GOD EATER The another story.   作:笠間葉月

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放逐

 

放逐

 

カバー範囲にナイトホロウとコクーンメイデン。これらの位置は固定である以上、優先度は下。中型種はコンゴウが通常種堕天種共に一。一体逃さなければもう一体もここに残るだろう。

大型種でテスカトリポカ……まだ距離はある。

 

「各員!状況!」

 

コンゴウの突進を流しつつインカムに叫ぶ。戦闘開始から十分弱。すでに見える範囲だけで混戦の様相を呈していた。

 

「俺は大丈夫!ただ、増えたらきつい!」

「対応可能ですが、狙撃の余裕はありません。近接範囲外ではこぼれます。」

 

左翼、余力なし。見える限り、シエルの付近にガルムがいる。原因はこれか。

 

「まだまだ平気!」

 

右翼、さすがと言うべきか、ナナの継戦能力に助けられている。

 

「ロミオ達の方から流れてくる奴が……っ!……そっち側に流さないようにはしてるが、溜まる一方だ!」

「了解した!ナナ!こちらに引きつけろ!」

「まっかせといて!」

 

少なくとも、突破されることだけは防がなくてはならない。ここが最後の砦である以上尚更だ。

とは言え……数だけならさほどのものではないが、大きくばらけている。一体潰す間に一体追加されるとなれば休む暇など欠片もなく、連戦に次ぐ連戦から全体が圧し負けるのは時間の問題だろう。

何とか打開策を、と考え始めたとき、二つ同時に通信が入った。

 

「複数のサテライト拠点よりアラガミ襲撃の報告!複数の感応種を確認!防衛班が対処に当たっているものの、手が足りません!」

「こちらフライア。神機兵出撃準備が整いました。極東支部より許可があり次第展開します。」

 

……グッドニュースとバッドニュースを一つずつとは気前の良い。

 

「こちらブラッド!言いたくはないが、俺達も手が足りていない!」

「うちも正直サテライトに回す余裕はないって!」

「第四部隊同じく!」

 

かなりの声が張り上げられつつも、それでようやく戦闘音に勝る程度。前線もまたこちらと大差ない。

必然的に事態はフライアの神機兵頼み……

 

「極東支部よりフライアへ!支部長認可、降りました!」

「了解。神機兵、発進します。」

 

お手並み拝見、と、平時ならばなるのだった。

 

   *

 

「サテライトには俺が行く。要請地点は。」

「第一、第四、第八です!追ってデータを送ります!」

 

極東支部に加え、サテライト拠点への襲撃。これが初めてではないにしろ少々タイミングには出来すぎの感がある。

偶然か、作為的なものか。マルドゥークという例が現れた以上後者と見るべきであり、そうでなくとも感応種への対応が出来ない防衛班をそのままにする選択肢はなかった。

頭数の問題でブラッドに向かってもらいたいところではあるけど……今下がらせたら防衛戦が瓦解しかねない。ソーマさんに行ってもらうのが得策、だと思う。

それにしても……

 

「機械的……」

 

投入された神機兵は全て自律モード。受信したデータから最適な行動を選択し、戦闘行動を行う……

ああもう。怒りを覚えるほどに最適だ。アラガミの殲滅という一面だけなら。

神機兵のとったコースは群の寸断を行い、続けて後続を殲滅。最後に今前線にいるアラガミを掃討するというもの。これではまるで……何と言うか、人間を囮にしているかのようだ。

オペレーターとして働いて来て常々思っていたこと。神機は、未だ人間の手に余るものだと言うこと。

そんな神機を、さらに手に余る存在が握っている。

 

「フライアへ!半数の神機兵に、現在の前線に展開するよう指示を出してください!」

「了解。展開域を設定します。」

 

もしも。本当にもしもであってほしいけど、神機兵が人間に牙をむいたとしたら。

その時神機使いはあれらに勝ることが出来るのだろうか。勝てると思いたいが、楽観できない。

……それはそれとして、ただでさえ警報音が鳴りっぱなしの状況で神機兵のモニタリングが追加されるのはいろいろ言いたいことがある。今度インターフェイスの改善要望でも出しておこう。

 

「穴からは……もう来てない。」

 

最初の大穴からはもう一体も出てきていない。山場は過ぎたはず。神機兵が戦闘に入ったら、一度ブラッドを下がらせよう。彼らは長丁場に慣れていないんだし。

 

「コウタさん!聞こえますか!」

「感度良好!何!」

「アラガミの増援、ありません!現在戦闘中のアラガミで最後です!」

「分かった!」

 

……慣れすぎているのもどうかと思うけど。

まあ、私としては安心感が僅かに得られてほっとする。

 

「極東支部!」

 

そんな比較的長丁場に慣れているはずのハルオミさんが切羽詰まった声を上げたのは、ちょうど胸をなで下ろせそうかと思った矢先のこと。

 

「赤乱雲だ!すぐ来やがる!」

 

   *

 

戦闘中の赤乱雲との遭遇はこれまでにも数回あった。極東支部に着く前、フライアでの神機兵運用試験を始め、外で赤い雨に降られたことは一度や二度ではない。

が、フライアを含め拠点付近でのそれは初。それも防衛戦の最中となれば尚更だ。少なからず動揺が全体で見られるのも、仕方のないことだ。

 

「フラン!極東第一、第四部隊側。及びこちらに神機兵を集中させろ!」

「やっています!」

「ナナ!ロミオ!先に離脱し住民を中央シェルターへ避難誘導!急げ!」

「ジュリウス達は!」

「神機兵が来るまでここを抑える!」

 

元々、俺は隊長の器ではないだろう。

冷静な判断は出来る。状況分析も得手と言える。隣の仲間を守ることも、さして難しいとは思わない。

その上で断じよう。俺は隊長の器ではない。

足りないのだ。何かが。俺以外のブラッド隊員が全員持っているであろう何かが。

彼らに告げたならこう返されるに違いない。それを埋め合わせるのが仲間だ、と。

……こちらから埋められる物など、そうありはしないだろうに。

 

「赤乱雲の接近に伴い、間もなく通信障害が発生します!各自短波通信に切り替えてください!」

 

どこかでブラッド……いや、関わった全ての人物に、あらゆるものを押し付け、依託し、委任し、かつ依存しながらも拘泥していた。

こうであれ、と。拘りというものは常にあり、俺のそれは、自分に出来ないことを何もかも引き受けていてほしい、という、ずいぶん都合のいい、自己中心的な代物だった。

社交性をロミオに求め、盛り上げ役をナナに任せ、ある種の激情をギルに外注し、第三者視点での分析をシエルへ任じた。それらを上手く調律するよう、おそらくは出会った当初から鼓を仕込んだ。俺自身の調整すらあいつにやらせていただろう。

だからこその一線。名字で自己紹介がなされたから、などという単純な形でなく、確実に自身との同一視を行わぬよう設計し、名前で呼ぶことを拒んだ。

 

「電波障害の発生を確認!探査機器によるアラガミの検知機能が低下しています!」

「シエル!可能な限り広範囲をモニタリング!後衛に回れ!」

「了解!」

「ギルは俺と前衛!神機兵到着まで一匹も通すな!」

「分かってる!」

 

俺に残っているのが隊長という仰々しさだけは一端の肩書きであるのなら。

俺がするべきは、少なくともそれを裏切らないことだ。

 

   *

 

私にとって、ジュリウスさんとは何だろう。

先輩、違う。友達、違う。恋人、片思いですらない。他人ではあり得ないけど、存外示す言葉が見つからない。

お義母さんはそのままお義母さんだった。ロミオさんは先輩で、ナナさんは同期……ううん。姉のように思っていたかもしれない。シエルさんは優しい先生で、ギルさんもそんな感じ。なんて言うか、教官、って呼びたくなるような。

 

「あなたは意志。ジュリウスは器よ。」

 

お義母さんは、さも当然のごとくそう言うけれど。

 

「それは、お義母さんの中でだよ。」

 

私にとってジュリウスさんは器なんて曖昧なものじゃなく、とにかく掛け替えのない人だ。

だからこそ、はっきりしたことが言えないのがもどかしい。

 

「あなたにとっても変わらない。いつか、あなたはジュリウスを手足とするの。」

「ううん。私はそんなことしたくない。」

 

冷たい手が頭をなでる。

 

「ジュリウスとずっと、一緒にいられるのよ?」

 

ジュリウスさんと、ずっと一緒。

それはなんと甘美で、なんと蠱惑的な誘いなのか。どこにも行ってほしくない大切な人が、ずっとずっと、私の傍にいてくれる。

……だけど。

 

「私は、神機使いだから。」

 

神機使い。そう呼ばれるには、ずいぶん歪ではある。

でも私は、やはり神機使いなのだ。そこに主観も客観もないし、大きすぎるエゴは許されない。世界と自分の望みを、天秤に掛けてはいけない。

私は神機使いとして、ジュリウスさん達と一緒に戦って、一緒に守っていくのだ。

 

「殺しちゃった人の分くらいは、守らないといけないから。」

「……そう。でもね、結意。」

「ん。」

 

耳元にかかる息。まるで吹雪の中みたいな、冷たい吐息。

 

「あなたが気に病むことはないのよ。」

「……?」

「そうさせたのは、あなたのお姉さんでしょう?」

 

心には、もう幾筋も亀裂が走っていた。


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