GOD EATER The another story.   作:笠間葉月

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誰も死なない技術

 

誰も死なない技術

 

「D地点よりウコンバサラ一体の侵入を確認。必要素材の一つが該当するそうです。追加の討伐対象に指定します。」

 

ネモス・ディアナから戻り、ブラッドの皆とのんびり出来たのも束の間。今度はフライアに呼ばれていた。

久しぶりのフランさんのオペレートと、まだ慣れない単独任務。不安があるわけじゃない。けど、意外と体は動かない。

神機のせいもあるかな、とは思う。短いはずのパーツでも私の背丈を超える武器だったのが、今は袖に隠せてしまうような大きさ。右手に感じていた重量感と質量感が一気に失われて、何かしっくりこないなって、小さく感じているから。

 

「あつっ……」

 

そうは言っても一番大きいのは、やっぱり誰もいないこと。毎度毎度、勝手に動いて勝手に戦って。だけど誰かが背中にいてくれた。どう頑張ったって無防備な背中を、皆で守り合っていた。

背後から肩口に飛んできた光弾に身を打たれて、当たり前のことに今更気付く私。なんとまあ、考えの足りない。

高く高く昇りたくて、無理矢理足場まで作った挙げ句、足首に絡まった鎖に気付けない。私はつまりそういうもので、だからこそ、あらゆる場面で間違え続けてきたんだろう。

 

「く……ぁあっ!」

 

きっと足が動かないことに気付くまで、鎖があることに気付かないだろう私。そんな自分を振り切るように、アラガミを斬り伏せて、撃ち抜いて。

戦う分だけ心の中で膨らんでいく、チクチクする塊に吐き気がして。

 

「アラガミの沈黙を確認。討伐対象残数一。A、C両地点には、未だ多数のコクーンメイデンが確認されています。ご注意を。」

「っはい!」

 

たべたい。

おなかすいた。

もっと。もっと。

おおきなたべものを。

 

「ああ……もう!」

 

もうやめて。そんなこと言わないで。私はそんなこと望んでない。私の中の彼だって、望んでなんかいないのに。

なんで。どうして。嫌なことがあったとしても、この世界が大好きなのに。ジュリウスさんと、皆と出会えたことが嬉しくて、とてもとても誇らしいのに。その全てを喰らえとなぜ思っているの。

 

「全討伐対象の撃破を確認。周辺にアラガミの反応はありません。お疲れさまです。」

 

沸々と沸き上がる欲求は、次第にあらがい難いものになっていくようで。

私は小さく、恐怖する。

 

   *

 

フライアに戻れば、フランさんと……クジョウ?博士に出迎えられた。

 

「ええと……これと、これ、でしたか?」

 

アタッシュケースに入った素材を渡す。アラガミの討伐と、コアの回収と。それから素材の入手が、今回の目的だった。

無人制御型神機兵の研究。それは、私にとっても魅力的なことで。けれど同時に、不安なことで。

 

「ああ、ありがとうございます。これで一層、研究が進められます。」

 

どことなく頼りない……言ってしまえば大半において挙動不審な人。けれどお義母さんが援助を惜しんでいないということは、つまりそれだけ優秀な人。

この人はいずれ、無人制御の神機兵を完成させることだろう。そこにはいろんな人からの助力があったりするだろうけど、本人が道を違えない限り確かなことだと信じているし、理屈ではない部分で分かっている。

それが意味するところは、すなわち皆が死ななくていい世界が来るってこと。神機使いが必要なくなるっていうこと。

私の手の届く世界が狭まってしまうこと。私が守ることの出来る何かが、減ってしまうということ。

 

「あの……」

「は、はい?」

 

私の知らないところで惨劇が続き、私が何も出来ないところで、いろんなものが壊れていく。そういうこと。

不安は曖昧な言葉でもって表出する。

 

「無人神機兵は、本当に、戦えますか?」

「もちろんですとも!ぜ、前回の起動試験こそ失敗に終わりましたが……ラケル博士の助力を得た今!あのようなことは二度と起こり得るはずもないのです!」

「……」

 

お義母さんの助力。

それ以上に不安なモノなど、結局のところ存在しない。

 

「成功してみせますとも……ええ!私とラケル博士のこれからのためにも!」

「これから?」

「い、いえいえ!決して変な話ではなく……その、研究者として協力を続けていくと申しますか……」

 

ねえ、お義母さん。ラケル・クラウディウスはどこにいるの?あなたはそうではないのでしょう?

あなたはもっと禍々しい、こちら側の異物でしょう?

問うたところで変わりはしないだろう。分かっているから、先延ばす。

……訊けば、今の日溜まりがなくなると分かっている。偽りであろうとも、お義母さんがお義母さんでいてくれるなら。私はそれでもいいと……ダメだと叫ぶ自分を殺して、考えている。

 

「ああ、その……そう!あなたの神機、前々から気になっていたのですが……あれでどう捕喰を?コアの回収が出来ているあたり、やっているのでしょう?」

「捕喰……ですか?」

 

神機にくっつけているオラクルを引っ張る。これは、ソーマさんから言われたこと。

砲身は弾頭の制御にも使われる。可能な限り接続を絶つな。

要は枷、なのだろう。あるいは暴走を抑制するための、ちっちゃい命綱のような。

 

「オラクル細胞の内包量は少ないですから、ちょぴっとですけど……」

 

捕喰口の展開をしてみせる。刃が外れ、接続部からじゅわ、と染み出るように発生したそれは……例えるならパペットで。

本当は内包量が問題なんじゃなく、私が怖がって、注ぎ込んでいないだけだと……分かっている。

 

「刀は飛ばせますから、射程は気にならなくて……あの?」

「ほおぉ……これが……この機構、もしや神機兵にも……」

 

クジョウ博士はと言えば、何事か手帳に書き始めていた。根っからの研究者気質、というか、意外と上手なスケッチが可愛いというか。

 

「あまりお気になさらなくていいと思います。先程も、オペレートシステムを組み込めないか、とか仰っていましたから。」

 

フランさんが肩を竦めながら笑う。ああ、本当に。この人はきっと、とても優秀なんだろうな。

だからお願い。気が付いて。あなたが憧れるあの人は、そんなに綺麗なものじゃない。

むしろ、汚泥にまみれた存在なんだって。……それでも私よりずっとマシだけど、だからって、羨望を向ける相手ではないんだって。曇ったレンズさえなければ、あなたには至極簡単なことのはずでしょう?

 

「それにしても、なんだか可愛いですね……毛でも生えていれば何かの動物みたいな……」

「……わんわん?」

 

だけど、それを言えるほど、私に勇気なんてなくて。

やることと言えば、フランさんの発言に合わせて小さなパペットを動かすくらい。

 

「ぷっ……あはは!結意さんそれ反則……あははは!」

 

彼女の壷に叩き込めたことを、気恥ずかしそうに誇るくらい。

意気地なし。臆病者。何度自分を罵ったか。両手足ではもはや数え切れない。

 

   *

 

「チェック。」

「悪いな。まだだ。」

 

数日ぶりに戻ったブラッドは、以前より僅かに結束が強くなっているように思えた。

おそらく、ギルとロミオの仲が解消された……と言うより、むしろ互いに遠慮が皆無になったと言う方が正しいようにも感じるが、それに起因するものだろう。ある種のいがみ合いから、切磋琢磨に近い形になった。望ましい変化だ。

 

「おおし!ジュリウス!そんまま押せー!」

「ギル負けるなー!ロミオ先輩にチキン奢らせるよー!」

 

……これはどうも、何か違うと思うが……まあ、いいだろう。

 

「明るくなったな。」

「馬鹿騒ぎしているだけだろう。」

 

言いつつ、彼も何やかんやで楽しんでいる。チェスを楽しむ空気でないのは否めなずも、それはそれでブラッドらしい。

 

「先日の一件で、ナナがロミオにチキンを奢らせましたから。味を占めたのでしょう。……ところでギル。最短十七手で詰まされますよ。」

「ぶっ。」

「シエル。局が延びるぞ。」

「少しはひっかき回した方が面白いかと。」

 

そう言えば、ブラッドらしい、とはどういうことだろう。あまりに自然に考えていたせいで、その定義が定まっていなかったことに気付く。

考えれば考えるほど、案外言葉にならないものだと気付く。賑やかというのは確かに当てはまるが、それだけで語ることの出来るものではない。

何せ、今感じているブラッドらしい、も、どこか足りないのだから。

 

「ふはは!見たかナナ!ジュリウスのチェスの腕は、散々負かされたからよく知ってるぜ!」

「せこい!先輩のくせにせこい!ギル!勝てるよね!?勝ってよ!?勝て!」

「……ここまで外野が煩いゲームってのも珍しいな。」

「ああ……ここまで賑やかな部隊もそうない。」

 

おそらくそれは、ここにいない一人の空気。副隊長である以前に、ブラッド隊員として。鼓はずいぶんと、大きな存在になっている。

本人にとってそれは重責でもあろうが、周囲は得てして、感じるままに扱うものだ。

 

「そういえば、生産の関係上チキンは値上がりしているそうですよ?」

「えっ!?」

「っしゃあ!」

「……ったく……」

「ふっ。」

 

……こういうのをひっくるめて、ブラッドらしいと感じているのだろうな。

俺はおそらく、これが守りたいのだろう。ブラッドらしいと感じるものと、それを作り上げている彼らを。

ああ、守りたい。守らなければならない。命に代えてもだ。

だから守らせてくれ、と。小さく願っていた。


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