GOD EATER The another story.   作:笠間葉月

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本日はこの回で終了です。…うう…この回を描くのにいったい何日かかったんだろう…


災厄は突然に

災厄は突然に

 

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2066年7月7日……私にとって、仮初めの日常が終わりを告げた一日だ……

 

「ただいまー。買ってきたよー。」

 

お母さんと朝から買い出しに出た。目当ては七夕飾りだ。っていうか……竹重い……みんなで行けばよかった……

 

「やったあ!」

 

ダッシュで突っ込んできたのはもちろん怜だ。短冊を持っている……何とも準備のいいことだ。

 

「焦らない。外に立ててからよ。」

「えー……」

 

最近は七夕を祝う家も少ないけど、それでも街路の屋台は貴重な収入だとばかりにいい竹を仕入れてくる。私の家は毎年祝っているから、予め仕入れてもらうように頼んでいる。……なんで毎年かと言ったら……

 

「早く早く!」

「相変わらず七夕好きねえ。」

「ほんと。誰に似たんだろ?」

「さあ……」

 

言わずもがな。怜が騒ぐから。ちなみに端午の節句をすっぽかそうがクリスマスをすっぽかそうが騒がない。自分の誕生日と七夕だけは外さないおもしろい弟である。

とにもかくにもお母さんと協力して竹を庭に立てる。その作業が終わった頃にお父さんが地下から上がってきた。

 

「おー?またずいぶん良いのが来たなあ。」

「あ、おはよー。今さっき買ってきたとこなんだ。」

 

おはようとは言っているがお父さんが起きているのは私たちよりもずっと早い時間だ。が、起きてすぐに研究室にこもるため顔を合わせるのは八時くらいになる。

 

「そうかそうか。……俺も書かないとな。短冊。」

「まだ書いてなかったの!?」

 

驚く私にお母さんが辛辣な一言を告げる。

 

「お父さんがそんなに早く書いておくわけないじゃない。」

「……確かに。」

 

……劣性と見たか家の中へと退却する我が父。それにじゃれつきながらついていく怜。

 

「ま、いっか。お母さん、短冊取りに行こう?」

「そうね。……にしてもあの二人ってよく似てるわあ。」

 

……その二人から、私とお母さんは似たもの同士と思われていることは知る由もない。

 

   *

 

短冊を持って再度庭に出た私はぼんやりと空を見上げていた。

 

「いい天気……」

 

今日はみんなで第八ハイヴに行くことになっている。お父さんの作った複合コアを届けるのだとか。極東支部の設備を使ってもっとちゃんとした試験をするんだ、とか言っていた。この天気なら絶好の旅日よりになるだろう。……アラガミに脅えながらだけど。

 

「あれえ?お姉ちゃんだけ?」

 

横から声がかかる。怪訝そうな顔をした怜が庭先に出てきていた。

 

「今はね。お母さんはさっき短冊取りに行ったし……お父さんは?」

「短冊書いてるよ。」

「そっか。」

 

……ずいぶん暇なようだ。ちょっとむくれている。

 

「……つまんない……」

「そう言われてもなあ……」

 

暇だと私に言われても……

 

「……ひま……」

「えっと……」

 

だ、だからね……

 

「あら、もう二人とも出てきたの?」

「早いなあ。」

 

また横からかかる声。

 

「……助かったあ……」

「やっと来た!遅いよお!」

 

ぎりぎりセーフ。堂々巡りにならずに済んだ。

家族四人が揃ったところで、同時に短冊をかける。怜の短冊を一番上の枝にかけるのが毎年の通例になっている。でないと拗ねてしまうのだ。

 

「よっし、写真撮ろうか。」

「おー!」

 

押入の中から取り出した三脚にカメラをセットし、タイマーを十秒に合わせる。短冊をかけ終わった竹を後ろにして一列に並んで位置を決める。

 

「撮るぞー。」

 

シャッターを押すのはお父さんだ。ボタンを押したらすぐに走ってこないと間に合わないのが面倒だといつも愚痴っているけど、なぜか毎回自分から押しに行く。単純にこの仕事が気に入っているのだろうと勝手に結論付けているが。

 

「3、2、1……」

 

きっかり十秒でシャッター音が鳴る。この写真も、リビングに飾らないとなあ……

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   *

 

「それがその写真か?」

「うん。カメラは壊れちゃってたけど、メモリーが無事だったから。」

 

リビングに飾られたはずのその写真は、今私の手の中にある。それに写っている家族は満面の笑みを浮かべていた。

 

「続き、いい?」

「……ああ。」

 

ずっと抱きしめてくれているソーマの肩に頭を垂れて、続きを話した。

 

   *

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写真を撮ってから一時間くらい経ったろうか。第八ハイヴに向かう準備ができた。

 

「さあて、行くかあ。」

「相変わらず間が抜けた合図だね……」

「良いんだ!俺は間が抜けている!」

「……えばるところじゃないってば。」

 

この居住区の外壁までは歩き、そこからはフェンリルのジープに乗っていく。第八ハイヴから神機使いも来てくれるのだとか。……全く、すごいお父さんだ。

怜はお父さんにじゃれつきながら歩き、私はお母さんと話しながら歩く。……怜はたまに私にもじゃれつくけど。

 

「みんなで第八ハイヴに行くの、久しぶりだね。」

「そうねえ。前は怜のDNAサンプル提出だったかしら……」

「……だったっけ?」

 

だめだ。もう忘れている。覚えているのは極東支部が面白いところだったことだけだ。

 

「……お父さんの研究、役に立つといいね。」

「ええ。……きっとやってくれるわ。あの人って、昔から破天荒だったもの。」

「……そっか。」

 

……それが、最後の会話だった。

耳をつんざくような緊急サイレンが鳴り、報道官が緊迫した声で告げる。

 

「外壁内部にアラガミが侵入!避難命令が発令されたのは……」

 

そこで言葉が途切れた。……ほんの一秒にも満たないその時間は、後に続く言葉をさらに恐ろしいものへと変えた。

 

「全地区に避難命令が発令されました!皆さん、最寄りのシェルターへ入ってください!繰り返します!」

 

……お父さんの表情が変わる。

 

「全地区……そんなもの収容しきるはずがない……」

「そんな!」

 

……でも、嘘じゃない。直感がそう告げていた。お父さんは普通の人が知らないようなところまで知っているのだ。

 

「できて四分の一だ。それ以外は……」

 

その先を言わなかった。……それがさらに不安を煽っていく。

 

「……怖いよお……」

「大丈夫だから。大丈夫。」

 

怜にいたっては涙目。……無理もない。私だって泣きたいほどだ。

 

「一か八かだ。中央施設に行こう。シェルターよりも装甲は弱いが、その分かなり広いはずだ。」

 

決断したのはお父さんだった。こういう時は本当に頼りになってくれる。

……その状況を壊したのは一体のオウガテイル。それは私達を見つけて、さも嬉しそうに吠えた。

 

「逃げろ!早く!」

 

お父さんが叫んだ。私が知る限り……初めてだった。

全員で走り出すが……逃げきれない。当然だろう。神機使いですら簡単には追い越せない相手なのだ。ただの人間が勝てるはずもない。

 

「わあああああ!……」

「っ!怜!?」

 

……気が付かなかったのが運の尽きだったのか……逃げようとした方向には別のオウガテイルがいて……その口には赤い液体が付いていた。

 

「りょ……う……?」

 

がっくりと膝をつく……ここで私はすでに大きな間違いを犯していた。失った人がどれだけ大切な人だったとしても、アラガミに囲まれていたら嘆く暇などなかったのだ。

 

「っ!神楽……ガッ!」

「……えっ……?」

 

始めに出てきたオウガテイルは針を放っていた。私に向かってきたそれを、お父さんが身を挺して守って……そのわき腹に、深々と針が突き刺さっていた。そしてそれは、もう一体も同じだったのだ……

 

「かぐ、ら……逃げ……」

 

お母さんにも、同じようにして針が突き刺さっていて……でも刺さっている場所は左胸で……

……それから目を逸らした私は地面に落ちた青い複合コアを見つけた。そしてそれに向けられた、アラガミの異常な捕食本能を肌で感じていた。

 

『青はお前のだぞ。』

 

コアが出来たときにそれを私達に見せたお父さんが言った言葉。

 

「っ!」

 

反射的にその複合コアを庇うようにして被い被さった。……それが全ての終わり。そして始まり……

 

「神楽……よせ……」

 

……その音はもう、私には聞こえていなかった。

 

   *

 

気が付けば周りには何もなくなっていた。……いや、それは正しくないな。アラガミの死体が転がっている。

 

「……え……?」

 

……手におかしな感触があった。ぬるっとしてなま暖かくて……見れば血だらけの腕。

 

「うそっ……何これ……」

 

自分の体に傷はなく、だとすれば何の血か……答えはあまりにもはっきりとしすぎていた。……私が、素手で、アラガミを殺したのだ。

その事実からまた目を背けて……あるものを見つけた。

 

「お父さん!」

 

血を流し、見るからに虫の息となった父。

 

「お父さん!起きてよお!お父さん!」

 

……肩を持って揺すって……そうしたら、その口からとても小さな声が発せられた。

 

「……生……きろ……」

「えっ……」

 

半分自暴自棄になっていただけに、その言葉は利いた。

 

「……そうなった……自分を嫌だ……と……思うだろう……けど……な……」

 

弱々しく、それでも言葉は紡がれる。

 

「無理な……注文だけどな……」

 

人でなくなった自分に、利いた言葉だった。

 

「……俺の……最期の頼みだ……」

「……最期なんて……やだよ……」

 

まだ生きていてほしい。理性で無理だと知っていても、感情の波は押さえられない。

 

「頼む……」

 

涙でグシャグシャになった私の顔を、お父さんは自らの手で包んだ。

 

「生きろ……!」

 

……つよかった。最期まで。だから、私も最後に強くなれた。

 

「……必ず……生きるから……!」

 

……手が落ちた。……その死に顔の、なんと安らかであったことか。

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   *

 

沈黙が流れる部屋。……神楽の体は、大きく震えている。

 

「……その後はお父さんの研究者友達の家に引き取られたの。その人が計らってくれて、私は17まで人として生きてたんだ。あ、腕輪をすり替えてくれたのも、お父さんの知り合いの人なの。」

 

……人として。その言葉の重みを改めて実感した。

震え続けているか細い体。幹から遠く離れた位置に付く木の枝のように軽く折れてしまいそうなその体を、強く強く抱きしめる。今までとは違って胸に抱き寄せて。

 

「ちょっと前まではね……思い出す度にくらくらしてたんだ……吐きそうになったこともある。」

 

ぽつりぽつりと語っていく。

……その姿が、余りに痛々しかった。

 

「もういい。」

「え……?」

 

言葉は勝手に口をついて出ていく。

 

「もう一人で生きようとするな。俺がそばにいる。何があろうが俺が同じ場所で生きている。だから……だからもう一人で生きようとするな。」

 

人に想いを伝える。それがこれほどまでのことだとは思っていなかった。

 

「……うん……」

 

……目に涙を浮かべつつも、笑っていた。

 

   *

 

「うん。もう平気。……よっし!遅くなっちゃったけど、ご飯食べよう?」

 

どのくらい彼の胸の上にいたかはわからない。でも前よりもずっとすっきりした。……乗り越えたわけではない。あの時のことを乗り越えられるかすらも疑問だ。だけど、彼はそばにいてくれると言った。なら……私もそうしよう。

 

「……そうだな。そのために来たんだったか。」

「あー……やっぱり忘れてた?」

「あんな話の後じゃあそうなるだろ……」

「だよねえ……」

 

……また、ここから歩きだそう。その一歩目は……些か小さい気もするが彼に手料理を食べてもらうことだ。メニューは肉じゃが。……お母さんに教えてもらった、初めての料理だ。

 

『いつか好きな人ができたら、その人に作ってあげなさい。』

 

……お母さん、私が初めてこの料理を作ったのは、この人のためですよ……

旨いな、と言いながら食べてくれているソーマを見ながら、そうどこへともなく伝えていた。

 

「……ねえソーマ……」

「どうした?」

「……今夜は……ずっと一緒にいさせて……」

「……ああ。もちろんだ。」

「うん……」




うー…重い…
あ、ちなみに肉じゃがって、女子が男子に作ってあげたい料理No.1だったこともあるそうです。
…と、非リア充は自分にはほぼ関係が現れそうにないことを言ってみたり。
ちなみにこちらでの原稿はシオの保護の回に入っています。だいたいそこまでが十話近くあるのかな?いくらか編集作業が終わったら随時出していきますのでよろしくお願いします。

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