いや〜、スランプって恐ろしい...
慰霊碑...
天国の最東端に位置する巨大な庭園で、この死後の世界の創造主とされている初代閻魔大王ヤマトの像が建てられている名所としても知られている
他にも天国で名を残すほどの大物の名前が刻まれる聖跡の岩が庭園の中央にそびえている
「ここに美原千代がいるのか?」
「いえ、さっきは場所はわかるとは言ったけれど詳しい場所まではわからない、住所ではこの付近に住んでいると登録はされてあるわ」
その庭園から少し離れた木陰にヤマシロ達が一つの小さなテーブルを囲み影のできるパラソルの下で話をしていた
ここには天国から毎日数千人という人がやって来るのでオープンカフェは勿論、お土産屋や写真屋、案内所などの訪れた人々が楽しめるような施設が充実して揃っている
ヤマシロは先程注文した渋茶を飲みながら須川に尋ねる
「じゃあせめて彼女がどのような人物か教えてくれないか、少しでも情報が欲しいところなんだ」
「やけにこだわるンスね、そんなにまで重要な人なんスか?」
五右衛門がコーラを飲みながらヤマシロに尋ねる
自身も信長の一件で閻魔大王と関わりを持った一人である、同じ境遇を持った人物に少しながらも興味はあるようだ
五右衛門の疑問にヤマシロは首を横に振る
「いや、今回は個人的なコトだから問題があるわけじゃないんだが、その個人的なコトで少しな...」
「まぁ、いいッスけどね」
五右衛門はヤマシロの曖昧な返答に頷きながら一気にコーラを飲み干す
「でも必要なら俺たちはタダであんたの力になるんで、それだけは忘れないでいてほしいッスよ」
「そうだ、俺たちはあんたに救われたも同然だからな、この恩は必ず返させてもらいますからね」
「五右衛門、瓶山...」
瓶山も五右衛門の言葉に同意する
須川は静かにそのやり取りを見守りながら湯気がまだ立っているコーヒーをちびちびと飲む
『困ったら互いに助け合おうな!なんつったって俺たちは兄弟だ!』
「.....兄弟、か」
ヤマシロはポツリと、本当に誰も拾うことのできないくらい小さな声でボソリと呟く
そして周囲を見渡しながら想う、初代が築いたこの平和な光景を守っていくことが後世の仕事なのだな、と
そして、一人で戦っているわけではないことに改めて気づかされる
「ねぇ、そろそろ本題に入ってもよろしいかしら?」
ヤマシロが意識を手放しかけたタイミングで須川が声を掛ける
伊達眼鏡を装着し、何故か女性の特徴でもある谷間から一冊の手帳を取り出す
その行動に五右衛門は「あ、姉さん!なんては、はははは破廉恥な!!」とか顔を真っ赤にしながら抗議する
こころなしかヤマシロと瓶山の顔も微妙に赤い気がする
「美原千代、四代目閻魔大王ゴクヤマが引退前の最後の裁判を受けた人物...」
須川はそんなヤロウ三人(一人は既婚者)の様子など知らぬといった様子で腕に巻いていたゴムで髪を一つに束ねる
そして手帳を開き淡々とした様子で話を進める
「その人物がゴクヤマの引退の鍵を握っている、そういうコトね?」
「あぁ、親父はあの裁判が終わって三日もしない内に俺に閻魔大王の役職を押し付けてどこかに行っちまったからな、俺には何だか逃げ急いでるようにも見えた」
「なるほど、間違ってはいなそうね」
「須川、前置きはこの辺にしてそろそろ教えてくれないか?」
「.....中々焦ってるのね」
「当たり前だ、今裁判所を留守にしてるからな...いくら許可を得たとはいえ早く戻るに越したことはないからな」
ヤマシロは焦らすように話す須川に少しだけだが苛立ちを覚えていた
彼女も情報屋として情報を仕入れたいのは当然だが、彼も彼で早く美原千代の情報が知りたかった
美原千代の情報は裁判所の資料室で検索しても出てこなかった
ゼストの助言と情報が無ければ彼は今頃天国にはいなかったであろう
五右衛門と瓶山は完全に置いてけぼりをくらい、二人でただ呆然としている
「わかったわ...」
須川はどこか諦めた様子でため息を一つ吐く
そして、「だけど、これだけは絶対に約束して...!」と人差し指を立てながら、
「私の知っている全てを話すから、美原千代のことでしばらくはこの天国を訪れないで!」
※
時はほんの少し戻り、地獄の某所にて...
「何だよ、皆脆すぎ〜」
一人の少年を中心に多量の肉塊と時間の経過で黒ずんだ血液が少年の身体に纏わりつき、見るも悍ましい姿と成り果て、そこに存在するだけで異質な空気を放つ
少年の名をヤマクロ...
闇よりも黒ずんだ髪、弱々しい痩せ細った肉体、そして小柄な身の丈を優に超える赤い液体で染まった太刀...
現閻魔大王、ヤマシロの弟であり先代閻魔大王、ゴクヤマの第二の息子
ヤマクロは身体から得体の知れない紫黒のナニカを放出しながらその場を眺める
彼は先ほどまで天地の裁判所の地獄を担当する従業員達を手当たり次第に狂ったように斬り刻んでいた、いや実際には狂っているのかもしれない
始めは何かを斬りたいという衝動を抑えきれずに偶然そこにいた鬼を斬った、そして異変に気が付き多くの鬼がヤマクロを止めに来たがそれすらも斬った...
ヤマクロはどこか物足りなさそうに朱赤に染まる瞳で上を見据える
そこには血の匂いに誘われてやって来た地獄に生息する三首の番犬とも言われるケルベロスが血まみれのヤマクロを見下ろしていた
推定七メートルぐらいの巨大な黒い肉体から地獄生物特有の瘴気を全身から放出する
地獄では常に人害となる瘴気が漂っておりそこに生息する生物は瘴気に対応する進化を遂げ、最近では瘴気を肉体に取り込む生物も少なくはない
ケルベロスの威嚇の瘴気を正面から受けてるにも関わらず、ヤマクロは一切反応を示さない
いや、視線すら向けていないことから興味すらないのだろう
蒼青に輝く六つの瞳をヤマクロに向けるケルベロスだがヤマクロに反応はない
それどころか気付いてすらないとばかりに刀の手入れを始める
ケルベロスは三つの首でヤマクロを喰らおうと牙を向け、殺気に瘴気を混ぜて噛み付きにかかる
刹那、ケルベロスの三つの首が綺麗にバッサリと切断される
「あ〜ぁ、殺っちゃった☆」
ヤマクロは狂気に満ちた瞳で振り返り、首の切断されたケルベロスを一瞥する
ヤマクロはまだまだ物足りないとばかりに刃を用いてケルベロスに斬りかかる
ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、とまるで機械のように決まった動作を繰り返すヤマクロは返り血を浴びながらあくまでも無邪気な子供の見せる笑顔そのもので刀を振り回す
やがて、ケルベロスは原型を無くしただの肉塊と変わり果てる
ヤマクロはそれでも肉塊に刃を向けようと構えるが、手に刀の感触がないことに気が付く
刀はヤマクロの手から離れ地面に転がっていた
「あれ?」
そして、ヤマクロの視界が回転し、顔が地面に付いていることに気が付く
「あれれ?」
ヤマクロはひたすら疑問に思うがそれすらも笑いに変える
そして、
「ねぇ、あんた誰?強い?」
「どうだろうな、坊ちゃん」
そこに酒の匂いが濃く漂う白髪の鬼の存在が初めて認識される
「ただ、あんたがさっきまで笑顔で斬り刻んでいたモノよりはマシだと思うぜぇ〜ひっく!」
鬼はそのまま酒瓶を地面に置き、拳を握りしめ、
「俺は盃天狼ってモンだ、酒同志達の仇を取りに来た酒呑童子ってな」
静かな怒りと共にヤマクロを真っ直ぐと見据えていた
キャラクター紹介
唐桶 祭次(からおけさいじ)
種族:鬼
年齢:300歳(人間で言う30歳)
趣味:宴、喉自慢
イメージボイス:小野友樹
詳細:三度の飯よりも宴や祭り事が好きな鬼
とりあえずテンションが高いため彼一人がいるだけで場は冷めることは絶対にないという伝説もある
亜逗子の部下でも1、2を争う実力者としても有名
ちなみに麒麟亭で度々行われている宴の主催者は彼である
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