時系列は少し曖昧ですが気にしないで楽しんでいってください!
「初めまして、今日からこの天地の裁判所でお世話になる煉獄京です。どうかよろしくお願ゐします」
ある日の天地の裁判所、今日からここで働くことになった若い一人の青年は目の前に立つ四、五人の先輩方に挨拶を済ませる。
鬼と死神のハーフというあまり類を見ない異例の存在であるため両親が死んでしまい自立してからはコツコツと働いて生きてきたのだが、流石にアルバイト程度の給料で生きていくのに限界を感じ、かつて両親が勤めていた職場に就職することとなった。
「おうよ、仲良くやろうな!とりあえずお前一杯付き合えよ、ヒック!」
「天狼さん、あんたまた新人付き合わそうとして!そうやって何人が急性アルコール中毒で倒れたと思ってるんですか!酒呑童子のあんたのペースについていける奴なんてそうそういないでしょうに!」
「細けぇこと気にすんな。とりあえず一杯どうだ!?」
「あと今勤務中だってこと忘れてんじゃねぇよ!」
天狼と呼ばれる男が数人の鬼に取り押さえられて部屋から追い出される。
それでも酒瓶を持って部屋に入ってこようとする彼の執念は一体何なのであろうか?
「まぁ、あんな男ですがきちんと仕事はこなします。ですが彼の酒には絶対に付き合ってはなりませんよ」
「は、はぁ」
口元を緩め目に無数の傷が目立ち、おそらく盲目であろうと思われる初老の鬼が煉獄に話しかける。
「わては百目鬼といいます。こんな目ですが何とかやっていけてるしがない一体の老兵ですよ」
これが煉獄の就任一日目の出来事であった。
煉獄の配属された部隊には百目鬼以外にまともと呼べる者がいないということもわかった一日であった。
※
煉獄が就任してから早数ヶ月が過ぎようとしていたある日のこと。
「ゑ、隗潼さんに娘さんがゐらっしゃるんですかい?」
「おうよ、一人は養子だけどな」
「てゐうか結婚してたんですね。俺の周りでそうゐう話あまり聞かないんで少し新鮮ッスわ」
「.....たしかにあの面子じゃ程遠い話だろうな、お前は悪くないから安心しろ」
何やら同情めいた目線を向けられた気もしたが幸いにも煉獄がその視線に気がつくことはなかった。
隗潼と煉獄は週に一回の餓鬼狩りで三途の川まで隗潼の部隊に煉獄が加わる形で一緒に仕事をしており、餓鬼を狩りながら二人は軽口を叩き合っていた。
「とゐうか二人とも娘さんなんですね。息子さんはゐらっしゃらなゐんですか?」
煉獄は回し蹴りで餓鬼の首を撥ねながら隗潼に尋ねる。
「俺としては一人くらい息子が欲しかったんだがな、でも二人とも男に勝るくらい気の強い奴らだぞ!ちなみにお前よりも少しばかり年上だ」
隗潼は周囲に衝撃波を放ち餓鬼を消し飛ばしながら煉獄の質問に応える。隗潼は言葉を続ける。
「そいつらの中で養子の方が裁判所を見学しに来るんだ。女にしておくのが勿体無いくらい将来有望な奴よ」
「へー。隗潼さんがそこまで言うなんてちょっと興味ありますね、会ってみてもゐゐでしょうか?」
「会うには構わないがあまりの美しさに目を奪われても知らねぇからな」
煉獄と隗潼は雑談し笑いながら餓鬼の首を確実に撥ねていく。
煉獄は更にニヤリと笑みを浮かべて餓鬼の頭を殴り飛ばし血の着いた拳を握りしめる。
「そうなったらその時ッスよ。新たな出会いってことで受け入れればゐゐんですから」
「.....フン」
隗潼は煉獄の目を見て静かに笑みを浮かべた。
※
その日、紅亜逗子は天地の裁判所に訪れていた。
本来ならばもう職員として迎え入れてもいい年頃なのだが、過保護な隗潼が反対し蒼麻稚と一緒で仕事をすることが許されてなかった。
「ここが閻魔様の働いている雑務室だ、代々使われているから扉も脆くなってきてるから握りつぶすなよ」
「.....隗潼さんはあたいを一体何だと思ってるんだよ」
「安心しろ。決して怪力女とか力の制御ができないアマとか決して思ってはないからな亜逗子」
「絶対そう思ってるだろ!ていうかそろそろあたい達もここで働かせてくれよ!」
「ダメだ。せめて力の制御ができるようになってからそう言うことは言うんだな」
「ちぇ〜」
頬を膨らませてぶー垂れる亜逗子を無視しながら隗潼はズカズカと歩き続ける。
天地の裁判所の仕事は内容によっては死ぬこともあり得るため娘達を心配する隗潼の気持ちもわからないでもないのだが、本人達は早く働きたいと言っており現閻魔大王のゴクヤマの推薦もあり二年後には二人の就職が約束されていた。
しかし、それでも二人は待ちきれないと言った様子でこうしてたまに天地の裁判所にやって来ていることが多かったりする。
「そうだ亜逗子、お前に会いたいって奴がいるんだが会っていけよ」
「えーめんどい」
「.....ここで断られてしまっては俺の面子が立たんのだが」
「だってもう満足したし、あたいとしては早く帰って隗潼さんに教わりたいこといっぱいあるんだけどな」
「ちょっとした骨休めだと思えばいいだろ。お前ももう年頃なんだから人生楽しんでもいいと思うぞ」
「.....ま、別に急いでるわけじゃないからいいけど、さ」
亜逗子はポリポリと頬を掻きながら隗潼の後を追うように付いていく。
天地の裁判所の廊下は広く多くの道に枝分かれしているため、初めて訪れる者は必ず迷子になる迷宮なため亜逗子も慣れない道に四苦八苦しながらもしっかりと隗潼に付いていかなければ本当に迷子になってしまう。
「いいじゃんかよ煉獄ゥ、ちっと付き合えって!」
「無駄に絡むな酔っ払ゐが!あ、ちょ、肩に手回してんじゃねゑよ!」
「いいから俺の酒に付き合えや〜!じゃないと今夜お前の部屋に一升瓶持ってくからな!」
「だーもー、何でこんなウザゐんだよ!あと、他の奴に聞かれたら誤解されるようなこと大声で言ってんじゃねゑよ!!」
ズムッ!という音が廊下に響き渡り亜逗子と隗潼の耳にまで届く。
ため息を吐き頭を抱えながら隗潼は突き当たりを曲がりその場で足を止める。
亜逗子も後を追うように付いていくとそこには亜逗子と同じ赤い長髪の青年が筋肉ムキムキで白髪の男を抱えながらこちらに向かって来ていた。
「あ、隗潼さん。勢い余って溝うちしちゃったんですけどこの人どうすりゃゐゐでしょうか?」
「.....丁度近くにトイレがあったからそこに放置しておけばいいんじゃない?」
了解ー、と気怠げに返事する煉獄がその場を立ち去ろうとした時、煉獄と亜逗子の瞳が互いに見つめ合う形になる。
同じ髪の色と同じ角の色、極めつけには同世代だと思われる背丈と雰囲気。
最初に口を開いたのは亜逗子だった。
「あたい初めて生のBLを見たよ」
「隗潼さん、このお嬢さんは一体何を誤解してらっしゃるんですかね?」
これが煉獄と亜逗子の初めての対面だった。
※
「ごめん、待った?」
「ゐんや大丈夫。俺も今来たトコだ」
煉獄と亜逗子が初めて出会って二年が経ち亜逗子も天地の裁判所で働くこととなり顔見知りだった二人はある程度親しくなった。
煉獄と亜逗子はお決まりのセリフを言い合いながら軽く喋ってから煉獄は座ってたベンチから立ち上がり亜逗子に近寄る。
傍から見たら年相応のカップルが待ち合わせをしていたようにも見えるが、残念ながら煉獄にそんな気はあっても亜逗子にはそんな気は一切なかった。
今まで隗潼以外の男と会うことのなかった環境で育っていたため誰か(異性)と出かけるということがよくわかっていなかったのである。
今回は亜逗子にこの辺りの道に詳しい煉獄が亜逗子にオススメのスポットを教える名目でデートに誘った感じだが、来る前に天狼にいつも以上に無駄に絡まれたり隗潼からは嫉妬にも似た何か悍ましい殺気をひたすら浴び続けさせられたことを追記しておこう。
「それでどこ行くの?」
「亜逗子ちゃんはどっか行きたいトコある?その分野でオススメのトコ紹介するよ?」
「うーん、あまり考えてなかったな。あたいとしては何か食べたいかな?」
「オーケー、じゃあ俺の行きつけの店を紹介するよ」
天地の裁判所から少し離れた位置にひっそりとある地獄の商店街。
もちろん亡者達が行けるような場所にはなってない上に職員や客全てが鬼のため近づけても近寄ることができない。
天地の裁判所にカフェはある(とは言ってもそこまでメジャーではない)が雑貨や生活用品の売っている所は存在しない。
煉獄の案内である飲食店にやって来た二人は席に座り注文を済ませて会話を再開させた。
「それにしても煉獄がこんな店知ってるなんてなんか意外。もっとガッツリ系の料理が多い店とかよく行きそうなイメージあるし」
「一体俺のゐメージはどうなってるんだよ?」
「男友達によく絡まれて女難の相とか出てそうなイメージ?」
「冗談抜きで否定しづらいからやめて!」
煉獄は全力で冷や汗を流しながら、ケラケラ楽しそうに笑う亜逗子の誤解を解こうと四苦八苦していた。
途中、注文した料理が届き会話は中断されたが煉獄は心のどこかでホッと安堵の息を吐いた。
「美味しいね、このパスタ」
「現世じゃナポリタンって言われてるらしゐぜ。この絶妙な味付けが最高だな」
「現世か〜良い所なんだろな」
「ま、少なくとも食と娯楽に溢れてるって話は聞ゐたことあるけどな」
「行ってみたいなぁ、なんて」
はははは、と笑いながら食事を続ける。
原則的に来世から現世に干渉することは不可能だが、死神と呼ばれる種族は特例であり唯一現世と来世を行き来できると言ってもいい。
煉獄京はそんな死神の血を半分だけ受け継いでいる。
今のままでは無理だがそのうち可能になるかもしれない。儚い希望だが可能性がないわけではない。
「.....ゐつか俺が連れてってやるよ」
「ん?何か言った?」
「口元にソース付いてるぞって言ったんだよ」
煉獄は笑いながら亜逗子の口を指差すと彼女は顔を真っ赤にしてそっぽ向いてしまった。
(可愛ゐな、こんなんで年上で隗潼さんの義理の娘ってんだからよ)
そこで煉獄はある意味勇気のある質問を亜逗子に投げかけた。
「そうゐや亜逗子ちゃんって実際ゐくつなの?」
「ぶっ飛ばすぞ、クソ野郎☆」
「じょ、冗談だよ」
割と本気の殺気を亜逗子が放っていたことを彼は決して忘れない。
※
「うーん、今日は楽しかったな。本当にありがとうな煉獄」
「こちらこそ、この帽子ありがとよ」
一通り行くべきところは行って回った二人は帰路の途中休憩がてらに待ち合わせ場所でもあった広場までやって来ていた。
そこで二人はベンチに座り一日の感想を語りあっていた。
「でも本当に髪留めでよかったのか?俺には結構高めの帽子買ってくれたのに」
「いいよ、あたいもこれ欲しかったから」
これであいつとの約束は果たせるし、と小声で呟いた亜逗子の言葉を煉獄は拾うことはなかった。
煉獄京という男はこの一日で更に再確認させられた事実が一つあった。
自分は彼女に惚れているのだと。
初めて会った日かもしれない、仕事中に話していた時かもしれない、今日かもしれない、タイミングはわからないが煉獄京という一人の男性は紅亜逗子という女性に気づかない内に惹かれていた。
後々隗潼に何か言われるかもしれないが告白するならばこのタイミングしかないと思った。
亜逗子とでかけていた今日も密かにそのことを頭の隅に置いていたのだから。
煉獄はゴクリと息を飲み覚悟を決める。
「亜逗子ちゃん、実はちょっと話があるんだ」
「何?」
煉獄はゆっくりと立ち上がる。
亜逗子もそれにつられてゆっくりと立ち上がる。
二人の視線が合い、煉獄は自分でも顔が真っ赤になっていることがわかった。
「実はさ、俺...」
煉獄京、大人の階段を一つ登る。
「あんたに惚れちまったんだ!好きだ!付き合ってくださゐ!」
握手を求めるように右手を差し出した。
煉獄は頭を下げているため前を見ることはできないが差し出した手が何かを掴んでいることだけはわかった。
彼女が握手を返してくれたのだ。
(やった...!)
煉獄は嬉しさのあまり顔がニヤケてしまった。
そしてあまりの嬉しさのあまり握手していた手に力を入れてもにゅという音が響いた。
...............................もにゅ?
そこで初めて煉獄は違和感に気がついた。
握手を返してくれたのがあまりにも早かったことと手にしては少し柔らかすぎること。
煉獄はゆっくり顔を上げた。
「..........................ゑ?」
そこには顔を俯かせてぷるぷると震える亜逗子の姿があった。
彼女の両手は今日の買い物の紙袋で塞がっているため握手を返すことはできない。
ならば煉獄が右手に握っているものは何か?
「れ、煉獄ゥ」
目の前に鬼神が立っていた。
「あ、ゐや、ちょ、待ってくれ!これはその、わざととかそんなんじゃなくて...」
「いつまで握ってる気だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
そこから煉獄の意識は完全に途絶えた。
近辺の目撃情報によると煉獄らしき男が頭を地面にめり込んでおり、その近くでは顔を赤くした女性が不機嫌そうなオーラを出しながらその場を去って行ったそうだ。
結論を言えば煉獄京は紅亜逗子の胸を盛大に掴みフラれてしまったようだ。
「あははは、煉獄!お前女にフラれたんだってな!お前も男として成長したってことだよ、きにすんじゃねぇ!あははは、とりあえず飲め飲め!」
「.....ザマァ」
後日、天狼と隗潼によって散々ネタにされた挙句残念会まで開かれたことを追記しておこう。
こうして一人の青年の初恋は失恋に終わった。
番外編はまだまだ更新予定です(^^)