GOD EATER The another story. 作:笠間葉月
渦中にて
神機兵の正式配備、というニュースに、サテライト拠点は久方ぶりに沸いていた。
「すごいですね。どこもすごい人気……」
「極東支部のみんなはよくしてくれてるけど、やっぱり……ね。常駐出来ているわけじゃないし、何かしらあると安心するんだと思う。」
「なるほど。……でもこれ、はっきり言って最初の印象が最悪過ぎて何とも言えないです。」
神機兵を最初に見たのはネモス・ディアナだった。同じく初遭遇の感応種と戦闘中、割り込んでこっちにまで攻撃してきた人型機械。
ユノさんと並び歩きつつ後ろに連れるこれは、あの時とほとんど変わっていない。中身はずいぶん良くなったと言うが……いかなものか。
「……昔のダメダメだったって頃の神機兵だって、私達にとってはやっぱり、希望の光みたいなものだったから。」
「あ……すみません。」
「ううん!そういう意味で言ったんじゃなくって。サテライトに配備してもらえるのも極東支部のみんなのおかげだもん。」
「それ以前に、完成までこぎ着けたのはブラッド副隊長らしいですけど。」
その当人はと言えば、後ろの方でブラッドの面々と歩いているはずだ。
このパレード……いや、正確には暴走警戒用の隊列は、先頭に私とユノさん。間に神機兵を挟み、最後尾にブラッドを配している。こっちの戦力が少なすぎる気もするが……名目上、ネモス・ディアナ総統の娘が安全性の保証と共に歩き、神機兵のお目見えとするものなわけで。真隣にぞろぞろいては格好が付かないということらしい。
結局のところフェンリルからすれば、体のいい広告塔なのだ。フェンリル対立派の民衆に対し、効率よく働きかけることの出来る人物としてしか見られていない。
……なんて、私が憤るのもおかしな話か。
「この後って、何かの作戦の会議だっけ?」
「ええ。最近この辺りで見かけてるマルドゥークに関しての……と言っても、こっちで分かっていることなんてほぼないですし、役に立つかどうか。」
サテライト拠点のいくつかを不定期に襲撃する感応種。住民の間では多少なり話題に上ることも多いらしく、そういった意味でも余裕のない案件になっている。
何が問題って、感応種に対抗出来るのが極東ではソーマだけであることと、そもそもマルドゥークが前線に出てくることが希なこと。アラガミを引き寄せるなんて、またずいぶん厄介な能力を手にしたものだ。
「ブラッドは交戦経験があると聞きますから、正直そっち頼みになっちゃいそうです。」
ブラッドに頼る、というのは、なるべくなら避けたい事態だ。彼らはあくまで本部付きな上、こう言っては何だけど危うい。血の力も不安定な部分が多いみたいだし、最悪いつぞやのナナさんのようなことが起こりかねないとあっては……
考えても始まらないのは分かっているつもりでも、やっぱり考えてしまうのは職業病だろうか。
*
パレード用に装飾が施された神機兵は、これまで見慣れていたのと違って何となく華やかだ。
……戦っている姿を見た身としては、劇薬に星のシールでも貼っているような違和感しか感じられないんだけど。
「でかいよなあ。大きさだけならアラガミみたいっつーか。」
「元は有人運用を主眼として作られたものですから、必然的にこのくらいになるのでしょう。」
「こいつらコクピットとかあるの?」
「完全無人にした際に取り外したという話も聞きますが……どうなのですか?」
ぼんやり眺めていると、なぜか話の矛先が私に向いていた。そう言えば試験中は私くらいしか見てなかったんだっけ。
「……どう、なんでしょう?」
ある意味当然のことながら……分からない。いろいろごちゃごちゃやっていたのは見たけど、詳しく何をしていたのかは聞いてない。
というわけでジュリウスさんに振る。
「換装式にしたと聞いている。今は演算補助機器で埋められているが……」
「ふーん。じゃあ乗れないんだ。」
「ああ。お偉方の都合もあったはずだ。無人運用の安全性を説くと言うのに、操縦席があっては格好が付かない。」
安全性。
私には……これが安全だと、どうしても思えない。
「まだしばらくは極東支部近辺での戦闘データ収集を行う……要するに、それだけ信頼を得る必要もあると言うことでしょうか。」
「はん。そんなもんに頼ろうってのがまず間違いだろうが。」
「えー。いいじゃんギル。神機兵が量産されたら、すっごく楽に……」
「なった挙げ句、俺らはお払い箱だ。」
ギルさんの言葉に、何となく緊張が走ったような気がした。
そう。そうなのだ。これが完成して、いっぱい作られたら、私達はもはや用済みになる。それはきっと喜ばしいことで、もう怖い思いをしなくて良くなるってことなのに。
なぜか、胸が苦しくなる。
「それもまだ先の話になるだろう。その頃には、少しのんびりしたいとも思えるさ。」
ジュリウスさんの言葉は、どこか自分に言い聞かせるようで。
私はそれを聞いて、もっと胸が苦しくなるのだ。
*
「以上がマルドゥークによるこれまでの被害です。見ての通り、と言いますか、マルドゥーク自身ではなく引き連れてきた他のアラガミによるものが主であり、親玉に当たるマルドゥークの討伐は急務であるとされています。」
数枚の写真が記憶の中にあるアラガミと合致する。エミールさん……だっけ?極東支部の人がこれに追っかけられていた気がする。
「本アラガミはこの先の丘陵地帯を塒としており、不定期に降りてきては襲撃。こちらの配備が完了する頃には退却を始めているという点を鑑みると、知性が高いことが伺えます。」
「現在までに、マルドゥークとの直接的な戦闘は?」
「ありません。ソーマ辺りを派遣出来れば手っ取り早いんですが、感応種の危険がどこにもある以上、彼を極東支部から長期に渡り離すのは得策でない、と。……ブラッド隊では戦闘経験があると聞きましたが……」
「あるにはある、程度です。……鼓。何かあるか?」
話が振られた。そりゃまあ、そうだろう。一応戦ったことには戦ったのだ。
とは言え何か、と言われても何もない。血の力の覚醒やらもっとよく分からないことやらで、正直当時の記憶はほぼないし、大半が聞いたことでしかないわけで。
「……動きはガルムに似てた……ような……」
「やはり、そちらでもあまり?」
「すみません……」
本当に、あれは戦闘経験があると言っていいものかどうか。正直ないと言った方が早い気がする。
「新種に対策立てられねえのはいつものことだ。それで、どうする?」
「何にせよ感応種であることは明白ですから、ブラッド隊の皆さんで遠征に出て頂く予定です。それなりに長い行程になるでしょうから、準備は入念に……型どおりになってしまいますが。」
「基本的に、丘陵地帯から動かないと見ても?」
「微妙なところですね。丘陵地帯で目撃されることが多いですが、常に観測できているわけでもありませんし。もしかすると普段はうろうろしているかもしれません。」
「以前こちらで戦闘した際の地点を考えれば、相応の距離を移動していることになります。一所に留まる気質でない可能性も……」
……ああもうこのインテリ集団。三人ほど頭から湯気出てるのに気付いてください。
「ひとまず、現段階で立てられる対策は二つ。一つは先に周辺のアラガミを掃討しておくこと。もう一つは、こちらの動きを妨げない範囲で狭い場所に追い込むこと。普段とそう変わりませんが、マルドゥークに対しては特に有効であると思われます。」
「機動力と感応波への対応か……偏食場パルスの範囲は?」
「現段階までに確認されているのは半径300m。ただ、他の感応種を参考にするならばこの三倍から五倍程度はあると見ていいだろう、とレポートが上がっています。」
1kmあったらどれだけのアラガミが寄ってくるんだろう、と考えると、なかなか寒気がする。退路を開くのも一苦労……というか、普通にやってたらもはやいろいろ無理なんじゃないかって。
「こちらからは以上になります。これ以上は推論に推論を重ねたようなものばかりなので、現状は当てになりませんが……気になる点があればいつでも聞きに来てください。」
「情報提供に感謝します。各員。慣れない任務で疲れもあるはずだ。明日の警護に差し支えぬよう、しっかりと休息を取るように。鼓は少し残ってくれ。マルドゥークに関していくつか確認したい。」
「はい。」
「では、解散。」
壊れた機械のようにプスプスと音を立てながら出て行くのが二人と、書類片手に議論を交わすのも二人。
何度見たか分からないこの光景。消えてほしくないと願うもの。
だけどそういうものに限って……
『……だから、生きて。約束だよ。結意。』
失ってようやく、消えてしまったことに気付くんだって、そう知ってしまった。
「ジュリウスさん。」
アリサさんを手伝って、片付けを進めていたジュリウスさんに声をかける。
その表情も失いたくない。いつもはちょっぴり怖いような面構えのくせに、こういう時は柔和になってくれる顔。
私はこの人に、得られなかった父の愛を重ねていたのだろう。頭を撫でてくれる大きな手。聞くと落ち着く静かな声。背負われていると眠たくなるしっかりした背中。
「ちゃんと、そばにいてくださいね。」
今は簡単に届くところにあって……いつか自分から、卒業したいもの達。
「……守ってみせるさ。ブラッド全員、誰一人欠けさせなどしない。」
だから、ああ、だから一言でいいんです。ただ一言、ここにいると。ただそれだけ言ってください。
娘でなくて構いませんから。家族でなくたって構いませんから。俺はいなくならないって、言ってください。
私はもう、あなたが戦場にいることにすら耐えられないのに。