閻魔大王だって休みたい   作:Cr.M=かにかま

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もう少しだけ天狼の過去話にお付き合いください


Fortieight Judge

バッカス集落...

 

「また失敗か...」

 

「これで犠牲は50を越えたな」

 

集落の墓地前で数人の酒呑童子達が埋葬の準備を始める

既に実験が始まってから三年という年月が経っており成功する可能性は見えるどころか犠牲になる人々が増える一行となってしまっている

元々酒呑童子という種族自体は数が少なく彼らの生活範囲はこの広い地獄のどこを探してもこの集落以外ないかもしれない

 

「長老、まだこのようなことをお続けになるおつもりですか!」

 

「このままでは本当に我々は絶滅してしまいます!」

 

この頃になり始めると実験に不満を抱き反論を唱える者も多くなってきている

この実験はほとんどここの長老である酒井田千里の独断によって行われているに近いのだ、それでも今まで反対しなかったのは閻魔大王にその功績を認めてもらう一心で耐え続けてきていたが、限界も近づいてきているようだ

 

「...........」

 

「長老、何とか言ってください!」

 

それでも、酒井田千里の心は揺るがない、言葉も濁ることもない

 

「この実験は続行だ、次の人物は既に決めておる」

 

強く決意した言葉であっさりと肯定の意を示した

 

「あの馬鹿をここに呼んで連れ戻して来い、次のサンプルはあいつにすることにした」

 

千里はそこで言葉を区切りポツリと天を見上げて呟く

 

「どうせ独りではこの世界を生きていく術はないからな...」

 

 

 

盃天狼が酒井田銀狐と出会ってから八年の歳月が経過した

あれ以来二人は意気投合し、共に生活している

天狼は強くなるために彼よりも実力のある銀狐に稽古を付けてもらっていると言った方が正しいのかもしれない

実際未だ彼女に実力で追いつくことはできない、それどころかドンドンと引き離されていってる気もする

八年という長いようで短い時間の中で天狼はヒトの温もりというものを知ることができた

父と母がいなくなってから彼は一人で生活していたので心はズタズタに荒んでいたに近い状態だったが、銀狐と出会うことで人が変わったかのように心が穏やかになりつつあった

 

「今日こそ覚悟しろ銀狐ォ、俺はさっき準備運動がてらにクレーターを三つ作ってきた」

 

「地獄に攻撃いれんのいい加減やめなよ、苦情とか結構来てるんだからさ」

 

「今日こそ一撃入れてやる!」

 

そう、今まで天狼は銀狐にこの八年間、一度も攻撃を当てたことがないのだ

だからこそ彼の負けず嫌いな性格が反映したせいか、日に日に実力を向上させており既に八年前とは比べものにならない力を見につけていることに残念ながら本人は気がついていない

しかし、それは無理もないことなのかもしれない

なぜならば.....

 

「オォ!」

 

天狼が銀狐に向かい、右の飛び蹴りを放つ

この八年の修行生活で素の状態でも鋼鉄を粉々に粉砕するほどの威力を身につけた強靭な蹴り、もはや凶器にも近い蹴りが銀狐に放たれるも難なく受け流され、

 

「オラァ!」

 

顔面を掴まれ思いっきり地面に叩きつけられる

そう、天狼の実力が上がってるのを本人が感じる暇もなく銀狐によって一撃で勝負が決まってしまうためである

 

「今日も私の勝ちだな」

 

「ち、ちきしょう...」

 

天狼がこの八年で鍛え上げたのは、もしかしたら精神力と耐久力かもしれない

 

 

 

天狼と銀狐はバッカス集落の外れの火山付近で小屋一つで生活している

元々は銀狐が家出して住んでいるトコロに天狼が居候している形になっているが銀狐は一切嫌そうな様子は見せたことはない

むしろ居候している天狼の方が少し迷惑に感じていることの方が多い

例えば、彼女は室内では必ずと言っていいほど上半身裸で過ごす、しかも理由が「面倒くさいから」の為本音としては少々困っている

他には酒癖が酷く酔っ払った時の愚痴などは延々と三日近く続いたこともあったり、寝室が一つしかないため互いに隣で寝ている、もちろんこの時も銀狐は裸である

しかし八年という歳月は案外恐ろしいモノで最近となってはあまり違和感を感じなくなってしまっている

むしろそれが普通と捉えてしまっている自分が恐ろしいと思ったこともある

まぁ、居候させてもらっている身で何も言えないのが少し悔しいトコロである

 

「じゃ、ちょっと食糧調達に行って来るね」

 

「俺も行くよ」

 

「いいよ、天狼疲れてるでしょ?しっかり休まないと体に悪いよ」

 

「銀狐の方が疲れてるだろ、最近体調悪そうだぞ」

 

「...ッ、行って、くるね」

 

「あ、オイ!」

 

天狼が手を伸ばした時にはもう既に銀狐は扉の外に出て行ってしまっていた

ここ最近ずっとこんな感じである

五年くらい前から銀狐は食糧調達とか散歩とか言って一人で出掛けることが多くなっていた

天狼がついて行こうとしても拒むばかりである

それと同時期くらいから彼女の様子がおかしくなってきている気がする

始めは思い過ごしと流してしまっていたがこんなにも長く続くといくらなんでも疑うざるを得ない

出会った頃は二人で食糧の調達に行っていたし、散歩も一緒に行ったこともあるし、共に酒を飲んで夜を明かしたことだってあった

 

あまり考えても仕方がないと判断して天狼は酒を一杯飲み、あれから日課となった火山殴りに出掛けた

 

 

 

 

「.....遅ェ」

 

銀狐が外出してから既に六時間が経過していた

天狼は既に酒樽を二つ飲み干しており、銀狐が中々帰って来ないことに疑問を抱く、いつもであれば遅くてとも二時間くらいで帰ってくるものだが...

何かあったとは考えづらいが、もし何かあったとしたら?

 

「......外の空気でも浴びるか」

 

手に持っていた空の酒瓶を投げ捨て扉を開き外に出る

もし銀狐が食糧を調達しに行ったのならばわざわざ集落に行ったかその辺の生物でも狩りにでも行ったのだろう

狩りのルートは大体覚えているので一先ずその道を辿れば見つかるかもしれない

天狼は脳波を現段階で広げれる最大限にまで広げ銀狐の気配を探る

 

すると、集落の方向に弱々しいが銀狐の気配を感じ取れた

 

「銀狐!」

 

天狼は無我夢中で集落の方向へ急ぐ

嫌な予感がしてたまらない...!

 

「頼むから、無事でいろよ...!」

 

 

 

天狼が小屋を出る数分前...

 

「今日はそろそろいいかしら、義父さん」

 

「上出来だ、まさかお前がここまでやるとは思ってなかったよ」

 

バッカス集落の長老の小屋で軽いストレッチをする銀狐と不気味な笑みを浮かべる千里の二人が軽口を叩き合っていた

 

「だが、まだ足りんな」

 

「.....?」

 

「お前はこの五年、本当に良く頑張ってくれたよ、こんな長い時間瘴気を体内に保ってられる者はお前が初めてだよ」

 

「......何が言いたいの?」

 

痺れを切らし、少々不機嫌な様子で銀狐は千里を睨みつける

千里は動じる様子すら見せない

 

「一度最終段階に入らないか、それで全てが終わる」

 

「.....一度に瘴気を大量摂取、ということかしら?」

 

「流石は我が娘だ、読みがいい」

 

「私は貴方を父親だなんて思ったことは一度もないわ」

 

捨て台詞を吐き千里に背を向ける

 

そして、

 

「ガッ、ハァッ....!?」

 

瘴気を一度に大量摂取した銀狐は口から血を吐き体制を崩す

ただでさえ体に負担を掛けてる状態で無茶もすればこうなるのは明白である

 

「フム、やはりこうなるのか...」

 

「これで、満....足...?」

 

「あぁ、次の実験に活かせそうだ、盃天狼君も頑張ってくれると嬉しいね」

 

千里が天狼の名前を口に出した瞬間、銀狐の目の色が変わる

 

「どういうつもりだァ、私がアンタに協力する代わりに、天狼には実験に関わらせ、ないッて話は...!!」

 

 

「は、そんな話知らんな」

 

 

銀狐は言葉を失った、頭の中が真っ白になった...

ならば一体自分は今まで何をさせられてきたのだ?

体調を崩して、こいつらの言う通りにしてきて、天狼と過ごす時間を減らして、五年の歳月も掛けたのが

 

 

 

全て無駄?

 

 

 

「ッ、うぅ、ガッ...!!あァ!?」

 

「無理はするな、もう既に致死量を越える量の瘴気を摂取している」

 

銀狐は叫ぶ気力をも失くし、その場でバタリと倒れる

その姿に千里は背を向けながら、

 

「さようなら、愛しい我が娘よ...」

 

不気味な笑みを浮かべながらポツリと呟いた

 

「......銀狐?」

 

タイミングがいいのか悪いのか、天狼がバッカス集落の銀狐の下に辿り着く

 

「て、ん....ろぉ...う」

 

「銀狐ォ!」

 

天狼は銀狐に近寄る

 

「いいぞ、グッドタイミングだ」

 

少し離れた場所で千里はポツリと呟く

 

「銀狐、銀狐!」

 

「わた、しはも、う駄目みた、い...」

 

「.....何言ってんだよ」

 

「天狼、最、期に会え、て良かった...」

 

「何笑いながら泣いてンだよォ、何で最期とかンなコト言うんだよォ、何で俺の知らねェトコで勝手にくたばろうとしてんだよォ!!」

 

天狼は力一杯叫んだ、今までにないくらい盛大に泣いた

盃天狼にとって酒井田銀狐という酒呑童子は一つの目標、道標であった

力で敵うはずもなく、性格で敵うはずもなく、料理で敵うはずもない圧倒的で目指すべき人物だった

いや、それ以上に大切なヒトでもあった

長い年月を共に過ごし、共に笑い、共に酒を飲み、共に極め合い、共に困難に立ち向かい、共に泣き、共に過ごした日々を忘れはしない

 

いや、それでも足りないのかもしれない

 

「俺、ずっとアンタが好きだったんだ、目標とか憧れとかそんなんじゃなくて酒井田銀狐ッて酒呑童子が好きだったんだよォ、だから頼むよ、こんな所で最期とか言わないでくれよォ!!」

 

今まで心に溜まっていた言葉を投げかける、こんな所で絶対に終わらせたりはしない!

 

天狼の言葉に銀狐は驚きながらも笑顔を浮かべる

天狼がここまで感情を表に出すことは初めて見た、彼の心は決して荒んでなんていなかったんだ

 

「てん、ろ、う...」

 

銀狐は力を振り絞り、天狼の頬に手を触れる

 

「本当にありがとうね...」

 

「......ッ!」

 

ドサッ、と銀狐の言葉と同時に銀狐の手から温度がなくなり力なく手が重力に従い振り下ろされた

 

酒井田銀狐は美しい太陽のような笑みを浮かべながら静かに永遠の眠りについた

 

 




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