ありふれた転生者の異世界巡り   作:折れたサンティの槍

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遅れました、本当に。
リアルが忙しくなってしまい(心地良く小説を読んでもらう為、何で忙しくなったかは伏せます。病気などではありません)、その結果なかなか執筆時間が取れなくて……。
待って下さっていた読者様方、遅れてしまい申し訳ございませんでした。
残念ながら次話更新もかなり遅れてしまうと思います、ご了承下さい。

あとタグに一時期『型月的設定無し』と入れていましたが、多分『ご都合主義』タグの名の下に、強引にねじ込んでいくと思いますので、『型月的設定無し』タグは消しました。

そんな感じでどうぞ。


豹変 『奈落の底で化物は生まれる』

ぴちょん……ぴちょん……

 

水滴が頬に当たり口の中に流れ込む感触で、ハジメの意識は徐々に覚醒した。

自身が目覚めた事を不思議に思いながらゆっくりと目を開く。

 

(……生きてる?……助かったの?)

 

疑問に思いながら体を起こそうとして低い天井にガツッと額をぶつけた。

 

「いだっ!?」

 

自分の作った穴は縦幅が50センチ程度しかなかったことを今更ながらに思い出し、ハジメは錬成して縦幅を広げるために天井に両手を伸ばそうとした。

しかし、視界に入る腕が一本しかないことに気がつき動揺する。

 

しばらく呆然としていたハジメだったが、やがて自分が左腕を失っていた事を思い出し、その瞬間無いはずの左腕に激痛を感じた。

幻肢痛というものだろう。

そして、表情を苦悶に歪めながら反射的に左腕を抑えて気がつく。

切断された断面の肉が盛り上がって傷が塞がっていることに。

 

「な、なんで?……それに血もたくさん……」

 

暗くて見えないが灯りがあればハジメの周囲が血の海になっていることがわかっただろう。

普通に考えれば絶対に助からない出血量だった。

ハジメが右手で周りを探れば、ヌルヌルとした感触が返ってくる。

まだ辺りに流した血が乾いていないのだろう。

やはり、大量出血したことは夢ではなかったようだし、血が乾いていないことから、気を失って未だそれほど時間は経っていない様で。

 

「ッ……両儀さん……!?」

 

ハッ、とハジメは四季を探すために体を動かした。

真っ暗なせいで何も見えないが、腕を動かせば彼女……四季に触れる事ができた。

良く聞くと彼女は小さく早い、苦しそうな呼吸をしている事がわかった。

 

「両儀さん……」

 

彼女は出血多量で苦しんでいるのに、何故自分だけこんな風に傷が塞がっているのか。

ハジメが微かな苛立ちと疑問を感じていると再び頬や口元にぴちょんと水滴が落ちてきた。

それが口に入った瞬間、ハジメは少しだが感じ取れる程度に体に活力が戻ったのがわかった。

 

「……まさか……これが?」

 

ハジメは幻肢痛と貧血による気怠さに耐えながら右手を水滴が流れる方へ突き出し錬成を行った。

 

「両儀さん、ここで少しだけ待ってて」

 

四季に声をかけたハジメは返事を待つ事無く、ふらつきながら再び錬成し奥へ奥へと進んで行く。

不思議なことに、岩の間からにじみ出るこの液体を飲むと魔力も回復するようで、いくら錬成しても魔力が尽きない。

ハジメは休む事無く熱に浮かされたように水源を求めて錬成を繰り返した。

 

やがて、ポタポタと垂れていた謎の液体がチョロチョロと流れる様になり、明らかに量を増やし始めた頃、更に進んだところでハジメは遂に水源にたどり着いた。

 

「こ……れは……」

 

そこにはバスケットボール程の大きさがある、青白く発光する鉱石が存在していた。

その鉱石は周りの石壁に同化するように埋まっており、下方へ向けて水滴を滴らせている。

アクアマリンの青をもっと濃くして発光させた様な神秘的で美しい石だった。

 

ハジメは一瞬、幻肢痛も忘れて見蕩れてしまった。

そして縋り付くように、あるいは惹きつけられるように、その石に手を伸ばし直接口を付けて啜った。

すると体の内に感じていた鈍痛や、靄がかったようだった頭がクリアになり倦怠感も治まっていく。

治癒作用がある液体の様で、幻肢痛は治まらなかったが他の怪我などは、瞬く間に回復していった。

 

「これがあれば……」

 

ハジメは通ってきた穴を広げながら四季の元へ急いで戻った。

そして発光する鉱石のおかげでようやく彼女の姿を見る事ができた。

目は閉じられ、微かに開いた口は必死な呼吸を繰り返していて、切断された左腕の傷はハジメの様に塞がれてはおらず、出血を止めるための布で強く縛られている。

 

ハジメは四季の頭を少しだけ持ち上げて、伸ばした自分の足の上に乗せた後、どうにか鉱石を片手で持ち上げ、滴る水滴を四季の口の中へと垂らしていく。

しばらくそうしていると、だんだんと呼吸は穏やかになっていき、左腕の傷も塞がっていった。

 

ようやく生きた心地がしたハジメはそのままズルズルと壁にもたれながらへたり込んだ。

そして思い出した死の恐怖に震える体を抱え、体育座りしながら膝に顔を埋めた。

心は折られ、既に脱出しようという気力はない。

 

敵意や悪意になら立ち向かえたかもしれない。

助かったと喜んで、再び立ち上がれたかもしれない。

 

しかし、爪熊のあの目はダメだった。

 

自分たちを餌としてしか見ていない捕食者の目。

日本という平和な場所にいた人間がまず向けられることのない目。

その目を向けられた事に、そして実際に彼女(四季)の腕を喰われた事に、ハジメの心は砕けてしまった。

 

(誰か……助けて……)

 

奈落の底。

彼女は目覚めず、ハジメの言葉は誰にも届かない。

 

 

 

 

 

どれ程の間そうしていただろうか。

 

ハジメは壁に体を預け、手足を投げ出してボーっとしていた。

 

二人が崩れ落ちた日から四日が経った。

 

その間、ハジメはほとんど動かず、四季を介抱しながら滴り落ちる液体のみを口にして生きながらえていた。

介抱、と言っても滴る液体を飲ませてやっているだけであるが。

しかしこの液体は服用している間は余程のことがない限り服用者を生かし続けるものの、空腹感まで消してくれるわけではなかった。

死なないだけで、現在ハジメは壮絶な飢餓感と幻肢痛に苦しんでいた。

 

(どうして僕がこんな目に?)

 

ここ数日何度も頭を巡る疑問。

 

痛みと空腹で碌に眠れていない頭は液体を飲めば回復するものの、回復してクリアになったがために、より鮮明に苦痛を感じさせる。

何度も何度も、意識を失うように眠りについては、飢餓感と痛みに目を覚まし、苦痛から逃れる為に再び液体を飲んだり、彼女に飲ませてやった後、また苦痛の沼に身を沈める。

 

もう何度、そんな微睡みと覚醒を繰り返したのか。

 

「こんな苦痛がずっと続くなら……いっそ……」

 

そう呟いてから、彼女の顔を思い出し、死ぬ訳にはいかないと思いながら、意識を闇へと落とす。

何度、そんなことを繰り返したのか。

彼女はまだ目覚めない。

 

 

 

それから更に三日が経った。

 

幻肢痛は一向に治まらず、ハジメの精神を苛み続ける。

まるで端の方から少しずつヤスリで削られているかのような、耐え難き苦痛。

 

(もう……死にたいなぁ……ぁぁ、早く、早く……)

「ッ……ハッ……アッ……」

(……嫌だ……彼女が死ぬのだけは……僕が死ぬのは、駄目だ……)

 

死を望み、彼女の(うな)されている声を聞いて、死ぬ事を否定する。

ハジメは既に正常な思考が出来なくなっており、支離滅裂なうわ言すら呟くようになっていた。

彼女はまだ目覚めない。

 

 

 

それから更に三日が過ぎた。

 

この頃からハジメの精神に異常が現れ始めた。

ただひたすら、死と生を交互に願いながら、地獄のような苦痛が過ぎ去るのを待っているだけだったハジメの心に、ふつふつと何か暗く澱んだものが湧き上がってきたのだ。

それはヘドロのように、恐怖と苦痛でひび割れた心の隙間にこびりつき、少しずつ、少しずつ、ハジメの奥深くを侵食していった。

 

(何で僕たちが苦しまなきゃならない……僕たちが、何をした……? 何でこんな目にあっている……?何が原因なんだ……? 神は理不尽に、僕たちを誘拐した……クラスメイトは僕を裏切った……あのウサギは僕を見下して、あの熊は四季を喰った……)

 

次第にハジメの思考が黒く黒く染まっていく。

まっさらな白紙に黒インクが落ちた様に、ジワリ、ジワリとハジメの中の人間性が汚れていく。

誰が悪いのか、誰が自分たちに理不尽を強いているのか、誰が自分たちを傷つけたのか……無意識に敵を探し求める。

激しい痛み、飢餓感、暗い密閉空間、苦しんでいる四季の声、そして孤独感がハジメの精神を蝕む。

暗い感情を加速させる。

 

(どうして誰も助けてくれない……? 誰も助けてくれないならどうすればいい……? 僕たちの……彼女の(・・・)苦しみを消すにはどうすればいい?)

 

 

 

九日目には、ハジメの思考は現状の打開を無意識に考え始めていた。

 

激しい苦痛からの解放を望む心が、湧き上がっていた怒りや憎しみといった感情すら不要なものと切り捨て始める。

 

憤怒と憎悪に心を染めている時ではない。

どれだけ心を黒く染めても彼女の(・・・)苦痛は少しもやわらがない。

この理不尽に過ぎる状況を打開するには、生き残るためには、余計なものは削ぎ落とさなくてはならない。

 

()は何を望んでる?

俺は、ただ彼女が(・・・)生きることを望んでる。

それを邪魔するのは誰だ?

邪魔するのは敵だ。

敵とは何だ?

彼女の(・・・)生を邪魔をするもの、彼女に(・・・)理不尽を強いる全て。

では俺は何をすべきだ?)

(俺は、俺は……)

 

 

 

十日目。

 

ハジメの心から憤怒も憎悪もなくなった。

神の強いた理不尽も、クラスメイトの裏切りも、魔物の敵意も、自分を守ると言った誰かの笑顔も……全てはどうでも良いこと。

生きる為、生存の権利を獲得する為に、そのようなことは全て些事だ。

ハジメの意思は、ただ一つに固められる。

鍛錬を経た刀のように。鋭く強く、万物の尽くを斬り裂くが如く。

 

すなわち……

 

(……殺す)

 

悪意も、敵意も、憎しみもない。

ただと生かす為に必要だから滅殺する(・・・・・・・・・・・・・・)いう殺意。

 

彼女の生存を脅かす者は全て敵。そして敵は、

 

(殺す、殺す、殺す、殺す、殺す…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス■■■■■■■■■■■■■■■_____)

 

彼女を苦しみから解放する為には、

 

(殺シテ、喰ラッテヤル)

 

かつて、自分達がそうされた様に。

 

 

 

 

 

今この瞬間、優しく穏やかで、対立して面倒を起こすより苦笑いと謝罪でやり過ごす、■■が強いと称した南雲ハジメは完膚無きまでに崩壊した。

そして、生きる為に、彼女の為に、邪魔な存在は全て容赦なく排除する新しい南雲ハジメが誕生した。

 

砕けた心は、再び一つとなった。

ツギハギだらけの修繕された心で無く、奈落の底の闇、絶望、苦痛、本能で焼き直され鍛え直された新しい強靭な心だ。

 

ハジメはすっかり弱った体を必死に動かし、いつの間にか地面のくぼみに溜まっていた神水を、直接口をつけて啜る。

飢餓感も幻肢痛も治まらないが、体に活力が戻る。

 

ハジメは、目をギラギラと光らせ、濡れた口元を乱暴に拭い、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。

歪んだ口元からは犬歯がギラリと覗く。

 

ハジメは起き上がり、錬成を始めながら宣言するように、もう一度呟いた。

 

「殺シテヤル」




最後の辺りを書いている時に、
「豹変したてのハジメ君に、《アクセル・ワールド》に出てくる『災禍の鎧』着せて、完膚無きまでに叩き潰させたり、喰らい尽くさせたりしてみてぇなぁ……」
なんて思った。
僕の技量では多分面白く書けないだろうし、単純に面倒くさいと思ったので書きませんが。

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