GOD EATER The another story. 作:笠間葉月
邂逅
《……めんどい。》
【初っぱなからこれはないよね……】
本部到着から30分。……近くの廃ビル群にて第一回目の戦闘である。
《普通いくらかは掃討しておくもんじゃないの!?本部から人が来た時なんて一日中走り回って潰したよね!?》
【ま、まあまあ……】
《あーもう!本気出そう本気!手伝うから!》
【……それもっと疲れない?】
《うぐっ……》
……イザナミが精神体で本当によかった。これで普通に外で生きていたら……たぶん本部長が今日殉職することになるだろうし……うん。本当によかった。
と言っても、いくら喜怒哀楽が若干激しい方の彼女だってただアラガミを掃討する羽目になっただけでここまで怒りはしない。問題はもう少し別のところだ。
「さて。じゃあ作戦説明から入ろうか。」
「はい!」
「了解です!」
……本部単位での中堅とベテランが一人ずつ。極東支部の基準だと……今回が二回目か三回目の戦闘になるド素人と、とりあえず大型を任されるようになってきた新人脱出頃のコンビだ。それで階級が少尉と中尉なんだから恐ろしい。
ちなみに極東支部でのその階級はタツミさんやジーナさんクラス。一応補足するなら、ツバキさんが中佐、リンドウさんがこの間の昇進で大尉、私は独立部隊の隊長になることが決まったときに少佐へ昇格してしまった。ちなみにソーマも少佐である。
で、アリサとコウタが中尉になって……渚も少尉への昇格が決定。と考えると……
少尉=禁忌種を一人で倒せて五体以上のアラガミを同時に相手に出来る人……かな?
その階級を持っているのに大型二体以上を同時に相手にしたことすらない(本部長談)って……
《こいつらってハンニバルと戦えるの?》
【本部長にこの人達と戦ってくれって言われちゃってるんだよ……】
《……翼の準備は?》
【……よろしくお願いいたします。】
《了解でございます。》
……そりゃあ……腹も立つよね……
「……というわけだけど、何か質問は?」
「ありません。」
「大丈夫です。」
本当に大丈夫なのかって聞きたくなるのを必死で押さえ……
「作戦開始!」
*
……悪寒の元凶。たった一体の人型アラガミ。
大きさとしては……成人男性の二倍ほどの身長がありそうだ。……形状のベースは完璧に女性だが。
肘から下が丸ごと刃になったような腕。ほぼ空中に浮いているからか、足も膝から下はスパイク状だ。
人で言えば骨盤に当たる位置から、前部分を空ける形で放射状に延びるスカートのような部位。同じ形状のものが両肩を覆うように生えている。
肩胛骨から腰までを基点に斜辺を下にして出っ張った三角形。そっちはそっちでどうやらブースターに近いものが形成されているらしい。
頭は楕円形のヘルメットを被ったような形をし、外から見えるのは口と鼻のみ。後ろにたなびく髪がそれをいっそう際立たせる。
それら全てが、赤く不透明なクリスタルのようなもので形作られていた。
……間違いなく初めて見るアラガミだ。なのに……
……それが何なのか、どこかで知っている気がする。そして忘れてはいけない、とも。
「っ!気付かれた!?」
そのアラガミが、シユウの変種を襲うのを止めた。残っていた個体は散り散りに逃げ出していく。
急いで岩陰に引っ込み、気配だけで位置を確かめようとし……
「!」
……目の前に立たれたことに、遅すぎるにも程があるほど遅く気付いた。
「くっ!」
右手に神機を形成しつつ岩とアラガミとの隙間をすり抜ける。ちょっとばかり恨めしく思う小柄な体ではあるけど、こういう時には頗る便利だ。
三メートルほど距離を取って一気に振り向く。こちらを振り向くようにして立っている姿がすでに恐ろしいほどに、このアラガミが発する気配は異常だった。
「……」
その状態のまま十秒。アラガミはやはり唐突に行動を起こした。
……手の刃と足のスパイクを、人のそれとほぼ同じ形状へと変化させたのだ。
「……っ!」
それを確認してからいったい何秒経ったと言うのか……何も分からぬままに、アラガミに捕まえられていた。
……無理だ。直感的に、それ以上に瞬間的にそう感じた。
「?」
だがいつまで経っても私を捕喰する気配がない。それどころか優しく抱きしめてすらいる。……恐怖とは違う別の感情が湧き出るほどに。
《ーーー》
落ち着いてくると同時に徐々に聞こえ始めた音。言葉だと気付くのには少し時間が必要だった。
《……元気そうで……よかった……》
「……えっ……」
……初めの感覚が確信に変わった。私は、絶対にこのアラガミを……彼女を知っていた。アラガミになる前のどこかで。
《……そう……そんなことが……やっぱりあの子……》
とても懐かしい……でも同時に、張り裂けそうな程に辛い……そんな感情。
《……あの子に会ったら……助けてあげてね……》
あの子……?
《……もう行かなくちゃ……どこかでまた……会えると嬉しいな……》
抱きしめる腕に力がこもった。何があっても離したくないと言うかのような、緩やかで力強い抱擁。ずっと強ばっていた筋肉が弛緩し、彼女の腕に身を任せる。
《……愛してる……》
……そして、また気付かぬ間にいなくなった。日が差し始めた中、残ったのは抱きしめていた腕の感触と……
「……何で……泣いてるの……?」
ぽたぽたとこぼれ落ちる涙だけだった。
*
「……こっから南西10キロ地点での反応の確認……その後北へ13キロの地点でも同様に確認……他六回か。けっこう多いな。」
「どれもかなりの時間をおいての観測結果だ。確認時間同士の間は、完全にセンサー外へ出ていたものと推測されている。」
原始的なアラガミの反応……俺達がここまで来た理由がそれだ。博士の話では、限りなく純粋なオラクル細胞によって構成されたアラガミである可能性が高いらしい。
でまあそいつの反応記録を追っているわけなんだが……本部が所有するセンサーの感度は10キロから15キロ。これまでのところは端の方をうろうろしている程度だろう。
「まだこれしか資料がないからな。あまりこちらから動くというわけにもいかないが……」
「探すってのは?」
「ここや他の支部を使う条件にアラガミの掃討が挙げられている。それが終わらんと何も出来んさ。」
……面倒な条件だ。これが政治の世界とか言うやつなんだろうか。
「……ただいまです……」
そんなどうしようもない話が終わったところに神楽が戻ってきた。やけに疲れた表情をしているが……
「……あの……ここってこれまでどうやって保ってたんですか?」
明らかにもう嫌だ、といった様子で聞いてきた。……何となく察しが付いちまうのが恐ろしい。
「……気にしたら負けだ。」
「……うう……」
……どうやら長丁場になりそうだ。サクヤに連絡くらいはしないとな。
*
ドアのノックの音が響いた。
「あ、私出てきますね。」
「おお。悪いな。」
サツキに案内されたのは、中心地からはかなり離れた場所にある一軒の民家だった。
住人は一人。芦原八雲とか言うらしいが……まあ、ジジイだ。
「……そういやあんたら。赤い雨には降られなかったのか?」
「赤い雨?あの妙に赤い雲のことか?」
軍が存在していた頃、ゲンとは同期だったらしい。……間違いなく極東支部を追い出された一人だ。
「降られちゃいねえのか。いや、なんせあの雨に当たったやつが流行り病にかかっててな。それで死んだのも出てきてる。」
「流行り病?」
「初めはただの風邪みたいなんだが、だんだんひどくなってってな。熱は出るわ咳は出るわ血い吐くわ……なんでも、末期には体に蜘蛛に似た形の痣が出るんだとよ。それが出たら……今んところは助かったやつはいねえって話だ。」
「……なるほどな。」
アナグラにはまだあの雨は降っていない。……つっても、時間の問題だろう。雲を止めておくような技術なんざどこにもねえ。
「ああそれと……」
「何だ?」
「とりあえず、ここの行政府には見つかんないようにしとけよ?あいつらかなり根に持つ奴らばっかりだからな。」
ここに来るまでにも何度か住民に行き会っている。大半は物珍しそうに見つつ離れていくだけだったが、中には明らかな敵意を込めた目線が感じられた。援助を受けていることは知っていても過去に自分達を追い出した事実は変わらない。彼らの意識はその辺りにあるんだろう。
……その代表格が行政府だとしても……おかしくはない。
「……ところで……ここの防衛はどうやってんだ?ただの銃でアラガミに対抗してるわけじゃねえんだろ?」
「ま、そりゃな……?」
けたたましい足音の後、リビングのドアが勢いよく開かれた。
「……ずいぶん騒々しい客だな。」
入ってきたのはアリサを後ろ手に拘束した四十代後半と思しき男。服装を見る限りではここでの権力者の一人なんだろう。後ろには銃を持った兵士らしきやつらが数名待機している。
……にしても……拘束されてんだったらもう少し辛そうな表情をしたらどうなんだか……
「君達が来なければうるさくはならなかったが?」
「……その辺はアラガミにでも言ってくれ。」
神機はひとまず隠してあるが……あまり長くなると見つかりそうだ。とっとと話を終わらせた方がいいだろう。
「で、何の用だ?食事会への招待ってわけでもなさそうだが。」
「分からないか?ソーマ・シックザール君?」
「……」
俺のことを知っている……となると、元極東支部在住どころじゃなさそうだな。アナグラで働いていたと考えて良いかもしれない。
「……拘束しろ。」
「はっ!」
命令を受けた兵士が俺の後ろへ回り、ごくごく普通の縄で腕を縛ってきた。……正直こんなものは楽に引きちぎれるが……まあまだ穏便にいこう。
「那智よお……別にそいつらが追い出したわけじゃねえだろうよ。捕まえる必要はねえと思うがね。」
八雲が口を開いたのは、ちょうど俺が部屋を出る直前だった。那智と呼ばれた、指導者らしき人物が立ち止まったのを受けて俺を囲んでいた兵士も立ち止まる。
「……フン……ああ、気にしなくていい。連れて行け。」
……どこかで昔の自分を那智に重ねていた。……何でだかな……
「すみません……」
「別にお前が謝るようなことじゃねえさ。人相手に本気で、ってのはさすがにアウトだからな。」
「あ、いえ……すぐに戻って伝えた方がよかったな、と……」
「……否定はしねえ。」
アリサと共に外に出され、とりあえずは次に何をするべきかを考えつつ言葉を交わす。……実際、すぐに伝えに来てくれるのが一番ありがたかったが……そういう機転がすぐに利くような状況でもない。
「……渚のやつ……どこまで行ってやがる……」
「もしかして中に入れないんでしょうか……」
「有り得るな。……まあ、どっかから忍び込んでくるだろうさ。」
……今来てくれると助かる、と言いたいのを留めつつ……実際どこにいるかを探ってみる。
神楽ほどの自由度はないが、偏食場の探索程度なら好きに出来るようになった。……というより、俺の体が何ともない限界がそこらしい。あの日と同じところまでアラガミの能力を使った瞬間ぶっ倒れたのは……今となっては忘れ去りたい思いでだ。
その偏食場の探索は、渚以外のそれを感じ取った。
「っ!」
「えっ?そ、ソーマ?」
……外壁が、抜かれた。
場面は違うのに話は続きもの、って回…これまで全然なかったような気がする…まあいいか。