GOD EATER The another story.   作:笠間葉月

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降るもの

 

降るもの

 

結局、神機兵との交代が完了したのは赤い雨が降り始める直前だった。

 

「ジュリウス!こっち!」

 

ナナが手を振るシェルター入り口。入っていくらもしない内に真後ろでポツポツと雨音が響き、さらに遠方での戦闘音をかき消していく。

 

「収容状況は。」

「だいたい入ってるとは思うけど……名簿とか付けてたわけじゃないから、今コウタさん達が確認してる。」

「分かった。各員、落ち着き次第偏食因子の補充を行え。場合によっては再度戦闘に戻ることになる。」

「OK。んじゃ、俺は手伝ってくるよ。」

 

レーダーが使えないとは言え、経験上どの程度のアラガミが集まっていたかは分かる。神機兵での対応にも限界があることを考えれば、そう簡単に収束するとも考えにくい。

降雨予想は三十分後まで……それまでに終わればよし。終わらなければこちらから出張る必要がある。言ってしまえばいつも通りか。

 

「通信はどうだ。」

「短波通信でもノイズが入ります。有線端末もあることですし、そちらの方が。」

「探知は出来るか?」

「さすがに、ここからでは防壁内が限界です。」

「突破されたかどうかが分かるなら十分だ。頼む。」

「了解。」

 

となれば、フライアとの通信は極東支部側でも途絶しているだろう。電波強度を考えれば可能性はあるにしろ、密な連携が取れるとは思えない。

なるべく早く鼓の消息を知りたいところではあるが、こればかりはどうしようもない。いくら何でも赤い雨の中を突っ切っていくわけにもいくまい。

 

「ギル。念のため目視での観測を。監視塔があったはずだ。」

「ああ。」

 

全く。本格的に手が足りんな。

 

   *

 

私達がそれに気付いたのは、おそらく全く同じタイミングだったと思う。

 

「神楽。」

「うん。」

 

力をレーダーにのみ割り振ったとき、探知範囲はあちこちに設置された機械のそれを上回る。だからきっと、このヘリはもちろん、極東支部も気付いてはいないだろう。

……もしここが極東支部なら、この時点で動き出すことが出来る。半アラガミの立場ってものが一定まで確立されているからだ。主にバカップルの功績。

ただ、このヘリは本部管轄に近い。

 

「……ヘリ側か、極東支部からか。どっちになると思う?」

「試してるけど、極東と繋がらなくて。たぶんヘリから。」

「じゃ、ちょっと遅めと。」

「だと思う。」

 

この三年間で大きく変わったことはいくつかある。新種の発見ラッシュがよく起こる極東では尚更だ。

内一つが、大型飛行型アラガミの出現。ヨルムンガントと名付けられたこいつは、ちっぽけな羽で蛇みたいな巨体をぶんぶん吹っ飛ばしている。

はっきり言ってデカいのが飛び回るだけで驚異。地上からの狙撃やヘリからのラペリングといった対応策が確立されるまで私や神楽が対応し、事なきを得るに至った。

……で、それが大群になったとしたらどうなるか。想像に難くない。

 

「私の出番かな。」

「だろうね。何とかしなさい最強。」

「……その呼び方も何とかならない?」

「事実でしょうが。こーの最強のアラガミめ。」

「名誉なのか不名誉なのか、って、けっこう分からないんだね。」

 

極東支部北部。数……六。ついでに、ヨルムンガントの上に数体。アラガミが降下作戦を展開するとは、ここまでくると世も末だ。

とにかく上は飛べる神楽が何とかするしかない。私の場合、確かに転移で飛び回れるけど……何十回も連発できる物じゃないわけで。

それに、その……状況的に不安は別のところにあるのだ。

結意は大丈夫なの?って。

 

「……ふふ。」

 

なんて思っていたら、不意に神楽が笑った。

いや、たぶん悲しんだ。

 

「今度は何思い煩ってんの。」

「ん?あー……なんて言うのかなあ。」

 

神楽がこうして何かしらの感情を笑って誤魔化すことは少ない。誤魔化すときは、そうしないと泣くときだ。

 

「こういう事態に陥る度に、私って女の幸せから遠ざかるんだなあって。」

「?」

「天使と過ごすこと。サクヤさんは、天使じゃなくて悪魔よー?って苦笑いするけどね。」

「……ずいぶん要領を得ない発言だことで。」

「ごめんごめん。」

 

本当は、分かってる。神楽が何を考えているかも、それがどうしようもないことで、私に出来ることなんて一つもないことも。

 

「……やっぱり、お母さんにはなれないかなあ……」

 

笑わないでよ。慰めらんないでしょ。

 

「ねえ。渚。」

「……何。」

「要請が来たら、あなたが極東に行けるよう口実を作るから。」

「いいよ。別に。」

 

よくない。

 

「弟でも妹でも、一緒にいられる方が絶対いいもん。」

「会わせる顔がないってば。」

 

顔がなくても会うしかないでしょうが。

……私ときたら無様なもので、こんな時まで二律背反を気取るのだ。

 

   *

 

「結意。ちょっとどいてくれる?」

 

お義母さんが優しい口調で言う。膝枕をずっと続けて疲れたから、なんて理由じゃ断じてない、と確信する。

きゅ、と強く裾を握れば、同じくらい優しい手が頭をなでた。

 

「大丈夫よ。どこかに行ったりしないから。」

 

むしろ、どこかへ行ってしまっていい。会えないのは苦しいけれど、二度と帰ってこなくたっていい。

何をしようとしているの。今あなたのアラガミは、すごくすごく、どす黒いよ。

引き留めるしかなくて、けど言葉が出ないから、痛くないように足を握りしめた。

 

「もう。甘えん坊ね。」

 

優しい言葉が突き刺さる。なでる手は殴打のよう。耳に触れる足ですら、凍てついて痛いほど。

今この人を離したら、絶対にいやなことが起こる。苦しいことか、悲しいことか、中身は分からないけど、絶対に。

だって恐いんだもの。お義母さんと呼んでいたこの人……ううん。アラガミが。

 

「……あなた、誰?」

「え?」

「お義母さんじゃない。誰?」

 

お義母さんはずっと、ずっと、人間でいてくれたのに。

こいつは違う。お義母さんじゃないと、自分からあざ笑うかのように告げている。

 

「おかしな子ね。ずっと私をお義母さんって呼んでたのはあなたじゃない。」

「違う。あなたはお義母さんじゃない。」

「同じよ。結意。……ああでも、まともなラケル・クラウディウスをお義母さん、って呼びたいなら、確かに私はそうじゃない。でもね?」

 

彼女はポケットに手をやり、何かを取り出しながら言う。

 

「あなたの前に、一度だってそれが表れたことがあったかしら。」

「……嘘……」

「素直な子で助かったわ。結意。こんなにも長い間、簡単に騙されてくれたんですものね。」

 

取り出したのは、何かのスイッチ。ごく普通であるはずのそれが、異様なまでに禍々しく見えて。

絶対に押させてはいけないと感じながらも、動くことすら出来ないままそれを許してしまった。

 

「雨は止まない。時計仕掛けの傀儡達は、いつまでもいつまでも、止まり続ける。」

「何をしたの……?」

「私は何もしない。ここからはね。」

 

ずい、と近付けられた顔。反対に、彼女のアラガミの気配は隠されていく。

恐くなって、距離をとる。

 

「あなたが、喰らうの。……っ!」

 

何の兆候もなく彼女の体は吹っ飛び、私から見て真正面の壁に押し付けられた。

例えば透明人間にでも突き飛ばされたような。

 

「……ああ、そうだったわね、アブソル。あなたは馬鹿で助かった。人間を喰らわない終末捕喰ですって?そんなものを、いったいいくつの意志が望んでいると思っていたの。」

 

何が何だかなんて全く分からないけど、一つだけ確かなことがある。

今すぐ、ここから出なければいけないということだ。

 

   *

 

「何のつもりだ貴様!」

 

あれは確かな約定だったはずだ。終末捕喰と、関連する知識の提供。その代償に、俺主導での終末捕喰の手助けをする。

だがこいつは、いつからだ。間違いなくこの三年間のどこか。こいつは俺を使い捨てるつもりで。

鼓結意を特異点とするためだけに利用しやがった。

 

「……ああ、そうだったわね、アブソル。あなたは馬鹿で助かった。人間を喰らわない終末捕喰ですって?そんなものを、いったいいくつの意志が望んでいると思っていたの。」

「ぁあ!?」

「あなたがくれた知識は役に立ったわ。喰え喰えやかましい本能に方向性をくれたんですものね。おかげで今じゃ、あなたより上位に立つことも出来た。何なら教えてあげましょうか?意志の内訳でも。」

「俺の他は一人だ!他に誰がいる!」

 

その一人も、宿主の甲斐あって終末捕喰なんざ望んじゃいない。三年前に確認済みだ。

 

「二人、でいいのね?」

「当たり前だろうが!」

「三人よ。」

「なわけね……くっ!」

 

……喰われていた。胸ぐらを掴んでいた手。どころか腕まで。

喰うつもり、と言うアドバンテージがあるにしろ、捕喰可否はアラガミの強さに起因する。つまり。

今、俺はこいつより下位だ。

反射的に離した手をさも面白いと言わんばかりに眺めながら、こいつは続けた。

 

「なんなら見て行きなさい。特等席よ。」

 

モニターの電源が入れられる。映っているのは、極東のノースゲート付近。

アラガミに襲撃されるその場所だった。


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