「死...神...」
先程天狼から聞いたばかりの単語をこんなにも早くもう一度耳にするなどヤマシロは夢にも思わなかった
「えぇ、これが公式ならば閻魔様をお呼びする必要はないのですが、何分履歴がないもので...」
「公式?公式ってどういうことだよ?」
「ですから、天地の裁判所から公式的かつ表向きには黙認の形で暗殺を死神に依頼することですよ、ご存知でしょ?」
枡崎はややうんざりした調子で説明をする
しかし、ヤマシロにとってはそのようなことが今まで行われていたなど知りもしなかった
ヤマシロのそんな反応に驚いたのは枡崎であった
「まさか、ご存知なかったのですか?」
「な、なんだよその反応、知らなかったら問題あるのかよ!?」
「...どうやら本当にご存知ないそうですね...」
枡崎は呆れた様子でため息を一つ吐く
「では、まず死神という存在そのものはご存知ですか?」
「聞いたことはあるが、実在することは知らない」
「...先代から本当に何も聞いていないのですか?」
「聞いてない、何だよ親父が俺に何か隠してんのかよ!?」
「となると、少しマズイですね...」
枡崎は今までとは違う驚いた様子でなお落ち着いた雰囲気で腕を組む
天狼にも似たようなことを言われたがヤマシロには何が何だかさっぱりわからない
だから、彼はその新しい領域に一歩踏み込む
「教えろよ、その死神って奴のこと」
半ば脅迫のようなドスの効いた声で枡崎に詰め寄る
枡崎もその雰囲気を肌で感じ取ったのか冷や汗を流し始める
「.....ではお話いたします」
枡崎は諦めた様子で緊張を解き、つらつらと言葉を並べて行く
「死神とは、その名の通り現世で生命を奪う存在です」
まぁ、そのくらいはわかるであろう
ヤマシロはうまい具合に相槌を打ちながら話を聞く
「ですので2代目の世代までは嫌われた存在であり、差別の対象でもあったのです...
ですから、今でも長寿の鬼は死神のことをよく思わない者も多くいます」
何でも地獄に堕ちた力の持った魂が地獄の瘴気を必要以上に身体に取り込み過ぎた成れの果ての結果らしい
そこから死神はひっそりと地獄の片隅で何らかの方法で現世に行っては人間の魂を奪いながら欲求を満たしていた
「欲求?」
「当時の死神には殺人衝動があり、最低一週間に一度命を奪わなければ気が狂ってしまうほどの苦痛に襲われるほど酷いものだったらしいです」
今は混血や時代の流れの関係上殺人衝動は当時と比べ効果は薄まったがそれでも稀に似たような症状が発生することもあるらしい
鬼と死神とのハーフの煉獄 京も例外ではない
「しかし、彼らに手を差し伸べた男が一人だけいた...」
「3代目か...」
ヤマシロはポツリと呟く
今までの話の流れと以前3代目の記録を照合した結果である
記録には死神という記載は一切されていなかったが、鬼ではない種族を新たに雇ったという記載はあった
その時は深く考えなかったが、死神のこととは思わなかった
枡崎は続ける
3代目が死神に手を差し伸べたのはいいが周りが賛同しなかった
元々3代目はかなりハチャメチャやっていたらしく、信用そのものが薄かったらしい
3代目と当時の死神の長は長きに渡る対談の結果、表向きでは仕事を行わず、一部の者にのみ情報を公開し裏のみで仕事を行うことを...
「これが天地の裁判所の暗部である死神部隊の誕生です」
「.....親父め」
なぜこんなことを180年も黙っていたであろう、父であり先代であるゴクヤマに殺意を覚える
気がつけば目が笑ってない笑顔と共にドス黒い何かを放出していた
枡崎の話によると、本来閻魔大王の職を譲る際に話されるらしいがヤマシロにとっては身に覚えのないことであった
ここでヤマシロは枡崎に質問する
「でも、それじゃいつから殺しの仕事は始まったんだ、俺たちの仕事をわざわざ増やすようなマネは流石に3代目もしないと思うぞ」
「殺しの仕事は表向きの表現です、その実態は死神の殺人衝動を抑えるのが始まりでしたんで」
そう、いくら死神達が天地の裁判所で働くことになったとはいえ殺人衝動が収まったわけではない
少しずつ発散する必要があった、そこで3代目は一部の魂が輪廻転生の輪から外れた人間の存在を知った
その人間を対象に3代目は死神に依頼した
そいつらをこっちに連れて来い、と
3代目の努力の末か、死神達の殺人衝動は徐々に収まりつつあったが、幹部クラスの鬼たちも死神に殺しを依頼するようになった
「そこから死神という存在は殺しでしか生きていくことが出来なくなったのです...」
「....」
ヤマシロは言葉が見つからなかった
今までそのことを教えてくれなかったゴクヤマには心底腹が立ったが、それ以上にそのことを今まで知らなかった自分自身に一番腹が立った
「閻魔様、」
枡崎は再び先程の資料を広げる
今の話を踏まえて資料を見ると、さっきまでとは全く違う世界が見えてきた
「このことを解決できるのはあなただけです、我々も最低限のサポートは全力でいたします」
だから、と枡崎は笑顔で続ける
「彼らを救ってあげてください」
それは死神に対しての言葉か、今も死神に殺されるかもしれない生命に向けられた言葉かはわからない
しかし、ヤマシロは新たな決意を胸に刻み資料に目を通す
ここからが正念場だ、ヤマシロは心の中で小さく呟いた
体調が安定し次第次話を投稿いたしますのでよろしくお願いします