GOD EATER The another story. 作:笠間葉月
望郷の終わり
やっと、か。もう、か。どちらと取るかは各々違うにしても、極東へ戻る段にたどり着いた。途中アラガミの討伐をしながらになるから、そこそこ長い道程になりそうだ。
アラガミが現れる以前は、旅客機とやらで十時間程度だったと言うこの家路。今の私にはそれすら遅い。
今すぐ転移していってしまいたい。ほんの一万キロといくらかしかないんだ。千回も繰り返せば優に着けてしまうはずなのに。
……だけど……行って何をするんだろう。極東に行くことを何かのポーズにしようとしてるんじゃないのか。
私の妹は結意……だけど、極東にいる結意がそうだとは限らないし……いや、これが言い訳にすぎないことも、感覚的に結意は極東にいるんだと確信していることも分かっている。
けど、それでも。今更どの面下げて、それも何をしようとしているのか。全く分からないのだ。
「みんな、どうしてるかな。」
……ところで、だ。
「あのさ。」
「ん?」
「五分前にも同じこと言ってる。」
こんの頭ん中お花畑はどうしてくれようか。
うん。愛しの旦那様に会えるって浮かれ倒してるのは分かってるよ?顔にやけっぱなしだよ?で、それ何日続ける気?
全く持って……結婚生活とやらは本当にろくでもないらしい。
「そう?今日はまだ一回だけだと思うけど……」
「一日千秋なんて体現しなくていいって……」
お陰様で五分おきに思考がリセットされて、ちょうど良いと言えばちょうど良いのだが。
それとも、そうなるよう狙ってやっているのか……いや。これは素だ。
「でもまあ、見事に便利に使われちゃったね。道すがら何回戦闘になると思う?」
「どっかの馬鹿でかいのが追っ払ってくれたし、たいしていないでしょ。……一回でも多いって言うんだろうけど。」
「そんなことは……ちょっとあるけどさ。」
早く帰りたいというところでは意見の一致を見ているものの、その有り様は大きく違っている。片や会いたい人がいるからで、片やよく分からない。本当に、こう言うときの対比はしたくないものだ。してしまうのは性だろうか。
極東での第一目的に結意が含まれることは分かっているのに、詳細どころか概要すら判然としないのも、やはり性……であってくれると嬉しいけど、言ってしまえば逃避か韜晦。
先送りに出来ない問題ほど、先送りにしたくなるのは……きっと私が、これまでで最も大事な決断から逃げて、挙げ句取り返しが付かないところまで吹っ飛ばしてしまったから。
その決断とやらがいつ、どんな形だったか思い出せないけど……まあ、たぶんそういうことだろう。
「……あ、ヘリの準備出来たって。行こうか。」
本格的に家路に付けば、何か思い付くだろうか。それとも、やっぱり先送りにしてしまうだろうか。
自分自身すら分からない今、何一つとして理解に至らなかった。
*
「お待たせしました。」
「おう。さっさと荷物つっこんどけ。そっちの準備が出来次第出るぞ。」
「はい。」
ヘリポートにはリンドウとツバキが待っていた。二人は極東には帰らず、手前のアジア圏をしばらく回るらしい。
キュウビの反応は極東地域に見られ始めているものの、現状最も多いのはその手前。ジャヴァウォックの組織片を持ち帰るのを私達に任せ、キュウビ追跡に専念するらしい。
「みんなどうしてるかなあ。」
「リンドウ。これ何とかして。五分おきに言ってる。」
「……そりゃ不治の病だな。」
……と、いうのがこちらに用意された理由。実際には、極東に戦力が過剰集中することを変な形で恐れたお偉方の都合。
私や神楽は体の検査もあるってことで押し通したものの、だったら残り二人はこっちで使わせろ……と。
確かにこの二人、いるといないとじゃ指揮系統で差が出る。上っ面だけならアラガミ組が帰るわけで、戦力的には申し分ないけど。掘り下げればそういう問題が出るとなれば……なかなか上手いこと削られた。
「ヘリはいつでも出られる。準備はいいか?」
「荷物よし土産よし人員よし神機よし、と。んじゃま行くかね。」
「渚。忘れ物ない?途中で引き返すとか嫌だよ?」
「素直でよろしい……大丈夫でしょ。」
長距離移動とあって、ヘリは普段より少し質がいい。座面は柔らかいし、振動も抑える造りに見える。
むしろ落ち着かないそれは、今の私にとってはありがたいと言えない部類のものだ。
「昨日の夜ソーマから連絡があってな。俺達が帰り着いたタイミングで作戦を展開するらしい。」
「作戦?」
「感応種征伐……どっちかっつーと遠征に、ブラッドを遣るって話だ。こちとらも多少はかり出されると見ていい。」
「神機使い暇なしですね。」
「だなあ。」
ヘリが上昇を始めると、何とも腹立たしい振動が眠気を誘ってきた。眠くさせるくせに妙に揺り起こす、と言うか。
なんだかもう面倒になって、ちょいちょいと隣の神楽をつつく。
「何?」
「寝る。付いたら起こして。」
返事を待たず毛布を引っ張り出し、頭からひっ被る。
聞きたくない。見たくない。知りたくない。今は何もかも、私を惨めに感じさせた。
*
頭の後ろがチリチリする。最近になってから感じるようになったこれは、どうやらアラガミの気配によるものらしい。
今度のはとても遠い。なのに、なんだか近い。遠く感じるだけなのか、あまりに気配が強いのか。あるいは……極々単純に、近しい存在なのか。
ああでも、そういえばこの気配自体は初めて感じる。似たようなものならアナグラの周りをグルグルしてた気がするのに。これは遠すぎて方向すらよく分からない。
「ブラッド副隊長による検証エリア確保を確認。神機兵全機、システムオールグリーン。」
一体の大型種、複数の中型種、多数の小型種。比較的多く見られる状況で、無人神機兵が……要するに、使えるかどうか。それを測る指標として誂えられている。と言うか誂えた。
「神機兵α及びβを初期前衛。γ、δ、εを初期後衛へ配置。以降の判断を、神機兵各機オペレーティングシステムへ一任します。クジョウ博士。よろしいですね?」
「はっ、はい……ええ、αとγをそれぞれのリーダー機に……収集されたデータの分析を担当させてください。」
「了解。神機兵αを初期前衛、γを初期後衛のリーダー機に設定。狭域戦術データリンクを構築し、全機への反映を行います。β、δ、εにアクセスポートを作成。α、γ間での通信を最優先に設定。」
……何語だろう?日本語じゃないよね?……ないよね?
「結意さん。破壊されそうな神機兵は可及的速やかに回収。その他気になることがあったら、いつでも仰ってください。」
「はい。」
うん、まあ、私がやることは結局それだけのはず。たぶん大丈夫。
「では、これより複合型戦闘試験を開始します。」
神機兵が動き出す。先には残しておいたアラガミが屯して、そのさらに先は何もいない。正直なところ指定アラガミ以外には一太刀も浴びせない、なんて指示でテンヤワンヤだったけど、これで最終試験ならいろいろ……諦めも付いた。だいたい私は狙いを付けるのは苦手なんだから、もう少し適任者を呼んでほしいものだ。ただの殲滅ならともかく。
「……後衛からの着弾を確認しました。前衛、対象の間合いに入ります。」
……ここで失敗してくれたなら、無人神機兵は使われないで済む。
あくまで機械だったはずなのだ。神機の延長線上だったはずなのだ。
なのに今のこれは、どこまでも生き物のよう。機械でなく、神機でなく。アラガミ。人類の新たな力だなんてとんでもない……と。そんな風に思えてしまう。あの子達が人に与えるのは、安寧でなく恐怖だって。
「ウコンバサラを撃破。続いて小型種の掃討を開始。」
この試験は成功する。まるでアラガミのような神機兵だからこそ、私にはいろいろなことが分かって。この程度の状況に苦戦するようなものじゃないだろう。
ならいっそ、この手で。そう思わないわけじゃないけど……無意味だ。私がいなければ成功していたかもしれないなら、もう一度作って……今度はもっと性能のいいものに仕上げてくる。
悲しいな。強くなったのに。弱虫で泣き虫で臆病者でちっぽけなりに、頑張ってきたはずなのに。両の手に出来ることはこんなにも少なく、何だって簡単にこぼれ落ちる。
「α、δで群の分断に入りました。γを主軸とし、他三機が援護中。」
おっきくなって。私の手。
こぼすのなんて、もう嫌だよ。