GOD EATER The another story. 作:笠間葉月
討伐作戦
翌朝。
「全員いるな。」
朝八時、エントランスにいつもより厳しいツバキさんの声が響いた。
「昨夜、第三ハイヴがディアウス・ピターによって襲撃された。」
「……黒いヴァジュラに、ですか?」
サクヤさんが聞き返す。……全身を少しだけ強ばらせている。
「間違いない。常駐していた神機使いにも確認を取ったそうだ。」
一旦言葉を切り、ツバキさんが抱えていた資料をめくっていく。報告などが書かれているのだろう。
「民間人への被害はなし。神機使いも全く欠けてはいない。だが、隔壁に直径八メートルほどの穴が貫通し、十ある食料庫の内一つが全壊、二つが半壊。居住施設も五棟が破壊された。決して軽いとは言えないレベルの被害だ。」
「その後目標は?」
今度はアリサが口を開いた。彼女にとっても因縁のある相手だからどうしても逸ってしまうのだろう。
「今は第三ハイヴ北西10キロ地点にいる。周囲を警戒している様子があるため、再度襲撃しようと試みている可能性も捨てられない。」
……でもまあ好都合かな。動いてないなら対処しやすい。
「これまでの行動からして、今をおいて討伐のチャンスはない。五分で準備を整えろ。今日の任務は奴の討伐だ。拒否権はない。」
今日までに聞いた中でもっとも厳しい言い方だった。
*
「……そんなわけで、とりあえずコアは破壊しないこと。原形はなるべく留めたまま倒すこと。無理ならしょうがないんだけど、ひとまずそういう方向でお願いね。」
移動中のヘリの中、まだリンドウさんからのメッセージを知らないソーマとコウタに注意を促していた。
「へー……リンドウさんも面倒なこと出来るんだな。」
「バカがバカなりに足りねえ頭でも使ったか。」
「……二人とも……」
溜め息をつく私。正面ではアリサとサクヤさんが笑いを堪えている。
「まあ、あと20分くらいで目標付近だからね……作戦は頭に入ってる?」
出撃前にみんなに簡単なレポートを渡しておいた。昨日の夜、あのアラガミと戦うならどうするかを自分なりに纏めておいたものだ。
「コウタでも分かるように作ったつもりだったんだけど……大丈夫だった?」
「扱いひどくない!?」
「妥当ですよ。」
……問題なさそうだ。そう判断する。
「……ふあ……」
にしても眠いなあ……そういえば昨日作戦考えてたからあまり寝られてなかったんだっけ……
「少し寝てろ。……昨日ほとんど寝てねえんだろ。」
肩が抱かれ、ソーマに引き寄せられる。ちょうど頭が彼の方に乗るような位置だ。その格好になるだけで一気に眠くなっていく。
「そうね。ちょっと隈も出来てるし。」
サクヤさんにも言われる。……じゃあお言葉に甘えて……
*
「……いたな。神楽、そろそろだ。」
「……ん……ふああ……」
ソーマに起こされる。
第三ハイヴから約7キロの地点。ヘリから確認できている第三ハイヴ方面へと動く影は紛れもなく黒いヴァジュラだ。
「目標直上まで約五分。機体が発見されるのを防ぐため、二分後には降下してください。」
パイロットから声がかかる。同時に神機を手に取って立ち上がる。
「んー……よっし。みんな、落ち着いてね。」
体を伸ばしつつ声をかける。少し寝られたからずいぶんすっきりした。……あとは頑張るだけだ。
「……5、4、3、2、1、0!」
「降下開始!五秒後、バレット一斉射!」
……この奇襲がどこまで通用するだろう。そんな一抹の不安は捨て、対アラガミ装甲製の床を蹴る。
「2!1!発射!」
タイミングはピッタリ。まだ向こうにも気付かれていない。その状況の中、四本の銃身からバレットが放たれる。どれも一発の威力が高いタイプ……せめて一個だけでも当たれば……そんなほとんど懇願しているような攻撃。だから、次の瞬間に訳が分からなくなる。
「成功!」
「よっしゃあ!命中!」
「まだ気は抜けないわよ!」
三人が喜ぶ側で私とソーマはどうしてもいぶかしむのをやめられなかった。
「……え?」
「たまたま……か?」
全弾命中などあるはずもない。そう考えていたからこその第一波攻撃が四人での一斉射だった。それが初っぱなから当たるって……どういうこと?
「チッ……切り替えろ!次は!」
ソーマの声で我に返る。任務中にいつまでも考え込んではいられないか。
「アリサ!ブレードに変えて!近接でマントから!」
「了解!」
私も銃から刀へと神機を変形させる。……気付かれてから最初の攻撃……
「二人は引きつけ続けて!」
「おう!」
「分かったわ!」
Oアンプルの容器が降ってくる。それに続いていくつもの銃弾が降り注ぎ……当たった。耳元を過ぎる風の音に混じってどこか悲痛な叫びすら響く。
「……まさか……」
……考えるのは後だ。神機を垂直に構える準備をしつつ二人へ合図する。
「後十秒!8!7!6!」
残りは各自で数える。さすがに全部数えていられる状況ではない。
「っ!」
高高度からの勢いを乗せた捕喰攻撃が三つ、銃撃から逃れようとするピターのマントを抉り取る。自分への反動を受け流しつつ神機を引き抜き、それによって出来た裂傷へとさらに銃弾が降り注ぐ。
「離れて!ソーマはグレネードを!」
「ああ!」
「はい!」
私が神機を変形させ終わると同時にグレネードが破裂。アリサは距離をとり、私は閃光の中僅かに見える影へとアラガミバレットを一発ずつ受け渡す。もう一つはアリサへだ。
「うっし!着地!」
「離れるわよ!」
光も音も消え、混乱しているピターの向こう側に二人が確認できた。上手くいったようだ。
「全員攻撃開始!」
グレネードの効果中全く動かないのに関しては地下鉄跡で戦ったときと同じだ。スタンの効果が高いのは間違いないらしい。
前足に狙いをつけ、神機を横薙に振るう。
「……か……ったい……」
籠手のように足を守る部位に当たり、ろくに傷付けられずに弾かれた。……切断だけじゃだめか。
「フン!」
私の横ではソーマが頭を叩き潰している。ダウンしていても呻いているあたり、相当効果のある部位のようだ。
「アリサとコウタは破砕系で前足!サクヤさんは貫通系でマント!」
それぞれに指示を出して胴体を喰らう。こっちは何にも守られていない分柔らかい。
「っ!」
近接で切り始めてから十秒弱。ピターが起き、同時に活性化。
私とソーマはピターが威嚇している間に離れ、挑発ホルモンを使用する。アラガミの注意を引くためのアイテムだ。私達がまず囮になっていく方が良いだろう。
「どうする?」
「右に頼む。」
「りょーかい。」
明らかにこちらを見ているのを確認してからそれぞれ別の方向に動く。ピターが初めに狙いを付けたのはソーマの方だった。地面が抉れるほどの勢いで蹴りだし、彼に突進していく。
「チッ……」
装甲を開いて受け止めた。神機のど真ん中で受けているため、ガリガリと音を立てながら両方とも止まる。
その止まった隙に三人の銃弾が浴びせられる。ソーマは向こう側だからアリサとコウタの弾丸が誤射される心配はないし、サクヤさんもマントを狙っているからそっちに弾丸が飛ぶこともない。
銃撃で呻いているピターの前足をソーマの神機が捕喰。三分の一ほど喰いちぎられ、再度倒れ伏す。
「アリサ!お願い!」
「はい!」
アラガミバレットを受け渡される。彼女の足下にはすでにOアンプルの空容器が四つ……そろそろこの攻撃も限界だろう。いい加減止めをさす方が良い。
「止め行くよ!」
銃弾の下を走り抜けながら胴体を横に切り裂き、その傷口を横切るようにに神機を逆一文字に振り上げる。……アラガミに十字の傷はちょっと違う気もするがまあいい。
ぼろぼろになりながらもまた立ち上がる。その回復力には感服するけど、そろそろ面倒だ。
「ソーマ!行ける!?」
「いつでもこい!」
後ろ足の間から前足の間まで神機を上に構えて走り、まっすぐ傷を作る。鮮血が降り注いで気味悪いけど仕方ない。
「んっ!」
頭の下に来たのと同時に神機をさらに上に突き上げつつ前に振り下ろす。地面に突き刺さった刃を支点にふわっと体が浮き上がり、逆さまのままソーマと目が合う。
「あと頼んだよ?」
「その格好で言うか?」
「そこは追求しない方向で。」
吹っ飛んでいる私の横をソーマの神機が通り抜け、ついさっき私が作った切り口にぴったりと当たる。
「……終わりだ。」
その刃が地面につくと、ピターの体は左右に開けながら倒れた。
*
「……あれ?ここにもない?」
「リンドウがいくらバカでも……捕喰されるような形で渡しはしないはずなんだけどね……」
数分後、倒れ伏したピターを前に私達は困惑していた。……捕喰しようが何をしようがディスクらしき物がないのである。ちなみにソーマとコウタは周辺の索敵中。ヘリが来られるかを見てきている。
「そろそろ霧散するはずですから……それで出てくるといいんですけど……」
アリサも渋い顔だ。
……本当にこいつなのかな……そんな考えが頭をよぎる。こいつは明らかに弱かった。ヴァジュラに毛が生えたような程度でしかない。これまで戦ってきたあのアラガミはもっと強かったし、完全にこっちの動きを読んでいた。
「おーっす。終わったぜー。」
そこに二人が帰ってきた。様子を見るに特に何もなかったのだろう。
「お疲れさま。回収呼んでも大丈夫?」
「とりあえずこの辺はクリア。大丈夫っしょ。」
「そっか。それじゃあ……」
答えながら無線を取り出す。
「んーと。……あれ?」
……繋がらない?
「どうかしたのか?」
「アナグラに繋がらないんだけど……壊れたかな?」
ソーマも無線を取り出してアナグラに繋ごうとする。
「……」
「繋がらない?」
「ああ。理由は分かんねえが。」
まあ第三ハイヴも近いし大丈夫だとは思うけど……下手したらアラガミの影響だし、ちょっと広範囲を索敵する方が良いかなあ。
「それじゃあ、今度は全員で索敵しよっか。とりあえず……?」
突然暗くなる空。上を見れば分厚い黒雲が目に入る。
「夕立でも来るかな?」
「そうね……なるべく早く帰りたいけど……」
うーん……これはさっさと帰らないと面倒になりそう。
「えっと。二人はさっき回ったところをもう一回。サクヤさんとアリサは第三ハイヴ方面を索敵。」
私はヘリの着陸地点を見てこないと。そこが一番問題なんだから。
「それじゃあ、索敵か……」
みんなに号令をかけようと顔を上げる。ちょうどその方向にアラガミがいた。シルエットでしか見えていないが、どうやら新種のようだ。
「何かあったの?」
「神楽さん?」
「おーい、どしたの?」
三人が聞いてくるけどそっちに注意を払えない。……体が震えている。神機使いになって、アラガミを前にして初めて怖いと感じている。
「神楽?……っ!お前等!後ろだ!」
彼の叫びで我に返る。
「戦闘態勢!新種みたいだから、気を抜かないで!」
……言い終わったのかどうか……それすら分からないほどの速さで距離を詰められていた。
「……えっ……?」
近くで見てはっきりと分かった、五メートルを遙かに超えているであろうそのアラガミの姿。
金色の、虎のように鋭くしなやかに伸びた四肢と細く長めの首、そして綺麗に括れた胴体と二股に分かれた長い尻尾。
首の付け根からは漆黒のマントがたなびく。後ろ足の付け根から尻尾側へと放射状に生えた平たい金属のような白銀の鎧と、前足の付け根から頭の方向へ向かって延びるやはり金属のような刃。虎としての比率からは明らかに長い耳の上側にも同様の物がある。
耳の他は虎と同じような形状の頭の上顎からは頭の長さと同じほどの牙が一対。
四肢の下半分くらいも明るい銅色の装甲がついている。外側に向かってそれぞれに一つずつ排熱口のような部位が飛び出ているようにも見えた。
……それだけなら、ただの新種で済んだ。
気配が、あの黒いヴァジュラと同じだった。
「いつっ……」
その前足についた刃が心臓に突き刺さる寸前に装甲で防ぐ。……もう一本は私の左上腕を浅く抉っていき、盾での衝撃吸収がしきれずに十メートル近く吹き飛ばされる。
「神楽!」
「大丈夫!全然深くないから!」
……正直、けっこう痛いけど……まだ動けるのにそんなことを言っていられない。
「きゃあっ!」
鈍い轟音と共にアリサの悲鳴が響き、彼女の体が吹き飛ぶ。彼女がいたはずの位置に焦げ跡……雷球で吹き飛ばされたようだ。
「アリサ!うわっ!」
アリサを気にしたコウタの目の前を尻尾が掠める。……さっきのピターと比べて明らかに早い。
「サクヤさん!アリサの回復を!」
「分かったわ!」
指示を出し、前衛に向かう。連続で飛ばされる雷球を避けつつだから思うように進めない。しかも左腕がしっかりと動かせないから神機が重い。……最悪だ。
それでも何とか距離を詰め終え、攻撃に入ろうとしたときだった。
四肢についていた排熱口みたいな部分から胴体と同じくらいの長さの翼が生えた。よく見れば雷で形成されているそれが出現した瞬間、同じく雷による半径二十メートル近い範囲攻撃が発生する。と同時に……
「飛んだ!?」
「来るぞ!気をつけろ!」
周りの木々よりも高いところまで一気に跳び上がった。その位置で吠えたのに呼応するかのようにそこら中に稲妻が走り、空が稲光による青に染まる。
「何を……」
降りてくる気配もなくただ黒雲からあのアラガミのマントへと雷が降り注いでいる。あれだけの行動をしている辺り、この状況はあのアラガミによる物だろうが……
「……電気を集めてるの……?」
サクヤさんが震え声で呟く。
マントに雷を受け、大きく開いた口に雷球を作ってゆく。それはすでにアラガミを覆い尽くせるほどに膨張していた。首をゆっくりと回すアラガミ。遠目に僅かに見えるそれはほくそ笑んでいるかのよう。
「あ……」
撃ち出された雷球。近付いて来るそれに、体が勝手に反応した。
次の瞬間には閃光の中にいた。
…ごめん黒にゃん…
と、とりあえず次の話が本日ラストです。