GOD EATER The another story. 作:笠間葉月
全て進み出す
タツミ達がオルタナティヴと接触してから三日が過ぎた。今のところ、リンドウさんの疑問について博士が推論を立てては消しが繰り返されている。
その間にあったことと言えば……支部長の処分が決定したことくらいだろうか。
「にしても解雇処分ねえ……」
「解雇じゃなくて解任なんだって。支部長からは降りるけど、結局のところはここで研究者として続けるように、って指示が出たみたいだよ?」
オペレーターという職業柄、こういう情報はかなり早く伝えられる。だから噂を聞きつけたタツミが聞きに来ているわけだ。……まあ、今日中にツバキさんからみんなに正式な発表があるだろう。何せこの支部を左右する問題なのだ。いつまでものんびりしてはいられない。
「後任の支部長は?」
「こっちで決めていいみたいだけど……どうなるかはまだ未定だって。」
「……本部の奴ら……投げやがったな……」
「まあまあ……」
面倒なことしやがって。そう言うかのような表情で悪態をつく。……そういえば、私にこの件を伝えたときのツバキさんも同じことを言っていたっけ。
「さて……んじゃあ、そろそろ任務行ってくる。」
「あ、うん。行ってらっしゃい。」
結局、第二部隊と第三部隊はまだ忙しい。大型の数は少ないものの、その出現位置はどれもバラバラなのだ。
……神楽さんとソーマさんは、こういうとき真っ先に一人で討伐して来てくれていた。それを思うと二人が戦闘不能のこの状況がより一層苦しいものに感じられる。
上へと歩いていく彼へ手を振りつつ、ちょっとだけため息をついた。
*
「博士ー。……あれ?」
「しっ。寝てるから。」
コンソールに突っ伏す博士を指さしつつ伝える。昨日も一昨日も徹夜であれこれ考えていた。今まで見た中で一番楽しそうに推論立てていたことに関しては触れる気すらない。
「……資料持ってきてくれって頼まれてたんだけど……」
「私がもらっとく。後で渡すよ。」
「あ、そんじゃあ頼んだ。」
コウタから分厚い紙の束とメモリーを受け取る。……どうやら何種類かのフィルターをつけたカメラでのオルタナティヴの撮影記録が主なものらしい。オルタナティヴが通過した際の大気の動き、電磁波、熱反応等も記録していたようだ。
「アリサは?」
「サクヤさんと話してるんじゃないかな?まだ治ってないはずだし……リンドウさんもツバキさんと話があるって言ってた。」
「ふうん……」
なら今日はこの後も暇なままだろう。博士が起きていればいろいろな手伝いをして暇を潰せるが、この状況では……だいたいこの部屋に面白い本も何もないことが問題だ。何が面白いのか分からないややこしい資料と無駄に分厚くて手に取る気にすらならないレポートと怪しげな液体の入った瓶とその他諸々etc.etc.……
まあ、思い出した記憶の整理をする時間が出来たと考えれば特だ。まだまだはっきりしているのは自分の名前くらいのもの。漠然とした断片的な過去が次々に思い出されていて……逆に面倒だとすら思う。
「神楽、どう?目覚ましそう?」
「……神楽がすべきことをするときに。」
「……?」
いまいち要領を得ていない様子。でも私は、ああ言う以外の伝え方を取る気はない。
「そういえば、博士が私を第一部隊に仮編入しようって言ってた。いざって時は、僕よりも彼らの方が対応できるだろうって。」
「マジ!?良かったあ……今日なんてテスカトリポカに一人で向かう羽目になってさあ……人手不足もいい加減にしろって言うか……」
なんだか妙に喜んでいるコウタ。……ぜひとも私の戦闘経験が浅いことを考慮してもらいたいものだ。いくら神機らしきものが扱えると言っても、経験に勝るものはどこにもないのだから。
そしてそれ以上に、未だ私に対する考えが二つに割れていることを考えなければいけない。博士としては第一部隊に私を編入することでその問題を払拭しようという考えであるようだが、その行為は第一部隊への一種の敬遠を同時に発生させるだろう。神楽やソーマのような前例があるとは言え、私は一度完璧なアラガミになっている。二人のようにすぐ受け入れられるとは考えにくい。
……と、こんな風に異常なほど冷静に最悪の状況まで考えてしまうから……
「……っていうか、渚ってすっげえ大人びて見えるんだよな……見た目はそんな感じじゃないのに。」
「それ何回目?まさか嫌味?」
「単純にすげえって思ってるだけだって!」
みんなにこう思われてしまうのだろう。もう少し楽観的になる方がいいのだろうか?
そんなちょっとした思考を巡らせていたときだった。
「む……おおコウタ君。持ってきてくれたかい?」
「そのために来たんすよ。」
「はいこれ。寝てたから受け取っておいた。」
博士が起きた。ぼんやりとしながらもレポートに目を通し……
「見つけたあ!」
「うおっ!?」
「……騒ぐ必要あるの?」
ものすごい勢いで歓喜した。
*
「リッカ君!大至急これから送る図面のものを神機使いの人数分作ってくれ!費用と素材は僕の元共犯者に任せるよ!」
保管庫に響いた、テレビ電話の着信音。誰かと思えば……
「……声が大きいんですが……」
異常なほどテンションの高い博士だった。
「ああすまない。でもどうしても嬉しくってね。いやあ……寝ているだけでこんな風に分かるなんて夢のようだよ!」
「……分かった夢でも見ているんじゃないですか……?」
「分かった夢を見たから分かったのさ!」
……寝起きの博士。何かに例えるなら……そう。酒癖の悪い冴えないおじさん、かな。
そうこうしている内にデータが送られてくる。これは……ゴーグルだろうか?図面だけだと……超音波の発信器と、その受信機?
「オルタナティヴが光学迷彩を使っているのは知っているね?おそらくオラクル細胞を動力としているとは思うんだが、とりあえずこれまでの観測で、熱反応や音、さらには質量までも計測できなかった。ここまでくると、オラクル細胞と機械の複合型と見るのが妥当だろう。」
「はいはい。」
珍しく分かりやすい言い方だ。その博士の後ろでは、渚がディスプレイを取り出している。
「博士。準備できたよ。」
「ありがとう。さてリッカ君。ここからが本題だ。」
そうこちらに告げつつ、ディスプレイにいくつかのデータを映し出した。
「これまでのことをふまえて、僕なりに計測項目を組んだものを偵察班に渡したんだ。予測ルート上に仕掛けてもらってね。やっとそのデータが出たよ。」
複数表示された中から一つだけ拡大した。……音波反射?
「あれを完全に計測できた唯一の物だ。他は、あれが使用しているであろう機械の熱源反応だけだった。ただし、それだけじゃあオルタナティヴの位置しか特定できない。戦闘には全く使えないわけだよ。」
「あ、もしかしてあの図面って……」
さっき見た図面に超音波に関する記載があったことを思い出す。
「そう。超音波の発信器と受信機を小型化したものさ。理論的にね。旧時代にもこういうゴーグルはあったみたいだよ。」
……だとすれば……あとは実際にどうすれば作れるかと、作った後の動作確認と……それから動力かな。バッテリーで二時間は絶対に持たないといけないよね。欲を言えば三時間だけど……どこまでできるかはやってみないと。
そんな風に構想を練っていると、博士の後ろからコウタが顔を出した。
「とりあえずそっちに素材持ってくよ。そこに書いてあるの以外に必要そうなのってある?」
「うーん……あ、プラスチックとかの切断用カッターがけっこう疲れてきてるんだ。コウタの部屋のキッチンに、備え付けの砥石ってなかった?できたらそれを持ってきてほしいかな。私のやつ、この間割れちゃったんだよ。」
「OK。じゃあ、切るよ。」
プツッと、音を立てつつ向こうの画面が消える。
さて……久々の(趣味としてじゃない)大きな仕事だ。
「よおし!やるぞー!」
*
夕方。姉上が部隊長や各部署の主要な職員へ招集をかけた。ついでと言わんばかりに他の隊員や職員も集まっているわけだが。
「知っている者もいるだろうが、シックザール支部長の処分が決定した。処分は支部長職の解任。今後はこの支部で研究者として働くことになるそうだ。」
アーク計画の全容はすでにアナグラ中に知れ渡っている。そこかしこで、意外と軽く済んだだの、まあ妥当なところだろうだの。各が口々に意見を述べ始めた。
そのざわめきを、再度エントランスに響いた姉上の声が制する。
「しばらくの間、支部長代理として榊博士を立てる。正式な支部長の指名もこちらに一任されているため、その辺りはまた決定することになるだろうが……ひとまず、前支部長を第一部隊に護送してもらいたい。」
「俺達が?」
意外な発言……と言うほどでもないが、突然の指名に聞き返す。まあ姉上は何でもないことのように言ったわけだが……
「他に適任がいるのか?」
「……それもそうか。」
「とにかく後で第一部隊全員で私の部屋に来い。説明はそこで行う。」
俺が頷いたのを確認すると、再度全員に向き直って告げた。
「予定では、明日の朝から数日間第一部隊がそれに動くことになる。その間、アナグラの防衛を厳に。ヘリの進行ルート上のアラガミの殲滅も怠るな。」
一日じゃ済まねえのかよ。そう思ったのは言うまでもない。
本日の投稿は残り一話。たぶん、一番区切りがいいところがこの回の終わりなんですけど…
まあ、気にしない方向で。