GOD EATER The another story. 作:笠間葉月
が、内容が原作とまったく違います。
侵攻
「ふあ……ぁ……」
久しぶりに気持ちよく目が覚めた。理由はあの日以外の思い出を夢に見られたから。
「……おはよう。」
自然と笑みがこぼれる。こういう日は、何となく暖かい。
朝食にしよう。今日は非番だ。出撃してはいけない、ということではないが、やはり一人で出撃していいほど場数を践んではいない。どことなく苦しさを感じる。
決して悲観的になっているわけではない。一応の人としての人生を代償に手に入れた、神機使いとしての人生。
家族……特に父は喜ばなかったかもしれない。でもこれは、あの日自分が生きることを選択した結果だ。だからこそ前に進めてきたと自分でもわかっている。
パンを焼きつつ湯を沸かす間に、そう考えていた。
「がらでもないかな?」
わざわざ自分から考える必要もない。そう思い返す。どうせ胸にしっかり刻み込んでいるのだから、と。
パンが焼けた。昔母に作り方を教わったリンゴジャムを冷蔵庫から取り出す。
「……うん。出来てる。」
ちょっとだけ指につけて舐めてみる。よく馴染んだリンゴの味が舌に広がった。
「ここで食べちゃえばいっか。」
キッチンにおいてある高めの丸椅子に座り、皿に乗せたパンにジャムを付けて頬張る。
二口三口と進んでいく。母も言っていた。このジャムは、パンに合うように作ったのだと。
そのパンを食べ終わり、コーヒーの方に移る。朝はブラックで飲むのが好きだ。特にドリップの。ミルにコーヒー豆を入れて挽いていくと、ほのかに香りが広がってゆく。
その香りを楽しみながらコーヒーを淹れているとインターホンが鳴った。
「?」
誰だろう?確かリンドウさんたちはみんな任務中だし……
「コウタだけど。いる?」
なるほど。彼も今日は非番になったのか。
「いるよ。入る?」
「あ、じゃあ開けて。」
コーヒーを飲みつつロックを解除する。いつものように明るい顔が入ってきた。
「おお、さすが。きっちり片付いてる。」
「……そこ?っていうか飲む?」
とりあえず無視して彼にもコーヒーを勧める。沸かしたお湯も挽いたコーヒー豆も十分にあるからすぐに淹れられた。
「おっ、サンキュー……うっ!苦っ!」
「えっ?そう?」
特に配分は変えていないはずなのだが……そう思った矢先、理由が判明した。
「ねえ、ミルクは?砂糖は?入れないの?まさかないとか言わないよね?」
そういうことか。
子供だと思ってしまったのを悟られないように、牛乳と砂糖をキッチンから持ってくる。
「ちゃんとあるんだ。」
「私の場合はいつもブラックだし……いらないかと思ってた。」
なんか気まずい雰囲気になってしまった。その空気は彼には耐えがたいものだったようで。
「えっと、とりあえずさ、バガラリーってアニメ知ってる?」
……バガラリー?
「……知らない。有名なの?」
正直に聞くと、
「知らない!?マジで!?」
「マジでって言われても……」
ラジオはフェンリルのニュース、TVも音楽番組くらいまでしか観ない。というか聞かない。はっきり言って映像は完全に無視している。その状況でアニメの題名を言われても知らない以外に答えようがないのだ。しかもそれを聞きながらアラガミについての学術書や論文を読んでいる始末。知りようがない。
そんな私に彼は力説する。気に入っているのはわかるのだが人名を突然出されては……話している内容の一割もわからない。
それがわかってかどうかはわからないが、彼は内容を変えた。
「そ、そういえばさ、神楽って神機使いになるまで何してたんだ?」
……彼にとっては何も含むところのない質問。そうとわかっていても……人にはわからないくらいの体の震えから始まり、またも甦るあの日の記憶。徐々に震えは強くなる。
「ごめん……言いたくない……」
やっとのことでそれだけ返す。鼓動が速くなっていく。
「そっか。まあでも、なんだかんだ生きてられるんだからいいよな。俺なんて、死んだら母さんも妹も路頭に迷っちゃうからなあ……」
……家族の、話。
なおも続いてしまう回想。一人で止めることもできず……こう言っては何だが、そんな私に救済のサイレンが鳴る。
「っ……」
「えっ?アラガミ!?」
訓練で教官に教えてもらった音。その中の一つと合致する。
……居住区へのアラガミの侵入。それを認識した途端、体の震えが止まった。
「コウタ、行くよ。」
「あ、うん!」
今、ここには私たちしか残っていない。
*
「ヒバリさん、どこに現れ……っていうか地図見せてください。」
まだ区域名を覚えていない。地図を見せてもらった方が早いだろう。
「こちらです。避難は済みましたから今のところ住民への被害はありませんが……」
時間の問題だ。言外にそう物語る口調だった。
「どこどこ……っ!」
コウタが息をのんだ。
「母さん……ノゾミ……」
「え?」
途端に駆け出していく。それを止めることは出来なかった。
「ヒバリさん。私も出ます。」
一蓮托生。無断出撃など言っていられない。この現実を見ていながら、誰が止まって良いと言うのだ。
「はい!御武運を!……って、ちょっと待ってください!まだツバキさんに一言も!」
それ以上は話そうともせず、彼が走っていった方向……神機保管庫へと行く。入った瞬間に感じられる油臭さと独特な雰囲気。それに構うこともなく自分の神機を掴む。
……ってあれ?ロック解けてる。強引にぶっ壊すくらいの気持ちでいたのに……
「すごいねえ新人なのに。こんな事しようなんて簡単に考えられるの、君たちくらいだよ?」
「っ……」
横からの声。タンクトップとカーゴパンツという整備士スタイルで全身油まみれの女の子からだった。
いざとなったら気絶させてでも。そう考えた私へ彼女は告げた。
「あ、私整備士の……って、そんな場合じゃないね。ほら、行ってきなよ。止めるつもりなんてないんだからさ。」
無言で頷いて再度駆け出す。それが、ある種運命とも言うべき出会いであったとも知らず……
*
到着して索敵を続けているものの……酷い有様だった。
現地ではつぶれた家がそこら中にあり、そこから飛んだ材木や途端によって歩くことも困難だ。所々で火も上がっている。
「わあああ!」
その瓦礫を挟んだ向こうからコウタの叫びがした。必死で瓦礫の上に登ってその場所を確認する。囲まれていた。どれも小型ではあるが、群となればそれすらも脅威となる。ガードの出来ない遠距離型なら尚更だ。
「コウタ、一旦下がって。」
上を取った利点を生かして次々に狙撃する。スナイパーは一発一発を弱点位置に当てろ、という教官の言葉が思い出される。……なるほど。一発で倒すのは大変だが、怯ませることは容易だ。
「ごめん!助かった!」
そうしてアラガミが怯んでいる間にコウタが離れる。服は所々破れているが動きにダメージは見られない。アラガミの数もちょっとは減ったし、何とかなりそうだ。……そう思って少しばかり安心したのも束の間。
「え?」
数ブロック先で爆発が起きる。避難が完了していないかもしれない地区だ。
「ここお願い。見てくる。」
「わかった!」
短い会話。終わる頃には走り出していた。コクーンメイデンの上半身をもらいながら。
途中、爆発が起きたのは二ブロック先であるのを見て取った。強化された脚力と解放状態をフルに活用して、ものの十数秒でたどり着く。
見たのはまさに地獄絵図。周辺家屋はすべて吹き飛ばされている上、さっきの地点よりも火の勢いがすさまじい。その家屋の跡の上に一体のアラガミがいた。
「っーーーー!」
ターミナルのデータ上で一度だけ見たそれ。記憶が正しければ……
「ヴァジュラ……」
首から伸びるマントのような放電機関による攻撃を得意とする、新人が相手にするには余りに強すぎる敵。
「あ……」
だが、それを相手にしなければならない理由があった。
倒壊した家屋の一つに少女がいた。瓦礫に足を挟まれて。ただがくがくと震えて。
……見逃されるはずもない。
ヴァジュラが低い唸り声を上げながらその少女へと近づく。気が付いたときには、もう動き出している体。
「っ!」
ヴァジュラ種の貫通属性に対する弱点である胴体へとレーザーを撃ち込む。が、それでこちらを気にかける様子はない。
「このっ……」
それでも撃つ。私を見ろ、私を襲え。そう念じながら。
OPが尽き始めた頃、とうとう標的が私へと変えられた。
苛立っているように見えたそのヴァジュラは、瞬間的に私の右側を取った。
「ぐっ!」
脇腹に痛みを覚えると同時に大きく飛ばされる。
「げほっ……う……」
ダメージは大きくない。まだ戦える。
私が立ち上がるのが面白くないかのように吼えるヴァジュラ。それを見ても、不思議と恐怖などが浮かぶことはなかった。
「っ……」
防戦一方で何が出来るはずもないのだ。神機を刀に変えて前足をはね飛ばしにかかる。そんな私の心は静かに鼓動を打ち、視界が赤く染まる。外の色ではなく……自らの内にある色によって。
そして、自分の体が血にまみれていくのを感じた。
「消えろ……今すぐに……ここからっ……!」
呟きつつただ切り刻む。浅く、その分数が多い傷が次々にそのヴァジュラの体を飾る。頭を、足を、胴を、尾を。鼻すらも切り飛ばす。が……
「あう!」
突如として弾き飛ばされた。それが範囲攻撃であったことと神機を三メートルほど吹き飛ばされたこと、恐ろしいほどに大きなダメージを負ったことに気が付いたのは一秒足らずの間。だがヴァジュラにとってそれは、少女へと接近するのに充分すぎた。
その口が開かれる。ひどく、ゆっくりと。
「ーーーー!」
声にならない叫び。痛みを無視して一気に彼女の元まで走って取ることが出来た行動は……
「……殺させ……ない……」
少女に被い被さること。
後ろから確実に近付いてくる。
『……生……きろ……』
耳に響く声。父が死に際に、涙ながらに言った言葉。そうか。これが走馬燈ってやつか。まあいいや。この子は助けられそうだし。
『……そうなった……自分を嫌だ……と……思うだろう……けど……な……』
……待て。本当に私はそれでいいのか?
『無理な……注文だけどな……』
諦めているんじゃないのか?所詮化け物である自分に何が出来るのか、と。
『……俺の……最期の頼みだ……』
……どうせ、いつかは死ぬんだと……
『頼む……』
そんなことでいいわけがない。あの日、たった一人生き残った私に、こんな形で死ぬ権利はない。
『生きろ……!』
父が身を挺して守ってくれたこの生命。おいそれと……
「お前なんかに……喰われていられるか!」
愚考だ。他の人間はそう言うであろう行動を、神機使いになってから初めての自分からの叫びと共にとった。
ヴァジュラの顔面を殴る。普通ならその程度で怯むはずもない。そう、普通なら。
私が殴ったのは、さっき切り潰した左目があった部分。がらんどうになったそこへ、私の拳が深々と突き刺さる。が、捕食はされない。……化け物だから。
当然そんなことをされて平気でいられるヴァジュラなどいない。狙いは再度、私へと向けられる。
怒りを込めて吼える。それが、決定的な隙になるとも知らずに。
「うるさい!」
残った右目も殴る。グチャリという気味の悪い感触と共に、殴りつけた左手の下でその目が潰れた。
細胞群体であるアラガミと言えど、すでに五感を頼った生活をしている。そしてヴァジュラは耳が悪い。
目は潰れ、鼻孔は血で埋まり、聴覚はほぼ使えない。
こちらを知覚できなくなったヴァジュラから離れ、神機を掴む。
その位置からヴァジュラへの距離、僅か二メートル。その程度の距離は、神機使いの脚力にとって常人の一歩分にも等しい。
「っ!」
切りつける。先ほどよりも深く、先ほどよりも速く、全てを致命傷にするかのように。
切られた事への怒りで闇雲に爪を振り回すヴァジュラ。が、当たり前だがそんなものに当たるような訓練はしていないし、その程度で離れるつもりもない。
「はあ……はあ……」
……いいかげん肉体的に限界だ。残った力を全て一撃に込める。
「ぁぁぁああああああっ!」
顔面から胴の左、後ろ足の向こうまで跳び抜けながら切り裂く。斜めに両断されたヴァジュラの体はゆっくりと、重力に逆らうことなく、崩れ落ちた。
赤く染まっていた視界が色鮮やかになってゆく。結局、仰向けに倒れて動けなくなってしまった。
*
数分後、ぎりぎり動ける程度になった自分の体に鞭打ってコアを回収する。忘れかけていた、神機使いにとってとても重要な仕事の一つ。何が良かったのか無傷で回収できた。コウタがいたあたりからはもう何も聞こえない。終わったのかな。
そして少女を助け出す。瓦礫に背中を預けつつ抱きしめたその少女の口から発せられる、たった一つの言葉。
「……ありがとう……」
言い切ると同時に抱きしめていた腕が胸からお腹まで落ちてゆき、私の膝を枕にして安らかな寝息を立て始める。よほど疲れたのだろう。それは私も同じで……
「がんばったね……」
膝の上で気持ちよさそうに寝息を立てる少女の頭を撫でながら……いつのまにかコクリコクリと船をこいでいた。ふふ……さすがに……無理しすぎたかなあ……
*
くそったれが……
リンドウに通信が入ったのはすでに三十分前。その間に、いったいどれだけの被害が出ているか知れたもんじゃねえ。
ジープのアクセルは壊れそうなくらいまで踏んでいる。最高速度で吹っ飛ばしているが遠くに見えるアナグラはなかなか近付かない。
「リンドウ、状況は?」
「タツミ達が着いた。東は何とかなったから北側に向かう予定だとさ。新人二人は西側にいるらしいが……北の方に中型が結構現れちまったらしい。」
後ろで交わされる会話。その中でなぜか気になるのはあの新人……フン。なぜも何もねえな。同じ化け物だからだ。
「第三部隊は外のアラガミをやっているとさ。他の奴らは……今現在自分達の任務中だ。」
「そう……ソーマ、西側に行ける?」
「もともとそっち側にしか着けねえ。作戦地を考えろ。」
「そうね。」
まあ、好都合ではある。そう思いつつアクセルを踏む足に力を込めた。それでどうなるわけでもなかったが。
……着いたのはこの十分後だ。同時にリンドウが指示を出す。
「お前らは二人を捜せ!俺は残存アラガミがいないか索敵する!」
「了解!」
「ああ。」
短く答えて走り出す。……あいつの気配が感じられる……俺と同じ、化け物か。
ジープは放っておく。こんな瓦礫まみれの場所で役に立つわけがない。
そもそもここまでと比べたらよほど短い距離だ。必然的に短時間でたどり着く。そこにいたのは、傷だらけで瓦礫にもたれている神楽と一人の少女。
「サクヤ!」
こいつは衛生兵としても優秀だ。
「分かってる!」
すぐに神楽の元へ向かい、状態を確認する。
「……大丈夫。深めの怪我もあるけど致命傷はないし、疲れて眠っているだけね。多分ヴァジュラとの戦闘があったんだと思う。服がちょっと焦げてるし……あら?」
「何だ。」
いろいろと分析していたサクヤが声を上げる。
「手、握ってる。」
「……」
ったく……俺にそんなこと言っても意味ねえのくらい知ってんだろうが。
「さてと、どう運ぼうかしら?」
どう、か……
「てめえがそのガキを背負え。こいつは俺が運ぶ。」
「……そ、そうね。それが良いわよね!」
……動揺すんじゃねえ……
その後、コウタとかいうアホを連れたリンドウと合流した。西地区をたった二人の新人が、か……
*
『あーあ、二人とも遊び疲れてちゃ世話ないなあ。』
八年ほど前だったろうか?空き地で弟と遊んで疲れはてて、父の背中で揺られて微睡みつつ両親の話を聞いていた。
『しょうがないわよ。まだまだ遊びたいさかりでしょ?元気に育ってくれている証拠よ。』
弟を背負った母が言う。
『それもそうだ。』
私を背負い直す父。その声は優しかった。
『そういえば研究は順調なの?最近よく研究室にこもってるけど。』
父はフェンリルの研究者だった。時折見せてくれる研究室は、なんだか秘密基地みたいでとても興奮したのを覚えている。
『まあ、順調だな。ある程度は完成に近付いてる。』
『曖昧ねえ。』
クスクスと笑う母と苦笑する父。二人を見ながら、目を閉じた。
そんな、まだ平和だった頃の記憶。
「ん……あれ……?」
目を開けるとさっきとは全く違う風景が広がっていた。……いや、一つだけ同じだ。
それは、誰かの背中で揺られていること。目の前にはフードを被った頭……
「そっ、ソーマさん!?う……」
ちょっと声を出しただけなのにくらくらしてしまう。あんなのと戦うのはやっぱりまだ厳しいなあ。
「おー起きたか。」
「あ、気が付いたのね。」
左右から声がする。それぞれリンドウさんとサクヤさん。そして、サクヤさんの背中には……
「その子……」
さっきの少女がいた。
「そう。あなたが、助けた命よ。」
あなたが。そこを強調していた。
「よく頑張ったわ。ヴァジュラと戦ったんでしょ?」
頷く。すると、サクヤさんは手を伸ばし、
「本当に、よく頑張ったわ。こんな新人は初めてよ。」
頭を撫でてくれた。……涙腺がもろくなってゆき……
「ひっ……ありがと……ござ……ま……うっ……」
言葉にすらならなくなる。
「泣いていいのよ。その権利は、いくらでもある。」
そんなことを言われて我慢などしていられるはずもなく……
「わああああん!」
声を上げて泣いた。……ソーマの肩に顔を埋めて……
「……フン……」
それを、彼は受け入れてくれた。
今回相当長めになってました。…それもこれも、初の大規模戦闘を描くってのであたふたした自分の責任なのですが…