騎士と魔女と御伽之話   作:十握剣

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第12話「雷魚の哀苦」

ボロボロになった娘。

 

 

海淵咲奈(かいえん・サカナ)、それが雷魚の娘の名だった。

 

咲奈(サカナ)は雷魚の唯一の『家族』だった。

咲奈は雷魚を大変なついており、いつも雷魚の側でテクテクと歩いて近寄ったり、手を握ったして不器用な雷魚を困らせたりしていた年頃だった。

 

そして、銃に撃たれた時の咲奈の年齢は僅か17歳、これから人生というものを経験していく始めだった娘の命が断たれた瞬間、本当の娘じゃない義理の娘を親愛していた雷魚は“壊れた”のだ。

 

 

青空────いや違う。

 

 

アレは灰色の空だ。

 

 

 

花畑────いや違う。

 

 

 

色褪せない灰色の花草原。

 

 

人顔─────嗚呼。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

壊したくなる────。

 

 

 

 

 

 

雷魚はとことん復讐を越え、『徹底破壊』を志す。

 

目に見えるクソッ垂れなゴミ共を殺す。

目の前歩いて奴を殺す。

極道者はなりふり構わず潰し殺す。

マフィアは刻み殺す。

 

 

 

 

殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。

 

 

 

 

 

 

 

頭の中にはそれしか入って来ない。

 

 

 

雷魚は我が身を削るように潰してきた。

 

 

 

そして潰して来た中で、女を道具のような扱いをする上流貴族のような奴みたいなゴミを殺し掃除した日、雷魚を見て物怖じしない女性が現れた。

 

 

 

その女性は絶世の美女と言われてもおかしく無い程綺麗だった。

あの雷魚も一時、殺人衝動が麻痺したがすぐに殺し掛かろうとした。

女性は何の抵抗も無しに雷魚の血塗られた手で首を締められる。雷魚の化物並の握力で喉を潰そうとしたのだが、殺さなかった。

 

 

女性は優しい顔で雷魚の頬に手を添えて、そして“手を握ってくれた”のだ。

 

 

娘の温かく柔らかい手のように、女性特有の柔らかな優しく温かい手が雷魚の血塗られた手を止めたのだ。

 

 

雷魚はそこでやっと娘の死を受け入れたのだ。

雷魚は泣き崩れるようにその女性の胸で泣き叫んだ。

 

雷魚の慟哭に女性は優しく、温かく包み込んでくれる。

 

 

それが荒れ狂った化け魚と海の美しき姫との出会いだった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴガァンッ!!

 

 

竜宮グループが運営しているホテルの横では人体では予想の出来ない動きで戦っている二人が居た。

 

 

「はぁ〜────」

 

 

ヒュンッと弾丸の如き速さの打撃を放つ極潰しの海淵雷魚、そしてそれを受け流している。

 

 

「───っがッッ!!」

 

もとい受けを徹底にして攻撃を向ける形で戦うのは御伽学園高等部二年の黒軋(くろきし)ガウェインの姿があった。

 

「固ぇな、黒軋」

 

スバンッとパンチを尽かさず繰り出す雷魚にガウェインは顔面に受ける。

 

ガシッ

 

「あん?」

 

「頭突きだ」

 

ガツァン! と雷魚の脳を震動させる。

 

「───がッ!」

 

雷魚の頭に思いきり頭突きを食らわせたガウェインはすぐに後方に下がる。決してこちらから攻撃はせずに受けを待つ。

 

雷魚は頭突かれた額を押さえながら、血管がブチ切れそうになる程浮き上がりガウェインを睨む。

 

「く、くく・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・?・・・」

 

「くくくく、かかかかぁぁ!!」

 

まるで何かに取り憑かれたように雷魚は高笑いを仕始める。そして、

 

 

「─────ッ!」

 

 

ツカッと一瞬にしてガウェインの懐に入り、そして勢いを乗せた一撃がガウェインの溝に入る。

グシャアッと音を立てて吹き飛ばした雷魚はガシッとガウェインの黒髪を掴むと毟(むし)り取るような勢いで引き寄せる。引き寄せた瞬間に左膝をガウェインの顔面に打ち付ける。

顔面に入った瞬間に骨が砕けた音がしたと思いきや雷魚はすぐにガウェインの横顔を手刀で払った。

 

普通の人間ならば死んでもおかしくないコンボなのだがガウェインは耐え込んでそして、再びガシッと雷魚の手刀を受け取り腹部にパンチを放つ。

 

「温(ぬり)いンだよ!!」

 

だが雷魚は苦しむ顔を見せる所か笑いながら拳をガウェインの顔面に打ち込む。

そして、殴り込まれた額から血が流れるガウェイン。

 

「騎士(ナイト)気取りもいい加減にしろよ、黒軋ィ!!」

 

雷魚はそのまま掌でガウェインの腹部を双打する。ガウェインは衝撃を受け後方に吹っ飛ばされる。そして雷魚はすぐに疾駆して吹っ飛んだガウェインの、“飛んでいるガウェインの足”を掴んでまた強烈なパンチを繰り出す。

ズダァンッ! とガウェインは固い地面に打ち付けられた。

 

 

だが攻撃していた雷魚がふと何かに気付いた。

 

「黒軋・・・・・・・・・・てめぇ何で急に反撃してこない」

 

 

そう、ガウェインは確かに雷魚の攻撃を受けてから必ず反撃はしていたのだ、それなのに急にガウェインは攻撃してこなくなった。

 

 

雷魚がそう訪ねるが土煙でガウェインの姿が確認できない、雷魚は仕方ないように返答を待たずに帰ろうとするが、

 

「・・・・・?」

 

ガシッと雷魚の足首を掴んだのはガウェインだった。

 

「チッ、まだ死んでねぇのか」

 

完全に殺る気モードになっていた雷魚は生きていたガウェインを面倒臭そうな顔で見た。

とどめをさそうともう片方の足でガウェインの頭を潰そうとした瞬間。

 

スバッと力強くガウェインは雷魚の足を引き寄せ、そして一気に放り投げる。

 

グゥワン! と軽く重力を無視するような勢いで雷魚は吹き飛ばされる。

 

(こォのクソ力野郎がッ!!)

 

そして流石の雷魚でも空中では為す術も無く塀にグシャアッとぶつかる。

 

そして暗黙が間を占め、そして互い同時に立ち上がる。

 

ガウェインは頭から血を流しながらも平然と歩み雷魚に近付こうとする。もちろん雷魚はそんな事を許す筈も無いのだが、何故か雷魚は突っ立っているだけで後は煙で見えない。

ガウェインは雷魚の一歩前まで近寄る、またあの強烈なパンチを食らえば内蔵やらグチャグチャになってもおかしくは無いのにガウェインは恐怖せずに近寄った。

 

 

「・・・・・・・・・・・・何で俺がお前に反撃してこなかったと思う」

 

「・・・・・・・・・・・・・・」

 

「・・・お前、自分の目を触ってみろよ」

 

もちろんそれに応える筈も無い雷魚は拳を振り上げ、勢い良くガウェインの右頬に殴りつけようとした、だがガウェインは雷魚の拳を呆気なく掴み受け止めた。

 

 

「教えてやるよ、・・・・・アンタはもう昔のアンタじゃなかったんだ。もうアンタは自分を見つけた。もう自分を傷つけて無いのが分かったからオレは急に反撃が出来なくなったんだ」

 

力強く押し込んでいる雷魚の拳が震える。ガウェインはそれを全て受け入れる。

 

「アンタは、もう人の為に・・・・あの乙姫(こ)の為に泣ける『人間』になってたんだよ」

 

 

 

そして漸(ようや)く雷魚はガウェインが何を言っているのかを気付いた。雷魚はガウェインに向けていた拳を引き、そして己の目から真下にある頬を触る、すると“あの日”から決して流さなかった『涙』が流れていたのだ。

 

ガウェインは自分でも何故この雷魚(おとこ)をそんな事を言ったのか分からなかった。

 

だがガウェインは確かに、昔の雷魚とは何か違うのに気付いたのかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな莫大なバトルが行われていたのに気付かないで竜宮グループが運営しているホテルの中にへと突き進む男女二人組も黒服の人たちと戦ったり、そして余りにも恥ずかしさに鬼気迫る気迫をぶっ放すオオカミさんこと大神涼子の『睨み』でビビりまくったりする黒服たちと会ったりして今は最上階の扉。

 

 

「・・・・・・・・・・・・涼子さん、あ、あの、何でそんなにキレてるんスか?」

 

「うるせぇ!」

 

ボカッと亮士の頭を殴る大神、亮士にはまだ乙女の気持ちが分からないらしい。

 

最上階は下の階とは売って変わって作りが違ったりしていた。そして違うと言えば扉の前に立ち塞がる黒服を着た少女二人組が立ち構えている“だけ”だった。

 

「そこの長髪の方、またお会いしましたね。同じ憎むべき対象が一緒の」

 

その黒服を着ていた少女の一人は浦島をかなり憎んでいる青髪ポニーテールと凛々しい顔つきが特徴の少女。

 

「逆に意識し過ぎになんじゃナイのー? キャハハ♪」

 

そして少女、と言って良いのか分からない程幼い体型をして黒服をブカブカしている女の子はケラケラと笑いながら同僚の少女をからかう。

 

「青海イルカ(あおうみ・イルカ)と申します、名前の漢字は鯆(イルカ)と夏で『鯆夏』書きます」

 

「荒波美鮫(あらなみ・ミサメ)だよ〜♪ そう海に豚って書いて海豚(イルカ)って言うんだもんねぇー」

 

「そ、そっちの漢字では無い! さかなへんの方の鯆(イルカ)だっ!」

 

「正直どーでも良いー♪」

 

 

きききき貴様ァ! と勝手に仲間内で喧嘩を仕始めるイルカと美鮫。

そんな二人を見ていた亮士は不思議そうな顔で見ていた。

 

「な、何で俺たちと同じくらいの年齢の人たちがこんな場所で黒服を着てるっスか?」

 

最もな意見なのだが大神の耳には入って来なかった。今目の前に居る少女から目が話せないで居たのだ。

 

「(間違い無く、イルカって奴は強い。もう片方の方が分からねぇが絶対に油断しない方が良い、騎士先輩から教えだ)」

 

大神は言い争っている(片方がからかわれている)二人が見てない隙にねこねこナックルを装着させた。

だが見向きもしていなかった青髪ポニーテールのイルカは実に平然と口が開く。

 

「そんなふざけたグローブでなんとか出来るとでも?」

 

「──────っ!?」

 

本当に突然だった。

正しく自然体のままでイルカがそう答えたのだ。大神はすぐにイルカを見ると正面から大神と亮士を見据える。

 

 

──なんて堂々しく立派なのだろうか。

 

 

大神は同じ女として見惚れた。男には無い気品がありしも荒々しい気迫、綺麗で隙が無い構えと瞳。あんなにも凛々しくなれるのかと聞きたくなる程に青海イルカは凛々しく綺麗に映っていたのだ。

 

「なんの理由で竜宮グループに突っかかるか存じ知りませんが、お嬢様の邪魔立ては許しません、許す訳にはいきません」

 

そして黒服のポケットから黒い手袋を取り出して手にはめるイルカ。

 

「・・・・オレと戦うのか?」

 

「貴女以外に誰と? まさかそこの貧弱そうな男と戦わせるのですか? 視線に臆する時点で勝負は目に見えています」

 

ギュッと黒手袋をはめたイルカは力強く握り拳を作り構える。美鮫は横で微笑んでいるだけだ。

 

「・・・・・いきます」

 

そうイルカが答えると床下を蹴るように大神の目前に駆ける。

そして黒い線が伸びるように大神にパンチを繰り出すイルカ。だが、

 

「律義に忠告してから迫るって、待ち構えるのに十分だ!」

 

「・・・・防いだのですか」

 

大神は直球に迫ってきたイルカのパンチをねこねこナックルで防いだのだ。まさか塞がれるとは思わなかったイルカに数秒の隙が生む。

 

「オラァッ!」

 

「・・・んっ!?」

 

大神は尽かさず強烈なパンチをイルカに繰り出す、イルカも素早い反応で防いだ。

 

ザッと距離を置いた二人。

 

「大した反応速度ですね?」

 

「はっ、そっちもな!」

 

 

 

 

そして少し離れた場所で見ていた亮士。

 

嗚呼、なんか次元が違くね?的に呆然と見ていると横から美鮫が近寄って来た。

当然亮士はビビりまくるのだが、

 

「対人恐怖症と視線恐怖症ねー、それは本当に大変だねアハハハ♪」

 

美鮫は笑いながらそう言って亮士を直視しないように語りかける。

 

「対人恐怖症は近くに人が居たり話し掛けたりされるのが怖いんだよねぇ、ごめんねごめんね。でも人間的にはやっぱり言葉というモノが一番相手に効率良く極簡単に伝わる方法なんだと思うんだー♪」

 

 

「は、はぁ」

 

あどけない亮士の返答に美鮫は笑いながら進める。

 

「そっちに確か、黒軋ガウェイン、とか変わった名前を持った先輩居なかったー?」

 

「い、居ますけど・・・・・それがどうしたっスか?」

 

 

「今この竜宮城(ホテル)の近くの空き地で激闘繰り広げてるよぉ♪ キャハハハ、あの署長と戦ってまだ生きてるってあの人も化物だねぇ」

 

 

亮士はこの場面で同じ寮暮らしの良き先輩、ガウェインが出るとは思わなかった。だから純粋に亮士はビクビクしながらも美鮫に向き合った。

 

美鮫の顔、可愛い顔をしていた。だが何処か影のある表情で一体何を感じて、何を思って言葉を吐いているのか分からない顔をしていた。

 

だから亮士は一度一瞬にして“ある意味違う恐怖”が胸を横切った。

 

 

「さーてと、そろそろお嬢様も戻って来そうだし止めに入るかなー♪ そっちはあのスケ番さんを止めてあげてー」

 

美鮫は幼なながらの笑みでバトルしまくっているイルカと大神を止めに入った。亮士は少し訳が分からない状態だったがすぐに指示を従った。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

警察沙汰にならなかったのが本当に幸いだった。

 

 

水色の髪が珍しい黒服少女、海月(くらげ)は遠くからそう思って雷魚とガウェインの戦いを見ていた。

 

 

「なかなか倒れんのじゃのう、あの少年は」

 

見慣れている感じで呟いたのは海月の隣で堂々と立っているのは巨漢であり何処か古みのある顔をした鯨良(くじら)だった。

 

「ら、雷魚さんはッ!」

 

「ん・・・・?」

 

「ら、雷魚さんは何であんな、あんなボロボロになるまでに頑張るんですか!? 私は雷魚さんの過去を知りません、何かしらの過去でああなったのは私も深く理解しています! ・・・・・・・・・・私もそうだったように・・・・」

 

「・・・・海月」

 

「でも高校生を止める為にバズーカやら爆破やらって、絶対に違います、間違ってます!」

 

雷魚の今回の行いに疑問を持っていた海月、海月は隠す事の無いように鯨良にそう言った。鯨良は哀しい顔になってポンっと海月の方に手を置いた。

 

「儂もちっとしか聞いとらん、署長があんなに大々的にやるとは思わんかった。じゃがのう、恐らく儂らじゃ理解出来んのかもしれんのう、あの人は深い、深い、深淵に居るのじゃからなあ・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

海月は鯨良にそう言われると半ば納得のいかない顔をしていたが直ぐに雷魚とガウェインの戦闘を見た。

 

(じゃが、確かにもうそろそろ時間じゃのう)

 

鯨良は携帯を取り出し、ある人に電話を掛けた。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「きゃーいやー! 助けてー! 犯され・・・・・」

 

 

そんな声を後に無情に閉まるドア、悲鳴が途切れる。

 

 

イルカと大神の戦闘は美鮫の大胆不敵な行いにより終戦させ、亮士も殴られながらも大神を止めた。

そして止め終えた瞬間に竜宮乙姫が到着し、奥の部屋にへとダッシュ&ダイビングし浦島とやっとの再会。

助けを懇願する浦島を睨む付け殴り行きたくなる大神を亮士が抑えていると艶っぽい女性の声が聞こえると思えば竜宮グループの社長である乙姫の母、竜宮姫子が立っていたのだ。

 

乙姫に年齢と色っぽさを足したような美人さんで、とてもじゃないが三十歳を越えているようには見えなかった。

 

その姫子は互いを愛し始めようとする娘を後にして大神と亮士を別室に連れて行き、イルカや美鮫、そして黒服の人たちがお茶の用意を出してくれた。

 

「あなた達が太郎ちゃんを匿(かくま)ってたねぇ、道理で見つからない訳よ」

 

「姫子様、角砂糖を持って来ました」

 

「あら、ありがとうイルカ」

 

大神と亮士は紅茶で姫子はコーヒーを飲んでいた。イルカや美鮫はお茶を用意するとすぐに外に出て行った。

 

「結構焦りながら出て行ったけど、何かあったのか?」

 

大神が紅茶を飲みながら姫子に聞く。

 

「そうねぇ、ちょっとね」

 

姫子は艶かしい笑顔を見せながらそう言うと亮士は顔を赤くしていた。それを見た大神は若干不機嫌顔になっていた。

 

 

(・・・・私が止めに入れれば良いのだけど、ね。あの人は)

 

二人に笑顔を見せた姫子だったが内心は不安の気持ちだった。

 

その時だった。

 

 

 

 

 

「どぉれ、儂が赴いてやろうか♪」

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「オラァッ!!」

 

「・・・・くっ!」

 

ドカァッ! と雷魚の突き足がガウェインの溝に入る、だがまたガウェインも突っ込んで来た足の首を掴み引き寄せ殴り落とす。

 

これの繰り返すだけなのだ、だがこの繰り返しだけで空き地だったこの場所はクレーターやらコンクリートの壁などが大破している。

 

「ふぅ、ふぅ・・・・・がはっぁあ!」

 

「もう、止めたらどうだ、雷魚」

 

雷魚は己が攻撃を集中し過ぎで防御をしていないのに気付いていなかったのだ。

当然ガウェインの拳撃が雷魚の身体を攻撃され、ボロボロだ。だがガウェインもそれは同じ、ガウェインは通常の人よりも骨が強くちょっとやそっとじゃ壊れない。だが雷魚から受けるダメージはかなりのもの。

ガウェインの十発のパンチを雷魚は一発で放てるぐらいの実力差があるのだ。

 

だからガウェインも己の体力も限界を迎えるのを感じてはいたが感情を露にしないので相手は分からないだろう。

 

「チィッ! うるせぇんだよテメェはよう」

 

雷魚は相変わらずガウェインを睨みながらも立ち上がる。

 

そしてまた殴り掛かろうとした、だがその時。

 

 

 

 

 

「そこまでじゃ、雷魚よ」

 

 

停止。

 

 

その言葉で雷魚は止まったのだ。

 

 

これまたガウェインは驚いていた、まさか誰かの言葉で雷魚(コイツ)が動きを止めるなんて、と。

 

 

やって来たのは老体とは思えない巨大な体と服越しでも分かる筋肉。そして海に引き摺り込むようなビリビリと海魔(クラーケン)のような威圧感、全てを飲み込んでしまいそうな海凶(リヴァイアサン)の眼光。

 

信じられない。

 

 

こんな人間がいるのかと。

 

この人の前だと化物が小動物に見えても可笑しく無い、と核心を言える、ガウェインはそう思った。

 

「・・・・・海間(かいま)さん」

 

「ちと暴れ過ぎじゃぜ?」

 

海間と呼ばれた老人はゆっくりと、そして重く深く近寄ってくる。

 

「姫(ひい)さんがお呼びじゃ、あそこでお前(めぇ)らを止めに入ろうとした部下から訳を聞いたが、雷魚がワリィぞ」

 

「・・・・・邪魔をされるのが嫌だったので」

 

「ばーか、お前(めぇ)はそれでも署長か? 確りしろやぁ」

 

ドバンッと背を叩かれた雷魚は変な曲がり方をして崩れる。完全にくの字に曲がっていた。

 

「そこの若い者も着いて来い、話は中で聞けば良いじゃろう」

 

そう言って促されたのでガウェインは下手に逆らわずに着いて行った。雷魚はそのまま倒れたままだったが放置。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「姫(ひい)さん、連れて来たぞ」

 

 

ガウェインは怪我しまくりのままホテルの最上階まで上がり、別室でお茶を飲んでくつろいでいた大神と亮士を見て安心するガウェイン。

 

「「騎士先輩ッ!?」」

 

「ガウェインさん!!」

 

大神と亮士、そしてついさっき到着したばかりの赤井林檎もガウェインのボロボロの姿に驚いていた。

三人は先輩であるガウェインに近付こうとしたら、いつの間にか居た竜宮グループの最高責任者である竜宮姫子が長身であるガウェインに抱き着いた。

 

後輩三人組はもちろん驚いていたが、もっと驚いた事に姫子が泣きながら抱いていることだった。

 

「ごめんなさいね、本当にごめんなさい。・・・・・あの人の苦しみを貴方に無理矢理押し付けて」

 

長身なガウェインの胸板に泣きつく姫子は本当に謝罪以上の感情でガウェインに語りかけていた。

 

「あの人は、『自分は壊れている』とか言っているけど、そんな筈が無いわ。壊れていたりしてたら強姦されそうになった私を助け出したりしない。ヤクザの部署を壊し尽くしたりしないの・・・・・・・・・・・・あの人は、とても優しいの」

 

もしこの場に雷魚が居れば必ず『違うッ!』と絶叫するだろうだが生憎とこの場には雷魚は居ない。

 

姫子は人前を気にせずに涙を流して謝っていた。

 

海間も数分は姫子の好きなようにさせたが、姫子を慰めるように頭を撫で落ち着かせた。

 

「すまんのぅ、姫(ひい)さんは昔誘拐されての、誘拐した奴らの目的は竜宮グループの稼いだお金を身代金として要求してきたのじゃ。儂も単独で乗り込めば何とかなったんじゃが・・・何分老いてしまってのぅ、大事な姫さんを傷付けたくなかったんじゃ。じゃが奴らはそれを見通して、のぅ」

 

海間は実の娘のように姫子を抱き寄せた、泣きじゃくる娘を抱っこする父親のように優しく背中を摩る。

 

「姫さんを犯そうとしたのじゃよ、テレビ中継し、全局の面前での」

 

海間は己が握っていた拳から血が滲み流れているのを分からないように、力強く握り締めていた。

 

「じゃが、そこにアイツが乗り込んで行ったのじゃよ」

 

そこで、今まで黙っていたガウェインの口からポツリと出た一言で大神と亮士、りんごは納得する。

 

「海淵雷魚か」

 

コクリ、と海間は頷いた。

 

「そうじゃ、雷魚が乗り込んだお陰で儂らも乱入出来たのじゃ・・・・・・・・・・あ奴のお陰で姫さんも汚されんかった」

 

それからじゃ、と海間は話を続けた。

 

その後に姫子を誘拐したのが《朱鯱(アカシャチ)組》という極道一家がしたものだと判明すると雷魚は単身で《朱鯱組》に乗り込み、全焼させた。

 

 

《朱鯱組》は元は竜宮グループの荒事専門に計らっていた組だったのだが、行動が荒く、勝手に竜宮グループの女たちに手を出したり、金を勝手に使ったりと大変迷惑していたのだが、当時竜宮グループ初めての男社長であった竜宮海神(りゅうぐう・かいじん)は親友であった海間海凶(かいま・みきょう)を雇い入れ、竜宮グループの『荒事専門部署』を設立させた事に《朱鯱組》との契約を切ったのだ。

だがそれを知った《朱鯱組》は竜宮海神の娘である姫子を誘拐し、億単位の身代金を要求してきたのだが、一匹の化け魚に滅ぼされたのだ。

 

だが《朱鯱組》は裏との繋がりが深く、雷魚は何十回、何千回と殺され掛けた。

 

 

だがアイツは死ななかった。

 

 

「外国に行け、と儂が進めたのじゃ。アイツはすぐに外国に行ったのじゃが、さっそく空港でドンパチやりやがってのぅ。マフィア共の目の敵になって日の本に帰って来よったのじゃ」

 

「あ、あの人よく生き残れたな・・・・」

 

姫子も落ち着きを取り戻し、今はゆっくりしている。机に並ばれた紅茶に手を伸ばす暇も無く大神や亮士、りんごは海間の話を真剣に聞いていた。

ガウェインは治療の為に医務室に連れて行かれた。

 

「それからじゃ、アイツを儂の席を譲った」

 

「荒事専門部署の最高責任者である署長、にですのね」

 

「そうじゃ」

 

そして海間は雷魚の補佐をする為に副署長の席に座ったのだ。

 

「まぁアイツは滅法喧嘩強いからのぅ。いろいろと大変じゃったが、掃除するのには便利じゃったわ! がっはっはっは!」

 

 

海間は話を進めて行くと、すぐに誰か来るのに気付いた。

 

「ははは、楽しい笑い声が聞こえてきましたね。乙姫さん」

 

「はい、太郎様ぁ」

 

部屋に入って来たのは真っ白に燃え尽きた浦島とツヤツヤな顔になって浦島の腕に抱き着いている乙姫だった。

 

「・・・・・・・・・・・・そういや居たなコイツ」

 

「あはは、灰になってますの」

 

浦島はニヒルに答える。

 

「ふっ、いろいろ吸い取られましたよ」

 

そのまま浦島は落ち着きを感じさせる優雅な態度で空いていた椅子に座る。もちろん自分が座る前に乙姫用の椅子を引くのを忘れない。

 

「なんかとても紳士的ですのね」

 

「しかも、渋いな」

 

「これはいったいなんなんっスか?」

 

その皆の疑問に海間と姫子に視線が流れる。海間は『がっはっはっは! 相変わらず元気な若造じゃなぁ』と笑っていた。姫子が疑問に答える。

 

「あー、この太郎ちゃんね。性欲とかのよこしまな部分を全部吸い取られちゃったから、本来太郎ちゃんが持ってる素の部分が出てるのよ」

 

「おもしろいじゃろう?」

 

「いや、おもしろいっていうか、気持ち悪い」

 

「ふふっ、ほめても何も出ませんよ、お嬢さん」

 

「ほめてねぇよ」

 

変な浦島になって話している所で海間は姫子に耳打ちして部屋から出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジッとしていて下さい、・・・・・・・・・・署長と戦って無事なんて」

 

 

ここは医務室、そこに上半身を裸にされ、何処か異常が無いかを確認していた。診ているのはイルカなのだが愧鮫と海蛇(かいだ)も居る。

 

「化物だ」

 

「愧鮫さん! そんな言い方どうかと思います!」

 

「そうだぜ兄貴ぃ〜、でもそんな負け犬、あ、いや、負け“鮫”の遠吠えのように食い付く兄貴もカッコ・・・ブガァッッッ!!?」

 

海蛇は最後まで言えずに愧鮫に殴られる。イルカは鬱陶しそうな目で二人を見ながらガウェインの身体を診る。

 

(あの雷魚署長のパンチを受けて骨が“折れて”いない!? しかもただ赤く腫れ上がっているだけ!?)

 

イルカは信じられないような物を見るようにガウェインの上半身を凝視する。

 

それに気付いた愧鮫は、

 

「なんだよなんだよ、男の身体に興味を持つような年頃かぁ〜?」

 

「やぁ〜い、やぁ〜い! 変態なタイヘンだ〜」

 

中学生の如きはしゃぎようで騒ぐ愧鮫。そしてそれに便乗し意味の分からない言葉を発する蛇。

 

「・・・・・煩(うるさ)い雑魚だ」

 

ぴしゃりとイルカが無表情でそう言うと二人は面白いように時が止まり、動かなくなる。

 

「・・・・もう大丈夫だ」

 

ガウェインは再び診察しようとしたイルカにそう言うと立ち上がり、服を着る。

 

「ま、待って下さい! まだ治療が・・・・・」

 

「何も問題は無いですよ、自分の身体は自分が一番知っていますから」

 

そう言ってガウェインは直ぐに医務室から出て行った。愧鮫はそんなガウェインの反応を面白くなさそうに思いながら出て行ったガウェインの手にしたドアを睨んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

竜宮グループの運営しているホテルから出て来るガウェイン。黒服たちの騒動もあったせいか客は居なかった。

ガウェインは空き地に置いたまま、もといぶっ飛ばされたままの鉄馬(バイク)の元に向かう。

 

 

雷魚との喧嘩は決して楽な喧嘩では無かった。軽く『戦闘』になっていただろう、よく警察沙汰にならなかったのか知りたいくらい派手に喧嘩をした。片方はバズーカを放ち、化物染みた強さで殴り掛かってくるに対して、ガウェインは本当に耐えきった。

 

 

 

足取りが重い、果てしなく重い。

 

 

疲労。

 

雷魚との喧嘩で大量の体力、そして、

 

 

(骨・・・・一ヶ所だけ折れてるな、背骨、あばら、腕骨? ダメだ。全部のヶ所が軋んで痛い)

 

 

軋む痛さを我慢しながら重い足取りのまま空き地にへと着く。

 

「GALL-10(ガラティーン)・・・・・ねぇ、名前にちなんでこうなったっちまったのかのう?」

 

だがその空き地には屈強な肉体をしているのが服越しでも分かる老人がガウェインの漆黒に輝く鉄馬(バイク)を運んで来き。

ガウェインは軋む身体を強引に張り上げ、戦闘大勢を取る。だがすぐに“何か”に捕まれる感覚に襲われた。

 

(・・・・・・・・・・・・何ッ?)

 

 

目の前に“何が”居るんだ?

 

 

ずっしりと来る、やって来る。

 

 

「なんじゃ・・・・」

 

バイクを運んで来た老人はガウェインが冷や汗を流しているのに気づく。するとポリポリと頭を掻きながら老人は言う。

 

「そんな身構えんでくれえ、昔の癖でこっちも気が重たくなるわい」

 

「・・・・・・・・・・貴方は、海凶さん」

 

ガウェインのバイクを運んで来てくれたのはどうやら竜宮グループ荒事専門部署で副署長を務めている海間海凶だった。海間は鍛え抜かれた片腕でバイクを、大型二輪自動車を片腕で横に移動させる。

 

「・・・・すまんかったのう、じゃが若いもん同士でぶつかり合った方が良いじゃろう?」

 

何が良いのだろうか、ガウェインはそう思ったが口にしないでバイクを受け取る。

 

「乙姫ちゃんもこの件をいつかは知るじゃろう。その時はきっと謝りに来る、その時もよろしくお願いしますぞ」

 

ニヤッと深みのある笑みを浮かばせながら海間はガウェインに言う。

ガウェインは話を聞きながらバイクの点検をする、そして何も問題が無いと分かるとすぐに西洋兜(ヘルメット)を被り海間と向き合い口を開く。

 

「海凶さん、二度とそんな事をしないで下さい。自分が言えることはそれだけです」

 

ただそれだけ。

それだけを言うとガウェインはエンジンを蒸かし、そして直ぐに走らせて帰路に進んだ。

 

 

 

 

「『二度とそんな事をしないで下さい』ねぇ、それはお前が雷魚(アイツ)と二度と戦いたくないのか、それとも・・・・・雷魚(アイツ)をこれ以上苦しめるな、という意味が含まれておるのかのう・・・・・」

 

 

海間はもうすぐ日が暮れる空を観ながら、そう呟いた。

 

 


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