GOD EATER The another story. 作:笠間葉月
…それ以上にアブソルが書きたかったりもしますが…
渦に飲まれて
「以上がジャヴァウォック消滅地点調査任務の概要だ。何か質問は?」
こりこりとコーヒー豆を挽く音が響く部屋での会議。私が借りている部屋で話し合いをすることは珍しいため、この際みんなにコーヒーでも振る舞おうかと思っているわけだ。
……あわよくばコーヒー好きの増加を……
「前に調査部隊が行かなかったっけか?」
「一度はな。最近は変色因子濃度が上昇し、いつアラガミが発生してもおかしくない状況でもある。神機使いでない者が行くには危険すぎるとの判断があったらしい。」
「調査内容は?」
「残留物の捜索、周辺への影響、調べられることは何でも調べろと指示が出ている。」
ロシア支部での生活もかなり長くなっている。アリスの動きを追いたいところなんだけど……こればっかりは仕方ない。
「コーヒー出来たよ。ミルクとか砂糖とかいる?」
「ミルクだけ。少しでいいよ。」
ジャヴァウォックそのものがもたらした影響は少ないものの、それを恐れて右往左往する内にハイヴに当たったアラガミによる被害や、消滅に際して一斉に動き出した群による支部襲撃はかなりの規模だ。放置は出来ないし、かといって根本的な解決策もなかなか採りにくい。
《……まだあの場所行きたくないんだけど……》
【私も……いやな感じだよね……】
しかも消滅地点では空気中のオラクル細胞が活性化しているとの報告が上がっているとのことだし……根本的な解決策がとれないだけに、最も厄介なタイプと言えるだろう。
「出発は二時間後だ。何が起こるかは分からん。準備は入念にしておけ。」
「了解です。どうぞ。」
「む?ああ、すまないな。」
そういえばツバキさんにコーヒーを出したことってあんまり無いなあ、と、完全にずれたことを考えながら二人へも差し出す。
【ジャヴァウォックそのものの気配はないのに……】
《偏食場は若干残ってる。いやな予感、とかはそのせいじゃない?》
【なのかな?】
《と思うよ?》
不安の理由は何となく分かっている。同時にそれが正しくないとも。たぶんイザナミもそれを分かっているからこう言っているんだろう。
……シオと偏食場が似ているのだ。出現中はほとんど怖いとしか思っていなかったせいで気付かなかったけど……
そのくせ渚と似ているとは全く思わない。シオと渚の偏食場はあまり違いがないはずなのだが。
「そうだな……現地に着いたら神楽と渚はまとまって動いてくれ。お前達に影響がないとは限らんからな。……どちらかが暴走したときに抑えられるのはやはりお前達だろう。」
「ん。分かった。」
「了解です。」
あまり考えたくはないけど……実際あり得ることではある。オラクル細胞の活性化が見られるとあれば尚更だ。
「俺は?」
「お前は新人達の監督に当たれ。正確な数は分からんが、ざっと十人程度はいるはずだ。ここに残る神機使いの数を考えれば……そちらに回されるベテランは一人か二人だろうからな。手伝いに行った方がいい。」
「おう。」
新人かあ……
《神楽は参考にならないもんね。》
【うぐ……】
*
荒涼とした調査区域。軽く見て回っただけでもかなりの残留オラクルが採取できた。
「サンプルってこのくらいでいいかな?」
「いいんじゃない?」
採取用ケース三つが満杯。四つ目も三割ほど埋まったし、これ以上取るのは無意味だろう。
《にしても、まだ結構残ってるね。やっぱり細胞自体も特殊?》
【うーん……どうなんだろう?他のと違うような気もするけど……正直どれでもそうだし……】
《それもそっか。》
アラガミの細胞は個体によってかなり感じが違う。元がオラクル細胞であるとはいえ、捕喰したものによってその成長や進化の方向性も変わるせいだ。
同種のアラガミであれば当然共通点はある。……それでも差があるのがすごいところだけど。
「そろそろ次に行く?」
「うーん……もうちょっと見回ってからにしない?」
……今現在感じているのは細胞自体の感覚よりもこの周辺に残っているジャヴァウォックの気配にも似た違和感なんだけど……
「分かった。……って言ってもこの辺もう何にも……?」
渚の言葉が突然切られた。彼女が見ているのは私の後ろ側。そちらを振り向く前に、彼女が声を上げた。
「神楽。全体に撤退命令出して。」
「え?」
「もう少し調べたくはあるけど……あの雲はまずい。」
戻していた顔を再度振り向かせ、彼女の言う雲を確認した。場所としてはジャヴァウォックが出現していた辺り……そこを中心として、赤い積乱雲が発生している。
「こっちに来たときに話したでしょ?あれが赤乱雲。」
「黒蛛病の原因って言ってたやつ?」
黙って頷いた渚。……でもどうして突然この地域にまで発生し出したのだろう?
《気にしてる暇、ないと思うよ?》
【……うん。】
こちらも頷き返し、通信機を取る。雲自体は小さいし、今のところ中央部まで入っている人はいないはずだ。というか元々私達の担当区域だったわけだし……
「ツバキさん。赤乱雲が確認されました。消えるまでは撤退した方が良さそうです。」
「例の赤い雲か?」
「はい。渚もそう言ってます。」
「そうか……よし。撤退命令はこちらから出しておく。お前達は赤い雲の観測を続けてくれ。危険だと判断した場合はすぐ退くように。」
「了解。」
観測を続ける……とは言っても……
「どうしろって?」
「観測を続けてくれ、って言われたけど……」
「……中に誰もいないか見てくる方がいいかもね。私と神楽だったら大丈夫だから。」
「大丈夫?」
一滴でも触れたらアウトだと聞いていたんだけど……何かあるのだろうか?
「あの雨、オラクル細胞には無害なんだ。だからアラガミはあの中でも動けるし、私達も全身偏食因子だから。あ、ソーマも同じね。あの雨が降っているところにいたけど特に問題なかったから、たぶん大丈夫だと思う。」
「へえ……」
この体も何かと面白いところで役に立つ……というか強みになるというか。どちらにしろ、けっこう助かることに間違いはない。
《三年前まで恨んでたのってどこの誰だったかなあ?》
【う……】
そこは言わないでおいてほしかった……
「どうする?」
「……一応見てこよう。アラガミが出たりするとまずいだろうし。」
人はいないはずだけど、私達の他はあの雲の下にいられないとなれば……アラガミに追い込まれて、なんてこともあり得なくはない。
「分かった。サンプルどうしようか?」
「持って行っても大丈夫だとは思うけど……!」
突然後方から気配がした。すぐ近く……どころか神機のリーチ内だ。
しかもその気配の強さが尋常ではない。それだけで考えれば禁忌種を上回っている。
【イザナミ!】
《OK!》
ブースターまで展開し、最高速度で刀を横に薙いだ。……こういうときはこの体がすごく嬉しく感じられる。
その切っ先自体からは堅く防がれた感触のみが腕に伝わり、それと同時にブースターを点火し離脱。横に回り込んで次の攻撃を仕掛け……
「待って!」
「っ!?」
渚に止められた。
《……すみません。突然すぎましたね。》
彼女に止められてから一拍おいて、イザナミが話しかけてきたときのような頭に直接聞こえる声が届いた。が、声がイザナミではない。
《あ、神楽。相手見てみて。》
【?】
今度はイザナミからの声だ。それに従って、たった今切りつけようとしたものを見る。
成人男性ほどの身長に、スパイク上の部位をいくつか持った赤いクリスタル状の体を持つ人型のアラガミ。……アリスだ。
「大丈夫だよ。私達のことは襲ったりしないでしょ?」
《ええ。そんなことしたら渚に嫌われるもの。》
なるほど。私と渚の両方に送ってるわけか。
若干状況が飲み込めないけど……ひとまず警戒する必要はなさそうだ。
《渚の先輩の方……ですね。娘がお世話になっております。》
【いえ、あの……神楽です。こちらこそ……】
《おーいこらー。緊張してどうするー。》
【仕方ないでしょ!】
あ……そういえばこの会話……
「……変なこと話してないよね?」
やっぱり私の方のは渚には聞こえていないらしい。
《さあ……どうかしら?》
「母さん!?」
……アリス……っていうか渚のお母さんってかなりいたずら好きだったりするのかな?心なしか面白がっているようにも見えるし。
《神楽さんでしたね。あの付近の神機使いは追い払っておきました。新人ばかりでしたので。》
「え?」
「何でそんなことしたの?私達で何とでも出来るのに。」
渚の言葉にアリスは首を振った。それだけのリスクを犯すような理由があるのだろうか?
《極東で降っているものと濃度が違うから。あなたや神楽さんでも危ないの。》
「濃度……ですか?」
極東での赤い雨は見たことがないけど……
《理由は教えられませんが、あの雨が極東のものと比べものにならないことだけは分かってください。アラガミですら避けるようなものですから。》
「教えられない?」
《……と言うより、今伝えたとしても理解できないものではないか、と……謝った理解を持ってしまうのも危険な類ですし……》
困っているかのような声色。ちゃんと教えてほしい、と言う思いはあるものの、きっと彼女の言うことも事実なのだろうと考えそれを抑え込む。
「……分かった。」
《……ありがとう。教えられるときになったら必ず教えるから。》
いったい何が原因なのか。何となく予想はつくものの、それだけだと若干的を外している気がする。
《ジャヴァウォック……だけじゃないよね。たぶん。》
【そう思うけど……イザナミは何か分からないの?】
《全く。》
【だよね。】
イザナミも知っていることと知らないことの差が激しいんだよなあ……
《……私はこれで。神楽さん、渚のこと、これからもよろしくお願いしますね。》
「……はい。」
……アリスを見ながら少しだけ、お母さんのことを思いだしている。小さいけど大切な、家族の記憶。
《大丈夫?》
【……うん。いつもなら悲しくなるのに、なんだか嬉しいから。】
《そっか。》
離れていくアリスのまとっている母親らしい雰囲気がそうさせたのかもしれない。どちらにしろ、胸の奥がじんわりと温かくなるような気持ちのいい感覚だ。
「待って。」
私がそんな感覚に浸っている中、渚がアリスを呼び止めた。
「……一つだけ聞いていい?」
《聞きたいこと、まとまった?》
「うん。」
前に会ったときに話したことなのだろうか?渚の目には決意の色が見て取れた。
「……母さんは……私が産まれてよかったって、私の母さんでよかったって思ってくれてる?」
一瞬だけ固まり、その後迷いなく渚に近寄って彼女を抱きしめたアリス。
《私はね、私があなたを産んだ、なんて思ってない。……あなたが私のところに産まれてくれて、私のそばにいてくれたの。》
言葉を失っている渚へとさらに続ける。
……私が、一度として聞けなかった言葉……
《あなたの母親でいられて本当によかった。あなたが産まれてくれたこと、泣いちゃうくらい嬉しかった。》
「……」
《……大好きよ。渚。》
「っ……」
彼女の泣き声が響く中、私はただただ苦しくなっていく胸を抱えていた。
そろそろただ優しいだけのお母さんを卒業させたい衝動が…(汗)
あ、本日は残り二話となります。