リフレイン騒動がやや落ち着いた頃、ジェレミアは特派に向かっていた。
先日自分と共に戦った2人が気になったのである。
学生だと思って舐めていたが、ナイトメア戦を数瞬目にしただけで、格別に優秀だと分かった。
よって、ちょっと挨拶でもしてみて、知性とか人柄とかを調べてもみて、よければ親日派に誘おうと思っているのである。
「私だ。入れてくれ」
と、研究所に着いたので、近くにいた青髪の女性に話しかける。
「ジェ、ジェレミア卿っ!? ……あの、今ですと、接待の準備が」
「かまわない。ロイドとは知った仲だからな」
実は彼はロイドと学生時代の同級生なので、そこまで気を使う必要はないと考えた。
「では、その、主任に確認を取ってみます」
「ああ。頼んだ」
青髪の女性は早速通信を入れてロイドと話し始める。
が、ある時から声色が低くなり、やがて通信機から耳を離す。そのまま申し訳なさそうな苦い顔になって、ジェレミアに向き直る。
「その、今は無理ならしいです。研究で忙しいからと」
「チッ。……どのくらい待てばいい?」
ジェレミアが忌々しげに尋ねる。青髪の女性は通信機を口に当てる。
「ロイドさん、どのくらいかかりますか?」
『うーん、そうだなあ。1時間くらい?』
「1時間程度らしいです」
女性は再び通信機から口を離して言う。
「そうか。微妙だな」
ジェレミアは腕組みをして眉を顰める。
10秒ほどすると、再び口を開く。
「では、先日私と共に第七世代に乗っていた2人をここに呼んでくれるか? 実は私の目的は彼等に会うことだったのだよ」
女性は「分かりました」と返事をすると、再び通信機を口に当てる。
「ロイドさん。カレンさんとスザクくんを呼んで欲しいらしいです」
『ええ~。何分くらい?』
「あの、何分くらいでしょうか?」
と、再び女性が尋ねてきた。
「そうはかからん。10分くらいだ」
「10分くらいだそうです」
『うーん。じゃ、いいかなあ。……きみ達2人、ご指名みたいだよ。ジェレミア卿が外で待ってる』
『ジェレミア卿が?』
と、会話が漏れ聞こえてきた。うまくいったようである。
ジェレミアは軽く身だしなみを整え、キリッと姿勢を正すと、勧誘の方法を考え始める。
さて、20秒ほどで出てきたのは、茶髪の男子と赤髪の女子である。
聞いてはいたが、男子の顔は日本人のそれである。これはブリタニア人にとっていい光景でない。
しかし、今回に限っては都合がよかった。彼は親日派に勧誘するまでもなく親日であろうからである。
「突然で悪いとは思っている。どうも君たちのことが気になってな。でだが、身の上話などを聞かせてくれるか?」
「構いませんが、身の上と言いますと?」
「学園に通っているのだろう? だからそこでの生活や、成績、学友のことなんかでいい。あとはこのエリアについてどう思っているかを聞かせてくれ」
2人は戸惑うが、程なく姿勢を正して「イエス、マイロード」と応じる。
その後、青髪女性の勧めで会議室のような場所に移動し、そこで言葉を交えることになった。
移動中もジェレミアはじっくりと2人を観察していた。
共にバランスの良い肉付きで、立ち姿は隙が無く、よく鍛え抜かれている、などと頭に入れていく。
会議室のような場所に着くと、まずカレンが切り出す。
「では、私から始めます。私立アッシュフォード学園に通っているのですが……」
学園では生徒会に入っている。
主に部費やイベントの決め事をしている。
イベントはお祭り好きな会長が突発的に発案することが多い。
勉強は上位だが1番ではない。
スポーツは女子では飛びぬけているだろう。とのこと。
「なるほどな。では、このエリアについては?」
「はい。……」
返事はしたが、カレンはなかなか語り始めない。
しかし顔は真剣そのものであり、口を開かないのは考えがないからではなく、下手なことを言えないからだと察することができる。
「まず、短期的なことを言わせていただきますと……」
場に重い空気が入り込んだ頃、彼女は油断の無い口調で語り始める。
本当に短期的なことであり、現在の問題、特にブリタニアの貴族による横領や暴力事件を述べていく。
中にはジェレミアの知らない重大な犯罪もあって、その情報取得能力に意識せずとも舌を巻かされる。
「分かった分かった。なるほどな。シュタットフェルトは相当優秀な情報網を持っているらしい」
ジェレミアは1人でうなずく。
カレンは何も言わない。なぜか不機嫌そうにも見えるが、ジェレミアは特に気にしない。
「では、次は枢木一等兵にお願いしようか」
「はい。自分は……」
スザクも語り始める。
彼はつい一月前に学園に通い始めたので、あまりよく分からないらしい。
が、カレンと同じく生徒会に入っており、仕事も似通っている。
成績は最下位の部類。これはいただけないが、しかし仕方のないことだろう。今までは軍にいたのだから。それも名誉ブリタニア人だから、必要最低限の教育しかなされていないはずだ。
「分かった。このエリアについてはどう思っている?」
「そうですね。……」
スザクもカレンのように言葉に詰まる。
が、彼はどこか不安そうな顔になっており、カレンとは違って思考が進まないようだった。
「その、申し訳ないのですが、分かりません」
「分からないとは? 何も感じていないのか? 元日本人だろう?」
元日本人。親日派であるジェレミアはこの言葉を好んで使っている。
立場上日本人とは言えないが、イレブンと呼ぶのも憚られる。
元日本人ならばギリギリ問題ない。
「その、元日本人の方には、幸せになってもらいたいと思っています。ですが、このままでいいのか、どうすればいいのか、僕には分からないのです」
「ふむ。まあいい。兵としては上官に従っていれば問題ないからな」
ジェレミアはそれで話を打ち切る。
そして考える。
現時点で評すると、カレン・シュタットフェルトは総合的に優秀な人物であり、特にナイトメアの操作技術が飛び抜けているらしい。
枢木スザクはナイトメアに一点特化だ。しかし、知性の面でやや難あり。
であるから、カレン・シュタットフェルトは時に総督を守り、時に部下を引き連れ指示を出し、時に総督に進言するような立場。ギルフォード卿のような立場が向いているだろう。
枢木スザクはどうだろう。細かい作業には向いていないが、忠義に尽くすようになればその真価を発揮しそうな気がするが……。
いずれにせよ、人格に大きな問題は無さそうだし、まだ学生だ。
将来が楽しみな人材には間違いないのだから、今のうちに手をつけておくべきだろう。
「よし。では次の話題だ。これは強制ではなく、勧誘なのだが、我が親日派に参加する気はないかね?」
ジェレミアはおだやかな声で言った。
スザクとカレンはきょとんとした後、少し苦い顔になった。
「親日派とは、具体的にどのような活動をなさっているのでしょうか?」
「うむ。毎朝集まって決意を述べたり、会食で互いに相談したりだな。休日に地方まで行って食料や日用品を配っているやつもいるぞ」
「……なるほど。ですが、学生の身では厳しいかもしれません」
「それは分かっている。全て参加しろとは言わないさ。……ただ、そうだな。今度の会食には参加してみるか? ユーフェミア様とお会いすることもできるぞ」
「えっ、ユーフェミア様にっ」
と、そこで急に声を荒らげたのはカレンだった。
「どうした? うれしいのか?」
「いえ、その、……はい。それは是非、参加させていただきたいです」
「ふふっ。ああいいさ。ケータイのアドレスを教えてくれるか? 詳しい日時や注意事項をメールで送る。場所は政庁だ」
「はい。今すぐに」
カレンは慌ててケータイを取り出し、ジェレミアとメルアドを交換する。
ジェレミアはイメージと合わず手際が良かった。これがテレビならスザクは笑っていたかもしれない。
「では、枢木一等兵はシュタットフェルト嬢に尋ねるといい。来たくなった時はな。我々は歓迎する」
そう言うと、ジェレミアはスッと立ち上がる。
「聞きたかったことは以上だ。時間を取らせてすまなかったな」
「いえ、そんなことは」
「ではな」
ジェレミアは小さく敬礼し、足早に去って行く。
スザクとカレンは呆けていたが、ある時ハッと気付き、ゆっくりと特派に戻って行った。