目を覚ましたヤマシロが初めに目にしたのは見たことのない部屋の風景だった
木製の床の上に少し汚れたカーペットの上にヤマシロが体を預けているベッドがある
窓はカーテンで閉められており小さな棚の上にはランプが一つ置いてあった
(ここは、俺はあれから一体どうなったんだ?)
静かに身を起こして状況を分析しながら記憶を探り少しずつ思い出していこうと努力する
すると、部屋の扉が開かれ光がさしこんでくる
「よう兄弟、起きてたか」
「ゼスト...」
扉の向こうからはラフなTシャツとジーンズを着込んだゼストが入ってくる、壁に掛けられた時計を確認してゼストはヤマシロに声を掛ける
「状況は掴めてるか?」
「いや全く」
「.....だろうな」
何となく予想していた返答だったがあまりにも早く応えたので流石のゼストも戸惑いを見せる
ゼストは右手の人差し指をピンと立ててまず、と言い説明を始める
「ここは現世の俺の部屋だ。俺たちがこっちにやって来てまだ三十分しか経っていない」
「結構経ってる気がするんだが」
「それで俺たちが行動を始めるのは準備もしないといけないから、兄弟の着替えが済んで軽く飯を食べたらすぐに周囲を観察して情報も少しずつ集めていく」
「ちょっと待て、この服装じゃ何か問題があるのか?」
ヤマシロは自身の服装をゼストに示す、来世では問題も違和感もない服装だが現世ではコスプレと間違えられてもおかしくない服装なのだが、そんなことをヤマシロが知る由もない
「色々な、一先ず飯にしよう」
ヤマシロは渋々ゼストに従いベッドから立ち上がりゼストに付いて行く
郷に入っては郷に従え、ゼストは現世のヒトではないが少なくともヤマシロよりも経験豊富なことは確かである
部屋を出るとキッチンとリビングが一つになっている現世ではポピュラーな作りの一室でテレビとソファが仕切られた広い一室に一つずつ置かれていた
リビングの大きなテーブルの上にはヤカンと下が小さめの円柱の物体が二つ置いてあった
「簡単なやつだけど時間が迫ってる俺たちにしたら丁度いい飯だよ」
ゼストはそう言うとカップ状の物体の蓋を開きヤカンのお湯を注いでいく、現世で言うカップヌードルである
「じゃあ兄弟、こいつが完成するまでに着替えといてくれ。あっちの部屋に着替えは置いてある」
「いつ完成するんだ?」
「三分後だ」
「早いな!?」
ヤマシロは焦って着替えが置いてあるという部屋に急ぐ
カップヌードルの三分という数字にここまで焦るヒトは珍しいとゼストは物珍しそうにニヤニヤと笑みを浮かべていた
その間は何もすることがなく暇なためテレビを付けて適当なチャンネルを回してソファを深く腰を下ろす
普段ならばアニメやバラエティ番組などを見たいところだが休暇の為やって来たわけではないので自重してニュース番組を付ける
少しでも情報は多い方がいいし一般人が入り込むことのできない場所に番組が入り込む可能性が高いからだ
(現世も物騒だよな、俺みたいな殺人鬼に言えたことじゃねぇけどな)
そうこうしていう間に三分が経ちヤマシロの着替えも完了して男二人でカップヌードルを完食した
初めてカップヌードルを食べたヤマシロはあまりの美味しさに感動していたのは完全な余談である
※
ゼストが借りているアパートは日本という国の東京都という首都にある一室らしい
四階建てのアパートで家賃は月々五万円、これが安いのか高いのかはヤマシロには判断できなかった
ここをゼストが選んだ理由は駅からも商店街からも近く都会の割りに静かに暮らせるからということ
「今は冬で午前六時、結構寒いから気をつけろよ兄弟」
「フユって何?」
あ、とゼストは大きく口を開く
来世では季節という概念が存在しないため冬と言われてもヤマシロには何のことだかわからないのだ
たしかに事前に知識を少しでも教えとけばよかったと思うが時間もなかったので大いに省略した
.....そういえばヤマシロは何故こんな厚着にするのかを部屋で聞いてきた気もする
「簡単に言うと寒い時期だ」
本当に簡単にざっくりと説明した
「それでゼスト、俺たちは一体これからどこに行くんだ?」
「一応怪しい所は全部行くつもりだ。そう何日も掛ける訳にはいかねェからもしもの時は力を使う」
了解、とヤマシロは頷く
ヤマシロにもある程度の一般常識があると信じているのだが念のために説明はしておいた方がいいだろうと食事中に現世においての注意点を既にいくつか説明はしておいた
まず極力脳波による力や種族による能力を使用しないこと、これは後々面倒なこととなってしまいゼストが今後現世にやって来づらくなってしまうからだ
「寒ッ、悪い兄弟。俺ちょっとそこのコンビニでカイロ買ってくるからちょっと待っててくれ」
「オッケー、なるべく早く戻って来いよ」
おう、とゼストは返事するや否や急いだ様子でコンビニと呼ばれる建物まで走る
昔から冷え性のゼストはどうやら今も変わりなく冷え性のようだ、それに加えてこの寒さのためカイロも必要となるだろう
.....ヤマシロにとってカイロは無縁のモノでどういうモノかも本人はよくわかっていないが
それにしても、とヤマシロは少し薄暗い街を見渡す
建物の雰囲気などは天国にそっくりだが自分の知らない知識や常識も多く存在し未知の世界に感じられた
ちらほらと見られる人の往来している様子や車の通る様子は天国と共通のモノを感じた
こんな平和な世界から来世という世界にやって来る死者達の心境は一体どのようなモノなのだろうか
ヤマシロ自身が来世で生まれて現世にやって来るなんてついこの間まで思いもしなかったし来れることなど叶うはずがないものと思っていた
一つ深いため息を吐くと吐き出された酸素が白い霧となる
そこでヤマシロは空を見上げて一つの異変に気がついた
「.....何も起こっていない?」
そう、空間による歪も天候の変化も天変地異も発生していないのだ
普段の現世の様子を知らないから詳しいことはわからないがあまりにも普通過ぎたのだ
来世では黒い雷が降り注いだり溶岩が地面から溢れ出したり黒い雲が広がっていたり空間の歪が発生していたり異世界からの漂流物も見たところ全くない
「悪い兄弟、待ったか?」
ヤマシロが思考の海に身を委ねているとゼストが戻って来て声をかけてきた
「なぁゼスト、現世っていつもこんな感じなのか?」
「あぁ?うん、まぁいつもこんな感じだけど?」
「.....おかしくないか?」
「何が?」
「あっちじゃ普段ありえないことが起こってパニックになってるのにこっちが影響していないってことだよ、そもそも本当に来世の異変の影響は現世から来てるのか?」
「.....そういえばそうだな」
ゼストがやや戸惑ったように口を濁らせる、ヤマシロはその瞬間を見逃さなかった
「お前、一体何を知っているんだ?」
あえて隠している、とは聞かずに知っていると尋ねたからにはゼストが何かヤマシロの知らない何かを知っていることを確定付けていることになる
「.....俺も古い文献を読んだ程度なんだ、それが本当に事実とは限らない。だから今まで黙っていたんだ」
「おい、それって一体」
「ここじゃ人通りが多すぎる、どこか落ち着ける場所まで移動しよう。そこで俺の知っていることと現世で何が起こっているか、俺の推測でしかないが兄弟には全部話す」
こっちだ、とゼストはゆっくりと歩き始めた
ヤマシロはそんなゼストの背中を追いかけることしか出来なかった
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