GOD EATER The another story. 作:笠間葉月
過去
面倒な講義を聞き終えた俺達はそのまま神楽の部屋へ直行。部屋に入ると彼女は肩当てを外した。
「さすがに普通にしているときに付けるものじゃないみたいだね……」
「一応戦闘服だからな。」
肩の部分が金属であるためか若干重かったようだ。実際のところ普段着ではないのだから致し方ない。
「さてと、準備してくるね。」
そう言って部屋の奥へ向かう。その先は、俺にはほぼ縁のないキッチンだ。
「あいつらしい……」
部屋はどこもこざっぱりとしている。本棚には学術書や論文が並び、棚の上にはいつでも使えるような配置でいくつかの日用品が置かれている。そんな中で、一つだけ目立つものがあった。
「写真か。」
ベッドの横の台の上。他には何も乗っていないそこに、一枚の写真があった。日付は五年前の2066年7月7日。今でも極少数の家庭で親しまれている七夕という行事だろうか?家族のような四人全員で浴衣を着ている。
「……こいつ……」
その中の一人。娘であると思われる少女は神楽に似ていた。にしても……
「2066年?」
記憶が正しければその年の7月7日に……
「……っ!」
写真の奥。民家が写るそのさらに奥に見覚えのある建物があった。……旧第一ハイヴ中央拠点。研究者の街とまで呼ばれた、フェンリル所属の研究者が多く住んでいた街の拠点だ。そしてその街は……2066年7月7日、壊滅した。……生存者はほんの数名。特に被害が大きかった南部地域では一人しかいなかったという。
「お待たせー♪これね、今日の朝から仕込みして……」
底の深い鍋を持ってキッチンから出てきた神楽が固まる。……顔色は……お世辞にも良いとは言えない。
「しまうの……忘れてたね……」
「……悪い……」
「ううん。ちょっと待ってて。」
言い残してまた奥へ戻っていく。程なくして出てきたときには、鍋を置いてきていた。
「今日ね、昔のことも言おうと思ってたんだ。……見覚えあるんでしょ?」
「……ああ。」
半ば諦めているかのように語りだした神楽。それに対して嘘をつくわけにもいかない。
「私は、五年前まで第一ハイヴの南部に住んでたの。……あの日もそこにいた。」
「……」
ぽつりぽつりと。しかし確実に言葉を紡いでいった。
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2066年7月5日。お母さんが第八ハイヴ、つまりはアナグラに行っていたその日にある人が私の家を訪ねてきた。お父さんの研究者仲間の楠さんだ。神機の整備士にしてそのエキスパートだとか。
「よーう神野。久しぶりだなあ。」
「何が久しぶりだよ。昨日も映像通信で会ってるだろ?」
「気分だ気分!」
楠さんは根っから明るくって、いつも笑っている。だからなのか何なのか……
「あー!おじさんだ!」
……来ると怜がはしゃぐ。玄関の声がリビングにまで響いてくるほどだ。
ちなみにそれを止めに行くのは私の仕事。
「怜、はしゃぎすぎ。……すみません。いつもいつもこんな調子で……コーヒー飲みます?」
アイスで淹れたコーヒーを差し出しながら聞く。……飲みますも何もないな。
「あ、悪いねいつも。……っていうかまたお姉さんって感じになってるな……」
「最近じゃあ冬香の代わりまで務めてるさ。女の子がしっかりしているってのは本当だな。」
自分の目の前で交わされるそんな会話がちょっと恥ずかしい。……いやその前にだ。本人の前でそう言うことさらっと言うか普通……
「んで?呼んだからには完成が近いんだよな?なっ?」
「近いって言うか、ものとしてはほとんど完成したさ。凡庸性がこっからの課題だな。今日いくつか渡す。……プロトタイプだから性能は気にすんなよ?」
二人は再度会話に入る。なんでもお父さんが作っているのは複合コアと呼ばれるものらしく、それをどうにかすると神機使いを今よりずっと簡単に増やしていくことが出来るらしい。一つのコアでの適合範囲が広がるとか……説明してもらったときには良くわからなかったけど、これだけ楠さんが喜んでいるんだから相当すごいことなんだろう。
「とにかく研究室に来いって。見せてやるからさ。」
得意げだ。
お父さんの研究室はこの家の中にある。地下一階に作られたそこは色々な機械が置いてあって、さながら秘密基地のようなのだ。……なのだが……
「……ちゃんと片付けてる?」
「……だ、大丈夫だ。こいつはあの部屋ん中見慣れてるし……」
……とてつもなく、散らかっているのだ。お母さんは入ろうともしない。昔ドライバーを踏んじゃって転んだことがあるらしい……
「っははは!頭上がんないんだなあ!」
「ぐっ……」
それでも……二人連れだって研究室に向かうのだった。
*
神機使いを効率よく増やす。それは研究者達の長年の目標だ。それに対して俺が出した結論は複合コアの開発だった。
「……これか?」
楠をケースの前まで案内した。中には直径三センチほどの球体が四個並んでいる。色は様々だ。
「ああ。とりあえずは俺を含めた家族四人の遺伝子情報を元にしてみている。まだまだ問題は多いけど……一応の適合係数はありそうだ。」
何種類かのアラガミ素材を組み合わせて作った疑似コアに使用者の遺伝子情報を組み込んで作る。素材はフェンリルから支給されたものを使った。
「問題ってのは?」
「それぞれの遺伝子で作ったやつをマウス30匹で試したんだが、今のままだと五割方失敗に終わる。成功しても捕食本能が強いみたいで、成功した16匹の内15匹が狂暴化。最後に残った一匹も運動能力とかの向上は特に見られなかった。」
「まだ調整が必要か……今度は別のアラガミ素材で試してみるか?極東支部長にお前の部屋を用意してもらえるように頼んでみるからさ。」
「……そうだな。とにかく、報告も兼ねて一度支部に出向くだろうからその時に聞くか。」
俺の研究が役に立つのなら。その一心でこれまで研究してきた。……未だ深刻な神機使い不足。その解決の糸口が掴めそうなのだ。断る理由もあるまい。
「ま、その辺のややこしい話は後にして……飯まだだろ?作ってあるんだ。」
「んじゃあ頂くかな。そのために昼飯抜いたんだ。」
「おいおい……」
そんな俺の理解者は、いつも場を明るくしてくれている。……ありがたい限りだ。
*
「あれ?もういいの?」
リビングに来た二人。さっき研究室に行ってからまだ10分くらいしか経っていない。いつもなら一時間は中でしゃべっているのに……
「詳しい話はまた今度ってことになったんだよ。」
「でまあ……飯だ飯。こいつ昼飯食ってきてないらしい。」
……相変わらずしょうもないお二人だことで……
「はいはい。じゃあ、楠さんの分も用意しますね。」
というわけで台所へ。……私がリビングからいなくなった瞬間に怜がはしゃぎだしたのは気にしないことにしよう。
夕食は冷やし中華だ。なぜか家族揃ってこの料理が大好きで、夏は週に一回くらいのペースで食べている。麺の質がバラバラで困るんだけど……このご時世では仕方がない。
「お待たせー。」
麺つゆとお椀を四人分と、大皿に盛った麺をお盆に乗せて持っていく。それぞれに配った瞬間から取り合うかのように食べ始めるのは見慣れた光景だ。
その後はだいたい団欒になっていく。話題は極東支部施設内でのことが多い。ソースは当然楠さんだ。
ただし、その団欒が終わると二人だけで仕事の話を始める。
「いやそれがな、ここは簡単なんだけどそうするとだいたいこっちが……」
「だったらこっちを……」
……いったいどこから取り出したのか……図面まで出したらもう止まらない。
「……寝よっか。」
「……うん。」
そーっとお父さんの横にビールを置いて、怜と一緒に二階のベッドに向かう。……いつものことだ。
……補足。現在夜九時である。……もう寝よう。明日はお母さんも帰ってくるんだし。
これが、あの日から二日前の出来事だった。
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「……楠……リッカの親父か?」
「うん。リッカさんの話もよくしてた。」
ソファーに座って話していたが……意外だ。自分でもここまですらすらと話せるとは思っていなかった。もちろんあの日の出来事ではないのだから話すのが苦しいということはない。……ちょっと前までは、昔のことを思い出すだけで吐き気がしていたのに……
「大丈夫か?」
「えっ?」
つと、彼の腕が肩に回された。
「……震えてるぞ。」
「あ……」
言われて初めて気が付く。……そうか。いくらすらすら話せていても、まだ私は怖いんだ。……あの日のことを思い出すのが。
そうやって震えている私にシャツがかけられる。
「ありがと……」
横に座ったソーマの顔はとても暖かくて……
「無理はするなよ。」
「……うん……」
肩に回された手を、しっかりと握っていた。
少し短めです。次話があまりに内容が重いもので…