今回は査逆さんの昔話です(^^)
天邪鬼、月見里査逆は物心つく前に両親に捨てられたらしい。
らしい、というのは本人も詳しいことを覚えておらず気がついたら天地の裁判所にいたというのだから詳しく知ることはできなかった。
だが、彼女を気まぐれで拾った人物、平欺赤夜が言うにはダンボールの中に赤子が入っていたらしい。
特徴を見るに自分と同族、普段寝てばかりの男が珍しく他人に興味を持ち、気まぐれで裁判所へと持ち帰った。
彼女は左右の瞳の色が違っていた。
天邪鬼という種族にとって目の色というのは神秘の象徴。
それが左右揃わずに異なる色となると不吉の象徴でしかなかった。
古い記述によると今は数の少ない天邪鬼を絶滅寸前にまで追いやった悪魔の瞳の色が左右異なるものだったらしい。
どこまでが本当の話かはわからないが、とにかくだ。
平欺赤夜が赤子を拾ってきた、その事実だけで現閻魔大王ゴクヤマはこの世の終わりでも見てるかのような表情を浮かべてひどく驚いた。
「.....お前、頭でも打ったのか?」
「何言ッてんだアホ。オレの絶対防御が破れる奴がいるッてんなら、それこそとんでもねェことだろ。寝言なら寝て言え」
「いや、それお前にだけは言われたくない」
何故普段から仕事せずに寝ている補佐官にそんなこと言われなきゃならんのだ給料泥棒!という言葉も出ないほどの衝撃だった。
そう、まさに明日天地の裁判所上部から天国と神の国が落下し三途の川が濁流してもいいのでは?と今なら本気で思えてしまう。
生憎もう一人の補佐官である蒼隗潼の元でも子供が生まれる直前とかでこの光景を見せられないのが残念である。
「じャ、そういうわけでしばらくコイツの面倒見るから仕事は休む」
「ちょっと待て!お前普段から仕事してないだろ!ていうかお前が面倒見るのかよ!?」
「アンタさっきから喧嘩売ッてるだろォ!何でオレが一々そんなこと言われなきャいけないんだァ!?あン!?」
「言いたくなるわ独身!さっさと結婚しろや!」
「うるせー!オレに釣り合う女がいないこの世界が悪いんだ!オレは一切悪くないね!」
「誰も悪いとは言ってねぇだろ!」
そんなことがあったことは当時の赤子、幼き日の月見里査逆は知る由もない。
※
月見里査逆はあれから赤夜の教育(?)を受けながらスクスク育ち、最近では新しくやって来た酒呑童子の盃天狼という若者に懐き始めた。
そのことに赤夜は苛立ちを覚えたり、絡まれてる本人である天狼は鬱陶しそうに査逆を引っぺがす、そんな日々が続いた。
ある日のことである。
本日もいつものように裁判所内をトテトテと散歩する査逆と道中で捕まってしまった天狼。
「オイガキ。お前いつまで俺に付きまとう気だよ?」
「え?」
「えってお前なぁ」
「それ、なに?」
「これは酒だ、酒。ガキにはちと刺激の強い大人専用の飲み物だ」
「おとな、せんよう!!」
くわっ、と前髪で隠した両目を大きく見開く。
どうやら大人専用というフレーズにトキメキを覚えてしまったようだ。うわー、メンドクセーと思ってしまった天狼は何も悪くないと思う。
「じゃ、ジュースはこどもせんよーだね!!えへん!!」
「威張るな威張るな」
やはりうざい、そう思ってしまった天狼は何一つ悪くない。
最近では周囲からロリコン扱いを受けているが、免罪もいいところである。
本当にどうしてこうなったのだろう、保護者(赤夜)はどうしてるのだろうか。
もう育児放棄して睡眠へと行ってしまったのか、もうあの人なら何年も寝続けてても不思議ではないならな。
「てんろーはこれからどこいくの?」
「体動かしに地下に行くんだよ。最近覚えることばっかで体動かしてなかったからなぁ」
「.....!つまりてんろーはバカなのか!のーきんなのか!」
「ぶっ殺すぞガキ」
ピキリ、と青筋を浮かべる天狼を笑いながら無意識に神経を逆撫でする査逆。
どうやら力が入ってしまい酒瓶を割ってしまったが天狼は悪くない、悪くないはずなのに何故か悲しい気持ちになってきたのは何故だろうか?
「バカ、脳筋.....ぷふ」
「少し俺のストレス発散に付き合ってもらってもよろしいですか、保護者さん」
というわけで、地下の大ホールで盃天狼と平欺赤夜が向かい合う。
査逆はワクワクと瞳を輝かせて二人を見ていた。
ちなみにこの大ホールは現在平欺赤夜の職権乱用で貸切状態としている。
さすが閻魔大王の補佐官、やることが違う。普段寝てるだけなのにこういうときだけに職権を使う赤夜もどうかと思ったが天狼はもうその辺気にしては負けだとどこか悟っていた。
「フフフ、お前ごときがオレにダメージを与えれるかな?」
平欺赤夜の持つ絶対防御は天邪鬼特有の脳の数を応用して常に自分自身に脳波質硬化の膜を纏わせておく彼ならではの技術である。
これを身につけてから赤夜が傷を負ったことも睡眠を妨げられたこともない。
隗潼の衝撃波とゴクヤマの雷だけは防ぐことができなかったが、逆にいえばそれ以外の攻撃ならビクともしなかったということである。
だか、そんな忠告がありながらも天狼は笑みを浮かべていた。
「は?最初からあんたの防御を破るつもりなんてないぜ」
「あン?」
「言ったでしょ、俺のストレス発散に付き合ってくれって。絶対防御?便利ですよね、サンドバックには丁度いい!」
ビュン、と天狼は勢いよく駆け出して脳波を纏わせた拳を赤夜の顔面に向けて放つ、が無傷。
そのまま天狼は目にも止まらぬ速度で赤夜を滅多打ちにする、ただ、ひたすら蹴って殴って頭突きして殴って蹴って蹴って蹴って殴って頭突きして蹴って殴って殴って蹴って頭突きして蹴って、たしかに実力だけでみると赤夜の方が圧倒的に上だ。
だが、先ほどまで眠っていた赤夜の体は思うように動かなかった。
やはり寝起きの体に運動はキツイ、普段なら追いかけられるはずの速度も捉えられないほどになっていた。
(まさか、日頃の運動不足がこんなトコで出るなんてよ!)
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!!!」
ある程度殴ったところで距離を取り、酒を一杯飲み干して天狼の口から灼熱の炎が赤夜を包む。
「おー!」
「油断しすぎだ、強者(笑)さん」
ヒック、と一つしゃっくりをして天狼は轟々と燃える業火の方向に目を当て続ける。
−−−業火はブァァァ!!と赤夜を中心に露散される。
それは赤夜が両腕を振るう、それだけで起こった不可思議な現象だった。
「は?」
「クソガキィ、随分調子ィ乗ッちャッたみたいだなァ?えェ、オイィ!?」
キシシシシ、と怪しげな笑みを浮かべる赤夜は両腕に脳波を集中させて天狼に突撃する。
ゴォォォ、と拳を振るうと風を切る音が勢いよく響き、天狼はガードするが赤夜の絶対防御の硬さで放たれた両手の掌底は天狼の両腕の骨を粉々にするには十分すぎる破壊力だった。
「い、って!?」
「テメェの敗因は、そうだな。雑魚がオレを怒らせたッてとこか?」
「せんせーかったー!てんろーよわーい!」
「うるせぇクソガキ!」
「てんろー弱ーい」
「あんたは、ちょっと黙ってろ!!」
ちなみに天狼の両腕が使い物になるまでには半年の歳月を費やした。
※
これまた別の日。
もう赤夜が何をする必要もなくなった年齢になった査逆は赤夜から師事を受け戦闘技術を学ぶようになっていた。
何故か天狼も一緒に師事を受けるということになり、二人で切磋琢磨しながらやっている。
だが、年齢的な意味と経験で天狼にはまだ一度も勝てたことがない。
それでは悔しいので彼女はベンガディラン図書館へ向かった。
ありとあらゆる書籍が集められた宝庫、普段本は読まないがここの本を漁れば強くなるためのコツみたいなものが見つかるかも!と何故かはわからないがそう思い通うようになっていた。
「おや、また来たんですか」
「はい!」
「フフフ、どうぞごゆっくり」
ここで出会った館長とはとても仲良くなった。
読めない字があったら丁寧に教えてくれるし、わからないことがあったら調べるのを手伝ってくれる。
他の仕事で忙しいはずなのに何故ここまで親身にしてくれるのだろうか、一度査逆は尋ねたことがあった。
「実は僕の仕事全部部下が片付けてくれてるんですよね」
「そうなの!?」
「えぇ。それで僕はやることがなくて暇で暇で」
ハハハハ、と館長は静かに笑う。
実際ここの従業員はかなり多く、訪れる人よりも多いのでは?と思えるほどの数だ。
こんなに大きな図書館なのだからそれだけの人数がいてもおかしくはないか。逆に人望なくて部下が少なかったらここの仕事大変なんだろうなぁ、と思った査逆であった。
「−−−ですが、月見里さんが来てくれて僕はここにいる目的を見出せました」
「私が、ここに来たから?」
「はい。僕は鬼として力も強くないし自慢できるのは知識だけ、その知識もここでは本としてあるから必要とされない。全ては本としてありますからね、僕は無能なんです」
自虐染みた館長の言葉を否定しようと査逆は何かを言おうとするが、優しく口を閉ざされてしまう。
まだ僕の話は終わってない、館長の目はそう語っていた。
「−−−貴女がここに来る、そして質問してくれることで僕は輝きを取り戻せた。ここにいる従業員として、ベンガディラン図書館館長としてではなく、枡崎千歳という一人のヒトとして、ね。それが僕にとってはとても喜ばしいことなのですよ」
子供のように無邪気な笑みを浮かべる館長、もとい千歳はとても嬉しそうだった。
その時、だったのかもしれない。月見里査逆がここの仕事に就けたらいい、多くのヒトと知識を共有してここで楽しく働きたいと考えたのは。
その数年後、閻魔大王の次男であるヤマクロの世話役を任命され彼に心を奪われてしまったのは。
お陰でベンガディラン図書館への異動するという希望はあっさりと途絶えてしまったのだった。
番外編も後数話、かな。