GOD EATER The another story.   作:笠間葉月

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二話目、っと。あちゃあ…いろんな人が空気だ…


β02.One-sided our hope.

 One-sided our hope.

 

迂闊だった。

突然苦しみだした新人達。神機からでも腕輪からでもない侵喰が原因らしい。……初陣の指導教官が注意を払うべきことだってのに……

腕輪は無事。本人達に怪我もない。……だとすれば偏食因子の拒絶反応……経験がないわけじゃあないんだが……最近じゃかなり珍しい。

 

「こちらリンドウ!救護部隊を要請!」

「了解!作戦区域周辺の安全を確認後、直ちに向かわせます!」

 

オペレーターは一級品。おそらく、この辺りがクリアだとすぐに気付けるはずだ。……間に合うか?いや……

 

「神楽!聞こえるか!」

「向かってます!」

 

もう気付いている、か。何とかなるといいんだが……

 

   *

 

『初めまして。オリジナルさん。』

『……誰?』

『誰、っていうか、アラガミだね。たった今あんたの家族を殺した奴らと同じさ。』

 

神楽と初めて……本当に初めて会ったときだった、かな。考えてみれば、今私がいるのも彼女のおかげかあ。

 

『さて。聡明なオリジナルさんに質問しよう。あんたはあたしを受け入れるかどうか選択する権利がある。あたしがあんたのDNAを元に作られた存在だからだ。』

『じゃあ、お父さんが作ったコアなんだ。』

『そうとも言うね。……さあ、どうする?受け入れて、化け物として、捕喰者として、人類の敵として、全てを壊す力を持って生きるかい?受け入れず、家族の仇を全て、希望の一つすらない世界を全て、あんたも含めて何もかもなかったことにするかい?あたしに喰われたあんたに残された選択肢……二つに一つだ。さあ、選べオリジナル。』

 

どっちにしたって、あの時の私は神楽を喰らうつもりでいた。終末捕喰を起こすつもりでいた。私にはそれだけの力があったし、それは今も変わらない。

……ジャヴァウォックの、数百あるコアの内の一つ。世界中に張り巡らされたあれの本体の、地殻変動で千切れた部分から抜け落ちたそれを元に、私は作られた。

ノヴァのおかげで、ジャヴァウォックはずいぶんと食い荒らされたみたい……というより、ノヴァの触手がジャヴァウォックの根を伝って伸びた、のかな。……神楽にすら教えていないことの一つ……ただただ一緒にいたいから。

 

『……受け入れるよ。』

『ふうん。てっきり逆を選ぶかと……』

『誰かを守ることが出来て、お父さんの分もお母さんの分も怜の分も生きられるかもしれなくて、しかもあなたと友達になれる。だから、受け入れるよ。』

『……は?』

『生きたら生きた分だけ、私はこの世界のきれいなものを見つけたい。死んだら死んだで、私はこの希望の欠片もない世界の小さな幸せを、全身で祝福したい。だから……』

 

これがこの歳の女の言葉かよ。……本気でそう思った。そんな彼女だからこそ、私は惹かれたのかもしれない。

 

『お、おい……あんた、何言ってんのか分かって……』

『うん。』

『それで何で……』

『……あなたは敵じゃない。ううん。アラガミはみんな、敵じゃない。いつか分かり合える日が来るはずだから。平和を叫んで武器を取る、なんて矛盾しすぎだけど……それでも私は、あなたと見る世界を見たい。』

『……バカにも程があるだろ……』

『そうかな?』

『そうだ!……ったくさあ……もー……ああもう!』

 

そう。ここで諦めた。こいつはものすごく頭が良すぎる、ただのバカだ、と。

だから私は……

 

『……おいで。全身全霊で受け止めてあげるから。』

『バカだよ……ほんっとにバカだ!』

『……伊邪那美がそう言うなら、そうかも。』

『……いざなみ?』

『あなたの名前。今決めたの。』

 

この名前を名乗れば思い出してくれるか、と思っていたんだけどなあ……

 

『……じゃあ、あとはお願いね。伊邪那美。』

『は?……っておい!しっかりしろオリジナル!……くそっ……!』

 

……多分、神楽の何かが、あの時に死んだ。本来ならあそこで死ぬはずだった彼女が生きるための代償……今はそう考えている。純粋に、精神的な自己防衛かもしれないけど。

それと同時に、私の中では何かが生まれていた。果てしなく巨大な進化の形で。

 

『……私の目が白くなったって、神楽に心残りがなくなって、ものすっごく幸せだったって昔のことを振り返るまで、何が何でも死なせてあげないからね……覚悟しなよ!』

 

……神楽。私は、あなたにもらった“この希望の欠片もない世界の小さな幸せ”に誓って、こんなところであなたを死なせたりなんか、絶対にしないからね。

 

【見えた。……ごめん。力を貸して。】

《分かってる。今更止めたって、聞かないでしょ。》

【……ごめん。】

 

あと何秒であそこまでたどり着くだろう?……ひどい偏食場だ。P63型……だったっけ……不安定どころじゃない。本当に適合する人以外、どんなに頑張っても喰われて終わるかもしれない。

……それでも助けるんだね。

 

「リンドウさん!離れて!」

「頼む!」

 

全身に膨大な負荷がかかり始めた。そのほとんどをこっちに流しつつ、新人達から吸収した偏食因子の状況を探る。

 

「……嘘……血を喰らってる……」

 

神楽の中で最も人に近い部分を優先的に喰らっている。それだけの知性……というか本能……何にしても、それに準ずるものが細胞単位で存在するってことか。

 

《神楽!吸収緩めて!このままじゃあなたが喰らい尽くされる!》

【……そっか。】

 

……変わらない。死んでもいいって思いながらやってるんだ。

 

【私が私じゃなくなっちゃったら、お願い。私を殺して。】

《ばか!何言ってんの!》

 

いつもそうだ。あなたはいつも、自分を後回しにする。

 

《まだやりたいことだってあるんでしょ!こんなところで本気で死ぬつもり!?》

【……私はね、ソーマの夢を叶えたかった。ソーマが喜んでくれることがしたかった。そのためならどんなに辛くても頑張れるって思ってた。……でも私は、結局それを潰しただけ。】

 

今だってそうだ。ソーマソーマって、自分を優先しようとは絶対にしない。

自分の言葉で傷ついて、自分の言葉で錯乱して、自分を自分で捨てようとして!……そう言えればいいのに、言おうとすると喉がひしゃげたみたいに声が出なくなる。

 

【……もう少し、かな。それじゃあ、最後までやっちゃおうか。】

《この……大バカ!》

 

ああもう……バカは私もだ。言うべきことを言わないで、何を言おうとしてるんだろう。

 

「家族の分まで生きるってのはどうしたの!あれは嘘だとでも言うつもり!?いい加減を目覚ましなさい!オリジナル!」

 

……私はいったい、何をしたんだろう?

 

   *

 

目を覚ましたとき、私のお腹は……見覚えのある顔に押し潰されていた。

 

「……イザナミ?」

 

半身だけ起こして呼びかけてみる。……夢?……にしてはリアルだし……でも私の中じゃない……

 

「ん……?あ、起きたんだ……おはよー……」

「お、おはよう……」

 

右腕に包帯が巻かれてはいるけど、特に痛むとかそういったこともない。ケイトさんの時はものすごく疲れたのに……それより、彼らを助けた以上はまともにはいられないはず。どうしてここにいるんだろう?

 

「体は痛む?」

「全然……」

「……良かった。感謝してよ。私がどんだけ頑張って神楽を生かしたって……」

 

……話が見えない。少なくとも、イザナミが私の外に出ていて、何が何だかよく分からないけど私のために何かしてくれた、ということではあるみたいだけど……

 

「どういうこと?」

「神楽を意図的に暴走させただけ。……すっごく痛かったけどね。」

「暴走!?みんなは!?」

 

私が暴走したとなると、かなりの高確率で周りに被害が出ているはずだ。思い出せる限り、意識がなくなったのは新人達を助けた直後……もしその時に、であるなら、彼らやリンドウさんはその影響を受けたことになる。

……そんな私の心配とは裏腹に、イザナミは激怒した。

 

「またそうやって!少しは自分を優先させたらどうなの!?」

「だ、だって……」

「神楽はいつもそう!少しくらいあなたのことを考えてよ!あの日みたいに私を変えちゃうくらい我が儘を言ってよ!」

「……イザナミ……?」

 

彼女が怒るのを見るのは初めてだ。……そんなに、私は悪いことをしていたのだろうか?

 

「ごめん……」

「……どうせ、だけど生き方は変えないよ、とか言うんでしょ。」

「……ごめん。」

 

責める口調にはなっていない。……どこで間違えたんだろう?どこが彼女を怒らせていたんだろう?考えても分からないけど、考えずにはいられない。そんな問いだった。

 

「……そんな風に、我が儘の一つくらい言ってよね。」

「え?」

「生き方は変えたくない、って。怒られても言ったんだから、我が儘でしょ。」

「……」

 

……それだけ?

 

「……初めて会ったとき、私がどんな決意をしたか教えてあげようか。」

「インドラと戦ったとき?」

「ううん。もっと前。」

 

それ以前に会ったことがあっただろうか?彼女からすれば私を見ていた……いや。そういうことを“会う”とは、イザナミは言わないはずだ。

 

「神楽が何もかも幸せで、もう何も心残りがないって思えるまで、絶対に死なせない。」

「……」

「……まあ、その逆を行っちゃったけどね。」

「え?」

「右腕。……戻んなくなっちゃった……」

 

だから怪我もなさそうなのに包帯が巻かれているのか、と……笑いがこみ上げるほど冷静だった。それじゃあ、私はもっとアラガミになったんだね。私はまだソーマの夢を、彼が知らないところで踏み潰しちゃうんだね。……嫌になるほど、冷静だった。

 

「……P63型はもう大丈夫。神楽が暴走している間に、適合したみたいだから。」

「そっか。」

「ごめん……本当に……」

 

謝る彼女の姿が、ついさっきの私のそれと重なった。

 

「……イザナミも同じだね。」

「?」

「私のことばっかり考えてる。」

「う……し、仕方ないでしょ。私は神楽がいなくちゃ……」

「ふふっ……」

 

……彼女となら出来るだろうか?

ううん。出来なくてもいい。イザナミと一緒に頑張った、その事実があればいいや。

 

「まだ本気で諦めたわけじゃないんだ。ソーマとの子供のこと。」

「……ほんとに?」

「うん。ただ、それ以上に助けられる何かを全部助けたいって思っちゃうだけで……」

 

旧第一ハイヴただ一人の生き残り。それだけで、私はとんでもない数の屍の上に立っている。それに責任を感じている、というわけでは……おそらくない。ただ、私はあの日死んだ人の分、誰かを助けないといけない……幼い頃に考え続けたそれが、今では暗示のように頭に張り付いて離れない。まるで底無し沼のように、動けば動いただけ沈んでいく。

 

「もしかしたら、一回くらいは私の体も見逃してくれるんじゃないかなあ、って。……無理かもしれないけど、もうちょっと頑張るつもりではあるんだよ。」

「……」

「……自分で言うのも何だけど、バカだよね。アラガミになればなるほど、それから遠ざかるのに。」

 

嗤うなら嗤え。お前はただのバカだと、世界中で嗤えばいい。誰かを助けられるだけの力を、ただそれだけのためだけに使っていくこと。それが誰かを助ける力を持つアラガミの、もはや細胞単位でしか人でなくなった私の贖罪だ。

……三年と少し前まで考え続けたそれは、今も私にこびり付く。

 

「……そろそろ戻るよ。こっちで維持するのって、ちょっと疲れるからさ。」

「分かった。」

「後で渚にお礼言っておきなよ。みんなの避難とか暴走の抑止とか、全部やってくれたんだから。」

「……うん。」

 

確か三年前に……ソーマが浚われていたときに暴走した私を止めてくれたのも、まだシオだった渚だっけ。迷惑かけっぱなしだなあ……

 

「……私がやりたいこと、か……」

「え?」

「イザナミ。私はね、私が助けられるものが一つでもあるなら、それを何が何でも助けたい。」

 

この遠征の間、何度もそんな場面に遭遇した。支部を守ろうと戦って、疲れてアラガミの前で膝をついた神機使い。アラガミに囲まれて、今にも喰われそうになっている民間人。腕輪を破壊され、アラガミ化しようとしている神機使い。

助けられた人もいた。……でも、助けられなかった人の方が多い。

アラガミ化を止められると言っても、それには上限がある。……第二段階まで。アラガミとしての部位が、体の外側に大きく見られるようになるまで。……そう。それまで、だ。それを過ぎたら……

……助けたいと言いながら、何度切ってきたことだろう……

 

「私のために死んだ人達の分、助けたい。助けられなかった人達の分まで助けたいんだよ。」

「だからって……」

「うん。自分が死んじゃったら、何にもならないよね。」

 

……分かってるけど、それでも助けたい。これは私の我が儘だ。

 

「……それでも、やらせてくれる?」

「……止めても聞かないくせに……」

「そうかも。……ごめんね。」

 

はあ……なんか、すごく会いたいなあ……ソーマ……

 

   *

 

……私に何が出来る?私に何が出来た?考えろ。神楽の我が儘じゃない。神楽の願いを、夢を叶えるには、私は何をすればいい?

 

「……何にも出来ないじゃない……」

『……私の目が白くなったって、神楽に心残りがなくなって、ものすっごく幸せだったって昔のことを振り返るまで、何が何でも死なせてあげないからね……覚悟しなよ!』

「死なせないだけで……何が出来るんだって……」

 

私が消えれば、神楽は夢を叶えられる?……無理。その瞬間にアラガミになって終わるだけだ。

じゃあ、体内での捕喰行動を抑えればいい?……ダメに決まっている。神楽は自分のことを優先させたりはしない。抑えている間も任務に出て、コアを回収する。回収すればするだけ、そこから極々少量とはいえオラクル細胞を……自分以外のオラクル細胞を吸収する。その時に吸収した分を喰らわなかったら、神楽はやっぱりアラガミになる。

 

「この、役立たず。」

『バカだよ……ほんっとにバカだ!』

「……バカは……私だ。」




さり気なく神楽の過去編その二を放り込むスタイル。
次で本日の投稿はラストとなります。

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