GOD EATER The another story. 作:笠間葉月
本心
神楽さんたちが出撃した直後。
『ヒバリさん!た、タツミさんが……タツミさんが!ウロヴォロスが来てそれで……っ!』
「タツミさん……」
いつも鬱陶しいほどにまとわりついて、軽々しいにも程があるほどデートに誘って……でも嫌いになれなくて、いつの間にか惹かれていた。
オペレーターとしてここへ来て、中がどんな風になっているのかも分からなくて。勝手も知らなくて……そんな私を、最初に助けてくれたのはタツミさんだった。
その内、だんだん軽い告白みたいなものが混じってきた……初めの頃は何が何だか分からなくてただ困惑。カノンさんに相談して、タツミさんが本当に私を好きでいてくれているのを知って。
だからこそ、そんな軽い告白が悲しかった。
もうこれで一年くらい経っただろうか。いつか真面目にデートに誘ってくれたら、一緒においしいご飯を食べようって決めていた。
「……ばか……」
なのに一人で怪我して……心配かけて……
振り払っても振り払っても……脳裏に浮かぶのは、冷たくなった彼。
「っ……!」
途端に喉の奥から嫌なものがこみ上げてくる。それを口ごと右の手のひらで押さえて、左手は倒れそうになる体を支えるためにカウンターについた。
「いやっ……しなないで……」
……涙が、あふれた。
*
「作戦開始!」
私、ソーマ、サクヤさん、アリサ、コウタの順でヘリから飛び降りる。
降下高度は二百メートル。そのくらいでなければヘリが撃ち落とされてしまうのだ。ちなみに神機使いならその程度の高度は余裕である。
「当たれっ!」
その高度から一番近い位置にいるウロヴォロスへと狙撃用に作ったバレットを放つ。若干のホーミングも付けてあるからちょっとぶれたくらいなら問題ない。
着弾後、そのウロヴォロスが威嚇している間に地表まで降りきり、所定の行動が開始される。ビルまでの距離は十メートルほどだ。
「ソーマ!右!」
「ああ。」
アリサとコウタの銃弾が降り注ぐ。その下を突っ走り、二体いるウロヴォロスの左に私が、右にソーマが仕掛けた。
足下から伸びる触手を避けつつ距離を詰める。狙うのは目。足でもいいけど……援護なしに飛び込めるほど安全な場所でもない。
「んっ……」
二メートルくらいまで近付いたところで神機を横に構えつつ複眼の正面へと飛び上がる。
「せいっ!」
空中で体を捻り、横薙に複眼を切り裂く。
その痛みからか暴れ出した触手のうち一本がこちらへと向かってきた。
「とと……」
特に慌てることもせずにガードして受け流したのだが、当然空中でそんなことをすれば少しばかり吹き飛ぶわけで。ウロヴォロスの右前へと空中を漂って……同時にソーマが叫んだ。
「神楽!下だ!」
「え?わっ!」
その飛んでいる間を狙ったかのように真下からもう一体の触手が伸びる。間一髪でガードは出来たが……ソーマの声がなければと思うとぞっとする。
「ごめん。ありがと。」
「ああ。」
スタングレネードを使い、少し距離を取って様子を見ても特に変わったところは見られない。が、そう断言するにはさっきの攻撃はタイミングが良すぎた。偶然と言ってしまえばそれまで。でもそうでないとしたら……
「……連携してるのかな?」
「まだ分からねえだろ。」
「だよね。」
スタンから覚めた二体が再度こちらに気付いた。堂々巡りな話はひとまず置いておこう。
「後ろからチェックしてみてくれ。一度潜り込む。」
「分かった。気を付けてね。」
「当たり前だ。」
神機を銃に切り替えつつソーマを見送る。……さて、連携しているかどうか……
自分へ向かって突き出された触手をいなしつつ手前の一体の懐へと潜るソーマ。それを援護するために奥の一体の複眼へと弾丸を撃ち込む。
その間に彼は足を切りつつこちら側へと飛び出る。……その刹那、と言うべきか。
「ソーマっ!」
「っ!」
その飛び出た勢いが収まらない内に、彼の後ろにまず一本。そのすぐ後に左右にも一本ずつ触手が突き出る。
「くそが!」
対してソーマが取ったのは神機を体ごと右回りに一回転させること。同時に右へと跳び退く。その一瞬後に彼がいた場所をレーザーが焼き払った。
「一旦下がって!」
私は私でスタングレネードを投げつける。効果時間はさっきより短いだろうが彼が下がるには十分だ。
「……間違いねえな。」
「うん。連携してる。」
タイミングが合っただけなら、動きを止めるための行動などアラガミが取るはずがないのだ。
「でも何で……単純に進化しただけ?」
「或いは何かが電波か何かで操っているか……まあさすがに有り得ねえな。」
ソーマも不思議そうに言う。その言葉の、どこかが引っかかった。
「ソーマ、もう一回言って。」
「?さすがに有り得ねえ……」
「それの前。」
「電波か何かで操っているか、っつっただけだぞ?」
……電波か何か……もしそうだとすれば、説明のつくものが一つ。
『ヒバ……さん!た、タツ……が……タ……ミさんが!ウ……ロスが来……それ……っ!』
『ひが……ビルの一か……です……たしは全……い丈夫……す……』
「あのノイズ……」
二人がいる東のビル……この辺りで一番高い場所だけど……電波を飛ばすには絶好の場所ってことだよね……
確証はない。でもここまで考えて、動かないというのは性に合わなかった。
「ソーマ!10分持ちこたえて!」
「……何か分かったのか?」
訳が分からないと言った顔で私を見るソーマ。
「勘!」
本当にただの勘だ。確証も保証もない。それでも……
「……七分で頼む。」
ソーマは任せてくれた。
「了解!」
目指すは東のビルの屋上。何があるかは全く分からない。でも絶対に何かがあるはずだ。勘だけでそう断言できた。
*
神楽がビルへと走って行ってから五分。……いい加減限界だ。
「っ!またか!」
ばかデカい体に挟まれそうになったのをグレネードを使いつつ切り抜ける。さっきから避けたところにだけ仕掛けてきやがって……
「……ちっ……切れたか……」
手持ちのスタングレネードが切れたとなると……もう下がって下がって下がりまくる以外に方法はねえな。
そう考えている僅かな時間だけでもレーザーが放たれる。
「ったく……いちいちめんどくせえ……!」
またも進行方向から触手が伸びている。今度はぎりぎりで避けたものの……
「ぐっ……」
その避けた方向から触手が回される。回避中では飛び上がることも出来ない。……その触手に飛ばされた方向は、さきほどと同じように三本の触手が伸びている場所だった。
それに反応してレーザーが向けられる……まずいな。ガードしても衝撃を受け流せない。ある程度のダメージを覚悟するしかないだろう。
そして防御に入ろうとしたとき……突然、触手がうねった。
「!」
そのうねりによって出来た隙間をすり抜ける。転がり出たすぐ後ろをまたレーザーが焼き払った。
「左の頼んだああああああ!」
同時に遙か上方から聞こえる声。徐々に大きくなっていく。あいつが示した左の一体はすぐ側にいた。
「フン……」
……連携が見られなくなっている。
「よくもまあ……」
なぜか頭でも殴られたかのようにくらくらしているその無駄にデカい図体の最高点より高く跳び、普通なら地上で行うはずの動作で力を込める。
「やってくれたな!」
黒だか紫だかよく分からねえオーラで二倍になった刀身をこのくそ野郎の頭がぶった切れる角度で振り降ろし、勢いそのままに地表まで抉ってから止まる。少し後に上からウロヴォロスの……言うなれば生首が降ってきた。
……その生首を蹴り飛ばしている自分がいたのには笑ったが。
「お疲れ。大丈夫だった?」
ずるずると崩れていくもう一体のウロヴォロスを背に歩いてくる神楽。その額をつつく。
「うっ。な、何するかな!」
「ったく……もうちょっと早くしてくれ。死ぬかと思った。」
「間に合ったでしょ!」
頬を膨らませてむくれる彼女。……それを見て愛しいと思うのは、きっと素晴らしいことなんだろう。
「ああ。さすがだ。」
彼女の肩に手を置きつつ言えば、頬を少し赤く染める。
「えへへ。」
最近の癖なのだろうか?人差し指で鼻の下を擦る彼女の仕草はとてもよく似合っている。
「さっさとコアを回収するぞ。放っといて良いものでもねえ。」
「あ、うん。」
それぞれが討伐したウロヴォロスの元へと回収に向かう。……さて、そろそろタツミの方も動けるか?
*
時計を見やる……二時間……まだそれだけしか経っていないの……?
「……いや……」
……青白くその場に横たわるタツミさんの姿。頭にいつまでも張り付いて離れないそれのせいで、私はすっかり参ってしまっていた。
「ヒバリ……」
カウンターについた手すらも離せない私にリッカさんが付いていてくれている。私の背をゆっくりと往復するリッカさんの手が異様なほどはっきりと感じられて……
「……っ!」
……手元にある端末が、無線を受信する。表示されたIDは神楽さんのものだった。
「神楽さん!?タツミさんは!?」
答えは、ちょっと遠回しにこう返された。
「無事、任務完了だよ?」
「!」
その言葉で膝がガクリと崩れる。
「ひ、ヒバリ!?どうしたの!?大丈夫!?」
リッカさんはそんな私を心配しているようだが……深い安堵感に包まれていた私はそれに答えていなかった。
「よかった……よかった……」
ぼろぼろと大粒の涙がこぼれる。口を突いて出た言葉を聞いてかリッカさんもしゃがんで背を撫でてくれた。
「タツミさんに替わる?」
神楽さんからの好意だ。でも私はちょっとしゃくりあげながらきっぱりと断った。
「……アナグラに……帰るまでが、ミッションですよ?……帰って来なきゃ、一言も、口をきいてあげないって、伝えちゃってください。」
*
「……だそうです。」
今の内に言っておこう。通信機は当然オープンだ。近くにいれば向こうからの声も聞こえる。
「ははは!ま、そりゃそうだ!」
私の少し後ろには、左腕を首から吊り、膝から角度を固定された右足をぶらぶらさせながらソーマに肩を借りているタツミさんがいる。……それ以外の部位もいたるところに包帯が巻かれているけど。ちなみに他の三人は小型の掃討に向かった。出発の時点で10体ほどが確認されてはいたのだ。
「……帰ったら本気でいかないとな。」
「え?」
タツミさんから発せられた言葉の意味を測りかねて聞き返す。
「いや、何でもねえよ。ただ……」
言葉を切って空を仰ぐ。
「……このご時世だ。俺みたいなのが一緒にいてもな、とか思ってたんだけどさ……」
馬鹿らしいと自分に言うかのような表情だ。……そしてそれは、一気に決意を持った物へと変わる。
「このご時世だからこそ、全部全力でやってやろうって、全部限界以上でやってやろうって、今は本気でそう思う。」
……いつもとは全く違う、どこか憧れるほどの一面だった。
あかん。タツミをイケメンにし過ぎちまった(笑)