麻稚とバトンタッチして、ヤマシロが席にゆっくりと座り、麻稚とここまで案内してくれた鬼が退室する
二人だけになったところでヤマシロが話し出す
「私はここで閻魔大王を務めさせていただいています、ヤマシロと申します、以後お見知り置きを」
ヤマシロが自己紹介すると瓶山は面をくらったかのような表情をする
ヤマシロが閻魔大王と名乗ると老若男女問わず、大抵の者がこのような表情をする
「...お若い閻魔様ですね」
「閻魔の中ではね、まだ180になったばかりですから」
「なんと、見た感じはお若いのにやはり長寿なんですね」
「一応寿命はありますがね」
ヤマシロと瓶山は軽い雑談で時間を過ごす
このような雑談をして、相手をある程度落ち着かせた方が、いきなり本題に入るよりも断然良い結果になるからだ
こういうカリスマ性も時に閻魔大王に必要とされるスキルの一つだ
「ははは、私は、本当に死んだんですね...」
「残念ながら...」
そうして、話題内容は死後の世界のことや閻魔大王の話をすることによって自らが死んだという事実をより現実味あるようにして、自覚させる
このようなケースは珍しくないため、ヤマシロも会話に慣れている
「では、そろそろ本題に入りたいのですがよろしいでしょうか?」
ヤマシロが閻魔帳とペンを何処からか取り出す
「えぇ、お願いします」
ヤマシロが質問を始める
「あなたは瓶山 一、男性、48歳、結婚済で間違いないですね?」
「はい、間違いありません」
「で、何故あなたは天国行きのチケットを破り捨てたのですか?」
「............」
瓶山は答えなかったが、ヤマシロは特に気にする様子もなく、
「安心してください、無理に答えていただなくても結構です、ここでも黙秘権は認められていますから」
ヤマシロはいつもと変わらぬ様子で話す
だが、その一言一言が瓶山の神経を少しずつだがすり減らした
「では、次の質問です」
その後も、質問はいくつも続いた
ヤマシロは質問の回答一つ一つを丁寧に、閻魔帳にメモをした
※
麻稚が客間を退室してから数分...
「はぁ〜酷い目にあった...」
「亜逗子?」
麻稚が同僚で上司(立場上)の赤鬼に一声かけると、ビクン!と肩を物凄い勢いで上下させる
「な、ななななななんだよ、麻稚かよ...」
....滅茶苦茶動揺していた
何か隠し事でもしているのだろうか?
「そういえば、今までどこに居たの?」
「...い、言えねぇ、それだけは絶対に言えねぇ...」
「...何か隠してる?」
「何にも隠してないし!」
亜逗子が声を張り上げる
わかりやすい性格ってある意味損だと思う
「大丈夫よ、閻魔様は今仕事中だから...」
「ほ、本当か!?」
「本当」
「よ、よかったぁ〜...」
麻稚はこの瞬間確信した
「亜逗子、やっぱり何か...」
「隠してない!」
全力で否定された
「それよりも亜逗子、一応準備しておきなさい」
「あん?」
この会話を聞くと、どちらが上司かわからなくなるが、そこは気にしないでもらいたい
麻稚がメガネをグイっと上げ、
「裁判が、始まるかもしれませんからね」
「....へへへ、了解」
※
「では、最後にあなたに現世での未練はありますか?」
未練、という単語に瓶山はピクリと反応を示す
「未練...ですか」
一通りの質問をしてきたが、このような反応を示したのは初めてである
ヤマシロはペンを握る力が無意識に強くなる
瓶山は静かにゆっくりと応える
「妻を...一人にしたことですかね」
「妻?」
「えぇ、私にとって命にも等しかった」
瓶山は思い出しながら嘲笑する
しかし、その表情はどこか悲しそうだった
「娘は...先に行ってしまいましたがね…」
「娘さん...」
「4年前です、瓶山 夏紀というのですがご存知ないでしょうか?」
ヤマシロは閻魔帳を開き、4年前の死者の名簿を調べる
全ての死人は裁判所に来たときに名簿に自動登録される仕組みになってあとり、閻魔大王はそこから特定の魂を探し出すことができる
だが、
「申し訳ありませんが...そのような名前は...」
4年前の名簿に...
瓶山 夏紀という名前はどこにもなかった
「そんな、夏紀は生きているのですか」
「その可能性もあります」
そんな...と瓶山は体制を崩す
ヤマシロは三途の川の可能性も考えたが、年に一度は餓鬼の駆除が行われているため、その可能性は一瞬で消え去る
「...ならば、俺は尚更死ねない!」
「え?」
「夏紀が生きているならば俺はこんなところにいる訳にはいかないんだ!」
瓶山は席を立ち上がり、乱暴に扉を開け放ち、どこかへ走り去ってしまった
「瓶山さん!」
ヤマシロが叫ぶも瓶山は止まる気配はない
気がつけば、ヤマシロは瓶山を追っていた
だが、ここは天地の裁判所...
馬鹿ほど広く、嫌というほど分かれ道がある
流石のヤマシロも瓶山がどっちに行ったかなどまではわからない
「くそ、どうすれば...」
ヤマシロが焦りに焦り、思考がぐちゃぐちゃになる
辺りに鬼達はいない、時間帯的に休憩時間に入ったのであろう
と、
「閻魔様〜結構お困りみたいっすね〜」
どこか嬉しそうに、それでいて気怠そうな聞き覚えが嫌というほどある声と
「そうですね、何か世界の終わりみたいな顔してますよ」
台詞がかなり吹っ飛んでいるが、それでいて冷静で静かな聞き覚えがある声が
「ここはあたい達の出番かと?」
「必ずお役に立って見せます」
鬼達の筆頭、紅 亜逗子と蒼 麻稚が合流する
「これで給料なしはチャラっすよね」
「.....今ので色々台無し」
「いやいや、あたいには生活が掛かってるんでね」
締まらない最後ですみません