GOD EATER The another story. 作:笠間葉月
記憶
『もういいかい?』
『まあだだよ。』
いつの間にか私はタンスっぽいものの中にいた。小さく開けられた両開きの扉。その隙間から外を窺っているのだが、体が動かないのだ。ピクリとも、まではいかない程度ではあるが、自分の体のような感触はあるのに自分で動かせないからそう思えて……まるで誰かの体に入っているかのようだった。
『もういいかい?』
男性の声。そう言えばさっきは女性だったような……っていうか、かくれんぼの最中なのかな?でもこんなところでかくれんぼした覚えなんてないし……そもそもさっきから聞こえている声も誰のものかわからないし……
『まあだだよ。』
先ほどの問いかけに答えた声。それが自分の口から発せられたものであるのに気が付くのには少し時間がかかった。いやいや、そもそも論としてこの体は本当に私の体か?だいたい今の声って相当幼い女の子の声だったよね?
そんな私の思考はお構いなしに外の状況は変化する。
『もういいかい?』
初めよりも高い声。
『もういいよ!』
自分のように感じられるこの体から発せられる声。……それが皮切りでもあるかのように、遠くから叫びが聞こえた。
『アラガミだ!アラガミが来たぞ!』
その声を聞き取ったときだ。目の前に二人の姿が現れた。男女一人ずつ。年は三十代半ば頃のように見える。その二人はこちらへと向かっていた。
『もういいかい?』
再度女性が言う……それが、最期。
突如として現れたアラガミ……黒いヴァジュラによって、その二人は一呑みにされた。
同時に言った言葉……
『……パパ……?ママっ……?やめて……食べないで……!』
聞き覚えのある言葉だ。まさか……
……その言葉を聞きつけてか、黒いヴァジュラはゆっくりとこちらを見る。その口から赤い液体を滴らせながら……
『いやああ!やめてえええ!』
……絶叫。あの日のアリサのように。
そこまでで場面が移る。今度は……神機の適合テストのようだ。台の上にはアリサの神機がある。
『……幼い君は……さぞかし自分の無力さを呪ったことだろう……』
上から声がする。その声はどこか支部長に似ていた。
それを聞いてから腕輪に手を合わせる。前触れもなく降ってくる上の部分。それに挟まれると同時に激痛が走る。
『その苦しみに打ち勝てば、君は親の敵を討つための力を得るのだ!』
痛みに悶えて叫ぶのをよそに再度上から声がかかる。
『そうだ!戦え!打ち勝て!』
また場面が変わって次は病室。ただ……極東支部とは少し違うようだ。もしかしたらロシア支部の病室かもしれない。確かアリサは元々そこにいたはずだ。
さっきまでと違うのは、どことなく意識がはっきりしないこと。私の意識は異常なしだが、アリサと思われるこの体の意識がはっきりしない。
『こいつらが君たちの敵、アラガミだよ。』
気が付くと、ベッドの前に巨大なモニターが置かれている。病室には不釣り合いだ。
その画面は数秒ごとに変わり、様々なアラガミを映し出していった。
『あら……がみ?』
……どうやら相当に朦朧としているようだ。返事にも生気がない。
『そうだよ。こわーいこわーいアラガミだ。そして最後に、こいつが……』
その大車の声に似た言葉と共に画面がまた変わる。映されたのは黒いヴァジュラ。だが……
『君のパパとママを食べちゃった、アラガミだ!』
それは瞬時にまた変わって……リンドウさんを映した。……なるほど。アリサがあの時錯乱した理由はこれか……
『パパ……ママ……』
譫言のように繰り返す。その言葉だけははっきりしていた。
『でも……もう君は戦えるだろう?』
また横から言われる。少し遅れて右腕がピクリと波打った。腕輪の付いた右腕が。
『簡単なことさ。こいつに向かって引き金を引けばいいんだよ。』
悪寒の走りまくる口調で物騒なことを言ってのける。私がもし本当にこの場にいたら……人でなくなるかもしれないと思うほどに。
『ひきがねを……ひく……』
……答える声。それを聞いてやっとわかった。これは洗脳だ。
『そうさ。こう唱えて引き金を引くんだ。』
おそらくはリンドウさんを殺す……いや、邪魔な者達を全て消すための。
『アジン……ドゥヴァ……トゥリー!』
強い声が耳元でする。意味はよく分からないが……こういうときだ。どうせ1、2、3、とかそう言う
類のものだろう。
『アジン……ドゥヴァ……トゥリー……』
また譫言のように繰り返す彼女。……横で押さえようともせずに発せられる下ひた笑い。
『そうだよ、そう唱えるだけで君は強い子になれるんだ。』
……はっきり言って、今すぐにどこかへ消し去ってやりたい。
『アジン……ドゥヴァ……トゥリー……』
最後までそう繰り返していた。
*
「……」
気が付けば元の場所。少し遅れてアリサも目を覚ます。
「……あなたは……」
「おはよう。気分はどう?」
なるべく自然に。まあたぶん私に彼女の記憶が見えたことくらいは気が付いているだろうけど。
「……かくれんぼをしてたんです……」
俯きつつ語る。
「パパとママを困らせてやろうって思って、タンスの中で。……もういいかい、まあだだよ……って……」
まだ握っている手。徐々に力がこもっていく。
「そしたら突然、アラガミだ!アラガミが来たぞ!って声に変わって……」
……その先を言うのを恐れるかのように一瞬止まる。
「……私が悪いんです……私があんなところいつまでも隠れてさえいなければ……」
嗚咽混じりになる声。
「……だから、私が新型神機の適合者だって聞いたとき、すごく嬉しかったんです。これでパパとママの敵が討てるって思えて……」
……同じような過去を持っている。でも昔抱いていた神機使いへの考えは違っていた。……私の場合……義務感。何となく、不思議だ。
「それなのに……何で私あんなことっ……!」
とうとう泣き崩れてしまう。……リンドウさんのことを言っているのだろう。
「……私……どうしたらっ……」
顔を上げてこちらを見る。……年相応の表情。本当は、とても優しい子なのだ……
「大丈夫。今は事情があってここにはいないけど、リンドウさんも無事だから。だから気に病むことない。今は、ゆっくり休もう?」
抱きしめて背中をさする。……そういえば……怜が泣いたときもこうして宥めてた……泣いているときは誰しも素直になるものだ。
「はいっ……」
……泣きじゃくってはいるけど、その声はずいぶん明るくなった。
*
しばらく泣いた後、彼女は自分から離れた。
「もう大丈夫?」
「はい……ありがとうございます……この間もこうして手を握っててくれたの……あなただったんですね……」
一昔前のアリサからは想像も付かないような穏やかな表情。
……本当は、黒いヴァジュラについて聞きたい気持ちがあるのも否めない。そしてあの洗脳についても……ただ、今は無理だろう。そう思って別の質問をする。……ある意味一番気になっていることだ。
「えっと、ねえねえアリサ……」
「あ、はい。」
「……私の記憶って……なにが見えた……の?」
……できたら昔のことが知られていないといいなあ、なんて思いつつ……
「……ソーマのことばっかりでした……」
「……え……」
ええっと、うん、あの、む、昔のことが知られてなかったのはいいけど……別の意味で恥ずかしい!それってつまりじゃれつきまくってることバレたってことじゃん!
……気が付けば……二人で顔を赤くして下を見ているのであった。
*
病室でそんなやり取りがされていた頃の贖罪の街。
「こちらソーマ。現在までアラガミとの接触はなし。引き続き索敵する。」
索敵任務が特務か……
支部長に呼び出され……何を任されるかと思えば旧市街地の索敵。いったいここに何がいる……
そう心の内で愚痴りながら教会の横を通ろうとしたときだ。
「……?」
……一瞬だが、何かが教会内に入っていったように見えた。
「人か?」
アラガミにしては小さかったように思う。と言っても、こんなところに人がいるはずがねえんだが……まあいい。確かめれば済むことだ。思い直して教会に入る。
「誰だ。いるなら出てこい。」
割れたステンドグラスに彩られた内部。そこに特に気配はなかった。
「……気のせいか。」
当然だな。こんなところに人がいるはずもねえ。アラガミだったら今ので飛び出ている。
「ソーマだ。目標との接触はなかった。回収頼む。」
……とにかく帰るか。
*
帰投して神機保管庫に着く。いたのは神楽とリッカ。
「あ、おかえりー。」
「ああ。」
声を上げた神楽は心なしか明るい気分であるように見える。
「えへへー。パーツの強化終わったんだー。」
「自信作だよ。素材がよくって、パラメータの上昇幅が高いんだ。」
そういうことか。通りでリッカといるわけだ。
「メンテ頼む。それで?アリサのやつはどうした?」
リッカに神機を渡してから聞く。……リッカは受け取ると同時に鼻歌なんてしながら奥に行った。……相変わらずの神機好き、と言ったところだな。
「もう行ってきた。もう目も覚めてるし、原隊復帰までそんなにかからないと思うよ。」
「そうか。……また何かやっただろ。」
「ええまあ。感応現象を少しばかり。」
……いたずらでもして来たかのような口調と、嬉しくて仕方がないとでも言うような表情。自然と口をついて出るのはこんな言葉。
「……よかったな。」
「うん!」
満面の笑みだ。見てるこっちが微笑んでしまうほどの。
「ソーマは……偵察任務にでも行ってきたの?」
「何で分かる。」
図星だが図星になった理由が分からない。
「服が汚れてない。」
「……それだけか。」
「もちろん。討伐任務だったら……土まみれとか泥まみれとかぐしょ濡れとか……」
ったく……土まみれだの泥まみれだの好き勝手なことを言って……?
「おい、ぐしょ濡れはねえぞ。」
「あれ?バレた?」
……バレただと……?
「……てめえ……」
……そう言ったときには鬼ごっこが始まっていた……ったく、しょうもねえ彼女だ……
*
「はあ……」
何度目かも分からないため息をもらす。
ソファーに座りながら自室を見回す。……リンドウがいないと、この部屋はこんなにも寂しいものだったのね……なんて、いつもこの部屋で一緒にいたわけでもないのに的外れかしら?
あの日神楽ちゃんに聞いて正解だったのか失敗だったのか……理由を知ることはできたけど、ある意味それが彼の失踪を招いたのかもしれない。
「……またいつか、どこかで会おう、ね……」
夜中に届いていたメール。最後に書かれたその文が思い出される。
「ふう。くよくよしてても、仕方ないかな。」
ほかの第一部隊員にも面目立たないし、なにより二人も抜けてしまって大きな戦力ダウンをしてしまっているのだ。一人悩む暇はない。自分にそう言い聞かせて立ち上がる。
何か飲もう。そう思って冷蔵庫を開ける。
「あ……んもう。こんなに貯まってる……」
消費者がいなければ減るはずもないビール。リンドウが取りに来るから、と取りだめておいているのだが……
「リンドウがいなくっちゃあ意味ないわよねえ……ん?」
そのビールの中から一本を取ったとき、底から何かが落ちた。
「ディスク?」
……そのディスクは、歯車を狂わせる楔のほんの一本目に過ぎなかった。
「不穏だなあ」
友人談。
今回はここから先への布石って役割が強いです。でもって原作とはディスクの位置づけがちょっと違います。
さすがにリンドウさんの腕ぱっくんちょをこの流れでやるわけにはいきませんから。