GOD EATER The another story. 作:笠間葉月
嵐が来る前に
「極東支部南第一防衛ライン内に多数のアラガミ出現!アラガミ装甲壁到達予想まで二十分!映像、出ます!」
神楽達の帰りを待つ中、切迫した声がスピーカーから響いた。一拍遅れてそこら中のモニターに観測機器からの映像が映し出される。
「第一、第四部隊は直ちに出撃!ブラッド隊は居住区の避難誘導を行いつつ広範囲に展開!以後、ブラッド隊展開域を最終防衛ラインに設定します!」
「うっし。エリナ、エミール!行くぞ!」
「任せたまえ隊長!あの程度、我がポラーシュタぐほお!」
「バカなこと言ってないでさっさと行けっての!」
広範囲に渡って陥没した地面から景気よく流れ出るアラガミの大群。おそらくは支部北西側か。珍しい数ではないが、そうあることでもない。
問題は出現位置だ。防衛ラインの内側ともなれば、どれだけ急いでも外部居住区に少なからず被害が出る。群の進行方向はバラバラだが、目算で半分近くはこちらに向かっていることを考えれば、それなりにまずい状況と言える。
「ヒバリ。感応種はいるか。」
「現在のところは確認出来ません。ソーマさんには、有事に備えて待機するようにと支部長より指示が出されています。」
「……妥当か。」
歯痒い、とはこういう感情を言うのだろう。対感応種要員として必要なのは分かる。だが、それだけに俺自身で出来ることが減少していると、常々感じられて仕方ない。
俺が出ればすぐ終わるだろ、と。
それが諸々の点で無理のある考えであることは自覚している。連戦の利く体でもなく、下手に酷使できるほど信頼の置ける力でもない。一度暴走すれば、抑えられる奴のいない今の極東は簡単に壊滅しかねない。
「ちっ……」
思えば、神楽に惹かれたのはそのせいもあったのだろう。あいつがいれば色々なものに気兼ねなく生きていられると、どこかで感じた。自惚れるようだが、あいつにとってもそれはおそらく同じことだ。
きっかけはなかった。熟慮したわけでもなかった。ごく単純な共依存の結果として、感情としては余りに歪な何かを抱いたのだ。
俺達は結局、そう言う生き物ということか。単体で生きることは適わず、といって群の中にいられる存在でもなく、いくつかで傷を舐め合う他ない。
そこまで考えて、そう言えばと思い当たるものがあった。
「……神楽達のルートは。」
*
極東支部まで、順調にいってあと三時間か四時間といったところ。隣のバカップル片割れは、本人も気付いていないのか延々とそわそわしている。気持ちは分かったからちょっとは落ち着け……なんて、窘めたとして何分もつか。
「すみません。しばらくここで待機します。」
だからまあ、パイロットが突然そんなことを言い出せば、捨てられた猫のごとく……
「何かありました?」
は、さすがにならないらしい。仕事熱心と言うかなんと言うか。
「極東支部近辺でアラガミが出現したそうです。このまま進むと戦闘区域に入るようで。」
「規模は?」
「……平時と比べれば多いようですが、こちらへの救援要請はありません。」
むしろ、ショックを受けたのは私の方だった。
胸騒ぎがする。いや、していたのだ。ずっと前、極東に飛ぶ前から。あれやこれやを思い出してきた頃には既に感じていたこと。
守りたい、守らなければいけないものが、また戦ってしまう。それが嫌で仕方ない。
「……アラガミに気付かれない程度の距離で待機してください。最悪こちらから救援が可能な範囲が望ましいですが、可能ですか?」
「出来る限り。ただ、こいつで戦闘機動は無理がありますから、あまり期待はしないでくださいよ。」
「分かっています。」
ギリ、と小さな音が聞こえた。神楽が歯を噛み締めた音だと気付くのに少しかかり、理解して初めて、彼女が焦っていると知った。
「神楽?」
「……私の嫌な予感って、当たるんだよね。」
「えっ……ちょっと!それどういう!」
知らず声が大きくなる。
嫌な予感って何。極東支部は大丈夫なの。結意は無事だよね。
矢継ぎ早に口から零れそうになる詰問は、矢継ぎ早過ぎて出口で詰まってしまう。一つも聞けないでいることがさらに私を焦らせて、余計に言葉が押し寄せた。出口のないまま、ぐしゃぐしゃになる。
「分からない……けど。」
パリパリとオラクルが弾けそうになっていた。私のじゃなく神楽の。
それを見て、私は何も言えなくなってしまう。
「……この空気は、嫌い。」
……雨雲が、迫っていた。
*
支部南西から南東にかけ、俺、ナナ、ギル、ロミオ、シエルと並んでいる。武器のカバー範囲から策定した配置だった。
「鼓との連絡は?」
「まだだ。フランにも確認したが、どうもそれどころじゃないらしい。」
五人という人数は、防衛線を張るにはやはり十分とは言えない。特にカバー範囲の広い鼓が入っていないとあって、正直なところ一カ所くらいは楽に抜かれてしまいそうな印象すら受ける。
問題の鼓と連絡が取れず、フライアにはいるだろうと確認しようにもそれが出来ないと言われては、こちらですることは残っていない。ひとまず五人で維持するのみだ。
「……話してる場合じゃないらしいな。お出ましだ。」
互いが見えない距離ではないものの、声は張り上げても届かない。危ないからと救援に行ける距離でないことは、僅かに全員を焦らせている。
「最悪そっちに漏れるかもしれねえ。頼んだぞ。」
「ひえー。隣私だよー。」
「……げっ。俺もだ。」
ぼやいたからと言って帰ってくれる相手ではないが、何かの気まぐれでも起こしてほしいと思わないわけでもない。
こちらにも向かってきているアラガミを見据えつつ、全体に告げた。
「距離的に余裕はない。各員、取りこぼさぬよう注意しろ。」
「赤い雨の降雨予想が五時間後。時間はありますが、長時間の戦闘はこちらの危険性も上昇します。シェルターへの避難誘導のタイミングを考えれば、長くとも二時間以内での決着を見る必要があるでしょう。」
精度は上がっているが、前後一時間は見た方がいいと未だに言われている赤い雨の予想。観測態勢を考えれば当然ではあるが、外に出るこちらからするともう少し何とかしてもらいたいところではある。
「シエルちゃん。こういう時は嘘でも楽しいことを……」
「楽しいこと……ですか?私が言うと場が凍りそうですが……」
「……確かにな。お前の仕事だろ。ナナ。」
「ギルにしちゃ当たってんじゃん。」
……彼らにかかっては、リラックス用の話題か。
「おしゃべりはここまでだ。来るぞ!」
*
ざわっ、と、首の後ろが波立った。
「……」
「どうかしたの?結意。」
膝枕される体勢で寝ころんで、頭を撫でてもらった、ただその瞬間。
なぜだろう。分かり切っている理由を自問する。温かくないのは、なぜだろう。
「……アラガミ。」
「特に連絡はないけれど……」
「うん。外は分からない。」
本当に、外は分からない。別にフライアの壁が分厚いとかそんな理由じゃない。
いや、まあ、実際壁の厚さで分かりにくいのは確かだけど。今はそれが問題なんじゃない。
近くに大きなアラガミがいるから、分からない。
「アラガミは、お義母さんだよ?」
言い方は……でも、正しいのだろうか?アラガミとはどこか違う。だけど、アラガミ以外の表現を持たない私には、ただアラガミとだけ認識できた。
それはある意味で、似た気配を持つソーマさんをアラガミと罵るようなものだったけど。
……アラガミがアラガミと呼ぶものは、果たして何なのだろう。答えが出ないであろう疑問も、頭をもたげる。
「そう。」
「怒らないの?」
「どうして?」
「アラガミって言われたら、人は怒るよ。」
「私はアラガミなんでしょう?」
否定してほしかった。そう思わなかったと言えば嘘になる。
否定されたところで私は悲しくなるだけだと分かっているけど、それでも、形だけでいいから人間のお義母さんであってほしかった。
触れる前からそうだと知っていたけれど、触れた途端に確信に変わったけれど。
「……怒ってほしかった。」
「そう。」
世間話でもするような口調が、どうしようもなく悲しかった。