ヤマシロとゼストが来世に戻り、最初に目にしたのは今までにないくらい崩壊した天地の裁判所の痛々しい姿だった
麒麟亭で治療を受けている者たちに労いの言葉とゼストは今回の一件の引き金は自分が関わっていると謝罪した、そして三途の川から戻ってきたゴクヤマを二人で一発ずつ殴った
隗潼も戻ってきて麻稚と感動(?)の親子の再会を果たし、彼らも治療を受けることになった
天国に行ったヤマクロにも連絡を入れると今まで一体どこにいたのかとしつこく言及された、そして天国と天地の裁判所の交通網が回復するまでヤマクロは天国に留まることとなった
そしてそのまま天地の裁判所の復旧作業やら仕事の遅れを取るための徹夜によるオーバーワークが一通り落ち着き、あの日から既に三週間近くの時間が流れていた
ちなみに天国との交通網は半日前に回復しておりヤマクロは久々に天地の裁判所に戻ることとなった
「坊ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん、寂しかったですぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」
「落ち着きやがれ館長、久々に坊ちゃんに会えた嬉しさはわからなくなゐがあんたはちょっと度が過ぎてる。見ろ、坊ちゃんドン引きだぞ!」
「あぁん、そんな対応の坊ちゃんもたまらない.....」
「間宮、笹雅、このアホを図書館に戻して来ゐ。出来ることなら亀甲縛りにして猿轡もオマケで監禁しとゐてくれ」
「......煉獄さん、あんたサラッと上司のことアホって言ったッスよね?」
右腕に痛々しい包帯を巻き両目をパッチリと開かせた月見里査逆は否応なしに部下である間宮樺太と笹雅光清により両手をガッチリとホールドされてどこかに連れて行かれてしまった
煉獄京は危篤とまで言われていたのだが奇跡的な回復力を見せて無事に意識を取り戻すことに成功したものの片脚を粉砕骨折に頭蓋骨越しに脳に軽いダメージを負ってしまったので脳波の使用に支障が出るかもしれないという状態である
それ以外は特に異常は見られず現在は全身に包帯を巻きながら松葉杖を付いているという、とても復旧作業に参加できる身体ではなかった
煉獄の隣に立つ東雲胡桃とヤマクロは連れて行かれた査逆を見ながらオロオロしている
「れ、煉獄さん。アレは放っておいてもいいのでしょうか?」
「俺の指示だ、それにあの天邪鬼は怪我をしているとはゐゑ多少乱暴に扱っても精神が崩れるなんて滅多なことは決して起こらなゐほどのメンタルの持ち主だからな」
「もはやヒトとすら扱ってなくないですか?」
「鬼だからな、あっちもこっちも」
煉獄と東雲は互いの冗談にフッと小さく笑う
実はあの日以来査逆は目を隠すことをやめたのだ、一体どんな心境の変化があったかはわからないし喜ばしいことかもわからないので特に何事もなく周りは受け流したが
「あの、あなたは査逆の部下?」
「そうゐや挨拶してませんでしたね、一応あの時も現場にゐたのですが話す機会もそうそうなかったもんですからね...」
煉獄はポリポリと頬を掻いてヤマクロに簡単に自己紹介をする
「それで京さん、兄さんどこか知らない?」
「閻魔様?閻魔様なら確かさっき天国に向かわれたような気がしますよ、会いたい人がいるとかで」
「.....まさか入れ違い?」
「.....みたいですね」
あはは、と東雲が苦笑いをすることによりその場の空気は絶対零度の温度を保たずに済んだ
ふと背後を見ると天国行きの便が一つ出発する直前だった
※
天地の裁判所の地下、一部の従業員と本当に特別な鬼しか知らない隠し部屋が存在するその場所に三人の男が一本の蝋燭を中心にして円になり、傍らには酒が置かれていた
「我々が一同に会するのは何年振りだろうな。隗潼、赤夜」
第四代目閻魔大王ゴクヤマが大きな笑みを零して酒を杯にゆっくりトクトクと注いだ
同席している蒼隗潼と平欺赤夜も穏やかで懐かしむように静かに笑う
「そうだな、現役の時ですら赤夜は寝てたからな。本当に何百年振りって単位じゃないのか?」
「部屋提供してやッてんだから文句言うなよ。オレだってまさかお前らとまた顔を合わすなんて夢にも思わなかったよ、オレはもう死んだと思ッてたからな」
「弟子に救われたみたいだな、ダッセー」
うるせェ、と平欺は茶化してくる隗潼を睨みつける
平欺は瓦礫に下敷きになり死んだと思われていたのだが瀕死寸前のギリギリの所を査逆に救われ、その後治療を受けてボロボロながらも生きていたのだ
査逆としても、もう二度と大事なヒトが目の前からいなくならないでほしい、という優しい想いが平欺赤夜という男を救ったのかもしれない
平欺は決して口には出さないがあの時の瓦礫に下敷きになった時から脳波の自動展開が不安定な状態となってしまいオートの防御が働かなくなってしまった
しかし持ち前の反射神経で防御することをカバーすることに成功した
おそらく慣れない生身で受けた攻撃が多すぎたせいで精神的に不安定となってしまい脳にも異常が生じたモノと思われる
ゴクヤマは酒を注ぎ終わると酒瓶を壁に投げつける
「だが、何だかんだで俺たちは生き延びた。そしてあいつらの逞しさと強さを目の当たりにした」
「ついこの間までチビでガキだッた連中が勝手に立派になりやがッたよな、でもオレ達からしたらあいつらは永遠にガキだけどな」
「そうだな。もう俺たちが出しゃばらなくてもあいつらは自分達だけの力でやって行けるだろうな。俺たちが少し過保護すぎたのかもな、今回の一件も」
「.....そうだな」
ゴクヤマは天井を見上げながら目を瞑る、親としては子供を思う気持ちは永遠に変わらないモノだがそこに自分達が介入して自分達の正義と理想を掲げて押し付けるのは間違っていたのかもしれない
彼らには彼らの生き方があるのだ、ゴクヤマは改めて自分の息子達を頭に浮かべながら、隗潼は娘のことを想いながら、平欺は一番の弟子である妹分と将来を担う一人の赤鬼を想いながら
蝋燭の火が風も吹いていないのに不自然にゆらゆらと揺れる
三人は拳を前に突き出してぶつけ合う
「やっぱし赤夜が一番小さいな、昔からそうだ」
「ほッとけ、お前達のサイズが異常なんだ」
「だが、これをやるのも本当に久しぶりだな」
これ、とは三人が拳を突きつけ合う動作のことを指し示す
昔はこれでよく事件を解決し仕事をこなしてきたモノだった
「では、あいつらの成長を祝って」
乾杯、と声と共に杯をぶつけ合う音が響き渡った
※
麒麟亭の大広間では多くの鬼達が修繕作業を一旦中断して一斉に休憩を取っていた
流石に今回の天地の裁判所が受けたダメージは過去最高とも言われるほどの破壊具合であり、ヤマシロの意向と皆の賛成により改築作業が行われることとなった
その作業の指揮を取っているのは赤鬼である紅亜逗子、ではなく青鬼の蒼麻稚の方だった
「はぁ...早く治んないかな、あたいの腕」
「まさか治療のエキスパートとも言われた亜逗子が自分の傷の治療が出来ないなんて、傑作」
「よし表に出な、ぶっ飛ばしてやるよ!」
ビキビキと青筋を浮かべて片腕骨折しているのに喧嘩腰の亜逗子を麻稚は軽く言葉であしらった
やはり言葉での戦闘には麻稚の方に分があるようで殺気が溢れ出ていた亜逗子も次第に収まっていく
そして麻稚は最初から無傷であり戦闘した形跡が唯一見られなかった
「ったく、あんた本当にあたいが合図した時以外動いてないんじゃないの?楽しすぎじゃない?」
「元々私は戦闘自体が好きじゃないので、それに真っ向から勝負して誰かに勝つなんてことは絶対にありえませんから」
ふーん、と亜逗子は興味がなさそうに水を飲み始める
実際麻稚は頭脳戦が得意であり直接的な戦闘よりも今回のように補佐に回ることが多い
それに亜逗子も同じだがどことなくカリスマもある
「麻稚さん、そろそろ再開しませんか?」
「では畠斑さん、あなたにはこちらとこちらの指揮をお願いします。後に私も伺うので」
「ちょ、麻稚さん、ここって結構大変な所じゃないですか。ちょっとしたミスが大変なことになるような」
「あなたならできます、これは畠斑さんにしか頼めないんです」
「っしゃぁ!やってやるよ、麻稚さん俺に任せとけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
.....彼は何か違う気もするが、畠斑謡代は傷を負った身体なんて関係ないと言った具合にさっさと作業場に移動して行ってしまった
亜逗子はその様子に苦笑いを浮かべながら麻稚に声をかける
「でもこれじゃああたいの復帰もまだまだ先かな、閻魔様の役に立てないのは癪だけど今は療養した方がいいのかな」
「いっそのこと戻って来なくてもいいですよ?」
「それは酷くないか!?」
※
地獄にあった死神の里だった場所
かつてここにはゼストの住まいもあり多くの仲間達が和気あいあいとまではいかないが助け合いながら生活をしていた場所、隗潼に滅ぼされてから初めてゼストはこの場を訪れた
その目はどこか悟ったような悲しげな瞳だった
「.....やっぱ憎いや、あんたの娘の説得がなかったらお前の命は既に俺が刈り取っていただろうよ、隗潼さん」
実はゼストは来世に戻ってきてから何度か隗潼を殺そうとしたのだが、麻稚により何度も説得された
事情も全て知った上で麻稚は隗潼の為に土下座までした
ゼスト自身もあの時は頭に血が上っていたためその場は舌打ち一つで凌いだが殺意が収まったわけではない
ゼストは爪が食い込み血が流れ出すまで拳を握りしめる
「今思えば、俺が自分の意思で誰かを殺したいなんて思うのは初めてだな」
ゼストは自分の心境の変化を自覚しながら自嘲するように笑う
もしここで隗潼を殺してしまえばまた何らかの形で憎しみと蘇生したいという欲求の連鎖が連なってしまいどんな形でゼストに牙を剥くかわからない
決してビビっているわけではないが残された者達の悲しみはあの時しっかりと目に焼き付けたつもりでいた
「.....初めてだな、俺が誰かを殺そうと決めて自分の意思で止めるのは」
ゼストは一陣の風とともにその場を静かに去った
※
その頃、ヤマシロは天国に辿り着いており空港からある場所に向かおうと足を進めていた、そう美原千代の家である
今回の一件には美原千代が大きく関わっており同時に彼女は間接的にはゴクヤマに、直接的にはゼストにより殺されてこちらの世界にやって来た、いわば被害者である
加害者が両方ともヤマシロ自身の知り合いというよりも親族や親戚なので今代の閻魔大王として一言謝罪しておいた方がいいだろうというヤマシロなりのケジメであり本当の決着でもあると思っていた
どうやら天国でもかなり大規模な大事件だったようで辺りには建物を修復する人々の活気ある姿がヤマシロの目に映っていた
そんなこんだで美原千代の家が近いという記念碑のある自然公園にまでやって来るが.....
「そういえば家の場所知らねぇ」
そう、記念碑の近くにあるということは知っているのだが正確な住所は把握していないどころか行ったことすらなかった
あの時はそれどころではなくなってしまったため結局行きそびれてしまったのだが、まさかそのことが今回に来て困ることになるとは思いもしなかった
「お困りのようね、閻魔さん」
すると背後から声が聞こえてきた、声の高さから推測するに女性だろう
サングラスを掛けてニット帽を深くかぶり地味目な服にジーンズを身につけている人物
「.....そんな格好で一体何やってんだ須川」
「ちょ、私須川時雨じゃないし!通りすがりの一般人Aですけど!?」
「あぁ、そう...」
須川時雨、もとい通りすがりの一般人Aは何故か頬を真っ赤に染めて反論するも説得力は皆無であった
「それで、貴方は千代ちゃんに会いたいのよね。私が案内してあげてもいいわよ」
「じゃあよろしく頼むわ」
「軽いすぎるわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「おっと」
通りすがりの一般人Aは額に青筋を浮かべながら飛び蹴りを放ってくるがヤマシロはそれを難なくひょいっと躱す
避けるなー!と叫ぶ通りすがりの一般人Aに呆れながら溜息を漏らす
「じゃあお願いします。どうか私めをお連れしてください、これでいいか?」
「わかればよろしい」
ない胸を張り堂々と上から目線の通りすがりの一般人Aに少なからずの殺意と怒りが芽生えるが、ここはグッと我慢する時である
ヤマシロはそのまま通りすがりの一般人Aに案内されるまま足を進めて行く、進むたびにどんどん人気のない場所に進んでいくためヤマシロは少しながら不安になってきた
不意に通りすがりの一般人Aが話しかけてくる
「ありがとうね、一族の家宝を守ってくれて」
「家宝?」
「黄泉帰りの法が記された巻物よ、あれは須川の一族に代々伝わるひぃひぃひぃひぃひぃひぃお婆様から守るように保管するように伝わっていたモノなの」
サラッと正体を明かしたことについてはあえて言及せずにヤマシロは頬をポリポリと掻く
来世に戻る直前、全ての元凶となった死者蘇生の巻物は須川雨竜本人から手渡され今はヤマシロの能力により燃えて灰となった
しかしそれでも彼女は守ってくれたと言った、ということはあの巻物にはまだヤマシロ達の知らない何かがありそれを守ってきたのが須川の家系だったのかもしれない
ヤマシロはそのことを深くは言及しなかった、もしかしたら世の中には知らなくてもいいことがあった方がいいのかもしれない
そんな会話を続けているとある一軒家が目に入った
どうやらかなり近くまでやって来たらしい
「ここが千代ちゃんの家よ、何をしに来たかは知らないけどあまり期待しないことね。ただでさえ彼女引っ込み思案で引きこもりだから」
それはお前だろ、と思わずツッコミそうになってしまうがまずは案内してくれたことのお礼を言う方が先であった
「ありがとうな時雨、ここからは一人で大丈夫だ」
「......私は通りすがりの一般人Aよ」
通りすがりの一般人Aはそのままニット帽を更に深く被り直してそそくさとその場を立ち去って行った
(さて、と)
ヤマシロは改めて目の前の家に美原千代、自分の母親の生まれ変わりがいるとなると改めて緊張してくる
実際美原千代と出会うのはこれが初めてであり何を言われるかはわからない
しかし、ここまで来て引き返すなんて選択肢は絶対にありえない
ヤマシロはゆっくりとインターホンに手を伸ばした
ピンポーン、という何気ない小さな音がヤマシロにはその時だけ何故か大きく聞こえた
これにて物語はおしまいです(^^)
最後に終章を更新して正真正銘の完結となります、その際活動報告の方にあとがきも同時に更新しますのでそちらも見ていただけると嬉しいです
そして長い間読んでくださった読者様には感謝、という言葉だけでは感謝しきれません(^^)
では、今度はあとがきでお会いしましょう
今まで本当にありがとうございました(^^)