GOD EATER The another story.   作:笠間葉月

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二話目です。ほぼソーマとの戦闘回ですかね。


存在の証明

存在の証明

 

「くっ……」

 

上段から思いっきり振り下ろされたソーマの神機。力の入らない腕で止められるとは到底思えず、体を捻ってぎりぎりで避ける。

その位置から重たい神機を横薙に振るう。……まともに動けるように翼を無理矢理出しているせいだろうか。いつもよりゆるい切っ先が彼を捉えることはなかった。

 

「……やっぱり……強いね。」

 

……一撃でいいだろう。一撃でいいから、本気を出せれば。そうすればきっと彼の神機を飛ばすことは出来るはずだ。

でも今の私がまともに出来るのはただの回避行動くらいのもの。……この状態で本気が出せるとは思えない。

 

「あんまり使いたくないんだけど……」

 

普段なら戦闘開始直後の全くダメージがないときにしか使わない強制解放剤。……チャンスがあれば、使う方がいいだろう。そう思って口に含む。

様子をうかがっているソーマを見据え、その隙を探る。

 

「……まあ、すぐに見つかるはずないよね。」

 

神機を構え直す。……ちゃんとした攻撃を初撃からやるなら……空中からだろうか。

考えついたときには体が動き始めていた。自分でも意識しない内に、どうにも戦っていくための体になってしまっていたらしい。

 

「当たっ……れっ!」

 

空中から斜め上に切り下ろしつつ解放剤の使用タイミングを伺う。舌の裏に転がったそれを噛み潰せばいいだけだ。

私の攻撃を受け止めたソーマがその切っ先をずらし、同時にかなりの速度で振り下ろした。その刃に絡まるようにして神機ごと私も地上へ。屈み込むようにしつつ、彼の足下に近い位置へ着地する。

……彼の神機は、完全に振り切られていた。

 

「……」

 

解放剤を噛み潰す。痛みに襲われているはずなのだが、それ以上に全身が活性化する方を感じていた。

今度は斜め下から切り上げた。伸びきった腕に持たれた彼の神機の刃の突起が私の神機を捕まえる。

 

「っ!」

 

そのまま羽ばたき、勢いを乗せて更に上方へと切り上げていく。

 

「!」

 

彼の神機が跳ね飛んだ。初めて出来た大きな隙を活かさない手はなく、私の神機は彼の足へ裂傷を刻み込む。仰向けに倒れるソーマ。その体を峰打ちで瓦礫へと叩きつける。

 

「……」

 

ほんと。何やってるんだろうね。好きな人をこうやって切り刻んで、自分を切り刻んで。

堂々巡りでしかないその考察を頭から追い出して彼を貫くような形で神機を構え……突き出した。……ううん。突き出そうとした。

……決意したはずのその腕は、今になって震えだしていた。

 

「……出来ない……」

 

かたかたと神機ごと震える手をなんとかして止めようとするが、一旦震え始めたそれは容易には止まらない。

あと三センチ。たったそれだけの距離が、途方もなく遠かった。

 

「……出来るわけないよ……」

 

背中が軽くなる。同時に舞った、無数の黒い羽。

彼の足はもう再生を始めていて。それが無性に悔しくて膝をついてしまった。

 

「……決めたのに……ソーマをアラガミになんてさせないって決めたのに……」

 

これまで全く流れなかった分が全て流れるかのように溢れ出した涙が視界を遮った。

……それが、大きく揺らぐ。

 

「うぁっ……」

 

瓦礫に叩きつけられて初めて、自分がソーマに蹴り飛ばされたんだと気付く。脇腹にあった傷が開く感触が唐突に私を襲って……それを皮切りに、これまでなかった感覚全てが蘇った。

体中を走る痛み。降りしきる雨に濡れる肌。貧血でくらくらする頭。侵食されつつある右腕。無理なことをしたせいで痛む、アラガミとしての私。これらの内の大半を、イザナミが引き受けてくれていたというのか……今更になって、罪悪感に襲われた。

 

「……ソーマ……」

 

迷いなくこちらへ歩んでくる彼の姿。それとはあまりに対照的な私の姿。

そんな彼の手からは、三本のクローのようなものが生えていた。

 

「……え……?」

 

……彼の左手のクローが、私の右腕を貫いた。

 

「……やだ……やだ……」

 

痛みよりも先に感じたのはただの虚無感。続いてかたかたと鳴る自分の歯音が耳に届く。彼はもういない。私が知っていたソーマはもうどこにもいない、と。……叶うはずもない儚い希望が、彼自身によって砕かれた。

無意識に感覚を切り離そうとしたからか、右腕への侵喰速度が跳ね上がる。

 

「……帰ってきてよ……ソーマ……私……ここにいるんだよ……?」

 

届くはずもない言葉。それに答えるかのように、彼は右手をゆっくりと上げていった。……私の首を切れる位置へ。

 

「っ……」

 

その手が動いた瞬間に、私は目を閉じた。

 

   *

 

「状況は!」

「神楽さんがソーマさんと交戦中です!……でも……」

 

前支部長の声が響いたエントランス。アーサソールと彼らが操るアラガミへの対応で人のいなくなったエントランスに、四人の姿が現れる。

 

「お前たちはアナグラの防衛に向かえ!」

「はい!」

「了解!」

 

アリサさんとコウタさんはツバキさんの号令で準備を始め、程なくして開きっぱなしのゲートへ消えた。指示を終えたツバキさんも、カウンターの中に入ってオペレートの準備を始める。

 

「……これは……」

「……」

 

前支部長が見つめるモニターに映っているのはリンドウさんとサクヤさんが乗るヘリに取り付けられた望遠カメラからの映像。

 

「フェンリル極東支部第一部隊所属神野神楽中尉!」

 

彼の言葉は、そう始まった。

 

   *

 

……いつになったら彼は私を殺すのだろう。それとも、私が気付いていないだけなのだろうか。

いぶかしみながらも目を開けることが出来ない。何だか、これ以上今の彼を見たくなかった。

……それにしても、彼が動く気配が全くない。いい加減、目を開けてみようか。自分が生きているのか死んでいるのか位は分かるだろう。

そう思って、開けるタイミングを考えていると……

 

「……くっ……」

 

彼が、呻いた。

 

「……ソー……マ……?」

 

薄く目を開いた。いつの間にか止んでいた雨。

彼は、さっき私の腕を貫いた姿勢のまま震えていた。

 

「ぐっ……」

 

さっきより苦しそうな呻き声を発し、私の肩からクローを抜いて後ずさる。

 

「っ!」

 

引き抜かれた傷から流れる真っ赤な血のなま暖かさと同時に感じた痛み。さっきまで全く感じなかったそれが急に姿を現していた。

 

「……そっか。」

 

何かに悶えるかのように……殺気すら消えた彼は、私へ何か訴えるような目を向けていた。

……殺してくれ。とでも言うかのように。

 

「ごめん。なんか私、迷ってた。」

 

あなたがどうであっても……私は……

 

「フェンリル極東支部第一部隊所属神野神楽中尉!」

「ひゃっ!」

 

突然の怒号。耳元で聞こえたそれが、いつものくせで付けていたインカムからのものだと気付くのに数秒。接続は切っていたはずだから、たぶん緊急救難信号回線だろう。

 

「し、支部長ですか?」

「……前、な。」

 

まだキーンとしている耳をインカムごと押さえつつ会話する。ソーマの様子はさっきから変わらない。

 

「一体、何をぼさっとしている。」

「……え……?」

 

なんだか怒っているような声色の質問の意図を量りかねて聞き返す。

 

「お前に任されているのは何だ。成そうとしていたことは何だ。」

「……」

 

支部長向きの人だ。こんな時だというのにそう思う。

……ソーマがどう、じゃない。私が、どうしたいか。

 

「……孫の顔の一つくらい、拝ませてみせろ。」

「ちょっ!」

 

たった今いい人だって思っていたところなのに……取り消し!ま、孫の顔って!

 

「お前たちへの懲罰は両名とも無事に帰投した場合のみ免除する!私を止めたお前にそれが出来ないとは言わせん!」

 

無茶を言ってくれる。初めから助けられないと結論づけていた私に対してそれは酷だとは思わないのだろうか?

……まあ、それでもいい。

 

「了解です!孫の顔の一つや二つ見せてさしあげます!」

「……頼んだぞ。」

 

プツっと通信が切れる。ソーマは動いていない。腕をだらりと垂らし、前のめりになったまま止まっていた。

 

「ソーマ。あなたがどう思っているかは分からない。」

 

ピクリとほんの少しだけ動いた彼。

 

「だから……助けるね。」

 

言った瞬間、彼は音もなく飛びすさった。こちらへ向けた目には、少しだけ人の目の色が戻っているような気すらする。

私の方では全身の傷がすさまじい速度で修復されていく。……あれから何日経っているのかは分からないけど……まったくよくこれほどの怪我で今まで生きていたものだ。

 

「……怜。おいで。」

 

侵喰された右腕は、すでにその形を変え始めていた。灰色の羽のような装甲を鱗状に生やすような二の腕。装飾のあるガントレットとでも言ったところだろうか。腕そのものの細さはさほど変わっていない。

 

「っ!」

 

右腕を激痛が襲う。……喰われる、というのはこんな気持ちなのだろうか。

少しだけその痛みが収まった頃には、神機が半分以下まで減っていた。代わりに私の腕は灰色から純白へ。一部では白銀色も見られた。

ソーマはといえば、私を警戒しつつ自分の神機を取りに動いていた。……さっきの彼が何だったのか、と思うほどの敵意を剥き出しにして。

しばらくすると神機はなくなり、灰色だった二の腕は白と銀色とで彩られている。

ほんの少しだけ力を込めると、怜の神機と似たような輪郭を持ったものが手から生えた。刀身は少し細くなり、銃身は若干短めに。私の戦い方にはぴったりかもしれない。

五本の指の付け根と手首から生えたそれには持ち手まで生成され、楕円を半分にした感じのものが持ち手全体に渡って手をカバーする。

元々刻まれていたラインは全て蒼く発光し、かつそれらが全て繋がっている。振ったら綺麗だろうなあ、なんて的外れなことを考えてしまったり。

 

「ふう……」

 

これで最後にしよう。こんなことはもう懲り懲りだ。

 

「……行くよ。ソーマ。」

 

翼とブースターを出し、それの発するいつもより鮮やかな蒼い光に照らされつつ彼を見据えた。

 

   *

 

「大型アラガミの討伐、及びアーサソールの確保完了!」

 

神楽さんが前支部長との通信を終えたのと時を同じくして、反応を捉えていたアラガミの討伐とアーサソールの確保が完了した。……時間にして、三時間以上戦っていただろう。

……あとは神楽さんだけだ。

 

「第二部隊はアーサソールを第五部隊に引き渡してそのまま外壁の被害状況の確認。第三から第五部隊はアナグラへアーサソールを連行。第六部隊は支部周辺の警戒だ。アリサとコウタは残存する小型種を討伐しろ。」

 

ツバキさんからの指示に、息を切らしつつも答える声が無線から響く。博士の話では、アーサソールの戦闘技術は低く、このアラガミを操るという能力が使えなければ……新人ならまだしも、ベテラン神機使いが一対一以上で苦戦するような相手ではないそうだ。

 

「終わったな。」

「はい。……さすがに疲れました。」

「ああ。お疲れ、と言いたいが……まだ神楽がな。」

「……そうですね。」

 

神楽さんの方は未だに戦闘が続いている。ヘリから送られてくる映像は、ちょっと前までとは打って変わって神楽さんが優勢。ツバキさんもああは言っているけど、その表情は比較的晴れやかだ。

……そうして、安心していたのも束の間だった。

 

「ヘリより緊急連絡!リンドウさん達がオルタナティヴと交戦中!」

「くそっ……空いている神機使いを向かわせろ!」

 

……まだ、終わりそうもない。




次は他の面子(主に第一部隊)の状況に入りますよー。

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