GOD EATER The another story.   作:笠間葉月

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神楽の方へ少し話を飛ばします。あ、アナグラ側とかなり時間の流れが違っているので、その辺は切り離して考える形で。


霧中の夢

霧中の夢

 

……あれからどれくらい経ったのだろう?どこかまとわりつくような霧の中、立てた膝に顔を埋める。時間感覚を取り戻そうとし……やめた。

 

【……イザナミ……】

 

これまで何度呼んでも彼女からの答えはなく、喪失感にも似たもの悲しさと、幾分かの……安心感を感じていた。

もしかして、このまま人に戻れるのかな……ほんの数ヶ月まえに捨てたはずの感情が蘇る。

顔を上げれば、そこには私を見下ろして立つもう一人の“私”がいて……ただ、自己否定に陶酔する。

私がアラガミでなかったなら、こんな思いをすることはなかったろうに……目の前の“私”への罪悪感も感じながら、また頭を垂れた。

 

【ソーマ……どこにいるの……?】

 

目を覚ましても彼はいない。それを悟ったときから、私は目覚める努力をやめていた。……逆に目覚めない努力をしていると言ってもいい。彼のいない世界で、今まで通りに生きるなんて……そんなこと、出来るはずもない。

 

【……】

 

おそらくは数日前になあるであろう、あの暴走。思い出す度、私があくまでもアラガミであり、人と平穏を生きるなんて望んではいけないことの証明にも思えてくる。あのシオに似た少女がいなかったら、私はみんなを……

……考えたくもない。

そうだ。このまま眠ったままでいれば、いつかは一人でいなくなれるはずなんだ。きっとみんなならソーマも助けてくれる。……私みたいな危なすぎるものが動くよりずっといい。

ずっと、このまま……

 

   *

 

「……まさか初任務がヨハネスの護送、とはね……笑えない。」

「つっても姉上の指示だからなあ……」

 

まがりなりにも前支部長である人を呼び捨てにするってのは……俺は注意した方がいいのか?どっちなんだ?

高度三千メートルを飛ぶジェットヘリの中。最新式の護送ヘリであるだけあって、いつもの神機使い輸送ヘリより乗り心地がいい。その分、速度は格段に遅いわけだが。

……まあ、一日中空の上っつーのはさすがにかったるいんだが。

 

「あ、そういえば渚ちゃんの神機ってどうなってるの?シオちゃんは手から生えてたみたいだったけど……」

 

サクヤが質問を投げかける。たしかに、エイジスで見たときにはそんな神機らしきものを使っていたみたいだったな。こうして前とは違う体になったことがどこまで影響を及ぼしているかは分からないが……

 

「形も色も大差はないかな。」

 

そう言いつつ右手を前に差し出し、指先から神機を形作った。少しシンプルになったようだが……記憶にあるものとそこまでの差はない。

 

「何だかんだ言ってアラガミだったときの記憶もあるわけだし……あまり変わらない。実戦がどうなるかはやってみないと分からないけど。」

「その辺は追々だよ。あんま気にすんなって。」

 

コウタの言葉にアリサも同意の意を示す。……渚を第一部隊に編入したのは正解だな。

その後もしばらくのんびりとした会話が続いた。ヘリがアラガミに襲われることもなく、任務はすこぶる順調だと言えるだろう。行きがこれだと逆に怖えっつーのはある訳なんだが……今そんなことを考えてもどうしようもない。行きは行き、帰りは帰りだ。

 

「そろそろ本部に着きますよ。」

 

話題が尽き欠けた頃に、パイロットがスピーカーから呼びかけてきた。各降りる準備を始め、話は前支部長に関するものへ切り替る。

 

「結局……どうするのが正解だったんだろうって、最近思うんです。」

「え?」

「だって、アーク計画には例えどれだけ少なくても絶対に救える生命があったじゃないですか。でも今の私達は、状況によっては自分を守るだけで精一杯になったりして……私達はああやって動きましたけど、実際にはどっちが良かったのかなあ、って。」

 

いろいろと悩み所でもある部分をアリサが口にした。……特に何か思うわけでもないような表情で言ってはいるが、本人としてもかなり考えているのだろう。

 

「じゃあ、後悔してる?この星の全ての人が助かる道を残したこと。」

 

その彼女へ渚が問う。目を閉じ微笑みつつ語るその様は、一種の神々しささえ漂わせていた。

 

「……いいえ。全く。」

「なら、いいんじゃない?アリサは自分が正しいと思うことを貫き通した。アナグラの全員がそれを知っている。あの日戦った全員も、同じように自分の意志を貫いた。それは、その行動が正しいかどうかなんかより、ずっと大切なこと。でしょ?」

 

目を瞬かせる渚以外の全員。……っつーか……

 

「……なあサクヤ……あいつ何歳なんだ?」

「それ聞くとあの子怒るわよ?」

「……聞こえてるんだけど。」

 

俺達を笑顔で見る彼女からは……何か明らかにやばいものが感じられた。どう考えても、それ以上言ったらどうなるか分かっているよね、とかそう言う趣旨のことを秘めた表情だ。

 

「着陸します。ベルトを締めておいてください。」

 

再度スピーカーから流れた声でその会話も終わる。……若干の安堵を残したのは言うまでもない。

 

「帰りはツバキさんが合流するんだっけ?」

「はい。博士との話し合いが済んだらこっちに来るって。そう言ってました。」

 

……行きは行き、帰りは帰り……だな……

 

   *

 

「……ねえ……」

 

何もしていないと自分すら忘れそうで。ちょっとだけ“私”へ話しかけてみた。その答えは予想していたよりずっと早く、私の耳へ届く。

 

「何?」

 

私と同じ外見の“私”から、すごく冷たい声が発せられた。背筋を凍らされたのではないかと思うほどの畏れと共にびくりと体を震わせた私を、“私”はやはり冷徹な目で見据えていた。

 

「私……いついなくなれるの?」

「逆に聞こうか。その程度の思考すら、人に頼らないと生きていけなくなったの?」

 

……そっか。これはあくまで“私”なんだ。ほんの数ヶ月前までの、彼と出会う前までの私。自分以外を信じなかった私だ。

 

「……もう、何も分からないから。」

「……そう。だったら……」

 

“私”が右腕を真横へゆっくりと引き上げた。その手にちょうど収まる位置へ、すでに懐かしい私の神機が出現する。

 

「さっさと消えなさい。お前みたいな臆病者がいても、父さん達の仇なんて取れるわけがない。」

 

……妙に生き長らえてるなあ、って思ったら……なるほど……私は、“私”に殺されるのか。

なんだか悟ったように、異常に静かにその切っ先を待っていた。

 

   *

 

翌日。朝早くに姉上を乗せたジェットヘリが本部へ飛んできた。当然ながら俺は向かえに出て来たわけだが……そこにもう二人。渚と前支部長だ。

 

「早かったね。……オルタナティヴ、もう来たんだ。」

「……口の聞き方を問う気はないが……なぜ分かった?」

「気にしない気にしない。」

 

いたずらでも企んでいそうな表情で笑う渚。どうにもこいつには予知能力がある気がしてならないんだが……

 

「渚の言う通りだ。お前達が出た日の夜から、少しずつではあるがオルタナティヴがアナグラへ接近を開始した。今日中にこちらを発つ。」

「……あいつも面倒なものを……」

「アーク計画すらも隠れ蓑にされたんだよ。あなたがエイジス計画を隠れ蓑にしたように。楯の裏の聖櫃(せいひつ。別名を、契約の箱。またはアークとも言う。モーセの十戒を刻んだ石版を収めた箱のこと。)の中は、隠し事にはもってこいだったと思わない?」

 

はっきり言ってどっからどこまでが何なのかも分からないのはおいとくとしてだ……前支部長にすらタメ口か。ここまでくると渚の周囲が危険地帯になるんじゃないか?

……そんなどうしようもない思考を止め、姉上からの状況の説明を聞く。

 

「極東支部への到達予想時刻は明後日の午前1:30だ。はっきり言って、今すぐ出立するくらいの方がいいだろうな。」

 

一応、いざとなったらすぐに出られるようにと指示は出してある。十分もあれば出発の準備は整うだろう。

 

「それからこれだ。お前達の分だけ先に作らせておいた。」

 

姉上が取り出したのは人数分のゴーグル。幅十五センチ、縦五センチ、厚さ三センチ程。かなりごついボディを持ったそれに、やはり幅広のゴムがついている。リッカが作っていたという、超音波式のゴーグルだろう。

 

「原理が原理だけに内側へ映像が映るまでに若干のラグがある。動作時間も最長で三時間が限界だ。それには注意しろ。」

「了解。……んで、神楽は?」

 

聞くと、顔を背けつつ苦々しげな表情を浮かべた。

 

「目を覚ます気配もない。病室の修復が済んでから移したのは良いが、あいつの体そのものの治癒はほとんど進んでいないからな……博士はまだかかると言っていた。」

「そうか……ソーマもまだ見つかってないのか?」

「ああ。腕輪反応どころかあいつ自身の痕跡すら見つかっていない。」

 

渚を加えても五人か。それだけでオルタナティヴに勝てるかと聞かれたらかなり苦しいと言わざるを得ないだろうが……

 

「……分かった。とにかくあいつらに知らせてくる。」

「頼む。」

 

……神楽ならやるしかないと答えるだろう。第一部隊を預かる以上、俺もやるしかない。

 

   *

 

「……最後にもう一度だけチャンスをあげようか。」

 

神機を構えたまま、“私”がそう告げた。

 

「考え直す?」

 

無感情な声なのに、彼女が怒っていることだけ感じられた。体だけは同じだからなのだろうか?……怒って、泣いていた。

 

「……ううん。あなたなら、きっとソーマを助けられると思うから。」

 

戦うことを拒絶している今の私。そんな私より、“私”の方がいいに決まっている。

 

「……彼を、よろしくお願いします。」

 

無言で私の言葉を聞いている“私”。その表情を確かめようともせず、ただただ言葉を紡いでいった。

 

「ソーマ、意外と寂しがり屋だから。苦労するだろうし、私も苦労かけてたし……きっとあなたのことだって困らせちゃうけど……」

 

頬を伝う涙の感触が心地いい。私には、まだ悲しむっていう感情が残っていたんだって。何も考えられなくなっていた私にも、まだ残っているものがあったんだって。そう考えるだけでなんだか嬉しくて、悲しかった。

 

「だから……」

「いつまで言うつもりだ!」

 

突然に耳を打った叱責と、胸ぐらを捕まれ、引き寄せられるる感覚とが私を襲う。

 

「そんなに消えたいか!自分が嫌か!あんた自身であいつを助けたくないか!」

 

徐々に力が籠もりつつ私を引き寄せていく。近付くほどに、彼女の感情が私へ流れ込んだ。

……怒りと、嘆き。ない交ぜになったそれらに溺れていく。

 

「……でも……」

「あいつをよろしく?本気で言ってんの?」

「そんな……だって私……っ!」

 

平手が頬へ飛んできた。妙にゆっくりと散っていく涙が、どこからか差し始めた光に反射して輝く。

 

「あいつが好きになったのは誰だよ!私じゃないだろ!」

 

これまでで一番大きな声と、一番大きな感情の波。

固まっていた私の体が、“私”の細い腕に包まれる。

 

「……行ってこい。あいつはあんたを待ってる。完全にアラガミになりたいなんざ、思うはずもないからな。」

「あ……」

「私じゃない。あんたがいかなきゃ、意味がないんだ。」

 

さっきまでが嘘みたいに優しい声だった。……なんだか、全てを受け入れてくれる人の腕、とでも言うような……

その腕が私の肩を掴むようなところまで彼女は引き下がった。霧の晴れた真っ白な空間と、彼女の顔とが鮮やかに私の視界を満たす。

 

「だいたいあんたがいなくなって私が残れるわけないでしょうが!本体どっちだと……思って……」

「……うん。ありがとう……」

 

私がどんな表情をしていたのかは全く分からない。でも、目があった瞬間に“私”は言葉を切った。

 

「行ってきます。」

「……気を付けて。」

 

……覚悟を決めた。私は、ソーマを人として……

……絶対に、アラガミになんてさせない。




えっと…次回から数えて六話で、GE編の完結を見込んでいるんですが…それに伴い皆様へ質問です。
…GE2に入る前に、漫画版のストーリーや三年後のアナグラ全体等を書いたほうがいいか、そうでないか。これについて希望がございましたら、感想欄より投票してください。
これについて実はかなり悩んでいまして…どっちにしても更新ペースはあまり変わらないとは思うのですが、なかなか決めかねているという…
とりあえず、本日より一週間。来週の火曜日まで、投票を受け付ける形にしたいと思います。一つも投票がなかった場合は、直にGE2のストーリーへ入るつもりです。

それから、クレイドルの行動も書くつもりでして…一応私もしっかりと用意はしているのですが、そのクレイドル側の物語も皆様からご希望があれば、出来るだけ組み込もうと思っております。
主にその物語でのキャラクター、舞台、物語の筋等を書いていただけるとありがたいです。

では、また近いうちにお会いしましょう。(後は手直しだああ!うおおおお!)

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