GOD EATER The another story.   作:笠間葉月

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たまゆらのうた

 

たまゆらのうた

 

「ジュリウス!ロミオ先輩が外行っちゃった!」

 

ナナの切羽詰まった声、と言うのも珍しいかもしれない。などと思う暇はなく、続けざまに通信が入った。

 

「こちら極東支部!神機兵が次々に停止していきます!」

「北の空にアラガミが見える!数六!でけえぞ!」

「隊長。避難者の確認が完了しました。北部外部居住区の住人が収容されていません。」

「把握した。ロミオは俺が連れ戻す。ギル、監視を続行。ナナ、シエル、住民を可能な限りシェルター奥に誘導しろ。」

 

極東支部からの有線通信と、三人からの無線。半ば混線気味になりはしたものの状況は理解できる。

ノースゲートへのアラガミ襲撃。神機兵の停止。ロミオが外へ向かったとなれば、確実に北だろう。

問題は先の戦闘区域……

 

「ジュ……スさ……づみ……す……」

「結意さん?短波通信を使用してください。赤い雨での電波障害が発生しています。」

 

……全く。もう少し早く来てほしかったものだ。

 

「繋がった!ジュリウスさん!」

「今どこにいる!」

「フライアを出ました!支部南側です!」

 

不幸中の幸い……少々不幸が大きすぎるきらいはあるが、こういうことを言うのだろう。

 

「付近にアラガミは確認できるか!」

「交戦中です!」

「対応は!」

「何とか!」

「よし。可能な限り継戦!殲滅に成功した場合、支部北側に移動しろ!」

「はい!」

 

赤い雨の中を走る。装備はレインコート。

ロミオも、同じ状態で向かったはずだ。一人で戦闘などさせられない。

 

   *

 

うっわ。最初にそう思った。ジュリウスとか結意ちゃんとか、なんかもうおかしいくらい強いのがいないとやばいんじゃね?って。

けど次に、俺が守るんだって思った。

 

「うおおおお!」

 

俺を助けてくれた人たちを、俺が守るんだって。

ここはじいちゃん達が住んでいる場所なんだ。だからさ。

 

「お前ら勝手に、暴れてんじゃねえ!」

 

ガルムと……なんだっけあいつ。空飛んでるの。見たことない。

地上では前足で転がされ、空からは牙が降ってきて。すっげえ洒落になんないよなって、その次に思った。

それでやっぱり、俺が守るって、そう思うんだ。

だってほら。俺の装備って守るための装備みたいなもんじゃん?一発がデカい刀と、射程の短い銃と、メチャメチャ堅い盾だし。

 

「くそっ……おらあ!」

 

ああもう、いったいな畜生。空見ながら地上とか無理だって。ジュリウスじゃないんだから。

……ほんと、あいつじゃないんだから。

 

「おっせえよジュリウス!」

「元気そうで何よりだ。背中は任せる!」

「俺、腹も任せた!」

「難しい注文だ!」

 

昔から、ブラッドに入ったことを後悔したり、嫌だって思ったりすることが多かった。

ジュリウスの奴メチャメチャ強いし、同期なのに追い付ける気しないし。

後輩もどんどん入ってくるのに、どいつもこいつも追い抜いて行きやがるし。

そのくせ俺は全然成長できなくて、いつも惨めな気分になるし。

 

「うわっ!ジュリウス!上の届かない!?」

 

ほんと、ブラッドって楽しいんだ。

 

「アサルトでは無理だ!降りてきたところを攻撃するしかない!」

「マジで!?」

 

って言うか、この状況ってなんかいいな。メチャメチャ強いジュリウスと一緒に、同じアラガミに苦戦してる。

正直降りてきたとこ攻撃、とか出来ないけどさ。盾開いてゴツゴツやってるだけだし。

終わったら盾しまって、近場にいる奴を……

 

「え?」

 

近場にいる奴、って言ったって。それはおかしいって。

何で空の奴がいたはずの場所に、こいつがいるんだよ。なんだっけ。マルドゥークだっけ。

って言うか何だこれ。世界がスローって言うやつ?走馬燈的な?

 

「ガッ……」

 

けど、それは唐突に終わりを告げて。

俺の体は、すげえ勢いで横に吹っ飛んでいた。

 

   *

 

ロミオがかなりの攻撃を受けた、と気付いてから、そのアラガミを視認していた。

マルドゥーク。ガルム神属感応種。アラガミを統率する力を有し、過去に一度だけ遭遇した相手。

何を思うより先にバカな、と頭に浮かんだ。先ほどまで、ガルム二体にヨルムンガント六体のみだったはずだ。もちろん異常なほど手厚い歓迎だが、そこに追加を許した覚えはない。

であれば最初からいたと?あり得ない。見回しても、このサイズが隠れていられるスペースなど……

 

「……上か!」

 

マルドゥークが咆哮すると同時に、空からさらに三体のガルムが飛来した。

ヨルムンガントの上から、だ。

 

「……くそっ……どっから……」

 

内一体は起き上がったロミオにほど近い位置。ガルムの攻撃行動で考えれば十分射程内だろう。

 

「ぐっ……このっ!」

 

防いだ。そう思った直後、別の一体が攻撃を加える。

明らかに統率されているのだ、と、実感を伴って理解した。正直なところ話を聞くだけでは、ナナの誘因のように範囲内のアラガミを引き寄せているだけだろうと考えていたが、これはそういう次元の話ではない。

まずはマルドゥークを。狙いを一体に絞らなければ、この状況を打開することは出来ない。弱い個体から片付けたいところではあるが、そんなことを考えていては先にやられてしまう。

 

「はあああ!」

 

可能な限り止まらずに攻撃を加え、統率を乱しにかかる。こういう特性の性か、こいつ単体の戦闘力はさして高くない。

やれる……と、思ったのがまず穴となったか。

いいや。そもそも上、ヨルムンガントの存在を忘れていたのだろう。

 

「ぐ……があっ!」

 

これはどちらだ。尻尾か?頭か?

いずれにせよ、叩き潰されたことに違いはない。甚大なダメージを受けたことにもだ。手足の二、三本は折れている。肋も何本無事か分からない。

そして、攻撃の手が緩んだ時点で、俺達の負けは確定したのだろう。

 

「うあああ!」

 

ロミオの叫びを最後に、俺の意識は途切れていった。

 

   *

 

少し悲しくて、とても悔しくて、ものすごく嬉しい。それぞれ全く別のことが原因だから、混じらずそのまま感じられる。

赤い雨が何でもないことが悲しい。

お義母さんの言っていたことが、どうしようもなく悔しい。

ジュリウスさんの役に立てるって、そう思うと体がはちきれそうなくらい嬉しい。

 

「ジュリウスさん!」

 

今、そこに行きます。

通信聞いてました。ロミオさんもそこにいるんですよね。本当に、先輩なのに、全然先輩っぽくなくて……いい意味でですよ?

 

「掃討完了!北側に向かってます!」

 

ジュリウスさんも先輩って感じしないですよね。頼れる人なのは間違いないし、そりゃもう格好いいんですけど、なにか違うんです。

それでいてただ隊長って人でもないですし。はっきりしてほしいです。

 

「今どこですか!レーダーが映らないんです!」

 

と言うか、よく考えたらいろいろお礼しなきゃいけないことが溜まってる気がします。是非とも誉めてほしいことも。

一緒にいると、忘れちゃうことも多いんですね。

ねえ、ジュリウスさん。だから。

 

「返事してください!」

 

ここからでも見える。大きな飛行型アラガミが六体に、ガルム神属がいっぱい。こっちも六体でいいだろうか。

あんなのと二人で戦ってるなんて無茶にもほどがある。少なくとも、私は御免被りたい。

……お願いだから、戦っていて。アラガミが全然動いていないのって、相手が消耗しているからなんでしょう?

 

「ジュリウスさん!」

 

その場にたどり着く。

その光景を見る。

その事態を理解する。

 

「……どいて……」

 

ふらふらと、アラガミに退かせつつ彼に歩み寄った。倒れ伏す彼。血だまりの中の彼。

少し離れたところではロミオさんが倒れている。同じように、血だまり。

 

「……ジュリウスさん……返事して、ください……」

 

肩に触れることすら、恐ろしくて出来ない。

分かってしまうのが恐いのだ。

手足はどれも四カ所以上で折れ曲がり、胸は潰れ、腹部から腰部にかけてねじ切れるかのようにひしゃげている。顔だってあちこち引き裂けていたり、そもそも頭が凹んでいる。

 

「嫌ですよ……神機使いって頑丈なんですよね……大丈夫ですよね……」

 

きっとロミオさんだって大丈夫。ほら。ちょっとお腹に穴が空いているくらいで、そんな酷くないんだから。

ジュリウスさん。触っても冷たいのって、雨のせいですよね。これだけ冷たいのに降られてたらそりゃあ冷たくなりますよ。

ねえ、もう、本当に。

 

「嫌だ……こんな……こんなのないですよ……」

 

……寝言は寝て言おうよ。私。

死んでるんだよ。二人とも。

ああもう、本当に。

 

「もう嫌……こんな世界……」

 

消えてなくなってしまえ。


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