GOD EATER The another story. 作:笠間葉月
何を理由に
アナグラだ……
失神しているアリサをコウタが背負い、俺とサクヤがアラガミをつぶしつつここまで引いた。グレネードも切れた……ぎりぎりだな。
「お前達!無事か!?」
ツバキか……もう少し整理がついてから顔を合わせたかったんだが……
「サクヤは軽傷だ。コウタも問題ない。……問題あんのはこいつと……残った二人だけだ……」
自分の怪我は無視する。たかが右腕の骨折。この程度で死にはしない。
……エントランスには沈黙が流れる。
「報告はまだ良い!救護班!アリサを病室に運べ!……ソーマ、お前も怪我の治療を済ませておけ。その状況でも、下手をしたら出撃させるかもしれん。理由は不明だが、数カ所でアラガミが活性化している。」
活性化。その言葉に体が反応する。あいつらはどうなっている……応急処置を受けながら、最悪の想像をしてしまう。
「二人の反応は途切れ途切れだがキャッチしている。今はまだ大丈夫だ。あの地域のアラガミの討伐もかねてタツミ達を出してある。」
「……わかった。」
正直納得出来ていないと言っていい。今でさえあの場所に行こうとするのを押しとどめるので精一杯だ。
「ツバキさん!」
切羽詰まったヒバリの声。
「神楽さんの腕輪反応が……消えました……」
……は?
「途切れているだけという可能性は!?」
「リンドウさんの反応をキャッチしています……」
何て言ってる……
「タツミ達と連絡は!?」
「通信障害がひどく、不能のままです……ただ……」
……思考がはっきりしない。浮かぶのは全てあいつの顔。これまでに俺に見せた、全ての顔が浮かぶ。
「ただ何だ!?」
何をバカな……あいつは生きて帰ってくると言ったはずだ……また自分に言い聞かせようとしている。
「……リンドウさんが……アラガミと一緒に近付いています……」
この言葉で目が覚めた。
「どこだ?」
「もう防壁の西ゲート前にいます。」
「だったら早く開けろ。」
……アラガミと一緒……
「そ、そんなっ!そんなことしたら防壁内にアラガミが!」
「それはアラガミじゃねえ!いいからさっさと開けろ!」
吐き捨ててゲートへ向かう。止める声がするが知ったことじゃない。
あいつは絶対に生きて帰ってくる。あいつ自身がそう誓ったのだから。
*
……そして五時間後。大量発生したアラガミの討伐も済んだアナグラ。その第二病室。
「……」
その部屋のベッドに、神楽が寝ていた。腕輪をなくし、包帯に全身を包まれて。
二人が来たであろう防壁のゲートへ突っ走った俺は、途中で二人と会った。……ふらふらと力なく歩くリンドウ。そしてその背に背負われた……
そのリンドウの比ではないほどに大怪我を全身に負って意識のない神楽。
俺を例のアラガミの爪から救って、その隙を他の二体に連続で攻撃された。自身の治療に向かう前にリンドウはそう言った。その時に腕輪が破壊され、意識がなくなり、少しして起きあがったときに、端から見てもただのアラガミだと思えるほどに暴走した、と……
ベッドの横に置かれた椅子。右腕を吊られた状態でそれに座り、すでに三時間は経過している。……リンドウは根を詰めるなと言った。サクヤは俺のせいではないと。コウタすらも、俺のおかげであいつらだけでも戦える状態で戻れたのだと、そう言った。だが……
「くそっ……」
膝に左肘を乗せて、その手で頭を抱えた。
『絶対に生きて帰ります!』
あの時お前はそう言ったはずだ……いや、生きて帰って来てはいる……だが……
『私はもう……誰も死なせない!これ以上、誰かに大切な人を失う苦しみを味あわせない!』
こんな状態で……こんな姿で……
『……だから……絶対に生きて帰ります!』
こんなことで、帰って来たなどと誰が言えるものか。意識のないお前がいたところで惨めになるだけだというのに……
『……ソーマ……私を……信じてください。』
信じたさ。お前は帰ってくると。きっと無事で、と……
『……行くぞ!』
頭を押さえていた手を目頭へと動かした。……その程度で、これが止まるはずもないが……
『……行くぞ!』
再度頭に甦る自分の言葉。
すまない。これは俺の責任だ。
だが……それをわかっていても尚願いがある。
「……後生だ……俺を、独りにしないでくれ……!」
*
……沈んでいく……私の意識が、私の心が。
起きたいのにそれが出来ない。
私……今どこにいるんだろう?
「おーい。朝だぞー。起きろー。」
……あれ?お父さん?
「えー……まだ良いじゃん……」
何で怜の声まで……
「だーめ。ほら、お姉ちゃんは起きたわよ?」
……えっと、お母さん?何で普通に指さされてるんだろう?
「あれ?えっと……」
「どうしたあ?何か夢でも見たかあ?」
夢……そうか、夢なのかな。
きっとそうだ。お父さんもお母さんも、怜だっている。あんな嫌な世界が現実であるはずがない。
「何でもない。おはよう。」
そうだ。またいつもの一日が始まるんだ。みんながいる一日が。
「ほら怜?早く起きなきゃ。もう八時だよー。」
並んで置かれたベッド。隣で眠る弟を起こすのもいつもの一日。
「まだ寝たいい……」
「起きなさーい!」
駄々をこねたら脇の下を擽る。きゃあきゃあ言いながらどたばたとする怜を面白がっていたりして。
「起きた?」
「起きた起きたあ!」
いつもの一日……でも、そこには今いてほしい人はいない。
「……」
唐突に終わりを告げた、仮初めの毎日なんだ。
「どうしたのお姉ちゃん?」
毎日が楽しくって、いつまでも続くだろうと思っていた。
「……お姉ちゃんね、行くところがあるの。」
その陰に隠れていただけの、現実ばかりのこの世界における本物の毎日。
「だから……行くね。」
行って来ますじゃない。行く……いや、還るのだ。私がいるべき世界へ。彼が待つ世界へ。
「さよなら。いつか、ずっと遠い未来までね……」
家族が消えた。家も、街も、何もかも全て消えていった。残ったのは、私と、一枚の扉。あの最悪の日、たった一つだけ残っていた私の家を示すもの。
その扉を、押し開ける。
瞬間、その扉さえも消え去って……私は光に包まれていった。
*
人の夢。人は、それに対して自ら儚いと言った。今はその気持ちがよくわかる。
神楽は目を覚まさない。……俺はまた独りになるのか?……あまりに愚問だ。こいつがいなければ、この世界に同族がいるはずもねえ。
「……っ!」
……膝の間に垂れた左手が、何かを感じ取る。
祈るように閉じていた眼。それを開いた。……俺の左手に触れる、色白の小さな左手。
反射的に神楽の顔を見た。
「……えっと……ただいまです。」
彼女の目は薄く開けられ、間違いなく俺を見ていた。その目尻に光るものをためながら。
気が付くと、俺は神楽を抱きしめていた。左手だけであっても、どこにも行かせまいと力強く。
そして……俺の背に手が回されていく。弱く、しかしはっきりとした感触。俺をこの場から離れさせまいとするかのように、次第に強く抱きしめてゆく。
「やっと……またあえた……」
夢を見ているとでもいった表情でそう言った。
「こっちの台詞だ……心配かけさせやがって……」
……人のことを、初めて愛おしいと思った。兵器として生まれ、兵器として死ぬはずだった俺に、感情をくれた。その彼女を、ただ愛おしいと……
横向きにぴったりと押し当てられた顔。安心しきった表情。その全てが好ましく、愛おしかった。
「……安心したら……コーヒーが飲みたくなってきたんだけど……」
……あ?
「えっと、飲んでも大丈夫かな?」
ったく……何を上目遣いになってるんだか……
「怪我人は怪我人らしく茶でも飲んでろ。コーヒーは怪我を治してから飲め。」
「あうう……」
笑っていた。生まれてから今まで一度たりとも笑わなかった俺が、笑っていた。
「笑わないでよお……コーヒー大好きなんだもん……」
「っはは……悪い」
……俺の中には、新しい感情が芽生えていた……
「……」
「どうしたの?」
後に恋と呼ぶものだと知るその感情は、言葉として彼女へと向けられた。
「……俺は……お前のために生きたい。……それでも、いいか?」
人として生きる理由。それは、彼女と共にいることとして顕現した。
「……私も、そうして良い?」
長くはない回答。俺の中で、幾度も繰り返される。
「当たり前だ……」
さらに強く抱きしめた。……それは、神楽も同じこと。
俺が、兵器として生きることを捨てた瞬間だった。
…長かった。非常に長かった。一部だけでこんなに時間がかかるなんて思っていなかった。
男主でクリアして、
「逃げるなあ!」
が聞きたくて女主にして…ソーマとくっ付けたくなった衝動。
どのタイミングが良いかって考えたらまず蒼穹の月直後が出てきて、さあそこでどうやるかって考えたら
「リンドウと閉じ込めちゃえば?んで二人で生還して、重症で病室にいる女主を思って自分の全てに悲観している悲劇のソーマ君と淡く切なくガチラブにしt(ry)」
というこれまでも何度か出てきた友人からのありがたい助言をいただいて、その内10%を採用。…なにせやつは妄想がひどくって…
んでこうなった次第です。
…読ませたらぼろ泣きしてたけど…
そんなわけで、次回から第二章に入ります。…おっそろしく長くなりそうなので、これからも末永くよろしくお願いします。