ヤマシロとゼストはコンビニから移動して最寄のカラオケボックスにやって来ていた
「.....なぁゼスト、ここなんか場違いじゃないか?」
「いいんだよ、誰にも聞かれないで寛げる場所なんて早々ないからな。基本的に店員さんも一回飲み物持ってきたら来ないし」
まぁいいけど、とヤマシロは案内された508号室と書かれたプレートの扉を開き室内を見渡す
マイクやテレビ、机とソファと設備はしっかりされており掃除も完璧とは言えないがある程度は行き届いていた
他にも大きなスピーカーやミラーボールのようなモノまで設置されている
「ここは本来何をする場所なんだ?」
「歌を歌う場所さ、世間的に有名になった歌とかを歌ってストレス発散して皆でワイワイ騒ぐような所。最近じゃ一人で行く奴もいるらしいけどな」
「そ、そうなのか」
現世に関してはほぼ無知のヤマシロにとってカラオケまでもが未知の領域だった
そしてもう一つ感じたことは娯楽に関しては現世の方が遥かに進歩していた
ライトノベルなどでもそうだがこの世界の人間はどうやら娯楽を求める感覚があるらしい、来世では死人の管理やその他諸々で忙しく娯楽に没頭する暇がないのだが現世の人間はその逆であろうとヤマシロは現世に対して勝手な解釈をする
「どうだ兄弟、せっかくだし何か歌ってみる?」
「何でそうなるんだよ、時間押してるんだし早く話進めて調査した方がよくないか?」
「店員さんが飲み物を持ってくる間だよ。流石に何もせずってのは暇だからさ」
「それはそうだけど...」
ヤマシロはゼストの言葉を思い出す
カラオケではまず飲み物を注文するのが定番である、しかしその飲み物がいつ届くかはわからない
だから迂闊に来世のこととかあれやこれやと話している間に店員さんに来られて話をうっかりでも聞かれたら大変な誤解を招いてしまう
だから話し合いは店員さんが来るまでということになった
「だったらゼスト歌えよ、俺全然現世の曲とか知らねェし」
「俺はいいよ、いつでもこっち来れるし。その分兄弟はこっちに来る暇以前に方法すらないだろ?」
ゼストの言っていることは無駄に正論だった、たしかにヤマシロには現世にやって来る手段もなければ時間もない
少しくらい息を抜いて一曲歌うのも悪くないかもしれない、という考えがヤマシロの頭をよぎる
「でも本当にどんな曲があるか知らないし」
「大丈夫だって、歌詞も音程もあのテレビに表示されるからさ」
そう言いながら人差し指でテレビを指しながらヤマシロに一つの小さな機械を手渡す
どうやらこれで音楽を選んで歌うシステムになっているようだ
ヤマシロはとりあえず適当に検索してみるもやはりと言ってもいいほど知っている曲は全然なかった
「.....やっぱコレと言ったモノがなぁ」
「じゃあさ、今人気絶頂アイドルの九之島真娘の曲なんてどうよ?」
「なんでそこでアイドルの曲なの!?俺としては男性歌手の推薦の方が嬉しかったんだが!?」
「それにほら、このデビューシングルの苦労絶頂☆疲労満潮なんて最近じゃCMでも使われてるよ」
「話を聞けよ、しかもどんな曲名だよ!」
ギャーギャーと現世にやって来た本分を忘れて騒ぐヤマシロとゼスト
十分にも渡る激しい口論の末結局ヤマシロはマイナーではあるが最近デビューした若手の歌い手である亜榁文彦のBig Dreamを歌うことになった、勿論ヤマシロは歌詞どころか亜榁文彦という人物がどのようなジャンルを歌っているか予想は着かないが歌うこととなった
マイクを握りしめて準備万端のヤマシロ、そしてニヤニヤしながらヤマシロを見るゼスト
ヤマシロは歌詞を確認するためにテレビ画面に目を向ける
テレビ画面には苦労絶頂☆疲労満潮の文字が...
「ゼストォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」
「う、うるせぇよ!マイクに通して叫んでんじゃねぇよ!」
勿論、歌は歌われることはなく二人の争いのBGMとして役に立った
※
「それじゃ、本題に入るか」
あの後乱闘騒ぎのところにドアがノックされて二人は一旦停戦協定を結び瞬時にソファに腰を下ろす
そして人気アイドルのデビューシングルをBGMに店員さんはやや引きつった笑みを浮かべ飲み物を置いてそそくさと去って行った
ゼストは頼んでおいたジンジャーエールをある程度飲んでから話を切り出した
「まずはどこから話そうか。今起こっている事態の俺の推測からでいいか?」
「構わねェよ、それでいこう」
ヤマシロもコーラを飲みながら短く返事をする
テレビの画面からは陽気な映像や宣伝が流れているが今の彼らには耳に入ってこなかった
「じゃあ、まずは俺が昔故郷で見た滅茶苦茶古い文献からだ。その文献は来世、天地の裁判所創世記時代のことを綴った記録書だった」
「創世記の?」
「そうだ、少なくとも今から千年以上前の話だ」
ヤマシロはゴクリと一つ息を飲む
「その頃から天地の裁判所は死者の管理に追われていたらしい、と言っても当時はそこまで死人は多くなかったけどまだ裁判の仕組みとかも確定してる状態じゃなかったからそっちに追われていた方が正しいかもしれないけどな。とにかくそんな感じだったらしい」
「ざっくりまとめたな」
「そこまでは普通に古い文献だった、だけどしばらく読み進めるととんでもないモノを目にしちまったんだよ」
ゼストは一呼吸置いてヤマシロに真剣な表情で尋ねる
「兄弟、死者の蘇生ってありえると思うか?」
「死者の、蘇生?」
ヤマシロは唐突なゼストの質問に思わず復唱して尋ね返してしまった
死者の蘇生、つまり死人がもう一度現世に舞い戻って文字通り活動を再開すること
だが現実的にそんなことは不可能でありオカルトの枠組みに分類されている
もしそんなことが可能ならば現世と来世のバランスが崩れてしまい大変なこととなってしまう
「ありえないな、そんなことがあるとしたら天地の裁判所の存在の意味がなくなっちまう」
「まぁ、そうだろうな。だが、遥か昔に一度だけあったらしいんだよ」
ゼストは続ける、現世に人類が誕生して文明がやっとのことで栄えた遠い昔のこと、当時死者の国が信じられミイラを作ることが流行となっていた時代に一人の呪術師(自称)が無量大数分の一というほとんど現実不可能な確率を引き抜いて死者の蘇生に成功した事例があったらしい
「それが死者蘇生の術、文献には黄泉帰りの法と記されていた」
「死者を蘇生する手段...」
「だが死者一人を蘇らせるのに生贄が数百人、死者に対する強い思い、一ミリも狂っちゃいけない精巧な文字列と準備とリスクが大変大掛かりで来世への影響も大変なモノだったんだ。禍々しい黒雲が空を覆い尽くしたり黒い雷が降ったり大地が暴発を起こしたり空間に歪が現れたりと世界規模でとんでもない異常事態が何週間も続いたんだ」
「ッ、それって...!?」
「そうだ、今地獄や天国、三途の川で起こっている異常事態と一致している。だから俺は今回の異常事態は現世からの影響だと推測したんだ」
ゼストは確信した瞳で小さく頷いた
「だが、一つだけ矛盾があるんだ」
ゼストはジンジャーエールを手にとってチビチビと飲みながら説明する
「当時黄泉帰りの法を恐れた閻魔大王や神々は俺たちのご先祖様、つまり現世と来世を行き来できる力を持つ種族である死神に黄泉帰りの法を記した巻物の完全な破棄と一つだけ持ち帰ることを命じた」
「なんで持ち帰る必要があったんだ?」
「そりゃ分析と解明だろうな。どういう原理で死者が蘇るのかに興味でも湧いたんじゃねェの?」
ゼストは飲み干したジンジャーエールのコップをゆっくりと机に置く
「最終的にそれも破棄されたけどな、これで黄泉帰りの法は時代の流れと共に忘れ去られたはずなんだけどな」
「まだ、残っていた可能性があるってことか?」
「普通に考えたらそうなるな」
ヤマシロは一旦コーラを飲んで動揺を抑えようと努力する
そしてここ最近死人の数が多く、裁判の多くで不可解な発言をしていた死者のことを思い出していた
死因も不自然だった彼らは黄泉帰りの法の為に犠牲となった人々に違いない
「なぁ、その生贄になった人の特徴とかあるのか?」
「そうだな、文献には詳しく書かれていなかったけど目立ったことと言えば死因が呪殺扱いになっていたことくらいかな?」
「.....ゼスト、お前の推測当たってるぜ。この現世のどこかで今も黄泉帰りの法が行われている」
「どういうことだ?」
「来てるんだよ、呪殺扱いになっている死者が数人。しかもここ最近になって急にだ」
「なっ...!?」
事態は最悪の方向に進んでいることが発覚したのと同時にヤマシロ達は真相にまた一歩近づいた気がした
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