今回の話は前回の続き、オリジナル回です。
色々とまた『なんじゃこりゃ?』的なものがあるかもしれませんので、オリジナルが苦手な方は、未来を明るくして現実から切り離してよく見てね(´Д`)★
【寓和中央総合病院】
御伽花市にある大きな病院だ。
緊急を要する場合はいつもこの寓和病院に宛てられる。
そんな病院のとあるナースステーションに屯(たむろ)する看護婦たちの何気無い会話に耳を傾ける。
「白馬さんの息子さん、また来たみたいね。高校生なのに大変」
「まぁアレなんじゃない? 学生といっても今のご時世、授業受けなくても大丈夫とか言われる特別カリキュラム」
「あぁ~、聞いたことがあるけど、それ本当なのかしら?」
「ありきたり~とか言えないわよ? 何たって『白馬家』なんだし。あぁ~良いわよね、お金持ち」
看護婦たちの何気無い会話にも聞こえるが、業務的に手を動かしている所は流石であった。会話をしながらも手掌は書類にペンを走らせ、口も手も休んでなどいない。
「はいはいは~い! 先輩たち余計な事言ってるとまた患者さんたちに突つかれますよ~?」
仕事はしているが口が怠けていたのが後輩にバレ、先輩の看護婦たちは『分かってるわよー』と口でそう言って、内心実は確かに危ないな、と焦りを思っていたのか各自担当された病室にへと向かう。
「・・・白馬さん、息子さんの為にも、治さないといけませんね」
そう言ったのはナースステーションに残った一人の後輩である看護婦、受付をしていた女性だった。
受付をする人は義務的に決まっている人なのだが、人員を確保するまで繋いでいたらしい。
「息子さんの為に・・・」
その『白馬家』という名に苦しんでいるのが、この看護婦には分かっていた。
ちょっと話したけど優しい人だった。
幸せになってもらい、早くあの病室から抜け出せる日を、実はこの看護婦さんが一番に思っていたのかもしれない。
寓和中央総合病院の三階にあるナースステーションで、一人の看護婦はふとそう思いながら、薬品の在庫確認の書類をカラフルなボックスから取り出して、再び仕事を再開した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◇◆◇◆
「髪を切ったのか?」
そう訪ねてきた時、王子はお土産で持ってきていたリンゴを剥いている最中だった。
二三会話をして席に着いた王子は颯爽にリンゴを剥き始めていたのだ。そんな王子を訝(いぶか)しげな眼差しをする訳も無く、高校生になってもまだお見舞いに来る世話焼きの息子を微笑みながら言葉を漏らすのは、白馬家に嫁いだ白馬愛馬(はくば・まなま)だった。
容姿は完全にオオカミさんこと大神涼子を大人にしたような体型で、唯一異なっていたのが幸か不幸か胸であり、実に豊満だった。顔立ちも小皺など見当たり無く、高校生の息子を持っている母親にしては若すぎていた。
身体的病気を抱えている、という訳では無く。精神的な病気でこの寓和病院に入院している。
「うん、さっぱりしたろ?」
王子は笑顔でそう答えれば、母・愛馬も一緒に微笑む。
日常会話的におかしいという訳では無く、傷心に因(よ)る精神的な病気だった。
心が脆くなっているのだ。
白馬愛馬のような容姿、それがある意味、大神涼子を欲した最大の理由だったのかもしれない。
マザコンという訳じゃない。
ただ、似ていたから。
嘘という毛皮を被っている所と容姿が似ていたからの理由で欲したのかもしれない。
どんな手を使ってでも。
「あぁ、前のも良かったが、こっちの子馬も良いかもしれない」
そう言いながら愛馬は王子の髪に手を伸ばす。
愛馬は王子を【子馬】と呼ぶ癖がある。これは父親と共に幼い頃に付けられた愛称のようなものだった。成長につれ馬鹿にされてるんじゃないか? と思った時も当然あったが、今じゃ然程気にしない。
寧ろ少し嬉しい気持ちだ。
王子は手を伸ばしてくる母親に綺麗に短くなった金髪を触らせる。
とても優しく、温かく、慈愛のある手であった。
失いたくない。
王子は剥き終えたリンゴを置いて、母の手を自らの手で掴む。
「母さん、こんな頭になった理由・・・・聞かないのかい?」
包み込むように愛馬の手を握ると、指を曲げて力無い握力で王子の手を握り返す。
「話したいなら聞くぞ?」
本当に病気なんてしてるのか、と思う程に男らしい言い方で返してきた愛馬に王子は苦笑する。
話せば聞いてくれると言ってくれている母に、王子は御伽学園で、御伽銀行と大神涼子についてまで話したのだ、包み隠さず全部。
全てを話し終えた王子は恐る恐る愛馬の顔色を窺うと、少し考え込みながらもしっかりと王子の手を握ったまま、次第に口を開いていく。
「その子・・・・大神涼子さんにはちゃんと謝ったのか?」
ああ、と返事する王子。
「誠意を込めて、謝ったか?」
・・・ハイ、と力強く王子は頷いてみせる。
「・・・・何故そんな事をしたのか、何てことをお前は仕出かしたんだ、とか、そんな事を糾弾するつもりは微塵も無い。それは、犯行した理由を私は・・・理解しているかもしれないからだ」
少し肩を震わす母に王子は心臓を鷲掴みされる思いに駆られた。
「・・・・・・・・その理由は、・・・・・・・・“私”だろ?」
ビクッッ!!! と王子は一気に鼓動が激しくなる衝動を必死に抑えようとし、笑顔で愛馬に『違うよ?』と安心して答えねばならい事を脳内で走らせていた王子だったが、親は子に遅れを取る事も無く、愛馬は目から雫を溢して言った。
「・・・・そう、なんだな」
「ち、違うよ!」
しまった、と内心王子は舌打ちを鳴らす。
これでは肯定すると自分で言ったような反応だ。
何故気付いた? と王子が焦りながら考えて、ふと自分の手を見れば、
(───ッ!!──しまった!)
愛馬は王子の手を握っている。つまり王子が焦ったことにより生じた手汗と、心臓の鼓動が激しくなれば規則的に収縮して血液が押し出されていた動脈に、激しく伝わる脈拍で嘘を見抜いた愛馬だったのだ。
「私が、弱いから・・・・・王子を」
「違うッ!」
ガバッ!! と立ち上がった王子は愛馬を抱き寄せた。
「違うよ母さん、違うんだ。これは僕自身が傲慢で強欲に成り下がっていた自分の所業だ。母さんは関係してないんだ」
「・・・ぁうぅ、あぁ、違うだろ王子、私が、私が『白馬家』でしっかりとしていればお前はそうならなかった、私がお義父様(とうさま)の言う通りにしていればお前は────」
「何で? 違うよ、母さん。お祖父様(じいさま)は母さんに期待しているんだ。だから寓和病院でももっとも設備に充実な部屋で─────」
「違わないッッ!!!」
グシィッッ!! と王子の背中が鉤爪で引き裂かれるような激痛が走る。
愛馬が叫びに似た声で王子の背中を爪を立てるようにして握り締めていたのだ。
「違わない!!! お義父様は私に期待なんてする筈が無いんだ! いつもいつも目を合わせる度に『雑種』『売女』『駄馬』と罵られ、同じ家に居るだけでお義父様は私を恫喝してきていた!!! “あの人”が!!! “あの人”さえ生きていれば私はこんなッ!! こんなッ!!」
「母さんッッ!!!」
発狂したかのように愛馬は大量に涙を流して吐き叫ぶ。
ガタァングォン!! とベッドを揺らして王子から離れようと両手を滅裂になるほどに振るう。痛さなど感じられないほどに色んな箇所にその華奢な両手を無造作にぶつけ、叩き、弾き、掴む。
女性とは思えぬ力で王子を突き離す。
「ぁいあぁぁぁあああああ!!! いぁやぁあああああああああああああああ!!!」
「うぐぅッッ!!!」
最早言葉さえ発することを捨て、内側から消えることの無い黒く暗い感情を愛馬はただ吐き出すようにするしかない状況に、王子はなんとか落ち着かせようとするが、愛馬の意識ない手で瞼越しだが目を容赦無く叩かれる。
愛馬を抑え、ナースコールのボタンを押し、看護婦と医師が来るまで、王子は発狂する母を、唇を噛み絞めながら待つしか出来なかった。
※
父が死んだのは小学校に上がるか上がらないかの境目だった。
父を愛してやまなかった母は、喪失感と絶望感、そして“責任感”の鬩(せめ)ぎ合いで精神を病んでしまったのだ。
父という存在が母の拠り所だったのだ、家にあるのは嫁として嫁いだ責任感。『白馬家』として恥ずかしくない者として、義父・汪馬の言うことは何でも聞いていた。
だが如何せん義父・汪馬は義理の娘・愛馬を“雑種”としか視ていなかった。
気品・言葉遣い・動作。全てを汪馬は愛馬に叩き込むように命じてきた。
雑種なりに『白馬家』としての教育という名の躾。
愛馬も息子である王子の為、息子の為だけに人間としての、女性としての、プライド全てを捧げてきた。
だが、汪馬は一切合切の期待など愛馬に持たず、二人の息子である王子に目を向けた。
まだそれは母親として嬉しいことだったと言えるが、ここでもう精神を蝕む勢いが着いたと言っても過言じゃなかった。
王子が中学校に上がった時、母は床に伏せるようになった。
原因はやはり、祖父・汪馬だった。
一人息子が死んだのはお前のせいだ! と日々糾弾され続け。愛する夫が死んだのは自分のせいなんだ、と汪馬に誘導されるよう己を責めるようになった母は、とうとう床から起き上がることが出来なくなってしまったのだ。
そうなってしまえば汪馬は払い箱のように【寓和病院】に愛馬を入院させ、あとは何も無干渉のまま年月が経ってしまった。
見舞いに行く王子だが、何かと自分が行なった悪い行為は『私のせいだ』と愛馬はまるで独り言のように呟いたと思えば、次は決まって発狂だった。
中学生ながらも王子は、母の気が狂う姿に、絶望的な感情と、悲嘆と怠(だる)さに陥るようになった。
※
「鎮静剤で落ち着かせましたが、余り無茶をさせないでください。白馬さんの異常興奮を取り除く際に何かしら大脳に負担が掛かってしまいますので」
「・・・・すみません」
愛馬が居る病室から出て、廊下を突っ切った先にある広間で、愛馬の担当医師である先生に王子は頭を下げて謝っていた。
医師も頭を上げるよう促し、
「点滴注射で睡眠鎮静剤を投与していますので、部屋ではお静かにお願いしますね」
「・・・・・何から何までありがとうございます」
いえいえ、と医師はそこまで言うと、忙しいのか次の患者の所に向かった。
医師の背中が見えなくなった頃、広間に置かれた長椅子に腰を下ろして手を額に当てた。
チカチカと近くにあった自動販売機に電気が点灯しはじめ、少し暗くなっていた広間に光が差す。
祖父には嘶(な)かせると誓った王子だったが、早くも誓いが脆く砕け散りそうになっていた。
母がああなると分かっていたじゃないか、分かっていたのに話してしまった。
少しでも自分の弱みを見せれば母はそれを自分のせいだ、と決めつけ、最後己を責め呵責する。
「僕が、変わらなきゃ、いけないんだ」
それは小さくも、確りとした言葉だった。
王子は額に手を当てていた掌を握り締め、拳に色々な決意、思い、失意、誓いを包み込むと、頭を上げた。
「そうだと思わないか、“黒軋ガウェイン”くん」
頭を上げた先には、漆黒の衣を纏ったかようなコートに身を包み、黒縁メガネから見える瞳から王子をとう見ているのか想像しようとすると、すぐに意味など無いと霧散させ、立ち上がる。
「どうやってこの寓和病院に?」
「意外と、いや、やはりと言うか貴方は良い意味も悪い意味でも有名なんですよ」
「・・・・そうだね、正しくその通りだ。僕の屋敷から乗車する車まできっと御伽花市に住んでいる人たちは分かっているだろうな」
「それだけじゃ無い。モルドレットにも協力してもらった」
「・・・そうかい、まぁモルドレットと仲が良かったらしいよね、君は」
だから寓和病院(ここ)だと一番最初に来れたのか、と御伽銀行地上店と会った時間からこの病院に着いた時間を繋ぎ合わせて計算したらしく、王子は納得したような顔で自動販売機の前立ち、結構メジャーな缶コーヒーを二本買った。
よくテレビのCMなどで見たことのある缶コーヒーだった。
「飲むかい? と言ってももう買っちゃったんだけどね」
笑みを浮かばせて、王子は缶コーヒーをガウェインに手渡す。ガウェインも『ありがとうございます』と下手に断るより誠意を持って有り難く貰うことにしたらしい。
「苦いね、最近缶コーヒーなんて飲まなかったからなぁ」
「・・・・美味しいですよ」
ガウェインは缶コーヒーを一口飲むと、すぐ王子と真正面に立った。
「すみません、率直に言いますが、貴方がこの病院に入る所からもう居ました」
「ぶっ・・・!」
思わず含んでいたコーヒーを吐き飛ばしそうになったが、なんとか堪(こら)えた。
まさか病院に入る時点で既に居たなんてなぁ、王子はまだ残っている微量な重さを残す缶コーヒーを揺らして、ガウェインを見た。
「そして、俺だけじゃ無いです」
相変わらず表情を変えずに喋るガウェインを見て、僅かながら申し訳無さそうな雰囲気を醸し出しているのには気付いた王子。
「・・・・御伽銀行の、確か今は二年生の宇佐見くんと一年生の竜宮くんとで何かあったみたいで忙しいと聞いたんだけど」
「そのようです」
「と、すると・・・・・“あの手”の作業が苦手な人。うん、大神くんに亮士くんは確実に居そうだね」
“あの手”の作業と口走った王子は、意外と抜け目なく御伽銀行の事情を知っていたことに不思議に思ったガウェインだったが、一緒に来た人を言い当てたことに驚いていた。
「驚きました」
「え、いや、驚いてるのかい? かなり無表情だよ?」
はい驚いています、と答えて先ほど飲み干した缶コーヒーを空き缶入れのゴミ箱に入れる。
「涼子と亮士、あとおつう・・・鶴ヶ谷も居ます」
「あぁ、あのメイドさんか。意外だな」
何故です? と質問すれば、王子はやはりまだ苦味に慣れず残った缶コーヒーを見つめながら言う。
「あの子も意外と黒いものを持っている感じがしたんだけどな」
黒いもの、という言葉に反応するガウェイン。その反応を見た王子は慌てて言い変える。
「あぁ! 違うよ? ただ彼女の中にも何か黒い靄のようなものがあるんじゃないのかな、と僕が勝手に思っただけだから実際どうなのかは僕も分からないさ」
「・・・・・何故おつうに感じたのですか?」
そう言った王子は、何処か沈んだ表情で呟く。
「ああ、僕の間近にさ、居るんだ。真っ黒に染め上がった靄じゃなく、くっきりとした雨。まぁ例えだよ?」
意を決して缶コーヒーを飲み干して、王子も空き缶を捨てて、外が暗くなってきた窓に顔を向ける。
「だから、かな。敏感になっちゃったんだ。人の“黒さ”を」
王子の祖父、白馬汪馬が憎き荒神洋燈にどれだけ憎げ言を吐いてきたか。その憎しみを糧にどれだけ社会的スレスレな仕事をしてきたか目の前で、幼い頃から見てきてしまったのだ。
そして母、白馬愛馬の発狂。祖父や『白馬家』の重圧に圧し潰されそうになり、互いに支え合おうと誓い結婚した夫の突然の【死】に、母は狂(ふ)れた意識でも懸命に王子を育ててきた愛馬。だが、懸命になって王子を育てようとした母が発狂する姿は小さかった王子にとって、いとも簡単に精神を蝕(むしば)むのには最適過ぎていた。
ある意味弱さから現れた“黒さ”だった。
皮肉にも『白馬』というのに、真っ白で純白な心なんて綺麗なモノは持っていない。黒さを隠す白。黒を覆う白。
「そして、そうした黒さを見つけられたのは・・・・僕も黒かったからだ」
ギュッと拳を握り締め、鬼ヶ島高校の連中と人脈を築き上げ、襲わせるように命令し、その襲われた大神を助け、鬼ヶ島高校の連中を利用した挙句に大神涼子を惚れさせようとした。
(情けないっ! 自分が嫌で嫌で仕方無かった“黒さ”を! 僕は何も躊躇無しにやって遂げてきた!)
過去の自分を、王子は殴り殺したい衝動に駆り出しそうになる。
しかもその所業を祖父は知っていた。仕舞いにはやり方が温(ぬる)いとまで王子に言ってきたのだ。
フルフルと腕から肩まで震え出し、憤怒(ふんぬ)の火山が噴火しそうになったがすぐに悲嘆の雨で鎮火していく。
そう、悲しみと嘆きしかない。
気持ち悪いほど気分が下がり、気分も悪くなってくるほど自己嫌悪に陥りそうになった王子だった。
王子は頭を押さえ、ガウェインにこの事を誰にも言わないでくれ、と口約束をしようと開口する直前、
「じゃあ貴方はその黒さに“負けた”のですね」
「・・・・・なに・・・?」
今何と・・・・言った?
「貴方はその“黒さ”に抵抗したのですか?」
王子は振り向き、ガウェインの顔を覗き込む。
やはり普通の無表情顔だった。だが、何処かその口から出てくる言葉に意思が滲み込んでいるのに気付く。
「その頭髪は? その意思は? その謝罪は? その自己嫌悪は? 全て“黒さ”から出た行為ですか?」
───違う。
「謝罪する意思さえ見せれば関係無いだろう、学園の連中も『自分は反省しています』という謝罪姿勢を見せれば見る目も変わる。・・・確かにこれは“黒さ”から来る行為ですね、微塵に反省していない」
──違うッ。
「涼子の方も簡単に赦して貰えた、だからもう後は少しだけ良い子を演じていれば問題無く終わる。なるほど、これは黒々と白々しい、正しく今の『白馬家』そのものを体現したような行為です」
─違うッ!
「結局、貴方は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・“黒い”んじゃないですか?」
「違うッッ!!!」
ガシッ!! とガウェインの胸ぐらを掴み、普段の王子のにこやかフェイスなど捨てて、笑顔を無くした怒りの顔だけで叫ぶ王子。
「違うッッ!!! 負けてなどいない! 僕は絶対に“黒”に染まってなんていない!」
あんな祖父みたいに!
「『白馬家』は! 純白な意思を持つ気高き白馬なんだ! 僕までが黒くなってしまっては・・・・母さん一人だけになってしまう!」
狂(ふ)れた母だが、発狂する以前は、綺麗な純白さで優しいくも強かった母・愛馬だったのだ。
「僕が変えるんだ!! 僕の代で『白馬家』を『真の白馬家』にしてみせる!!」
王子は思わず口に出してしまう。
そうだ、そうだったんだ。と王子は自分が口走った言葉で、自分が探していた答えを見つけてしまったのだ。
王子はガウェインの胸ぐらを掴んだまま思い耽(ふけ)る。
(そう・・・だ。そうだ、簡単な話だ。あ、いや、簡単じゃないが、十分過ぎる『可能性』じゃないか!)
父亡き今、『白馬家』の当主は実質的、祖父である白馬汪馬だ。
その汪馬から当主の座を奪えば、何もかも、もう何もかも言わせないことが出来る。
余りにも威風堂々たる汪馬の存在が強大過ぎて気付かなかった。
「実は端から見れば簡単にその答えが浮かんでいたんだ」
そこでガウェインが口を開くと、王子もすぐに胸ぐらから手を離し、慌て始めた。
「貴方が家長になれば良い」
「・・・・君は・・・・」
一体、何故そのことを僕に? そう続けようとした王子だったが、ガウェインは何も無かったかのように王子に礼一つすると、エレベーターの方にへと向かう。
「あ、ちょっと!」
「余り病院で騒がないようにしないといけませんね。すみません、俺から嗾(けし)かけといて、それでは」
そう言ってガウェインはスタスタ! と王子を背にエレベーターへと向かう。当然、王子も後から追うとすると、
「「「あっ」」」
「あっ」
白く長い廊下から、三人の男女と鉢合わせとなる。
「涼子、亮士、おつう。済まない。時間を掛けすぎたな」
ガウェインは『済まない』と謝っている中、『いえいえ、構いませんよ』と鶴ヶ谷が相変わらずにこやかな笑顔を向けられながら、大神と亮士は困惑していた。
「(あれぇーー! 見つかって良かったのかこれ!?)」
「(いやいやっ! ヤバいっスよ!)」
大神と亮士がコソコソと二人で話していると、ふとある病室のドアが空いてあるのに気付いた。
空いてて良いのか? と大神がドアを閉めようと取っ手に掴もうとした瞬間だった。
「ありがとう、大神くん」
そう言って王子が代わりにその病室のドアに閉める。ふと大神は病室プレートに目を向けると、
「白馬、愛馬(あいば)?」
「・・・あー」
王子は病室プレートに名前が書かれてあるのを完全に忘れていた。
「はぁ、個人情報保護の為に最近のネームプレートには配慮された形になってるけど、寓和病院のはもう少し改良して欲しいな」
カチャリ、と普段は情報保護として隠してあるプレートに、透明アクリルプレートを上にスライドさせることで確認出来るプレートを王子は自然と元に直す。面会時だけに名前を確認する為のプレートが上がっていたので名前が分かってしまったのだ。
「残念だけど、愛馬(あいば)じゃなくて愛馬(まなま)と読むんだ」
小さな笑みで王子が言うと、大神は苗字が気掛かりで聞くか聞くまいかと戸惑っていると、
「大神くんが思っている通り、僕の親族さ」
王子が笑ってみせるが、何処か哀しみに満ちているのが充分に伝わった。
「僕の、母親だ」
「・・・・えっ?」
「中学校辺りでかな、少し・・・・・病気でね」
王子はドアを閉めた向こうで、一人だけでベッドに居る母親の姿を思い出し、大神たちを見る。
「今日僕が君たちに会いに行ったことで、様変わりした自分をどうしてこうなったのか、探りにきた・・・って所かな? 目的は果たされたかい?」
王子は今までの嘘の笑顔を向けず、真剣な顔で大神たちを見て聞いた。
「あぁ・・・・いや、その、探るっつーか、なんつーか・・・・・その」
大神はまさか王子の母親が入院してるなんて思っていなかったのか、勝手に王子のプライベートを覗き込んでしまった罪悪感で少し返答を濁してしう。亮士も大神と同じくだが、真剣な眼差しも受けているので単に動けなくなっているだけだった。鶴ヶ谷に対しては“病院”は余り良い印象が無く、大切な人が亡くなってしまった思い出から最初から気分が下がっていた。
三人が俯きそうになっていたのを見計らい、ガウェインが代表として答える。
「勝手なのは理解しながらやりました。ですが、やはり気になってしまい伺った次第です。そして答えはイエス。果たされました」
うぉ~行っちゃったよ騎士先輩、と後輩二人が王子の反応を伺っていると、王子が肩から震えているのに気付いた。
(やべっ! やっぱり怒るか!?)
(ヒ、ヒィ! 怒られるっス!)
素直に王子の怒りを受け止めよう、相手が怒ってしまうほどのことをしたのだから。
そう思いながら王子の叱責を快く受けようとした大神たちであったが、
「アッハッハッ!!」
「「えっ?」」
まさかの叱責じゃなく、笑いだった。
「アッハッハッ! はぁはぁ~・・・あぁ~本当に君たちは眩しいくらい誠実に生きているなぁ。ああ、本当に眩しいよ」
付いて来れない状況に、大神たちが首を傾げてしまっていると、ガウェインは不思議そうに、だがやはり無表情のまま王子に尋ねる。
「眩しいのか?」
「あぁ、眩しいね。でも、懐かしい感覚だ」
純粋で、純白で、綺麗な心だ。王子(じぶん)も昔がそうだったように。
「ありがとう」
王子の感謝の言葉に戸惑う二人。
王子の変わり様に喜ぶメイド。
王子の覚悟に興味を示す騎士。
王子の覚悟を感じたオオカミさんたちご一行は、それを深く記憶に刻み、再び兎と亀の争いに身を投じることになった。