GOD EATER The another story. 作:笠間葉月
デートスポット
「この服すごいなあ。こんなにしっかりしてるのにこんなに軽いなんて。」
「そう作れるのもあいつの腕だ。並の奴だとそうはならないらしい。」
「わあお。」
桐生さんのお店を出てすぐに大通りに出た。……周りで自分の服について話しているのが聞こえる。どれも誉め言葉ばかりで何だか楽しい。
元々着ていた服はもらった紙袋に入れてある。自然にソーマが受け取ってくれて、それが無性に嬉しくなったり。
に、してもだ。
「……すごい人だね。ここって。」
桐生さんのお店に行くときに通った通りとはまるで人の量が違った。気をつけて歩かないと簡単に肩がぶつかってしまう。手を握ってくれているからソーマと離れることはないだろうけど。
「ここはこの辺りで一番でかい通りだからな。」
「だからこんなに…」
道の脇には処狭しと出店が並び、その後ろにはさっきの桐生さんのお店のように自宅をそのまま使っているようなお店もちらほらとある。それらの入り口を邪魔しないように出店が並んでいて、一見無秩序ながら見ていて苦しくない配置がなされていた。
「食材に関して言えば間違いなくアナグラの負けだ。量の問題はあるにしろ、アナグラだと手に入らないような物を売っていることも相当あるからな。」
「へえ……」
……かと言ってあのすさまじく大きいトウモロコシみたいなのがいっぱいあるのはごめんだけど……
「ところで、アナグラの方に進んでるけどそっちなの?」
実はさっきから進行方向にはアナグラが見えている。……どこに行こうとしているのかますます分からない。
「変わった場所だからな。」
「……?」
小首を傾げる。変わった場所って……なんか今日は変わったものばかりだなあ……
そうやって話しつつ歩くこと五分。ソーマがある建物の前で止まった。
「ここ?」
「ああ。」
そこはアナグラ管轄の動植物園だった。名前は《アサイラム》。一時避難所という動植物園には似合わないこの名前はいつか元の場所へ帰ることを願ってのものだという。一般にも開放されている施設で、緊急時には地下に引っ込めることが出来るようになっているらしい。比較的残存個体数の多いものを集めたドーム状の建物だということなのだが、私はまだ一度も来たことがない。……というか、そもそも神機使いはあまり来ない場所なのだとか。基本的に居住区民の憩いの場だ。
園内での飲食は自由、受付は腕輪を見せるだけでフリーパスのようだが……私は大丈夫なのだろうか?
そう考えたのがわかったのか彼から明確な言葉が飛んでくる。
「お前は有名だから問題ない。」
「……むう……」
そりゃまあ腕輪のない神機使いなんて他にいるわけもないし、運営も多少考えているかもしれないけど……なんか複雑だ。
「神機使い二名だ。」
「……承知いたしました。どうぞお入りください。」
……答えるまでの間は考えないでおこう。
二重扉を抜けて中に入る。目に飛び込むのは別世界。
「わあ……」
「動物が20種、植物が43種だ。環境管理はフロア別らしい。」
外の世界から消えてしまった幾多の木々が生い茂り、その枝には小鳥が止まる。幹の間を様々な動物が駆け回り、足下の草原ではひなたぼっこをするものもいる。……これまで来ていなくてよかった。そんな風に思いながらゆっくり歩いていく。
と、四つ足のスリムな動物が近寄ってきて……その体を私にそっと押し当てた。
「きゃっ。……えっと……?」
「鹿だな。」
ソーマが教えてくれたものの……しか?
「昔はあちこちの山の中に生息していたらしい。そいつは雌だ。雄には角がある。……撫でてやれば喜ぶ。」
言われて背中を撫でる。硬めの毛がさわさわと気持ちいい。鹿の方も心地良いのか目を閉じる。
「……ほんとだ。人懐っこいんだね。」
「馴れてるからな。……まずは奥まで行くか?」
「うん。」
最奥まで行くと、そこは小高い丘になっていた。その上で足を前に投げ出して座る。……鹿は私の横に寝転がった。……なんと芸達者なことだろうか。
「確かにデート向きだね。」
「……自分で言うか?」
「えへへ。」
周りにも二三組男女がいる。デートスポットとして相当有名なのだろう。
「おっ……?」
「どうしたの……って、いつの間に……」
座っているのを見てか何なのか、ソーマの肩に小鳥が止まった。
「メジロ……だったか。」
呟いている。なるほど、確かに目の周りが白い。……じゃなくって。
「ずいぶん馴れてない?」
……周りのカップルの中にも座っている人はいるのだが……鳥が肩に止まっているのはソーマだけだ。
「ここは落ち着くからな。他の神機使いがあまり来ねえからよく来たってだけだ。」
「……そういうこと。」
その場所に私を連れてきてくれた。……ちょっとこそばゆいような、つい顔がほころんでしまうというか……顔が赤くなっているのが分かって、彼とは反対にいる鹿を撫でてみたりして。
「あ、そうだ。お弁当作ってきたんだけど、食べる?」
あまりたいした物でもないのだが……っていうかもっと時間がほしかった……
「……そうだな。時間もちょうどいい。」
「それじゃあ……」
手元のバスケットを膝の上に乗せ、その蓋を開ける。
「サンドイッチか。」
「……普通のじゃないんだけどね。」
「……?」
確かに入っているのはごくごく普通のサンドイッチのみだ。具はキャベツに卵、ハムなどの王道食材。気分でリンゴジャムも付けられるように持ってきてある。……が、それだけでは女の子としてどうも寂しい!というわけで……
「……このパン、自家製なの。」
……発端はある日の食パン。いつものようにジャムを付けて頬張ったあの時の……えっと……な、何とも独特で個性的で表現のしがたい……端的に言おう。不味い、ひどい、救いようのない味ときたら……そんなこんなでパンの作り方を調べ、時間のあるときには自分で作ることにしたのだ。
「マジか……?」
「マジ。ってわあ!」
ソーマの驚き顔を観察しようとしたのも束の間。匂いに惹かれたのか横にいた鹿が脇の下から顔を出してきた。
「……お前もずいぶん懐かれたな。」
「みたい……わわわ!今あげるから!」
もぞもぞ動いてせっついてくるのであった。
ソーマと鹿、それぞれにサンドイッチを渡す。ソーマは少しちぎって小鳥にもあげていた。
「……旨い。」
「でしょお。どうしても売ってるパンって原材料が変わっちゃうし、そもそもパンには向かないのまで使うことがあるから。だから調べたんだー。」
製品単位で材料不足でも、個人の単位なら全く問題はない。だからこそ時間があるときはいつも自家製のものを作っておく。基本は一週間分だ。それ以上は日持ちしない。
「そいつががっつくのも分かるな。」
「あはは。確かに。」
鹿の方はと言えばさっきから脇目も振らずに食べている。……そしてそれは、ソーマも似たようなもの。サクヤさんはよくリンドウさんに作ってあげていたと言うが、その気持ちがとても理解できる。好きな人に自分の作ったものを美味しそうに食べてもらえて、嬉しいと思わない人はいないだろう。
私は、美味しそうに食べてくれるソーマの顔をずっと見ていた……
*
「ただいまー。」
その後もしばらく園内で過ごし、帰ったのは二時間ほど経ってから。エントランスにはヒバリさんを始め、サクヤさんやカノンさんもいた。
「あら?その服……」
「えへへ。ソーマからのプレゼントです。」
サクヤさんが気付いたのに続いて二人も反応を見せる。
「わあ!すっごく似合ってるじゃないですか!」
「うー……羨ましいです……」
……みんなに後であのお店を案内しようかな?
「先に部屋に戻ってる。また後でな。」
「あ、うん。」
ソーマとはこの後夕食も一緒に食べる約束をしている。自慢の手料理の見せ所だ。
……あれ?
「あのう……なぜにそんな至近距離に近づいていらっしゃるので……?」
いつの間にやらヒバリさんもカウンターの外に出てきて……いつの間にやら三人に囲まれていた。
「さて、私達はあなたに聞かなければいけないことがあるわ。」
「……えっと?あのー……さ、サクヤ、さん?」
いつもと比べて明らかに目の色がおかしい。新しいおもちゃを見つけてそれをねらう蛇の目にでもなったかのような、というかまさにその目だ。
「ソーマとはどこまでいったのかしら?」
……え……っと……
「ふえええええっ!?」
ちょっ!どこまでって!これ絶対行き先とかの話じゃないよね!っていうか三人とも目がおかしいって!
「昨日キスしてたのは見たけど……今日はどうなったのかしらあ?」
「えっ!わっ!ちょっ!」
そもそも昨日見られてたっ!?いつ!?……ってあの時か。
「べ、別に今日は何も……」
「へぇえ……何もないくらいだったのに手を繋いで帰ってくるのお?」
「ひゃん!」
今更だが、私はちょっと恥ずかしくなるようなことに滅法弱い。そのせいかこういう時はいつもいじられてしまう。何というか……勘弁してください……
そこからずっといじられそうになった私を救ったのは……
「えーっと、神楽君とソーマは至急研究室まで来てほしい。重要な通達があるからね。」
思いもかけず、博士からの呼び出しだった。
*
「失礼します。あ、ソーマ先に来てたんだ。」
「ああ。」
三人が私が呼ばれた放送に気を取られている隙にダッシュで逃走。命辛々逃げきった。
「いやあ大変だった!やっと分かったよ!」
そして研究室に入った私の前には何やらものすごく喜んでいる博士が……
「あの……何かあったんですか?」
「何かも何も!」
喜ぶと同時にずいぶんと興奮しているようだ。……ますます訳が分からない。
「例の感応現象の理由だよ!ほら昨日の……」
昨日の感応現象……ソーマとの間で起こったあれか。そういえば博士には言っておいたんだっけ。新型同士じゃないのにって思って調べてもらおうとしたんだった。
「良いかい?その原因はね……偏食場さ!」
……はい?
「えっと……偏食場って、あのアラガミ固有の?」
「そう。どんなアラガミもある特定の周波数を持った偏食場というものを発している。それによって僕達がアラガミの場所や種類を特定できるのは知っているね?」
「それは知ってますけど……」
偏食場、というのはアラガミが独自に持った波動の総称だ。個体によって若干の違いはあるものの、種別として見た場合にはほとんど同じような波形なのである地点のアラガミが何なのかを特定するためにも用いられる。
「で、君達は自分のコアを持っていて、自分自身で偏食場を発しているというわけだ。」
「いやまあそれはそうですが……」
話が飛んでいるような気がする。
「それを踏まえて……ここからは僕の仮説だ。」
仮説かよ。一瞬でそう思った。
「実は同じような偏食場を持ったものが近くにいるとそれぞれに影響を及ぼし合うことは前から知られているんだが、今回もそれと似たようなものだと推察される。」
「……またはっきりしねえ結論だな。」
ソーマも呆れている。……似たようなものってどういう状況だ?
「つまりは、脳の中に入った偏食因子やオラクル細胞が共鳴すれば、記憶を共有したりということが起こるかもしれない、ってことさ。いやあ、実に興味深いと思わないかい!?」
……博士がしゃべっている間欠伸をしない。そんなミッションが追加された瞬間だった。
今回出てきた感応現象はスパイラルフェイトでの博士の説明からきています。ちなみに同じ原理で感応種の能力も発動しているっぽいんですよね。
さて、次話から神楽の過去編に移ります。これまでも推測だけはできるような描写を織り交ぜてきましたが、とりあえず神楽がアラガミとのハイブリッドになった日、そしてその二日前を描きます。