GOD EATER The another story. 作:笠間葉月
うねり出す激流
「ふあ……あ……朝だあ……」
手元の時計は午前四時を指している。うーん……夢も見ないほど爆睡してた。さすがにエリナちゃんと遊ぶとバテるなあ。あのくらいの子って私たちとは別のベクトルで体力あるんだよなあ……特に遊び続ける体力なんて底なし。
「ふふっ……おはよ。」
家族ときっちり別れた後でも続けている日課。日に日に笑っていくようにすら感じる。
「♪~」
ソーマと一緒に聴いた曲を鼻歌で歌いながらキッチンへ。食パンを取り出してトースターに放り込み、焼き終わったらジャムを付けて口へと運ぶ。
「今度のは質が良いかな?」
このご時世だ。食べられるだけありがたいのだが……昨日使いきった六枚切りの食パンは味がいまいちだった。材料となる小麦粉の種類が不定だからである。時にパンにするのに全く合わないようなものを使っている場合もあり……いやいやもうやめよう。確実に堂々巡りになる。
「ごちそうさまでした。」
さあてコーヒーだコーヒーだ。
「っと?」
と思ったところでインターホンが押される。この時間に……誰だろう?
「はーい……あ、サクヤさん。おはようございます。」
扉を開けて外を確認するとサクヤさんがいた。そういえば前にもこのくらいの時間に来てたっけ。
「おはよう。ちょっと質問があるんだけど……いい?」
「えっ?良いですけど……何かありました?」
まだ何があったってわけじゃないんだけど……。そう言ってソファーに座るサクヤさん。コーヒーを二人分淹れてから横に座る。
「えへへ。この間良いコーヒー豆が手に入ったんですよ。」
「本当?じゃあ早速……」
一口飲むと同時に表情が変わる。
「わっ。本当においしい。」
「サクヤさんもそう思いますよね。グアマテラって言うんですけど……最近はその作付け自体が減ってきちゃってなかなか手には入らないんです……こんなにおいしいのに……」
とりあえずは来客用にしよう、なんて考えていたのだが……
「えっと、ところで、さ。……最近リンドウに変なところってある?」
「変な……ですか?」
「ええ。」
サクヤさんから出たのはそんな質問。リンドウさんに変なところがないかどうか?
「特に変だと思うようなところはありませんけど……おかしなことがあったんですか?」
聞き返すと、それがね、と一拍置いて言った。
「“お忍びのデート”が多いのよ。」
「それって……」
記憶をたぐり寄せ……そうだ、あの大型討伐演習の時にそんな言葉がリンドウさんの口から出てきていた。あの日はたしか、ウロヴォロスのコアを無傷で回収した部隊がいるって館内放送があったっけ。
「前からちょっとはそう言って出てたんだけど……最近は回数が異常に多いのよ。ほぼ毎日。」
リンドウさんがデートと言っているものが極秘任務か、またはそれに準ずるものであることには私も薄々気が付いている。だからこそほぼ毎日、というのは明らかにおかしい。
が、同時に私にどうこうできるような問題でもなさそうだ……
「うーん……投げやりになっちゃうんですけど、この際直接聞いてみる、っていうのはどうですか?」
「直接?」
言われた意味をいまいち理解できていないらしい。
「はい。えっと、その、つまりですね……ふ、二人はその、えー、たた、大変親密な仲ですから……ですね……」
「あ、それこそベッドの中で聞いちゃえってこと?」
「はうあ!さ、サクヤさん!ち、ち、直で言わないでくださいよお!」
ひーん……また私の顔絶対真っ赤だあ……
「うん……ありがとう。神楽ちゃんに話せてちょっとすっきりした。」
「そ、それは何よりです……」
何よりなんですけど落ち着くまで待って……何でこんな時にソーマの顔が思い浮かぶの!落ち着けない!
「じゃあ、またねー。コーヒーごちそうさま。」
「あ、はい。」
そう言って部屋を出るサクヤさん……から、深呼吸している私に爆弾が落とされる。
「ソーマとは早く既成事実作っちゃいなさいよ?最近女性陣に人気急増中なんだから。」
これは……新手のいじめなのだろうか……
*
そんなはちゃめちゃからだいたい三時間後。この日の任務の受注のためエントランスへ降りてきた。
「おはよー。」
「あ、おはようございます。」
……ありゃ?ヒバリさんしかいないのか。
「それで、今日大車先生がいるのって何時くらいまで?」
アリサのお見舞いに行きたい。でもって大車先生に会ってみたい、ということである。
「一旦お昼で帰って、その後再出勤するかは微妙……お昼前に行った方が良さそうですよ?」
ふむふむ。じゃあ速攻で任務終わらせるか。
「わかった。任務はどんなのがアサインされてるの?」
「そうですね……急を要するものには廃寺エリアでのコンゴウ堕天種、旧都心部エリアでのボルグ・カムラン、それに空母跡のヴァジュラ、これらの討伐要請が来ています。」
白猿とサソリと猫か。
「じゃあ猫……ヴァジュラ行ってくる。」
「了解しました。お気をつけて。」
よおし……行き帰り含め二時間かけずに終わらせてやろう。
*
それから三十分ほど後のエントランス。
「おはようございます。リンドウさん、ソーマさん。」
「よう。」
「ああ。」
くそったれな特務を受けるために俺とリンドウが降りてきていた。
「そういえば神楽さんにはもう伝えたんですけど、アリサさんと面会可能になりましたよ。主治医の大車先生がいるとき限りですけど。」
あいつの面会か。いったい何が起こったんだかもわからねえが……いや、何でああなったかの方が重要か。
「そうか。んじゃあ後で行ってやんねえとな。」
「うーん……リンドウさんが普通に行って大丈夫ですかね……?」
どこか不安そうなヒバリ。まあ無理もねえ。
「本人がこれだ。ある程度回復してればどうとでもなるだろ。」
……何でてめえら二人して驚愕してやがる……
「ソーマ……お前ほんとに丸くなったよな……」
「……神楽さん効果ですね……」
……だからてめえら……
「……どうでも良いだろ今は。支部長の野郎から特務が来てんだ。早くしろ。」
そう。俺はだべりに来たわけじゃねえんだったな。
「特務ですね……あ、ポセイドン二体の討伐依頼が来てます。それで間違いないですか?」
ポセイドン。クアトリガ種の第一種接触禁忌種のアラガミ。ったく、この間のスサノオといいこいつといい面倒な奴ばかり……
「ほうほう……おいソーマ、こいつでいいんだっけか?」
「当たり前だ。特務がそんなにあるわけねえだろ。」
相も変わらず頼りんなんねえリーダーだ。
「じゃあこの内容で受注しておきますね。お気をつけて。」
リンドウが答えて手を振る。
さて、行くか。くそったれだが……多少はましになった仕事に。
*
地響きと共に地に伏すヴァジュラ。……の三体目。
「んもう!こんなにいるなんて聞いてない!」
意気揚々と出撃して二十分で到着して……すぐに一体見つけて戦闘開始……後三秒でもう一体、十秒で更に一体……
「ぬう……後で調査隊に文句言ってやろ。」
その調査隊がコウタ率いる部隊であったりする。ちなみにここにヴァジュラがいるのを発見したのは昨日で、しかも偵察任務の帰りにヘリから見たというのだから……
「ヒバリさーん、終わったよー。」
通信。早く迎えに来てもらいたいのだ。……何せ三体同時に相手していたのだから……疲れたのである。
「了解です。近くのヘリを向かわせますね。」
近くの?
「おお。ほんとに近くだ。」
そのヘリは真上にいた。
「とりあえずそれに相乗りしちゃってください。出払っているヘリが多いので。」
「そういえばいっぱい来てたんだよねー。」
朝から三ヶ所に急を要するレベルのアラガミ。最近多くなってきた襲撃回数の中でも珍しい。まあ……一日に三ヶ所はざらになってしまっているのだが。
とか何とか言っている間にヘリが着陸。相乗り相手は、と?
「あ、ソーマ!……とリンドウさん。」
「……さりげなく俺を忘れそうだったのは気のせいか?」
ぐっ……鋭い……
「きっ、気のせいですよお。あはは……」
……ごまかせてないな……結局それについていじられながらソーマの左をとる。
「ソーマ達は何の任務だったの?」
「クアトリガだ。」
「そうだな。」
?なんか二人の様子がおかしい……
「あー、いつものデート……」
「……何でお前はそういうところに聡いんだ……」
さて、私は何も聞いていない。
「そうそう、アリサのお見舞い行かない?」
実のところ、ちょっと一人で行くのは気が引けている。何か大変な状態であろうことは予想がついているし……私……アリサのこと投げ飛ばしてるんだもん……
「ふうむ……俺は無理だなあ。ちょっとサクヤんとこ行かないとならないからなあ……」
そうですかビールですか。っていうかリンドウさんには聞いてません。確実に来ないと思ってるので。
「ったく……しょうがねえな。何時に行けばいい。」
「やった!じゃあ帰り着いたらすぐってことで!」
良かったあ……一人で行くのはやっぱり、ねえ……
*
そういうわけで病室前にいるんだが……
「……何でお前さっきから躊躇してんだ……」
扉を開けようとしてはやめ、ノックしようとしてはやめ、それがすでに五分継続している。
「いやあ……投げ飛ばしてるからさあ……怒ってるんじゃないかと考えると……どうにも……」
「……そういう問題じゃねえだろ……入るぞ。」
「ちょっ!心の準備!」
「いらねえ。」
心の準備……何時間かかるか知れたもんじゃねえからな。
中に入った俺たちを迎えたのは……病室でありながらタバコふかしてやがる爺。あまり良い印象は受けない。
「やあ、君達か。……初めまして。大車だ。えっと……」
「あっ、神野神楽です。こちらこそ初めまして。」
「……ソーマだ。そんなことより……何でこんなところでそんなもの吸ってやがる。」
自分でもこの質問が始めに来るってのは驚くな。
「ああ、これは電子タバコさ。いくら何でも病室で本物は吸わないよ。」
偽善者くせえ笑みを浮かべながら言う。紛らわしいことしやがって……
「あの……ところでこれは……」
神楽の質問。目線の先にはアリサがいた。……ただ昏々と眠り続けている。
「起きていると常に錯乱してしまってね……効き目の高い鎮静剤を打ったんだ。当分は目を覚まさないだろう。……目を覚ましたら、またカウンセリングをしていく予定さ。」
相変わらずの嘘くせえ笑み。はっきり言って虫酸が走る……
「そうですか……」
ベッドの横の丸椅子に座りつつ答えているが……話はあまり聞いてないか。単純にアリサが心配らしい。
「で、こいつが目を覚ますとして……どのくらいかかる。」
「今使っている鎮静剤は効き目が強いからね。早くても何週間かかかるだろう。」
……何週間も寝ているような“鎮静剤”か……フン……笑わせてくれる。
「えっ……」
神楽が声を上げた。俺たちの会話にではなく、おそらくは自身に起こったことに。……彼女の手はアリサの手に触れていた。
……同時に、アリサが目を覚ました。
「……今……あなた……の……」
それだけ言い残して再度眠ったが……大車の野郎の慌て様が尋常ではなかった。
「い、意識を取り戻した……だと……?し、失礼する!」
病室を出つつ端末を取り出していく。足を挟み、扉を閉め切らずにおいた俺の耳に聞こえたのはこんな声だった。
「はい……おそらくは例の感応現象と言うものであると……はい。はい。どうしましょう?隔離しますか?……で、ではこのまま、と?……はい……ええ、もちろんです……」
ここから先は聞こえなかった。エレベーターに乗ったようだ。
隔離……また随分と物騒なことを言ってやがる。
「ねえねえソーマ。」
「何だ?」
神楽に声をかけられる。……いつもの如く袖を引っ張られながら。
「……ちょっと博士のとこ付いてきて。」
……袖を持つ手に更に力がこもったのは気のせいではないだろう。
「しょうがねえな……」
「わーい。」
いつも通りの喜び方。だが、その声にはいつもはない暗さがあった。
*
「とまあアリサの記憶か何かが頭の中に流れてきたんですけど……何だったんですかね?」
かくかくしかじかで研究室に来た。ソーマは仏頂面だけど。
さっき病室でアリサの手に触れたとき、スライドショーのように様々な場面が頭に浮かんだ。全て私の知らないこと。こう言っては何だけど……ちょっと気味が悪いので、とりあえず何か知ってそうな人=博士に聞こうと思って研究室まで足を運んだわけだ。
「ふむ。詳しくは知らないけど、それはたぶん感応現象と言うものだろう。」
「かんのうげんしょう?」
「……」
ソーマが黙ってるのが気になるけど……何それ?聞いたことすらない。
「新型神機使い同士の間で起こる特殊な現象なんだけど、その発生条件や発生時の状態などは未だ不明。本部でも研究が進められているらしい。尤も、観察中に感応現象が発生したことすらないようでね。はっきり言って何もわかっていないのさ。」
要は訳が分からないものってことかあ。いやそれよりも……
「……目を爛々と輝かせてこちらを見るの……是非ともやめてほしいんですが……」
……私のこと被検体としてみてる目だ。絶対。
「それで?他に何かねえのか。」
その先もソーマが続けた。
「本部の方ではちょっとはあるかもしれないけどね……ここには特にデータがない。……えっと、ソーマ?その恐ろしい目線を向けないでもらえると嬉しいんだけど……」
「無理だ。」
……二人とも相変わらずだった。
*
あの後何を話すでもなくなった私達は自室に戻った。どうせならもうちょっと一緒にいたかったけど……
「夜中0時……」
無理。明日も任務だし。
ネグリジェに着替え寝る体制に入った時、ターミナルのランプが点滅しているのに気付いた。
「誰かな……ってあれ?リンドウさん?」
届いていたメールはリンドウさんからのもの。
「っ!」
その文面は、驚き以外の何者にもならなかった。
いや本当に原作無視って言うか何て言うか…ある意味で原作に忠実とはいえ…っとお。ここから先は次話でどうぞ。