデと汚したのがミュラーという平民であることを聞き、眉をつり上げて、上記の台詞となった。

「申し訳ございません」

 体を起こして跪き、頭を下げようとしたのだが、

「また鼻血が出てしまうかもしれないから、頭は上げさせて欲しいのですが」

 ジークリンデがそれを止めた。

 フレーゲル男爵は、やや三白眼気味の目を大きく開き、怒りを飲み込んで、

「立て」

 ミュラーに立つよう命じ直した。

「ジークリンデ。早く着替えるんだ」

「はい」

「その前に」

「なんでしょう?」

「どうしてこの平民に、ワルツを教えてやろうと思ったのだ」

 ジークリンデは控え目な貴族の女性を演じているので、平民に率先してなにかを教えるようなことは、いままでしたことがない。

―― 打算です……とは言えませんし。言っても意味が通じませんし

 ”仲良くなりたい”とはさすがに言えず。

「元帥になったとき、踊れたほうが良いと思ったので」

 そこでジークリンデにとって、知っている本当のことを述べた。その答えは、当然のことながら、ジークリンデ以外の者たちにとっては意外で、フレーゲル男爵は驚きのあまり、怒りがすっかりと削がれてしまう。

「元帥? そうか、まあいい。着替えておいで」

 

 ジークリンデが部屋へと戻り着替えている最中、フレーゲル男爵はファーレンハイトとミュラーだけを側に置き、ジークリンデが着替えてくるのを待った。

 

「元帥とはな」

「恐れながら、レオンハルトさま。ジークリンデさまと親交のある軍人の多くは元帥。ですので、軍人ならば誰でも元帥になれるものだと勘違いをしても、おかしくはないかと」

 ジークリンデの頭は悪くない。

 それを知っている知っているファーレンハイトだが、同時になぜか「ファーレンハイトは元帥になれる」と信じて疑っていないことも知っている。

 

―― 俺が元帥になれる可能性など、ほとんどないのだが。まあ戦死して二階級特進で元帥ならば、目指せないこともないが

 

 帝国騎士の出であるファーレンハイトは、大将あたりで自分の階級が打ち止めになることは予想できていた。むしろ大将で充分であるとも。

「ありそうだな。そう言えば、伯父上は来年、元帥に昇進することが決まっていたな」

 手柄は立てずとも、爵位やいろいろな利権の関係で、元帥となれる者がいることも分かっている。

 ファーレンハイトはそれらに対して、それに対してあまり不満はなかった。

 そもそも元帥は戦死されては困る人物。

 

 やたらと前線に出たがる元帥などがいたら、部下の将官は万が一のことを考えて余剰兵力を残しておく必要があり、攻撃に専念できないという弊害もある。

 

 総司令官が前線に来て、陣頭指揮を執れば士気は上がるが、それは兵士のみ。たしかに兵士がいなくては戦争はできないが、そもそも一流の指揮官は、士気を維持する能力にも長けているからこそ、一流の指揮を執ることができるのであって、戦死されては困る総司令官に士気を上げてもらう必要などない。

 

 また帝国に限ってだが、正規兵と貴族の私兵が存在しており、後者の頂点に立つ貴族元帥が間違って死亡し、軍権を受け継ぐものがいなくなった場合、すべて正規兵に吸収されることになるのだが、現在の帝国の財政では、それらを維持することが不可能。

 だからと言って放置などしたら、宇宙海賊になるだけなので、できるだけ速やかに吸収、合併するのだが、それを維持するために至るところが削減され ―― とある試算では、貴族の私兵の三割を正規兵に編入した場合、兵士の給与を七割程度にしなければ、艦隊を維持できないとまで言われている。

 

 よって貴族の私財による私兵元帥府は存在不可欠であり、元帥の戦死はなにを差し置いても阻止しなくてはならない。

 そういった面から考えると、一度も前線に立たず、金だけ出してくれる予備役元帥というのは重要であった。

 貴族の予備役元帥は宇宙艦隊司令的ではなく、軍務尚書的な人物であった方が良いのだ。むしろ貴族の軍人の大半は、前線などへはいかず、後方で事務に従事してくれていたほうが、一級の前線指揮官にとってはありがたい。

 

「はい。レオンハルトさまも、いずれ元帥となられることが確定しておりますので、ジークリンデさまがそのように考えても、不思議ではありません」

 

 前線にやってきて”俺は予備役元帥なんてごめんだ! 他の貴族たちとは違う!”とわめき散らすような、精神年齢が怪しい貴族の坊ちゃんよりも、後方で”金は出してやる、出世の口利きもしてやる。だから叛徒を殲滅してこい。無様に死ぬのはお前らだ、下民ども”と命じて、優雅な貴族生活している貴族の坊ちゃんのほうが、ありがたい。

 

 そういった点では、フレーゲル男爵は非常に良い「貴族の坊ちゃん」だったのだが、バンフィールドという女のせいで、その状況がもうじき壊れることになる ――

 

「そうだな。…………」

 そんな前線に立たないで出世するのが当然な地位にあるフレーゲル男爵だが、彼なりに思うところがあった。

「どうなさいました?」

 それを話すにはミュラーが邪魔だったので、後回しにして、一つ気付いたことを指摘した。

「ちょっとな。後で話す……ところで、ジークリンデの話を聞いて気付いたが、お前はダンスは完璧にマスターしたのか? ファーレンハイト」

「どうでしょうねえ」

 言われたほうは”我関せず”といった感じ。

「貴様は絶対に覚えろ、命令だ」

 ただフレーゲル男爵としては覚えてもらう必要があった。

「かしこまりました」

 

 ミュラーをほぼ無視した状態で、話をしていると、早々に着替えたジークリンデが戻ってきて、フレーゲル男爵の隣に座り、事情の説明を始めた。

 

「そうか。ジークリンデはあれが中将以上になったとき、貴族のパーティーで恥をかかぬよう教えてやろうと思ったのか」

 着替えている最中に「どうやら良人に不快感を与えてしまったようなので、上手く言いつくろわなくては」必死に言い訳を考えてきた。

「はい」

 フレーゲル男爵はジークリンデの好きにさせてくれることが多いのだが、それで不愉快になる部分も少なからずあった。ただジークリンデを怯えさせるのは彼の本意ではないため、すぐに話し合って不愉快さを伝えて、できればそのような行動は取らないで欲しいと「彼のほうから」伝えてるようにしていた。

「ジークリンデが直々に教えてやらなくとも、良かろうに」

 そんな前向きな対話姿勢に、ジークリンデも全力で応えるのだが ―― たまに、失敗するのは、大体「記憶」のせい。

「そうですね。ちょっと気が急いてしまいました」

「気が急くとは?」

「二十一で中尉と聞いたので、あと九年くらいで中将になると思ったら、急いで教えてあげないと駄目だと思いまして」

 ファーレンハイトが准将に昇進した際”早く上級大将になれると良いわね”……と軽く言ったジークリンデにフレーゲル男爵が”三十代前半で中将にはなれるだろう”と返したので ―― それを引き合いに出して無難にまとめることにした。

「三十で将官か。あり得んわけではないが……おい、平民」

「は!」

 室内唯一の平民であるミュラーが、返事をし頭を下げる。

「ジークリンデがこう言っている。せいぜい精進しろ」

「御意」

―― 十年後にミュラーは元帥ですけどね

「それで、こいつにワルツを教えてやりたいのか? ジークリンデ」

「はい」

「分かった、教えてやれ。平民、鼻に詰め物でもしてこい」

 

**********

 

 フレーゲル男爵に、いまだに可哀想な嗜好の持ち主だと思われているフェルナーは、交代後、なにも言わずに迎賓館を出て、フェザーンの尾行をまいてデイリーマンションを契約し、その足でDNA判定ができる設備を借りる手続きを済ませ、ローストチキンのパニーノを買って歩きながら食べ、式典会場の周囲の建物を確認し ―― フェルナーが迎賓館に戻った頃には、ジークリンデはすでに休んでいた。

 

 普段ならば一緒に休んでいるフレーゲル男爵が、

―― ですから、そのガウンの色合いは、いかがなものかと……

 金色のシルクガウンを着て、ブランデーグラスを薫らせながら待っていた。

「首尾は」

「閣下よりお借りした名前で、無事に契約することができました」

 国務尚書から渡された偽名ウィン・ファンデンベルグ。

 その口座などを使ってサイオキシン麻薬がらみの情報を集める。

 フェルナーはフレーゲル男爵からも別口で偽名と口座を渡されていた。

「そうか。では手はず通りに勧めろ」

 フェルナーが両者から選ばれたのは、出発直前まで貴族とほとんど関係がなかったので、フェザーンも情報を掴み辛いであろうということ加味して。

「御意」

 フェルナーが出発直前に移動になったのは、フェザーン側にあまり知られたくはないことを、しなくてはならないので、できるだけ情報を与えないようにするための措置だった。

 

 手はずや予定の最終確認を行ってから、フレーゲル男爵はミュラーが邪魔で話せなかったことを語り出した。

 

「お前は以前、ジークリンデから”軍務尚書になれる”といった趣旨の話をされたと言ったな」

「はい」

 二人きりではあったが、会話は麻薬がらみ以外は全てフレーゲル男爵に筒抜け。

 ジークリンデ自身、秘匿など望んではいないので、問題はなかった。

「あの駐在武官のことを説明しろ」

「かしこまりました」

 

 フェルナーが出かけていた際に起こった出来事を、簡単に説明し ――

 

「済みません。あの時、平民は尚書にはなれないとしか言いませんでした。元帥も不可能ですと言い忘れました」

 フェルナーが謝る類いのものではないが、ついでに平民は元帥にはなれないことを教えておけば、こんなことにはならなかったのだろうと、さっくりと謝った。

「いいや、それはいい。それでフェルナー、お前は軍務尚書になる気はあるか?」

 フレーゲル男爵はブランデーを一口飲み、まだ琥珀色の液体が残っているグラスをテーブルに置き、門閥貴族らしからぬ質問をぶつけた。

「はい? ご夫妻でなにを仰るのですか」

 正気ですか? と、変な者を見るような視線を向けてフェルナーは返す。

「うるさい、黙れ。なる気があるかどうかを聞いている」

「考えたこともございません。そもそも、平民がそんなことを考えるなど、あり得ません」

「そうか。では考えて答えろ」

「ご本心をお聞かせ願えない限り、考えることはありません」

「なるほど。では少し待て。ファーレンハイト」

「はい」

「お前はどうだ? 軍務尚書になるつもりはあるか」

 さすがに質問が予想できていたファーレンハイトは、死んだ魚のような目と、馬鹿にしているようにしかとれない微笑で、慇懃無礼に体調を気遣った。

「深酒は体に悪いので、もうお休みになったほうがいいですよ、レオンハルトさま。私もフェルナーも、酔っ払いの戯れ言ということで、ながしておきますので」

「失礼な輩だな」

「下品の生まれなもので、申し訳ございません」

「まあいい……」

 一人がけのソファーに座っているフレーゲル男爵は、再びグラスを手に取り、ブランデーを飲み干す。

 部屋には給仕すらいないので、フェルナーが酒瓶を手に取り、失礼しますと ――

「閣下、よろしいでしょうか?」

「なんだ?」

 沈黙が辺りを支配したとき、フェルナーはこの機会を使って彼らが知らない、フレーゲル男爵とフリーデリーケの関係を知ろうと試みた。

「閣下は夫人との結婚の話が決まった時、どう感じられました?」

 二人の関係性からなにか対処が思いつくかも知れないと。

「どう……とは?」

 酒瓶をテーブルに置き、再びフェルナーは直立不動の軍人らしい立ち方に戻る。

「夫人は結婚まで数日しかなかったので、驚いたと教えてくださいました。やはり閣下も驚かれましたか?」

「驚いたが、伯父上たちから事情を聞かされて、納得した」

「差し支えなければ、その事情、私にも教えていただけると嬉しいのですが」

「……良かろう。ファーレンハイトも聞け」

「はい」

 

 だが残念ながら、フリーデリーケとフレーゲル男爵の関係性には発展せず、図らずも先ほどの質問の真意を知ることになる。

 

「帝国騎士や平民には分からんだろうが、門閥貴族の結婚には、色々と調整が必要なのだ……亡くなられたルートヴィヒ殿下は、後ろ盾となるような家柄の后を迎えることはなかった。その理由の一端は、ブラウンシュヴァイク公爵家にある ――」

 

 フリーデリーケとの婚約破棄をされてすぐ、ジークリンデとの結婚が決まった。

 あまりの期間の短さに、フレーゲル男爵も思うところがあり、伯父のブラウンシュヴァイク公爵と父に、この結婚の意味を尋ねた。

 相手が普通の門閥貴族の娘ならばまだしも、皇太子妃も夢ではないどころか、皇太子妃にもっとも近いと囁かれている娘となれば、彼も裏を探りたくなる。

 そこで親たちから聞かされたのは「責任を負わねばならない」というもの。

 

 なにに対しての責任なのか?

 

「ルートヴィヒ殿下に対する責任だといった。この責任なのだが……もう故人ゆえ、教えてやるが、私の祖父、先代ブラウンシュヴァイク公は迷信深い人であった。若い頃、まだ公を継ぐ前は普通であったのだが、公を継いでから猜疑心が大きくなり、それを収めるために迷信深くなったそうだ。とくに名前に執着したために、ルートヴィヒ殿下は帝位に就けないと本気で考え、行動に移してしまった」

「なにをなさったのですか?」

「殺害などではないから安心しろ。それに祖父とルートヴィヒ殿下ならば、祖父のほうが先に亡くなっている」

「……」

 皇太子の死亡に関して、誰にも言えないファーレンハイトは、黙ってその話を聞く。

「祖父は伯父上の妻に皇女を選んだ」

「なにか、おかしいのですか?」

「平民のお前には分からんかも知れんが、権力を手中に収めようとするのなら、伯父上の妻に皇女の伯母上を迎える意義などないのだ」

「はあ」

「そうなのですか」

「婚姻による権力取得方法は、当然ながら権力者と結婚すること。帝国において最大の権力者は誰か? 皇帝陛下に他ならぬ。その地位に就くためには、皇太子として冊立されねばならぬ。ルートヴィヒ殿下はかなり若くして皇太子として立太子され、フリードリヒ陛下にはルートヴィヒ殿下以外の皇子はいない。亡き皇后の実家メッヘレン家は、血筋は悪くはないが、なんら力を持たぬ寒門。ブラウンシュヴァイク家の娘を皇太子妃として迎えれば、安泰であった。だが、皇太子の名前がルートヴィッヒであったがために、迷信深い祖父はルートヴィヒ殿下に見向きもせず、息子である伯父上に皇女を娶らせた」

 

「物事の道理が分からぬ者たちは、ブラウンシュヴァイク家が皇帝の地位を狙っているなどとほざくが、本気で狙っているのならば、成熟した娘を皇太子の元の送り込み、さっさと種を仕込んで跡取りをもうけて、今頃は外戚の座に収まっているだろう。そうなっていたら、私かマンフレートは存在しなかったであろうがな。マンフレートとはシャイド男爵のことだ、平民。彼と私の母親は姉妹なのだ。まあ、私の母やマンフレートの母でなくとも、ブラウンシュヴァイク家には多数の娘がいる。いくらでも送り込めたが、そうはしなかった。もともと、そんなつもりはなかったからだ」

 

「レオンハルトさまの仰る通りですね」

 

「こうしてブラウンシュヴァイク家はルートヴィヒ殿下を後押しせず。迷信深い門閥貴族は他にも大勢おり、同じく迷信からリッテンハイム家もルートヴィヒ殿下を無視して皇女を娶った。そして、ここからが問題なのだが、後ろ盾がないに等しいルートヴィヒ殿下を無視し、権門が皇女を娶ったことで、誰も娘を皇太子妃にしようとはしなくなった。娘を皇太子妃に立てると、ブラウンシュヴァイクやリッテンハイムに喧嘩を売ることになると考えたのだ」

 

「そう取られても、仕方がないのでは。そのくらい、考えを張り巡らせなければ門閥は生き延びることはできないでしょう」

 

「ファーレンハイトの言う通りだが。ともかく、皇女の婚姻によって皇太子が”然るべき家柄”から妃を娶る”あて”がなくなってしまうという惨事となった。だが宮内庁は手をこまねいているわけにもいかず、年齢と家柄を考慮し、相応の家に娘を皇太子妃にと打診をするのだが、あちらこちらで断られ、ついに万策尽きて泣きついたとされているが、宮内尚書はリヒテンラーデに”他の娘たちは、全て断らせたので、どうぞ侯の一族を皇太子妃に”と、ある意味茶番だな。そこで初めてリヒテンラーデが行動に出た。その手始めとして、伯父上に”卿の父君が取った迂闊な婚姻政策により、皇太子妃の選定が……”とな。伯父上は先代の迷信狂いを苦々しく思っていたこともあり、また現状を引き起こした一端を担っていることも自覚していたので、リヒテンラーデからの申し出を断れず、私とフリーデリーケとの婚約破棄、ジークリンデの婚姻に全面的に同意した」

 

―― 聞きたいこととは、かなり違ったが……これは、これで興味はあるな。黙って聞き続けるとしよう

「皇太子にブラウンシュヴァイク一族の娘を娶らせるだけでは済まなかったのですか?」

 フェルナーは自分が聞きたい話に軌道を修正することなく、この話に乗った。

 

「妻が皇女で、一門の娘を皇太子妃は、パワーバランスを考えて不可能だな。リッテンハイムが横やりを入れるし、同じことをリッテンハイムがしようとしたら、我らブラウンシュヴァイクも妨害する。それで、権力中枢にいる門閥貴族には必要不可欠なものがいくつかある。その一つが武力だ。だがリヒテンラーデはそれを所持していない……なのだが、それがヤツの強みでもある。武力を所持していないので、簒奪はできぬ。だから陛下のお側にいても安心だと。我がブラウンシュヴァイク一門やリッテンハイムが、リヒテンラーデのような行動をとれば、疑心暗鬼は免れぬ。あれほどの権力者が武力を所持していない時点で、おかしいのだが、ヤツは武力ではなく、陛下のご威光を笠に着ることを選んだ。だが、皇太子妃を送り込むとなると、一定の武力は必要だ。だがヤツは今まで築いたスタンスを崩すつもりはない。だから武力を所持している権門に、リヒテンラーデ一族の切り札を送り込んだ。それがジークリンデだ」

 

「皇太子妃を送り込むための下準備ということですか」

 

 国務尚書が一族の娘を皇太子妃にしようとしていたのかどうか? ファーレンハイトには分からないが、このような状況でもあったのなら周囲を納得させるために妃とし、皇太子もろとも殺害くらいはしそうだとも感じた。

 

「そうだ。それもリヒテンラーデ一族としてではなく、フライリヒラート一族として送り込んできた。リヒテンラーデの駒として使われたのは、誰の目にも明らかだが、伯爵の娘であるのも事実。これでリヒテンラーデはいままで通り、武力を持たぬ身として陛下のお側に仕え、一方でジークリンデを鎖で繋ぎ、なにかあらばその鎖に繋がれたジークリンデの身の安全と引き替えに武力を得る。こうしてリヒテンラーデは、予備役大将が頂点に立っている、御しやすい武力を手に入れた」

 

「レオンハルトさま。お言葉が過ぎますよ」

―― あんたが言うな、准将

「伯父上も分かっている。そして私もな……そこで、気になるのだ。私に軍事的な才能があるのかどうかが」

 


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