カラオケボックスを出たヤマシロとゼストの二人は少し明るくなり人通りが多くなってきた商店街を歩いていた
皆大抵の者がスーツを着込んでおり、ほとんど全員が駅に向かっている
いわゆる通勤ラッシュと呼ばれているモノだが現世の知識に疎いヤマシロが知る由はない
「なぁ、一体どこに向かうんだ?」
「あぁ、考えてない」
............................................え?
ゼストの予想外の応答にヤマシロは馬鹿みたいな声を漏らしてしまう
「お、おいゼスト、それってどういう...」
「そのまんまの意味だぜ兄弟、今俺たちはこの人波に乗って移動しているだけだ。実際目的地がある訳でもないしどこに向かっているのかも見当すらついてないからな」
「いや、それじゃあ一体どうするんだよ!?ノープランでぶらぶらしてもしものことがあっちであったら!」
「だからこそ落ち着くんだよ兄弟。たしかにノープランだけど現世じゃ特に影響が出てない、けれどあっちじゃ多大な被害と影響が及んでいる、あの術はあっちに力を流し込んでるから影響が出てる。だからその出処を探ればいい」
ゼストの言うことは最もであった
黄泉帰りの法というのは現世からの強い思いを来世に送り込むのに近い方法を用いており、強い思いというのは時に時空や世界の壁をも歪ませることができるらしい
よって現世では影響は及ばないが本来流れ込むはずのない力が流れ込んでしまった来世はイレギュラーの事態に環境が急激に変わってしまった
本来魂しか流れ込むはずのない現世と来世の境界が何らかの力に作用されてしまった
駅の近くにまで辿り着くと二人は一旦人混みを抜けて近くにあるベンチに腰掛ける
ゼストは一度立ち上がり、自動販売機から炭酸飲料を二つ購入してベンチにまで戻る
「ほらよ、奢りだ」
「さんきゅー」
ヤマシロはゼストから炭酸飲料を受け取りゴクゴクと飲み始める
気温は冷えているが水分補給は必要である、それにこの人混みのため熱が生まれやすく通常よりも喉が乾きやすい
「そういや兄弟、しんどくないか?例えば胸が少し苦しいとか」
「別に、どうしてそんなこと聞くんだよ?」
「こっちじゃ、あっちでは酸素のように当たり前に漂っている霊素がないんだ。だからこそ長時間、長期間
の現世滞在は危険だって言われてて存在が保てなくなり消えちまうことだってあるらしいからな」
「だ、大丈夫だ。もし異常があったらいち早く伝えるよ、何か解決法があるんだろ?」
「当たり前だ、伊達に何十回もあっちとこっちをウロウロしてねェよ」
ゼストは得意気な笑みを浮かべる
「とりあえず情報が必要だ、もう少し移動した所に行きつけの情報収集スポットがあるからとりあえずそこまで行こう」
わかった、とヤマシロは頷いてベンチから立ち上がる
飲み干した炭酸飲料の入った容器をゴミ箱に捨てて電車に乗るために切符を買いに販売機の前まで移動する
勿論、ヤマシロが切符の買い方なんて知っているわけもないので今回もゼストが二人分購入することとなった
※
電車に乗り、何度かの乗り換えを繰り返してやっとのことで渋谷と呼ばれる地域にまで辿り着く
ゼストによるとこの渋谷という地域は東京の中でも中心部に位置するいわば人や情報や物が出入りしやすい場所なので情報収集には最適の場所だという
何度かヤバそうな連中に声を掛けられそうになるも人目の多い時間帯のため目立った行動は控えているようで揉め事にまで発展せずに今のところ全て話し合いで済ませている
そして目的の建物の三階にまでやって来た二人は受付を済ませて店内に足を踏み入れる
「なぁゼスト、ここは何ていう店なんだ?本が多いみたいだけど」
あぁ、とゼストが思い出したかのようにヤマシロの方向に振り返る
そういえば説明してなかったな、といった具合の調子だ
「ここはネットカフェだ。本はオマケで俺たちの本命はこっちだ」
「パソコンか?」
「そうだ、インターネットを使ってこっちの情報を必要なだけ仕入れる。家じゃネット回線繋げるのに色んな費用が掛かって面倒だから基本的にここで使ってるな」
ゼストは椅子に腰をかけると慣れた動作でキーボードを打っていく
来世にもパソコンは存在するが現世のほど機能は優れていないため滅多に使うことはなかった
元々来世では需要の少ない品物のため評判もそこまで良くはない
「流石こっちのパソコンは立ち上がりが早いね、電気屋に寄って持って帰ろうかな?」
カタカタカタカタと無機質な音が響いている中でヤマシロはゼストの慣れた手つきに感心しながら画面に目を向ける
「とりあえずは気になる記事は片っ端からピックアップしていくか...」
政治家の交代、新作ハードウェアの発表、流行のファッション、今話題のグルメ等とこれといって気になる話題がないどころかヤマシロにはどれもこれもちんぷんかんぷんな内容だった
ここはゼストに任せるしかないのだが、どうやらゼストも気になる記事は見つからなかったようで苦い顔でパソコンの画面を睨みつけている
「畜生、やっぱ見つからないな」
「アバウトに検索してみるってのはどうだ?」
「一番の遠回りだな、こっちの世界じゃそういう得体の知れないモノほどガセやデマが多くて、正確な情報を探すために馬鹿正直に一つ一つ見ている時間もない。俺たちに今必要なのは確かな情報だからな」
ゼストの言うことは正論だった
現実問題情報化社会となった現代社会では常に情報というモノは人から人に伝わっていくもので時間が経てば経つほど都合良く変質してしまうモノもある
だからと言って情報源を探そうにも広まってしまい誰もがその情報を流してしまったなら探しようがない
「クソッ、こうなったら監視カメラか衛生カメラにハッキングしてリアルタイムの情報を」
「何だかよくわからないがヤバそうだからやめとけ!」
ヤケになりとんでもない奇行を行おうとしたゼストを抑え込む
しかし現状打つ手のない二人には最適な手段なのかもしれないが泥沼にはまってしまいそうなので思考を中断させる
「ん、何だこれ?」
ヤマシロが画面に目を向けると端っこの方で何やら気になる文字列が並んでいることに気がつく
「ゼスト、ちょっとこれ押してみてくれないか?」
「ん、これ?ただの広告だぞ、一体どうしたんだ?」
「いや、何かちょっと気になって」
ま、いいけどよ、とゼストはヤマシロの示した場所にカーソルを合わせてダブルクリックする
小さな画面が新たに一つ増えてページが開かれる
「.....兄弟、一体どうやって気がついたんだ?」
「どうもこうも、気がついたらパッて別のに変わったんだよ。最初はこれに関することがチラリと書いてあって気づいたんだ」
「そうか、時間が経てば広告の内容が変わるタイプか。こういうのは大体パターンだからな」
ゼストはヤマシロを置いて一人勝手に納得する
その内容はある写真だった、ある部屋の写真で床には魔法陣を思わせるモノが描かれており部屋の四方には蝋燭の炎がユラユラと揺れており、中心には死体一つ入りそうな棺桶があった
一見何かの宗教勧誘のようなモノだったがゼストは床に描かれたモノに注目していた
「兄弟、この写真の撮影場所を特定するぞ。大きな手がかりだ、一歩前進できる!」
「本当か!?」
そう、床に描かれた魔法陣にゼストは見覚えがあったのだ
黄泉帰りの法の時に用いられる魔法陣にそっくり、というよりもそのものだったのだ
黄泉帰りの法は正確な陣を描かないと発動しない仕組みである、よって決して偶然魔法陣を趣味で描いた程度では似たり寄ったりの形にはならないのだ
「さて、こっからは忙しくなりそうだ」
ゼストはマウスを握り直し新たなタブを一つ開いた
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