黒絹の皇妃   作:朱緒

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第111話

・グートシュタイン公爵夫妻とフレーゲル男爵夫妻の関係について

→ グレーテルさまとコンスタンツェさまがご親友であられ、家族ぐるみで交流があり、レオンハルトさまのことを、我が子のように可愛がっていらっしゃる

 

・近い血縁ではない……で間違いない?

→ 間違いはない。もちろん、全く血縁がないわけではない

 

・系図を見ると、グートシュタイン公爵夫妻には跡取りがいないようですが。いいの?

→ 一族から養子を取って、跡取りになさるそうだ。まだ決まっていないのは、グレーテルさまが「親友の忘れ形見」を跡取りにしたいと思っておられたことも、関係している……そうだ、レオンハルトさまだ。最近は諦めたそうだが

 

・公爵夫人、男爵夫人のこと大好き?

→ 大好きだ。グレーテルさまとコンスタンツェさま、お二人とも娘が欲しいと仰っていらした。可愛い娘を連れて、お茶を楽しみ舞踏会を楽しむのだと。結局お二人とも娘には恵まれなかったが、親友の忘れ形見が理想の少女と結婚して、待望の娘を得ることができた。そうだな、全く血はつながっていないが、息子のように可愛がっていたレオンハルトさまの妻だから、自分の娘だと

 

・公爵、男爵夫人のこと大好き?

→ 大好きだ。ただし、おかしな「好き」ではない。公爵の好みはグレーテルさま。そうだ、少々ふくよかなお方が好み。バルタザールさまは、グレーテルさまに一目惚れして必死に求婚したお方だ。それで、ジークリンデさまに対しては、義理の父のつもりらしい。……そうだ、義理の父親はいるが

 

・娘が欲しいって珍しいですね

→ グレーテルさまもコンスタンツェさまも、名家の娘で跡を継ぐ兄がいたので、跡取りを絶対に産まなくてはならない立場ではなかったのが大きい。それにご自身が幸せだったことも大きいのだろう。名家権門に生まれるのならば、娘のほうが断然良いと。苦労している兄君を見て、そのように感じたようだ

 

・政略結婚とか、させられるんじゃないんですか?

→ 全ての貴族が政略結婚するわけではない。同階級の子ども同士で出会い、そこから普通に愛情をはぐくみ結婚する人たちも多い。それにお二人とも、公爵家の生まれなので、相手を選べる立場にあり、実際選んで結婚した方々なので、それらに関しては疎かったと思われる

 

「ありがとうございます、シュトライトさん」

「いいや。交友関係を載せ忘れた、私のミスだ」

 

 みんなの疑問に答えてくれるシュトライトだったが ――

 

「なにをしているのだ?」

 主人が床に入り、明日の準備に取りかかろうとしていたシュトライトは、画面編集をしているフェルナーとファーレンハイトに声をかけた。

「ああ、シュトライト。これか?」

 画面に映し出されているのは、三等船室のあたり。多くの平民が映り込んでいる。

「夫人が他の船室も見たいと」

「後日、客がいない時に見学という形でもよろしいでしょうか? 尋ねてみたものの、人が居る空間を見たいと仰ったので、映像で我慢していただくことに」

「変なものが映り込んでるといけませんので、一応画像の確認をしていました」

「どうした? シュトライト」

 編集していた画像を見ていたシュトライトの顔色が悪くなり、テーブルに両手をついて俯いてしまった。

「ファーレンハイト准将」

「そろそろ階級を言わないように気をつけた……」

 焦っているシュトライトはファーレンハイトの言葉を遮り、やや青ざめた顔色と、強ばった表情で、二人に失敗をしたと告げた。

「分かりました。それは気をつけます。ファーレンハイト、私は大失態をおかしました」

「なんだ?」

 シュトライトから事情を聞いた二人は”それはまずい”と、急いで資料を作り、朝早くからフレーゲル男爵に説明して、挽回する時間をもらうことができた。

 

**********

 

―― 予備知識で足りない部分があるから、追加講義とは聞きましたが……シュトライトに、こんな説明させることになるとは……ごめんなさい……

 

 シュトライトから”公務でフェザーンに赴く際に、必要なことを説明しそびれるという失態をおかしました。フレーゲル男爵閣下より、ジークリンデさまのお時間をいただく許可は得ております。後日お叱りをいただくのは当然ですが、いまは是非とも小官の話を聞いてください”と、平身低頭で頼まれたので、

 

「重要なことなのでしょう。早く教えてちょうだい」

 

 返事をしたのはいいのだが、その内容がひどかった。

 決してシュトライトは悪くない。そのことはジークリンデも分かっている。あえて悪いのは誰かと問われたら「社会制度。またはルドルフ」と答えるしかないくらいに。

「帝国には白色人種の他に、有色人種が存在します。有色人種にも種類があり、これが……」

 ”白人以外の人間も存在するのです”という解説。

―― いや……あの、黄色人種も黒色人種も、知ってます。確かに、門閥貴族の娘が、これらのこと知ってるはずありませんよね

 劣性遺伝子排除法が根深く残り、白人至上主義にして、歴史上もっとも完璧な隔離政策がとられた国家、銀河帝国。

 大貴族の召使いになれるのは白人のみ、領主の館があるような領地にも白人しかいない。

 士官学校に進学できるのは白人だけ ――

「オーディンではあまり見かけませんが、フェザーンには多くおり、滞在中は頻繁に見かけることになるでしょう。パーティーの招待客の中に有色人種がおります。彼らは、ジークリンデさまとお話したいと、近づいてくることもあるでしょうが、その際はご慈悲のほど、お願いいたします」

 シュトライトはジークリンデに白人以外の人間がいるという説明をするのを、すっかりと忘れていたことを、昨晩の三等船室の映像を観て思い出したのだ。

 彼らが忘れていたのには、様々な理由がある。ただ共通するのは、軍の兵士には白人以外も存在することと、彼らは帝国人が持つ差別心がほとんどないため、この問題に関して鈍かった。

「慈悲とは?」

「よろしければ、お話してやってください。彼らも同じ言葉を喋りますので」

―― 当たり前ですよー。でも聞かないと分からないか……

「実は帝国の辺境にも、白人以外の者たちがいるのです」

―― それはまあ……いるでしょうね

「小官は彼らと接する機会があったため、問題に気付くのに遅れてしまいました。まことに申し訳ございません。ジークリンデさまは、今回の旅で初めて見ることになるので、驚くこともおありでしょう」

 実際ジークリンデはこの世界に生まれてから今まで、白人以外は見たことがない。

「大丈夫よ、シュトライト」

 

―― 注意されなくても、差別なんてしませんけど……しませんけども……でも、シュトライトも差別しているようには思えないけれど……

 

 シュトライトから人種についての説明を受けたあと、

「ジークリンデさま、申し訳ありません」

「なんですか。ファーレンハイト」

 精神的に疲弊したジークリンデに、更に追加注文が。

「フェザーンの黒色人種や黄色人種の中には、叛徒もおりますので、知らないそれらの人たちには近づかないでください」

 当たり前の注意喚起である。

「そうですか。でも私には貴方たちが一日中、付いていてくれるから」

「はい」

「貴方たちは直接見たことあるの?」

―― まさかこんな質問をする日がくるとは、考えてもみませんでした

 ”自分は何を聞いているのだろう”

 非常に愚かな質問をしているような気分だが、自分の護衛をしてくれる彼らの”認識を認識”しておく必要がある。

 どこに線を引いているのかを確認せず”かつての自分”の気持ちで接し、相手が不当に罰せられたら寝覚めが悪いどころではない。

「はい」

「そうなんですか。ところで貴方たち、個人的にはどうなの?」

「個人的な意見ですか?」

 三人は互いの困惑した表情を見て ―― ジークリンデさまも、答えづらいことを聞かれる ―― と。三者三様に口元に手を当てて、答えるべきかどうかを悩む。

 

 彼らがここで答えるとしたら、学校で教えられた通り「白人とそれ以外の劣る人種」的に答えなくてはならないのだが、個人的な考えはかなり異なっていた。

 

 シュトライト個人としては、人種にさほど強い差別意識はないが、全くないと言い切れるかと問われると口を噤む。

 ファーレンハイトは人種について興味がない。彼はオーディン在住であったこともあり、あまり他の人種と接することがなかったことが大きい。

 フェルナーは地方都市出身なので、基礎学校では白人以外の子と机を並べることが、ままあった。そのため、人種はどうでも良いというスタンス。

 

―― 悩んでいるということは、黒色人種や黄色人種をそれほど下に見ていないということでしょう……それだけ分かればいいです

 

「答えなくていいです。質問を変えます。彼らに対しての私の態度ですが、私が普段、平民たちに接する態度でいいのかしら? それとも農奴に対するような態度のほうが安心する? 貴方たちが警護しやすい方を取ります」

 彼らに個人的なわだかまりがないと判断し、線引きもいつも通り公平にしてくれると信じて、ジークリンデは彼らに任せることにした。

「使い分けていただければ幸いです」

「招待客なら平民と同じように、それ以外の場所では農奴に接するように……が、希望ですか?」

「はい。そうしていただけると、我々としても助かります」

「分かりました。では、そうします」

 こうしてジークリンデは精神的に疲弊する追加説明を聞き終えて、口元を手で隠し、僅かばかり欠伸をした。

 

―― いつかみんな仲良く……とまではいかなくても、わかり合えるような世界、頼みますよ、ラインハルト……政治的な問題よりも厄介な気がしますが

 

**********

 

 アフターヌーン・ティー ――

「フリーデリーケは領地に到着したか」

 フェルナーとファーレンハイトは端末を片手で操り、もう片手で無造作に菓子類を順番無視で掴んでは、口に放り込んでいた。

 報告書に目を通していると、フリーデリーケを無事に引き渡したという報告が届いていた。

「残念そうですね」

 ポットに淹れっぱなしのお茶をカップに注ぎながら、露骨に”無事だったのか……”と落胆が混じるファーレンハイトに楽しげに問うフェルナー。

「途中で事故死してくれたらと願っていた」

「部下を送り込んで、護衛艦艦長の責任にしてしまえば良かったのでは?」

 へらへらと笑い、ぬるく、苦い紅茶を舌の上で遊ばせながら、フェルナーは「思うだけでは駄目ですよ」と返した。

「侯爵令嬢を殺してしまったら、艦長の死刑は免れんからな」

 ファーレンハイトはポットを手に取り蓋をあけ、茶葉を取り替えずに湯を注ぎ、蒸らしもせずに空になった自分のカップに注ぐ。

「准将は夫人のためなら、犠牲など厭わないと思ってましたが」

「護衛艦の艦長は、ジークリンデさまの初恋の相手だからな」

「は?」

 ファーレンハイトはポットを置き、別の小さな端末を取り出し、

「いずれお前にも話すだろうとは思うが……」

 ジークリンデが「持っているのは良くないけれど、捨てる気にはなれない」思い出の映像と、端末に映し出されている艦長の顔を指先で叩きながら、ファーレンハイトは説明を始めた。

 

「……というわけだ。フリーデリーケ殺害犯などにしてしまったら、ジークリンデさまの知るところになる」

 

 説明を聞いたフェルナーは”そんなこと、あるもんなんですか”と、年齢の割にはあまり出世していない艦長の経歴を遡る。

「それじゃあ、殺せませんね」

 卒業してすぐに配置された場所は記載されているが、ジークリンデの遊び相手を務めたことなどは載ってはいない。

「ああ。さすがに結婚なされているので、男の存在をお伝えすることはできないが、無闇に殺す必要もあるまい」

 まして護衛艦を呼んだ理由が、フレーゲル男爵と元婚約者の諍い ―― ジークリンデに全て隠して終わらせたことを、わざわざ知らせるようなことはできないし、なにより、もはや嫁いだ身。不要に心を乱させるような報告など、まともな配下ならばしない。

「そうですね。あまり中央とは縁のない人のようですから、夫人の警備に付くことは、もうないでしょう……」

 辺境を転々としている艦長の経歴。

 それを見れば、フェルナーの台詞は当たり前のことなのだが、

「どうした? 突然笑い出して」

 言った当人はあることに気付いて、笑いがこみ上げてしかたがなかった。

「済みません。二年前の自分のことを思い出しまして」

「二年前? なにかあったのか?」

「二年前、保安警備部にいましてね。軍の馬術大会の、会場警備を担当したことがあるんですよ」

「准佐だった頃か」

「はい。一般観客席の現場警備主任だったんですよ。馬場を挟んだ向かい側に貴族席があるじゃないですか」

 ”前年優勝者の夫人がおいでだ”とは、フェルナーも聞いていたが、彼が担当する区画とは何の関わり合いもない場所。

「あるな」

「その貴族席の中でも、特に名門の方はボックス席にいらっしゃるでしょう」

 内部を伺うことができない、厚いガラスの向こう側に居るらしい門閥貴族の夫人。

「ジークリンデさまも、いらっしゃったな」

 下々の警備など付くことのない、特別な通路で広いボックス席へ向かい帰って行く ―― 皇族ならば女性でも広く顔を知られるが、普通の門閥貴族の女性は滅多に見ることは出来ない。

「一生お目にかかれない貴族さまが、あのボックスの中にいるのか……と、思っていたはずなんです。二年後こうして、アイマスクとヘッドフォンつけて昼寝している側にいることになるとは、想像もしませんでした」

 

 ジークリンデは夜のオペラ鑑賞のために、アフターヌーン・ティーの時間を使って昼寝をしていた。

 貴族の女性は仕事などないので、暇そうに見えるが ―― 時間があっても、だらだらとした生活をしてはらないとされている。

 眠いから昼寝をする……など、甘えてはならないということ。

 ジークリンデの一日は、朝七時半に起床し、八時十五分には朝食を取り、九時半から召し使いたちに指示を出し、居住空間における雑事を片付け、家庭教師から礼儀作法やら身のこなしに関する授業を受ける。

 正午から大体二時間ほどかけて昼食を取る。

 その後は体力作り。新無憂宮を歩き回れる脚力も必要、またダンスも踊れなくてはならない。

 趣味のピアノを弾き、時間が少しでも空けば刺繍をしたり、手紙をしたためたりと、決して怠惰に過ごしたりはしない。

 またサロンに出向いて話をしたり、ファーレンハイトやフェルナーとアフターヌーン・ティーの時間を持ったり、一人で気怠い午後を過ごしているような余裕はないのだ。

 そして夜の社交の時間の準備に取りかかる。

 シャワーを浴びて、夜に相応しいドレスに着替え、化粧を施し髪を結い上げて、舞踏会なり音楽会なりオペラ鑑賞なりに赴き、それらの終了後、晩餐が待っている。

 夕食が終わるのは十一時頃。

 そのままベッドに入るが、夫に抱きしめられたら無視して眠るわけにもいかず ―― 就寝時間が午前三時を回ることもある。

 ジークリンデはこの毎日を繰り返していると、寝不足になるのだが、前述の通り昼寝は好ましくない……ということで、人目に付かないところで昼寝をさせるためにも、この時間が設けられていた。

 ゆったりとしたティーガウン、艶やかな黒髪は降ろし、アイマスクとヘッドフォンを付けてカウチソファーで微睡む。

 

「俺もだ」

 ”本当は今日もお話したかったの。でも……”フェルナーと話したいとは思えど、睡魔には勝てず、すやすやと安心しきって眠っているジークリンデ。

 顔の大半は隠れているが、それでも幼さの残る口元と、いつもは前髪で隠れている白い額が、少しばかり見えているその寝顔は、愛くるしいものであった。

「浮気していると勘違いされる状況を作るよりは、普通に昼寝をさせたほうが良いと思うんですけど」

 ジークリンデの睡眠時間の少なさは、フェルナーも気になっていた。”体が小さいのは、睡眠時間が足りていないせいでは?”心配もしていた。その心配と同じくらい、噂が立つことを警戒もしていた。

 ファーレンハイトはカップを片手に頬杖をついて、

「ジークリンデさまが定時で、人を遠ざけ、眠っているなどと知られたら、暴行目当てで忍び込んでくる馬鹿に、心当たりがありすぎて困るのだが」

 ”無理だ”だと答える。

「そんな心配する必要があるんですね」

 結局ジークリンデが眠っている側に、彼らが控えることになる。

 そうなれば、同じような噂が立つのは避けられない ―― それよりならば、建前ではあるが夫公認のほうが、まだ救いようはある……どの程度の差なのかは、当事者たちも分からないが。

「なかったら、専任護衛なんて必要はない」

 眠りが浅くなってきたジークリンデが、体をよじる。

「ですね。そろそろお目覚めの時間のようですが……そうだ、タンクベッドはどうなんですか?」

「大喜びするぞ」

「お休みになったこと、あるんですか」

「ある……俺も最初から、この状況を難なく受け入れていたわけではない」

 ファーレンハイトも十代前半の人妻と、好奇や嫉妬、性質の悪い冗談で噂されるのは、避けるべきだと考えて、人目に付きつつ休養が取れる場所を提案したことがあった。

 ジークリンデは少々変わったことが好きだということを理解したファーレンハイトは、タンクベッドに誘ってみた。当然ながらジークリンデは乗り気で、許可をとってタンクベッドで休むことに。

 必死に眠い目をこすり徹夜して(本末転倒)、タンクベッドは皆が使用するものなのだからと、シャワーを浴び体を清潔にし、ネグリジェに着替えてやってきたくらいに、タンクベッド好きである。

「タンクベッドにクリーニングを入れ、前日から使用不可にし、直前に最終チェック。休まれているタンクベッドの前で待機。このあたりは、ジークリンデさまが喜ばれるので構わんのだが、問題はジークリンデさまが使用されたタンクベッドを使用したがる馬鹿どもがいることだ」

 むさ苦しい男どもしか使用しないタンクベッドで、可憐な貴族姫君がお休みになった。そこに残り香があろうが、なかろうが ―― その事実は彼らの胸を躍らせた。

「阻止したんですよね?」

「出られた後のタンクベッドを、俺がクリーニングした。それでも、そのタンクベッドの使用率は呆れるほど高かった。それらの鬱陶しさはさておき、たまに”どうです?”尋ねると、お喜びになるぞ」

「前向きに考えておきます」

 仰向けだった体が横を向き、白くほっそりとした指に、上品なブラウンのネイルが施された手が宙を彷徨う。

 二人はジークリンデの側へと近づき、膝を折ってヘッドフォンを外し、アイマスクを外す。

「付けたの、忘れたんですか? 夫人」

 重さをほとんど感じない軽量で高性能のアイマスクとヘッドフォンなので、

「……たまに、忘れるんです」

 ジークリンデは”よく”付けたことを忘れて「あれ?」と、腕がなにかを求めるときがある。

「そうですか」

 フェルナーは笑いながら、カウチの下から台を引き出し、ジークリンデが脱いでいた靴を置き、二人は背を向ける。

「二人とも、もう一杯、お茶を飲む余裕はあるかしら」

「ジークリンデさまが淹れてくださるのなら、何杯でも」

「淹れていただくをの、楽しみにお待ちしておりました」

 アクアマリンで飾られたアンクルストラップが目立つ、ヒールが低い光沢のあるベージュ色の靴を自分で履いて、元気よく立ち上がった。

 

 艶やかな黒髪。肌理細やかな象牙色の肌。澄んだ翡翠の瞳。小さな白い歯に桜色の唇 ―― そして笑顔。

 

 この当時の彼らは、ジークリンデが生涯幸せであることを、疑っていなかった。


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