天地の裁判所には麒麟亭とを繋ぐ渡り廊下が一つある
その渡り廊下は常に鬼達が行き来を繰り返し、仕事と休暇を両立させながらせっせと毎日を生きている
そんな渡り廊下の天地の裁判所に入る扉の前にて
「ゼストさんですか」
「おうよ」
麻稚が背後の僅かな気配を感じ取り声をかける
ゼストは壁に背を預けて腕を組みながら麻稚の呼びかけに笑顔で応える
「どうも最近じゃ現世では何かよからぬことが起こってるみたいだ。魂の往来もそうだが現世じゃ本来は感じることのない力の類みたいなモンも溢れで始めてる感じもする」
「それは貴方が肌で感じた感想ですか?それとも実際に確かめた実体験から出た情報ですか?」
「.....まだどっちとも言えないな」
ゼストは口に手を当てながら悩む仕草を見せる
感想か情報か、一見そこまで違いのない言葉に聞こえるかもしれないが感じたことを意見にするのと実際に見たことを意見に纏めるのとでは大きな違いと信憑性も異なってくる
ゼストはこの三日間、麻稚に頼まれて現世での異変がないか視察に行っていたのだ
最近の死者の数と三途の川の餓鬼の数が多いのが気になったからだ
餓鬼の数は来世の問題にも思えるが三途の川は現世と来世を繋ぐ役割を担っているため現世での何かが餓鬼に作用を与えているかもしれないと麻稚は考えたのだ
「不確定要素がまだ多すぎるんだ、纏めるにしてもかなり時間は掛かるし、あっちの問題までに首を突っ込んでられねェんだ。これ以上確認を取るってコトはソコに足を踏み入れるってことになっちまうからな」
「.....現実問題として可能なことは可能でしょうか?」
「不可能までは言わないがそれこそこっちに戻って来れなくなる。あっちの問題に首を突っ込むってことはそういうことだ」
現在ゼストは死神として来世で働いて生活拠点としている
しかしゼストの生活環境を現世に変えてしまうと来世の仕事が第二となってしまい現世で生活しなければならなくなってしまう
いくら来世と現世を自在に行き来できる死神でも環境の違いは克服できないし魂の本質が現世と来世で少々異なるので世界がゼストを拒み長居すればゼストの生命の危機にも関わってしまう
「しかし流石隗潼さんの娘さんだよな、あの隗潼さんの。現世に行ってもないのにこっちの世界の僅かな異変で現世の異変に気がつくなんて」
「.....あなたは父に何か恨みがあるのでしょうか?」
麻稚はゼストが隗潼の名前を恨めしげに強調しながら呼んでいたことに気がつき思わず指摘してしまうが、当の本人は「何でもねェよ、気に済んな」と何やら触れたくない話題のようなので一先ず忘れることにする
するとゼストは何かを思い出したかのように「あ、そうだそうだ!」とわざとらしく声を挙げて何もない壁に手を当てる
すると壁から何かが入ったナイロン袋を一つ取り出す
「.....あなた方の能力は未だによく理解できませんね」
「まぁ、影がない場所だとこんな能力無意味にも等しいけどね」
死神が扱う影の暗殺術の一つ、収影術...
あらゆるモノを影に収納する能力で主に武器や食料、その他必要最低限の荷物はこの能力で解決される
デメリットとしては自身の影に収納しているので他の影からは取り出しできないことと収納すればするほど影を通して収納物の重さが死神本体に影響が出てしまうことである
よって相当な体力と力がなければこの術は多用することはできない
「それは?」
「オイオイ、人に頼むだけ頼んどいてそれはねェんじゃないの?これ手に入れんのスゲー苦労したんだぜ」
ゼストは苦笑いしながら紙袋を麻稚に差し出して告げる
「頼まれてた本だ」
「よこせ!今すぐに!!」
麻稚は目にも止まらぬ速度でゼストの持つ紙袋、もといBL本を瞬時に奪い取った
※
天国...
相も変わらず賭博やナンパ、借金取り、ドラマ撮影、グラビア徘徊、競馬、パチンコ、喫煙、都市開発、開発反対運動、サイン会、エトセトラエトセトラと様々なことが行われている愉快で何処か天国らしくない天国は今日も平和なのかもしれない
「.....兄さん、ここ本当に天国なんだよね?」
「.....目の前の光景は参考にしてはダメだ、俺も久々に来たときは目を疑ったからな」
空港の入り口でヤマシロとヤマクロの閻魔兄弟が仲良く同時に溜息を吐いた
ヤマクロはあの日からカウセリングや(知り合いが少なくかなり心配だったが)査逆を通じて様々な鬼と知り合い精神的に安定したので本当の意味で心と体を癒してもらうため娯楽が多く健康的にもいい作用が極端に働きやすい天国に連れてきた
天国行きが決定した際、査逆が「あぁぁぁぁぁあァァァァあァァァァァぁぁアアアッ、坊ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん、置いていがないでぐだざいぃぃぃぃぃぃいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」とか言ってたが全力でスルーしてきた
ヤマクロは罪悪感があるのかないのか知らないが苦笑いしながら頬を引きつらせ査逆から目を離さなかったが、ヤマシロは部下の鬼たちに容赦無く査逆を取り押さえせた
.....今更ながら査逆をヤマクロの世話役に再任命したのは間違いだったかもしれないとヤマシロは割と本気で思い始めてしまっている
「兄さん、それでボク達はこれからどうするの?」
「一応知り合いと会うまでぶらぶらして知り合いが見つかったら俺も仕事があるからそっちに行かないとな」
「忙しいんだね」
「あぁ、本当ここ最近モノ凄く忙しくなってきた気がする。特に裁判とか裁判とか裁判とか裁判とか裁判とか裁判とか!」
「あ、ははは...」
ヤマシロとヤマクロは会話を交わしながら歩き始める
とりあえず知り合いが集まりそうな馴染みの酒場に行こうとしたのだがヤマクロは見た目幼い子供で連れて行くのも気が引けるし須川と顔を合わせずらいため選択肢から消える
信長か五右衛門の家でもいいが生憎彼らは家でゴロゴロ引きこもり生活をしてるインドア派の人間ではないので外出をしている可能性が高い
それに五右衛門は瓶山と供に便利屋を営んでいるため仕事の邪魔はできない
よって同時に瓶山という選択肢も消える
末田は家知らないし、信玄と妹子はおそらく仕事
(あれ?俺知り合い少なすぎじゃね?)
泣きたくなる内心を心の内に留めて心の中で号泣することにした
ヤマシロとヤマクロは行く当てもなく近くをぶらぶらと歩き回る
所々で食べ物を買ったりして雑談を繰り広げたのだがやはり二人では会話内容も限定され、発展もしない上に、時間だけが過ぎ去ってしまう
「.....兄さん、知り合いいるんだよね?」
「一応いる」
何だか本気で泣きたくなってきた
「ヤマシロ?」
不意に背後から声が掛かる
何処かで聞き覚えのある幼い少女の声だった
「夏紀ちゃん!」
「ヤマシロ!久しぶり!!」
少女、瓶山一の一人娘、瓶山夏紀はヤマシロの体に小さな体を預ける
ヤマシロは笑いながら頭を撫でた
「どうしたんだよ、親父は一緒じゃないのか?」
「お父さんはお仕事でこの辺に来てるから待ち合わせ、これから上杉謙信のコンサートに行くんだ!」
「そ、そうか」
あの人マジで歌手やってたんだ、ヤマシロは小さく呟く
あの日以来夏紀と会うことはなかったのでお互い本当に久しぶりの再会となった
ヤマシロの隣に座るヤマクロはヤマシロと夏紀の会話について行けずに蚊帳の外となってしまっている
「あ、ヤマシロその子は?」
「あぁ、俺の弟でヤマクロだ。仲良くしてやってくれ」
「ふーん」
夏紀はゆっくりとヤマクロに近づく
ヤマクロが対応に困ってると夏紀がゆっくりと右手を差し出して、
「私瓶山夏紀。よろしくね、ヤマクロ君!」
「あ、う、うん!よろしくね!」
ヤマクロも応えるように右手を出して握手をする
ヤマシロはそんな二人の様子を温かい視線で見守る
ヤマクロは若干引っ込み思案な所があるのに対して夏紀は誰にでもグイグイ接するタイプなので会話は夏紀を中心に弾んだ
見た目の年齢も近いので共通する何かを無意識に感じ取ったのだろう
そして数分会話した後、
(ヤマクロ君ってなんかかわいいな〜。弟ができたみたい)
(................好きになっちゃったかも)
夏紀は無邪気にお姉さんぶって、ヤマクロは頬を真っ赤に染めてそれぞれが違う愛を感じていた
少年の小さな恋の花が咲いた瞬間だった
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