天地の裁判所、ヤマシロの雑務部屋
「クソ、ここにもいないのかよ!」
ゼストは地獄の異変を目に焼き付けてから天地の裁判所内をひたすら走っていた
理由はヤマシロと合流するためだ
しかしゼストは脳波による探知技術が疎いため脳波から探し出すことはできない
ヤマシロの行きそうな場所を転々と巡っておりもう既に数箇所も巡り終えているが未だに合流できずにいる
ヤマシロも緊急事態のためあちこちを走り回っており運悪くゼストとはほぼ反対方向となっている
他にヤマシロの行きそうな場所に心当たりはあるのだが巡れば巡るほど数は少なくなってきているがもしかしたら既に行った場所にいるなんてことも考えられる
しかし既に行った場所にもう一度行こうとすれば時間がかかってしまい更にすれ違いになってしまう可能性もある
「死神さん!これは一体どうなってんだ!?」
「料理長!」
物陰喫茶「MEIDO」の近くを通りかかると料理長の荒井が息を切らして走ってきた
「料理長、一体どうしたんスか!?」
「いや閻魔様の指示で地獄に行って亡者の避難をしてほしいと頼まれまして」
「兄弟が?兄弟が今どこにいるかわかりませんか!?」
「残念ながら直接的な指示ではなかったからね」
ゼストは苦虫を潰したような表情を一瞬浮かべて直ぐに元の表情に戻した
「じゃあ兄弟が行きそうな場所に心当たりとかは」
「それならあたいに任せな」
ゼストと荒井の背後から女性の声がした
ゼストはすぐさま振り返る
「あんたは確か...」
「亜逗子、閻魔様の補佐の一人だ。あんたは急いで地獄まで向かってくれ、さっき言ってたのは間違いなく閻魔様の指示だ。迷う必要なんてない」
「あ、は、はい!」
荒井は急いで地獄へと向かった
ゼストは亜逗子を正面から見据える
雰囲気は落ち着いた麻稚とは正反対の印象だが根っこはどこか共通する熱意を感じ取ることができた
そして、同時に憎悪にも似た感情も
「あんたが紅亜逗子か、兄弟から聞いた通り情熱的でどこか頼れるオーラが感じ取れる」
「本人の前で言うのも何だけどあたいは死神って存在をあまり友好的に受け取るつもりはない。あんたらのせいで煉獄の奴が何百年苦しんだことだか」
「煉獄、アルマさんの息子か」
煉獄京の父、アルマはゼストの上司にもあたる人物でかなり長寿の死神でもあった
やがて彼は鬼と結ばれ煉獄が生まれた
その血縁関係が長年煉獄を苦しめていたらしい
実は告白の前の話で少しだけそのことについて話したのだ
「アルマさんは凄い死神だったよ、それはもう俺が憧れるぐらい」
「.....それを今の会話の流れで言えるなんてね」
亜逗子は呆れた様子で溜息をつく
「とりあえずそのことは後でな。あたいから吹っかけといて何だけど今はそれどころじゃない。死神でも悪魔でも魔神の力でも借りてこっちの世界を救わないといけない、たとえこの命が尽きようともね」
亜逗子は目を瞑りながら笑みを浮かべる
「さっきは悪かった。別に死神のことを恨んだりはしていないしあんたも毛嫌いするわけじゃない。最近ちょっとイライラすることが多かっただけなんだ」
そう、本来他人の血縁関係なんて細かいことを気にするほど亜逗子は繊細な性格をしていない
何かにイライラしていたことは事実らしいが
「.....流石兄弟の補佐だ。もう一人もそうだけど他の鬼達とは違う」
ゼストはニヤリと笑みを浮かべる
その笑みはまるで共通の何かに向かう覚悟を決めたような決意の笑みだった
「閻魔様の場所まで案内する、しっかりついてきな」
「了解だ、アズ」
「アズ?」
「亜逗子ってなんか長いからな、そっちの方が俺は呼びやすくてさ。勝手だが俺はそう呼ばせてもらうよ」
実際一文字しか変わらないのだがそこは種族の感覚の違いとかいうやつだろう
亜逗子は少々驚いた表情を浮かべて次第に頬を緩ませていく
なぜなら彼女の母親も同じように呼んでいたからだ
「行くよ、ゼスト」
「応よ!」
※
ベンガディラン図書館では月見里査逆が一人立ち竦んでいた
亜逗子に自分のコンプレックスを話したことが正解だったのか間違いだったのか整理している最中だったのだ
「...........ホント、ウチって」
『あたいはあんたが苦手だ、そんな話聞かされてもその概念は変わらない。だけどそのままで本当にいいのか?自分の感情を抑え込んで生きてきた人生なんて、あたいなら絶対に挫けてるよ。苦しいんだったら閻魔様にでも煉獄にでも相談すべきだと思うよ』
「何がしたいんだろうね?」
その独り言は誰に拾われることもなく虚空に淋しく消え去る
元々広い図書館なので声は反響しやすいのだが生憎現在は査逆以外に館内にいる鬼はいない
多くの本と査逆だけの空間だった
煉獄が来て以来部下も利用者も増えたのでこの感覚を体験するのは物凄く久し振りであった
今までは快感に感じていたのだが
(.....何か足りない)
違和感しかなかった、静かなこの空間に違和感しか感じなかった
「館長」
違和感しかない空間から出てヤマシロを探しに行こうとした査逆に声が掛けられた
間宮樺太、煉獄を尊敬する形でここで働いている査逆の部下でもある青年だ
「間宮君、どうしたの?」
「閻魔様からの伝言を煉獄さんに伝えてこいって」
「そう、やっぱり動いたのね」
間宮はうんともすんとも言わずに査逆を見ている
元々無口な男なので査逆も詳しくは問い詰めない
「ならその伝言を早く伝えて、マジで事態は一刻を争う雰囲気みたいだし」
査逆が間宮に近づいた瞬間だった
腹部に痛みを感じたのは
「.....なっ.....に.....?」
「伝言聞く前に俺の我儘に付き合ってもらう、俺はアンタを絶対に許さない」
間宮の右手には小型のナイフが握りしめられていた
査逆はその場で膝をついた
普段表情の変化が乏しい間宮の表情が笑っているようにも見えた
※
一方地獄では煉獄を筆頭に笹雅、東雲と麒麟亭の鬼達が超高温の溶岩を物ともせずにズカズカと雪を掻き分ける感覚で歩いていた
対溶岩作業用の安全靴を履いているお陰だ
「どうだ笹雅、亡者はゐそうか?」
「駄目ッスね、この辺は溶岩で埋れてしまってますね。もう少し歩いたトコに亡者達が一つに集まってますけどとりあえずそこを目指しましょう」
「.....お前本当に視力がゐゐんだな」
「いえいえ、そんなんじゃなくて本当コレは生まれつきというか脳波の工夫というか」
笹雅光清という青年の目は他の鬼達とどうも作りが違うらしい
幼い頃、人体実験のようなモノで視力が特化された為、笹雅は千里先まで目の前の光景を見ることができるらしい
いわゆる千里眼と呼ばれるモノだ
他の鬼達も脳波によってある程度見通すことはできるが、笹雅の場合は千里眼に加えて脳波により視力を補強することができる
最高記録では麒麟亭から天国が見えたこともあるらしい
「それにしてもそろそろ表面の溶岩は固まってもいいんじゃないッスかね?」
「元々地獄の気温が高ゐから無理だろうな。俺たちにとってはこれが普通だがやはり地獄は暑ゐらしゐ」
ヘぇ〜と笹雅は関心の声を挙げる
それと同時に煉獄はこの指示について疑問を覚えていた
確かに拷問などで亡者を殺してはいけないというルールは課せられているが今回の場合は災害である
亡者を死なすわけにいかないのも事実なのだが裁判所に避難させるのは些か危険がある
地獄の亡者というのは生前に悪行を働いた者たちばかりである
力は大したことはないが大勢で襲いかかられるとかなり厄介なことになる
そのことをヤマシロは果たして予測しているのか、それとも今までに前例がない緊急事態に焦っているだけなのか
「そういえば樺太遅いッスね、もうこっちに合流できてもいいはずですけど...」
「そうだね。マミは昔からこういうことはなるべく早く済ませたがるもんね」
そこについても煉獄は胸騒ぎを覚えていた
確証はないのだが間宮樺太という青年の雰囲気はどこか落ち着かない感じがしていたのだ
まるで、恨みや怒りを抱いているような...
「とりあえず今は俺たちに与ゑられた指示を無事に終わらせることに集中するぞ.....笹雅?」
先ほど裁判所の方向に目を向けた笹雅が視線を裁判所から動かしていないことに気がついた
その表情は焦りと驚きに染まっている
「煉獄さん、すみません!俺裁判所に戻ります!」
「え、お、おい!」
「亡者達はここから百キロ進んだトコ辺りの岩山にいます!俺もすぐ戻ってくるんで!」
「ちょ、ちょっと、ササ!?」
「ごめん胡桃、煉獄さんとここで待っててくれ!」
笹雅は煉獄と東雲の制止も聞かずに飛び出して行ってしまった
「どうしたんだ、一体...」
煉獄は意味がわからずに頭をかく
東雲に至っては転んで頭から溶岩に突っ込んでいた
「ちょ、おゐ!胡桃ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
かなりの緊急事態に煉獄は思わず声を挙げてしまった
笹雅の行った方向に目を向けるともう既に笹雅は見えなくなっていた
笹雅の視界には査逆のことをナイフで刺す間宮の姿が映っていたことを煉獄は知ることはなかった
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