GOD EATER The another story. 作:笠間葉月
二つ目
「極東支部独立支援部体クレイドル隊員は、一三○○に第三会議室に集合しろ。繰り返す……」
ツバキさんの声がスピーカーからずっしりと響きわたった。
【……】
《おーい?起きてるー?》
【……起きてる……】
……いや正直あと五、六時間寝ていたいくらいなんだけど……
【……動きたくない……】
《また徹夜だったしねえ……私も何か動きたくないよ。》
例え激戦区でないとしても、アラガミはいつでもアラガミだ。戦場だってどこになるかは分からない。
……昨日の夜からロシア支部外周に多数のアラガミが出現していた。主に東側だ。
その数に救援要請が出され、本部にいた私達は急遽そちらへ移動……そのまま戦闘となり、結果徹夜で討伐作戦に参加することに……渚は次々に転移してちまこま潰しまわり、リンドウさんは防衛ラインで指揮を執りつつ戦闘、私は接触禁忌種を誘い出して単身討伐……と。
【もっと寝ようよお……】
《呼ばれてるでしょうが。》
【……うう……】
ちなみにツバキさんは徹夜でオペレーティングをしていた。十を越える地点での戦闘と、二十余名の神機使い全員の、だ。なんでも大規模な戦闘に慣れていないこの支部のオペレーターに業を煮やしたとか……
最終的なアラガミの数は数百に及んだと見られ、その原因の解明が着々と進行中……そろそろ終わった頃かもしれない。
《……動ける?》
【ん……何とか……】
問題は、その数百という数字が中、大型種のみでのものであること。……が、それで小型が多かったか、と聞かれると……実際のところそうでもないのだ。
内訳としては、第一種接触禁忌種が二割、第二種の大型が一割、同じく中型が三割、通常の大型種が一割と、中型種が二割、残りの一割程度が小型種……
……言われるまでもなく、異常だ。何かしら原因があると見て間違いない。
【……行かなきゃだめだよね……】
《そりゃねえ。雷に打たれたいなら話は別だけど……》
……も……嫌……寝たい……
*
「よう。」
「お疲れ。」
神楽が来た。……目の下に超大型の隈を作りながら、だ。……大丈夫だろうか?
「お疲れ様でした。……ふあ……」
「大丈夫?」
欠伸をしながらソファーまで歩き……っていうか危なっかしくって見てられないんだけど……
「……ほら。」
「ごめん……ありがと……」
差し出された手を迷いなく掴んでいる辺り……起きているのも辛いのだろう。いつもの彼女なら多少なり強がって一度は断るはずだ。
……要請が出ると同時に最終防衛ラインまで飛び、そのまま十時間以上戦闘。それで疲れなかったら生き物じゃない。
しかも彼女は一昨日の夜の睡眠時間が一時間半。……ほぼ二徹だ。
「さっきちょっとだけツバキが来たんだけど、とりあえずのアラガミの出現理由が分かったから伝えたいんだって……って、ほんとに大丈夫?」
「……すぅ……」
「……だめだな。寝かせとけ。」
ソファーに座るなり寝始めた神楽。……起こしておくのも酷だろう。
「こういうときにソーマがいると一番良いんだけどね。」
「まあなあ……」
ツバキも少し考えてあげればいいのに……とは思いつつ、こうして唐突に呼び出すからには何かしら理由があることも想像していた。意味のないことをする人ではない。
「集まっているか?」
件の人が手に分厚い資料を持って現れた。……その顔にも、少々疲労の色が見られる。
「一応は。けど……」
とうとう私の膝に倒れ込んでしまった神楽。……この間のデジャヴのようにも思えるのだが……
「……もう少し待った方が良かったか……後で話を伝えておいてくれ。」
「ん。」
「おう。」
彼女としてもさすがに起こせないのだろうか。昨日の戦闘における最大の功労者は、私の膝の上で口をほんの少しだけ開けながら寝息を立てていることを許されたらしい。
「昨日のアラガミの襲撃だが、ある一体のアラガミによるものであると判明した。」
「一体?あの数がか?」
「……リンドウ。ロシア東部の原子力発電所爆破作戦を覚えているか?」
……爆破作戦?
「ソーマの初陣の時だよな?」
「そうだ。」
分厚い資料の中からあるページを選んで開いたツバキ。それを私が読むより先に、説明が開始された。
「2065年。増え続けるアラガミに対して行われた作戦だ。ロシア東部の原子力発電所へ誘い込み、その発電炉を自爆させる。……まだ神機使いがほとんどいなかった頃の話だ。」
「俺と姉上とソーマがその誘い混みの担当でな。危うく爆発に飲み込まれかけたりもしたんだが……」
ぼんやりと語っていたリンドウが口をつぐんだ。意図的に何かを言うことを避けるかのように。
「……その時に何かあった?」
「まあ、な。……どうする?」
ツバキへと問いかけたリンドウ。……特秘事項の一つ……とかそんなところだろうか?
「おそらく、お前が今考えているものが今回の原因だ。伝えないわけにもいくまい。」
「……マジかよ……」
考えをまとめようとするかのように若干顔を下へ向け、そのまま一分強……
そして、意を決したかのように顔を上げた。
「……俺……っつーより、俺達自身あの時何があったかはよく分からないんだが……少なくとも、俺達が生きてんのはアラガミのおかげだ。シルエット程度しか見てないけどな。」
「どんな感じだった?」
「四つ足の獣……だったよな?」
「おそらくそうだろう。」
……ふむ。要は分かんねえんだよなあ……と言いたいわけか。
「そのアラガミの反応は極東支部からも一瞬ではあるが観測された。時間的には出現直後……そのアラガミが爆発を押さえ込んだときと推測されている。実際、その瞬間にしか姿は現していない。」
「……え?戦ってないってこと?」
「捕喰対象から外れてんだとは思うんだがなあ……気付いたらそこにいなかった、っつーか……」
「爆発が収まった直後に焼け焦げたオラクルの塊を確認。私達を回収した部隊の中に研究者も数名いたため、その場で他のアラガミが持つオラクル細胞との相違点を探らせたもののどれにも当てはまらず、そのオラクル細胞が新種、あるいは固有種のものと判明し、かつ残っていた塊の組成からそれがコアであると断定され……爆発で死滅したものと判断した。」
……えっと?わざわざそう言うってことはつまり……
「問題はここからだ。昨日午前十時頃、極東地域でそのアラガミと同じ偏食場が発生。同午後四時半頃、ロシア東部原子力発電所爆破後にて再度観測。同五時頃、ロシア東部からのアラガミの撤退。同六時、ロシア支部第一防衛ラインへアラガミの第一派が到着……」
「あのアラガミの大群が、単純にその偏食場を感じ取って逃げてきたって?」
「そう考えるのが妥当だろう。」
ツバキの言葉を受け、ちょっとばかり偏食場を探ってみる。……と言っても、この資料によればここからは相当な距離がある。感じ取れても微弱なものでしかないだろう。いやむしろ感じ取れた時点でやばいって言うか……
「っ!?」
……甘かった。
感じたことのないほどの悪寒、想像などできるはずもない敵意、そして、体を全く動かせなくなるほどの恐怖。
今より近い場所で感じたら、と思うだけで逃げ出したくなる。……でも、それ以上に恐ろしく思うことがあった。
「……見つけたか?」
「何……こいつ……嘘……」
……覚えがある。
「……母さん……?」
偏食場はアラガミ一体につき一種類。同種のアラガミはその偏食場の中に共通点があるため、種別の判別が可能となる。
……ではあるアラガミと偏食場が全く同じである場合は?答は簡単だ。同じ個体であるか、そのアラガミが何らかの能力によってそうしているかの二つしかない。
「ああ。現在観測されている偏食場はアリスのものだ。……が、アリスはロシア支部の東側三十キロ地点にいることが確認されている。他種のアラガミと戦闘行動を続けながらな。」
「戦闘?んな場所でか?」
「すでに討伐されたアラガミが進んでいた場合、ロシア支部を襲撃していたことが予想されている。それを防いでいる……断言はできないが、その可能性は高いだろう。」
……深く安堵している自分がいた。アラガミがいることに安心する、なんて……神機使いとしては失格だ。
「……アリスと思われるアラガミが別種のアラガミと戦闘を続けていたのはこれが最初でもない。私としても、守ってくれていると思いたいところさ。」
「初めてじゃない?」
ツバキの発言にリンドウが食いついた。確かにそんな話は聞いたことがない。知っているのは、アリスの初観測が三年前であることくらい……
「あれの初観測は三年前。あの事件の日のエイジスだ。」
「おいおい。んな話聞いてねえぞ?」
「お前達には伝えていなかったからな。あの状況でさらに混乱させてもどうしようもないだろう?」
……私自身はまだはっきりと思い出せていない部分の記憶だ。断片的なものなら覚えているけど、それ以外の部分は靄がかかったみたいになっている。
「神楽が倒れた直後に一時的に観測され、救出部隊到着までの十数分間オルタナティヴと戦闘行動を続けていたことが偏食場の観測データから確認されている。」
「リンドウは見たの?」
「いや……俺は神楽がやられた辺りで気い失ったからなあ……」
じゃあ本当にそうだったかは分かってないってことかあ……
「……今分かっていることは以上だ。他に何か分かれば追って沙汰する。」
「了解だ。」
「……はい……」
……力が抜けている。少し休んでから行こう……
……あ、神楽どうしよう?ベッドに放り込もうかな?
*
「支部長、榊博士。ツバキさんからの連絡が入りました。」
研究室に親父、俺に次いで三人目の来客があった。
「やあヒバリ君。で、彼らはどうするって?」
「現状、ロシア東部にて確認されているアラガミに動き出す気配がないことを考慮し、しばらくはアリスの追跡を取りやめ、ロシア支部にて対応準備を整える。とのことです。」
「……妥当だな。あれと戦えるとは思えねえ。」
……任務終わりに唐突に感じた悪寒。アラガミにとってもそれは同じなのか、一部のアラガミがアナグラへ侵攻したりもした。……数は少なかったが。
「あれ……ですか?」
「……昔一度だけ……な。」
「すまないがこれは特秘事項だ。直接の被害がない状況で話せるものではない。」
「はあ……?」
怪訝そうなヒバリ。……そういえばまだサクヤがオペレーターだった頃か……こいつが知らねえのも頷ける。
「ツバキさんからの連絡はこれだけなんですが……私は外した方が良いですか?」
「……そうだね。少し機密が多い話だ。」
榊の言葉を聞いてすぐに一礼して部屋を出ていった。……理解が早くて助かる。
あれは機密と言うより不明な点が多すぎるが故、調査終了まで、という期限付きで秘匿されているデータだ。が、あれは反応炉の爆発……つまり、今現在あの場所の中心地に入ることは難しく……アラガミすら確認されていない、「外界から隔離された地域」の一つである、と言って差し支えない場所だ。
データの閲覧を許可されているのは大尉以上の人間達。よって、神楽は少し前にそれを知っている。
「さて。ソーマ君。件のアラガミについてどう思う?」
「……あの時はまだ正確な偏食場までは感じ取れなかったが……おそらく同じ個体だ。」
爆発の中、一瞬だけ見えた獣型のシルエット……見た途端に寒気がした。こんなものが世界にいるのか、だのと感じたことも覚えている。
任務終わりに感じた悪寒も、その寒気と似たような感覚だった。そもそも並のアラガミに対して俺がここまでの畏れを抱くとは思えない。
「極東で一回、ロシア東部で一回……だったか?」
「その通り。極東での信号はすでに途絶えているし、明日か明後日にでも第一部隊に偵察をしてもらう予定だよ。」
「ロシアへの偵察は?」
「それはロシア支部の連中に任せる。こちらはこちらでやることがあるだろう?」
親父の言う通り……とは言え、一刻も早くこの気配の現況を確認しておきたい、という思いはある。
……正直俺も偵察できるとは思っていないが。
「とりあえず、こっちでの反応があった地点を調べるときに新人二人の偵察任務訓練も兼ねようかと思っていてね。君も行ってもらえるかい?」
「了解だ。後で日取りを決めておいてくれ。」
……新人のお守りか……
ソーマ達がロシア東部で確認した、というアラガミは確かにPVに出ているのですが、それについての記述が公式から出ていない(見落としているだけかもしれないので、ご存知の方がいらっしゃいましたら教えて頂けると助かります。)ため…とりあえずストーリーに組み込んじゃおう。って感じです。
次話が今回ラストの投稿ですね。
…ちょっとGEに関係のない告知なんかもするつもりですので、どうぞ最後までご覧ください。