黒絹の皇妃   作:朱緒

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第11話

―― でも、なんか違う気がする。アンネローゼでもなく、ラインハルトでもなく……父親? えっと、父親の名前はセバスティアン。……母親は病死か。へー、クラリベルって名前なんだ……この若さで病死か、ラインハルトの夭折は母親に似た……なんだろう、違和感がある。病死じゃなかったような覚えが

 

 

 彼女はリヒテンラーデ侯に説明しながら「なんとなく違う」ような気がしてならなかった。母親の死因もそうだが、共犯者の真の狙いも。

「国務尚書。私にも独自の協力者が必要になります。何人までならこの弑逆未遂を教えてもよろしいでしょうか?」

「できれば誰にも知らせて欲しくはないが」

「ムリです」

 本編により未来を知っている優位性が使えない ―― ならば、使えるように世界を動かさねばならない。

「そうか。人数は定めない。同志に語りたい場合は事前に連絡せよ」

 漠然としているが、それでも策らしいものは思い浮かび始める。

「かしこまりました。それで国務尚書には、まだ聞きたいことがあります。ミューゼル殿は新無憂宮で貴族の知人など得ましたか?」

 アンネローゼのもとに、ヴェストパーレ男爵夫人が訪れているかどうか? 

「弟とその友人とやら以外が訪れることはないが」

 まだヴェストパーレ男爵夫人は、この舞台には現れておらず ―― 彼女は協力者とすることに決めた。

「分かりました。ヴェストパーレ男爵夫人に協力していただきたいので、事情の説明の許可を」

「……あの男爵夫人か。お前の知り合いであったな」

「はい。ヴェストパーレ男爵夫人であれば、ミューゼル殿と友人関係になってくださることでしょう。あの方は”いわゆる”変わり者ですので」

 多少の陰口もヴェストパーレ男爵夫人ならば者ともしない。それは読んで、また実際に会って知っている。

「それがなんの役に立つのだ?」

「国務尚書は私をミューゼル殿の女官にして、内部を探らせるおつもりでしょうが、それはいけません。私が乗り込んだら、共犯者は警戒し、黒幕は私たちにも罪を着せようとするでしょう」

 リヒテンラーデ侯は年若い彼女を将来の女官長として育てる ―― という名目で新無憂宮で活動させる計画をたてていた。

 活動場所はとうぜんアンネローゼの館になるのだが、それは彼女の考えるところと違った。

「”私たち”の中には、私も含まれているのか? 男爵夫人」

「もちろんでございます」

「お前の案を聞こう」

「それでは。まず私はヴェストパーレ男爵夫人に事情を説明します。そして彼女にミューゼル殿を訪問してもらうと同時に、サロンの開き方を習います」

「どのようなサロンだ?」

「軍人を集めます。名目はフレーゲル男爵の部下。爵位なし、帝国騎士限定で部下を捜します」

「あの男がその条件、了承するかな? 選民意識の強い男だぞ」

「そこは笑うところですか? 国務尚書」

「笑いたくば、笑うがいい」

「では帰宅後、笑わせていただきます。ブラウンシュヴァイク公の前で。サロンを開くためには、当然ブラウンシュヴァイク公の許可を得ねばなりません。フレーゲル男爵は公の意見でしたら聞きますよね」

 いま自分が言った条件をブラウンシュヴァイク公に飲ませてくださいと暗に告げ、

「聞くであろうな。ブラウンシュヴァイク公には私から伝えておこう。それで軍人を集める目的は?」

 それに気付かぬリヒテンラーデ侯ではない。納得はしていないが、一度は飲んだ。侯は誰よりもジークリンデの才能を信頼している。

 

 そうでなければ十一歳の少女にこのようなことを命じはしない。

 

「私とヴェストパーレ男爵夫人の連絡役です」

「帝国騎士などという下級貴族を、この重大な事件に関わらせるのは反対だが」

 彼女は”条件が合致しただけ”だと考えているが、実は彼女自身知らない脅威の才能があり ―― それは周囲に知られていた。

 彼女が知らぬ、国務尚書が犯人捜しを任せた脅威の才能とは語学力。彼女は原作を全て読んだ転生者ゆえに【すべてを知っている】立場にあるせいか、帝国語、同盟語、フェザーン語を、幼い頃から操ることができた。

 その発音は何処で聞いたものか不明だが完璧で、単語も間違いなく書け、年齢からは想像もできないほど語彙が豊富で、どのような難解な言葉も理解できる。

 ”聞いただけで覚えてしまうという、稀な語学の天才なのでしょう” ―― そのように学識者が判断した。

 

 彼女は言語に関して、全て理解できる言葉でしかないので、自分が言語を使い分けていることを自覚していない。彼女が自分は三種類の言語を完璧に使いこなしている、ということを知るのは随分あとになる。

 

「ミューゼル殿の弟君とも秘密裏に話をしたいので。幼年学校の教官と話をしても疑われない人物が必要ですから、軍人の協力者は必要になってきます。それも確実に関係していない人物。爵位持ちではいけません。かと言って平民では……さすがに男爵を説得できる自信はありません」

「……仕方ないか。それで」

「次の一手は私が情報を読み込み、整理してからです。ミューゼル家の情報をください」

「寵姫と弟と父の身上調査書だ。読んでいけ」

 持ち帰らせるつもりはないと言われ、彼女は書類の重要な部分を暗記しようと ―― 上記の通り、一度聞いただけでも覚えてしまう言語能力を所持していると勘違いされているので、このような無茶を押しつけられる。

「母親の死因は脳腫瘍?」

 実際彼女が覚えようとしているのは両親について”だけ”。

 ラインハルトとアンネローゼはかなり覚えているので、さほど重要視はしていなかった。

「そのようだ。詳細は分からん」

「なるほど……で、国務尚書、私を女官にしてなにをさせようとしているのですか?」

 読みながら、彼女は食えないとしか表現のしようがないリヒテンラーデ侯に柔らかく”かみつく”

「陛下の周囲から敵を追い払うためだと言ったであろう」

「本当にそれだけですか?」

 書類から目を上げた彼女の、美しい翡翠色の眼差しに射られる。

「私が見込んだだけのことはある」

「お褒めにあずかり光栄です。それで、国務尚書が私を女官にしようとした、本来の目的は?」

 女官にしなくとも出来ることでありながら、女官として仕官できるよう結婚させた。だが軽く拒んだだけで女官とならずともよいと引いた ―― これらから、彼女はリヒテンラーデ侯は女官にしたいと考えてはいたが、その理由は今回の事態ではないと判断した。

「サイオキシン麻薬の根絶を任せるつもりだ」

「それを私に?」

「そうだ。ジークリンデ」

 リヒテンラーデ侯は表情を変えず淡々と、だが呼び名は身内のものへと変える。

「はい」

「これは秘密裏に行われていることだが、この麻薬に関しては叛徒どもと歩調を合わせ、一掃しようという計画がある」

「……それはまた、思い切ったことを計画なされましたね」

「そのためには、叛徒どもと会話ができる人間が必要だ。会話というのは、言葉が通じるだけでは不可能だ」

「存じております。相手の考えを理解できるということでしょう……それが私だと?」

「そうだ」

「なぜ、私が叛徒と会話できると」

「以前、お前を含めた数名の子供たちが、私の家に集まり、遊んでいた。その時絵を描くか、音楽を聴くかで揉めていた」

 表情の乏しい顔 ―― のちに彼女はオーベルシュタインを部下してし、侯は随分と表情が豊かであったな……と、侯への認識を改めるにいたったが ―― リヒテンラーデ侯の表情が笑顔なのだが険しいものとなった。

「そんなこともありましたね」

 相反するその表情に、彼女は書類をテーブルへと戻しリヒテンラーデ侯へと体を向け直した。

「それをまとめたのが、お前だ」

「どうやってまとめました?」

「”多数決”だ。挙手制のな……驚いたぞ、ジークリンデ」

 彼女はそれについて覚えてはいない。そして帝国に多数決は存在しない。

「……弁明させていただきますと、私は民主主義には興味はありません。帝政こそ真実」

 専制君主が支配する国で、数を正義とするような考え方があることなど、知る術などないのだ。帝国に生まれ育ったものが「叛乱軍は選挙前になると好戦的になる」「選挙って?」「選挙ってのがあるんだよ」選挙を知らぬように。

「それは分かっている。お前は興味を持ち調べた、そうであろう?」

「はい」

 リヒテンラーデ侯は脅威とも言える言語能力の産物であると考えた。侯の自宅には、数は少ないが敵を知るために同盟に関する本が幾つか並べられている。自宅を訪問した際に、ジークリンデが読んだのであろうと ―― 実際その時、ジークリンデはその本を手に取り読んだ。帝国にある同盟政治体制の本というものに興味があったので。

 五つの幼女が読むような本ではないが、彼女には読めてしまったのだ。例え、それを読まなかったとしても、彼女は”多数決”を取った。

「この帝国において、民主主義がどのようなものであるか? 知るものは少なく、会話が出来る者がおらぬのだ」

 それは身についた習慣。帝国に存在しないことなど、気づけるものではない。

「和平でもなく、交渉でもなく。互いの意思疎通……その間に入れということですね」

 民主主義を説明することはできないが、民主主義下で生きてきた人とは感覚で動く。それは帝国では目立った。

「お前ならばできるであろう」

 その世界で生きて来た記憶がある。

「まだ不勉強ですので、安請け合いはできませんし、なにより今は陛下のことに全力を尽くします」

「当然だ」

 

―― サイオキシン麻薬の根絶って、地球を壊せば解決だったような? 違ったかな?

 

 新無憂宮の中心たる皇帝にまで伸びたその魔手を払うためにも、彼女は動き出す。

「あ、国務尚書。一つお願いが」

「なんだ」

「フレーゲル男爵を中佐か大佐にしてください」

「大佐は確約できぬが、中佐ならば結婚祝いということで通してやろう」

「ありがとうございます」

 自分で頼んでおきながら彼女は”結婚祝いで中佐とか、帝国人事って適当だ”と……かなり身勝手な意見を口の中で呟いた。

 


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