GOD EATER The another story. 作:笠間葉月
なんとか新編の方も軌道に乗り始めましたし、頑張っていかないとですね。
まあそんなわけで、本日は三話投稿となります。
ありふれた毎日とありふれない今日
「着いたか。降りるぞ。」
作戦開始から丸一日。ここまで数回の補給を受けつつツバキさんとリンドウさんと一緒にヘリに揺られた時間だ。二人の過去話が聞けて結構楽しかったけど……
「……さすがに肩凝るなあ……」
「大丈夫か?……つっても俺も似たようなもんか……」
肩を少し回したり揉んでみたりしながらヘリを降りる。リンドウさんに至っては風が鳴りそうなほどぶんぶんと腕を振り回し、すたすたと歩いているツバキさんもヘリの中では時折体を解していた。長時間ヘリの中、っていうのはやっぱり……疲れてしょうがない……
「えっと……ここで補給を受けた後で本部まで行くんですよね?」
「そうだ。本部にいる間に欧州は全て回るからな。準備はしておけ。」
「はい。」
北米支部。極東ほどではないにしろ、激戦区として名を馳せる地域の一つ。ブレンダンさんの出身地が近いって話だ。
《しっかし長かったねえ。あのヘリもっと速く飛ばないの?》
【まあ種別としては護送用ヘリに近いし……】
《にしたってさあ……》
【……うん。遅い。】
イザナミも不満が爆発しているようだ。もともとのんびり屋なだけあって、うるさくはないのがせめてもの救いだろう。
「極東支部所属、雨宮ツバキ。並びに雨宮リンドウ、神楽・シックザール、到着した。燃料等の補給を頼む。」
テキパキと事務員に報告を済ませるツバキさん。その間、私とリンドウさんはヘリの外でこの後の行程を確認するわけだが……
「相変わらずこういう時は早えなあ……」
「リンドウさんはああいうの後回しにし過ぎですよ。……っていうか、今はとりあえず本部に着いてからの行動とか確認しないと。」
「……すまん。」
アナグラにいると名前で呼び合っていたから実感が湧かなかったけど、私って神楽・シックザールなんだなあ……
《前の苗字が懐かしい?》
【……少しはね。】
慣れ親しんできたものがなくなっていく。そうやって次に進んでいくんだろうって、最近は思うようになった。過去に捕らわれずに生きるとか……よく分からないけど、それに近いのだろうか?
……にしても神楽・シックザールって……ちょっと語呂が悪いような気がする……
「本部に着き次第、ひとまずアラガミの掃討から始める。初めは本部から半径五キロの範囲だ。その後は欧州北部から時計回りに進み、最後はグラスゴー支部へ。そっからは俺らの仕事に専念する。」
現在、本部周辺ではこの二年間で急速に増加したハンニバルと呼ばれるアラガミが数多く出現している。今のところ、そのハンニバルとの交戦経験がもっとも多いのが私達なのだ。この辺りの神機使いへのレクチャーも兼ねて戦うことにはなるだろう。
「ま、とにかく早めに終わらせようや。」
「……早めって……」
……果たしてこのテンションのリンドウさんが真面目にやるかどうか、ってところに問題があるけど……
*
神楽達が北米支部に着く半日前。
「いや、助かりましたよ。護衛も全員やられちゃいまして。」
「あ、いえ。私達こそ……」
ちょっとばかりテンションの高い女性が運転する車に乗っていた。
……話はすごく単純。ヘリがシユウの変種らしきアラガミに墜とされたのだ。ついでにヘリに積んでおいたアイテムは全損。神機を持って飛び降りられたのがすでに幸運だ。
でまあどうしたものかってなっているところに銃声が聞こえ……
「ところで、あんなところで何してたんです?迷子とか?」
「……ま、まあ……そんな感じです……」
とにかく駆けつけてみたら、この異常に賑やかなサツキがただの銃でオウガテイルと戦っているのを見つけた、と。
そのまま彼女の車に乗せてもらっているのだが……なんで外でフェンリルマークの付いた車が走ってるわけ?
「あ、もしかしてあの爆発してたヘリにでも乗ってたとかですか。」
「はい……」
……っていうかこの人……明らかに……
「ちょっ……それマジで笑えるんですけど……って思ってる?」
「バレました?」
「そりゃあそうあからさまだとね。」
……完全に楽しんでいる人の表情だ。たぶん悪い人ではないけど。
と、そんな話をしていると……上からいくつか機械が降ってきた。
「っと……」
「ぐっ……」
……真横を通り抜けた無線機。前にいるソーマに至っては脳天を直撃している。
「そ、ソーマ……大丈夫ですか?」
声をかけられたソーマは……悶絶中。
「ねえアリサ……席、換わらない?」
「……遠慮しておきます。」
外は山道だし……まだまだこの機械の雨は続くことだろう。できればもう少し落ち着いて走ってほしいものだが……
「あれ?あの雲……」
窓の外に広がり始めた赤い雲。アリサは特に何も感じていないようだが、私には……いや、おそらくソーマにも……それが異質なものであると理解できた。
……同時に自分と同じ様なものだとも。
「赤乱雲ですね。もうちょっと急ぎますか。」
「積乱雲?」
「……」
何にしてもあの雲が降らせる雨は普通じゃない。それだけは確かだ。
……とすると……うん。今見回っておかないと。
「……ちょっとこの辺を見回ってくるよ。サツキ、車止めてくれる?」
「いやいや。ダメですって。あの雲見ました?」
「見たよ?だから行くの。」
さっきのアラガミがどんな奴か……それだけは確かめておかないと、“先”が分からない。
「あの雨が降り出したら、私とソーマ以外は外に出られないと思うから。」
「いやだから……」
サツキが何か言おうとしたのをソーマが遮った。たぶん私の考えが分かったんだろう。
「俺らがどこに行くか分かってんのか?」
「ソーマを探せばいいんじゃない?」
「……それもそうだな。」
偏食場なら距離があっても問題ない。ましてやソーマや神楽の偏食場は普通のアラガミの比ではないのだ。車で動ける程度だったら……ロストするはずもない。
「……分かりましたよ渚さん。もう勝手にしてください。」
サツキのため息と共に車が止まった。……こちらを軽く振り向きながら手をひらひらと振りつつのため息だけど。ほんと、勝手にしてくれってことらしい。
「ん。じゃあ行ってくる。」
これ以上会話していてもどうしようもなさそうだし、さっさとドアを開けて車を降りる。雨に濡れても問題はないだろうけど……あまり気持ちのいいものでもないだろう。
「……絶対に雨には濡れないでくださいよ!」
サツキの言葉が背に届いた。……濡れないでって言われても……あのアラガミを見つけて、ついでにあの雲の正体も突き止めて、ってところまではやらないと。
……中身のない了解の意を示しつつ、森の方へと歩いていった。
*
渚が降りてから十数分。
「見えましたよ。」
森と崖に挟まれ、恐ろしいほどに曲がりくねった道を抜けた。……いったい何度機材が降ってきたのか……数えるのも腹が立つ。
「女神の森……ネモス・ディアナです。」
窓の外に見えたのはドーム状の建造物。大きさだけで考えれば小さめのハイヴほどにはなるだろう。
……だが、フェンリルのハイヴにドーム状の建造物はない。
「……フェンリルの施設じゃねえな。」
「えっ?」
「ご名答。ほぼ自治区ですよ。」
おそらくは極東支部や近隣のハイヴへ収容しきれなくなった人々の集団が住んでいる……というより、寄り集まって造り上げた場所、と言ったところか。
「シックザール支部長が再任してしばらくした頃に発見されましたけどねー。ま、極秘事項にはしてくれるみたいだから良いですけど。」
「援助は?」
「建築資材とオラクルリソースのみ、ですね。頑張っても手に入らないものと向こうの余り物をもらってるわけでして。無償でくれてるのがありがたいっちゃありがたい……」
若干引っかかる言い方。それについて聞く前にアリサが口を開いた。
「ありがたいと言えば……ですか?」
「そりゃそうですよー。援助してもらってるってことはいつでもアナグラに懐柔される可能性があるし、何よりフェンリルには所属してないから神機使いまでは配備されないし。エイジス島からオラクル資源をくすねてるのがバレてるのを考えたら、逆に良いんでしょうけど。」
そうこうしている内に入り口らしき場所までたどり着いた。番兵が二人。銃しか持っていない状況でどうするのか、と聞きたいのはひとまず堪える。
「じゃ、行ってくるんで。車の中で待っててくださいね。」
意気揚々と降りるサツキ。ドアが閉まってからアリサが尋ねてくる。
「あの……ここってどういう場所なんですか?」
「……推測だが、極東支部から追い出された人の集落だろう。珍しい話じゃねえ。」
「……珍しくない……って……何とか出来ないんですか?」
「そのための作戦がこれだろ。」
……何にしてもここの上層部には見つからない方が良いかもしれない。さっきのサツキの言い方からすると、神機使いはかなり煙たがられるはずだ。
「お待たせしましたっと。さっさと入りますか。」
前触れもなく運転席のドアが開き、先ほどのテンションのままのサツキが戻ってきた。少し遅れてゲートが開き出す。
……っつーよりも渚のやろう……どっから入るかまで考えてたか?
*
「……なるほど……サツキが雨に濡れるなって言ってたのはこのせいなんだ……」
降り出した雨に濡らした皮膚。……その部分が雨水を捕喰していた。さっきから服が濡れないのもそれが原因だろう。偏食因子で織っているんだから当然だ。
この赤い雨がオラクル細胞を含んでいるのか、あるいはオラクル細胞が雨になっているのか。どっちなのかははっきりしないけど、この雨の中で動けるのは……オラクル細胞で構成される生物……私と神楽とソーマ、それにアラガミだけだろう。偏食傾向が分からないけど、周りの植物が捕喰されないのを見る限りでは……最低でも動物が対象とされたものではあるようだ。
その雨の中で悠々とザイゴートを喰らっている数体のシユウの変種。アラガミに影響がないのは間違いないらしい。
通常のシユウと比べて色が濃く、背に触手のようなものが見受けられる。それがいったいどういうものなのかは分からないけど……
「!」
頭上から唐突に感じられた何かの気配が背筋を凍らせる。ついさっきまでは全く感じなかったそれがどうしようもなく恐ろしいものに思えた。
「……」
私が隠れている岩の上の方にでもいるのだろうか。出っ張った部分があるおかげで、気付かれてはいないらしい。
……そしてまた唐突に……シユウの断絶魔が響いた。
「えっ!?」
殺気も音も微塵もなかった。ただただ突然の断絶魔が再度背筋を凍らせる。
……“私”が感じた、六年ぶりの恐怖だった。
書いてて思ったんですけど…
神楽・シックザールって想像以上に語呂悪いですね…